~ファイル3 出動! 小紅と水穂!~
「おっそいなぁ、水穂! ・・・・・・じーちゃんにバレて、来らんなくなったかな?」
小紅は公園の滑り台に座り、昼休みに校内販売で買ったチョココロネを食べている。
植え込みの青葉が、暗い中でさわさわと揺れている。いつもはおとなしい近所の犬が、今夜はやたらと吠えている。
・・・・・・たたたたたっ・・・・・・
「小紅センパーイ! すいません、遅くなっちゃった。ちゃんと、スパッツ履いてきたよ」
「おつかれ! 待ってたよ! ・・・・・・じーちゃんは、だいじだった?」
「あ。そのー。早乙女先生がね、『実戦では、素手にこだわるな』だってさ?」
「? なにそれ? ろくでなしくらい、素手で十分でしょ。空手やってるんだし!」
「そーですけどー。先生が、小紅センパイにそう伝えろって・・・・・・」
「ふーん。なんだろうね? まぁ、いいや! 豪邸山公園に向かうよ! よし、行こう!」
セーラーとブレザーの二種類がある、柏沼高校女子生徒の制服。
ブレザーを着た小紅と、セーラーを着た水穂が、宵闇の中を、二人で歩いていった。
・・・・・・ぶろろろぉー・・・・・・
「(あれは・・・・・・? 小紅ちゃん、か?)」
小型のパトカーから、警ら中の久保巡査が、闇に消えて行く二人の後ろ姿を見つめていた。
* * * * *
暑すぎるほどではないが、肌寒くもない気温。夜と言っても、もう、この時期は暖かい。
ずちゃり ずちゃり ずちゃり・・・・・・
暗闇の中で、重くだらしない足音が、一歩、また一歩と響く。
「(ぶふふー・・・・・・。ぶふふー・・・・・・。あの、おんなのこ、こいー。ぶふふー・・・・・・)」
ずちゃり ずちゃり ずちゃり・・・・・・
不穏な足音が響く、豪邸山公園の裏路地。
木工所の資材置き場や、小さなオフィス、昔ながらの家々などが並ぶ、細い路地。
表側にあたる、市役所や図書館のある大通りと比べ、人通りも灯りも少ない路地だ。
すいーーーっ しゃーーっ
一台の自転車が、白く瞬くライトを灯し、その路地を走っていた。
三つ柏の校章が胸についた、ブレザー型の制服。
整った顔立ちの、柏沼高校の女子生徒がペダルを漕いでいる。
「(き、きた。あの娘だぎゃ! ぶふふー。ぶふふー。・・・・・・ふふふふふ!)」
ずちゃりっ ずちゃりっ・・・・・・
生温い夜の中、紺色のダウンジャケットを着込んだ、髪の薄い肥満体の男。
闇に紛れて、その自転車が通るのを、ずっと待ち構えていた。
「嫌だな。最近、変な人につけ回されているような感じだし。この道だけ暗いから、さっさと抜けちゃおうっと・・・・・・」
しゃーーーーっ すいーーっ ・・・・・・バッ!
「あっ! うわっ! あぶなっ・・・・・・」
キキイッ! がしゃあんっ!
自転車に乗っていた女の子は、飛び出してきた「何か」に反応。
急ブレーキと急ハンドルによって、大きな音を立てて転倒した。
「痛ぁい。・・・・・・あ。あああ。い、いや・・・・・・」
ずちゃり ずちゃりっ・・・・・・
「・・・・・・ぶふふー。ぶふふー。ま、まってた。ぼ、ぼぼ、ぼくの、かのじょだ!」
近くを通る私鉄列車の明かりで、闇の中にふっと浮かんだ、男の姿。
肥満体で、だらしない無精髭。ダウンジャケットは清潔感がなく、あちこち汚れている。
そして、首にはビデオカメラをぶら下げ、左手には何か黒く四角い機械のような物を持ち、右手には、本物か偽物かはわからないが、小さな刃物のような物を持っている。
「騒いだら・・・・・・い、命はないからな。ぼ、ぼぼくの、かのじょ。ぼくのおんなのこぉー」
ずちゃりっ ずちゃりっ ずちゃりっ
倒れた少女は、その異様な雰囲気の男が一歩ずつ近寄るにつれ、すさまじい恐怖を感じている。
声を出そうにも、極度の恐怖で震え、声が出せない。
「ずっと、みてた。・・・・・・東高校のおんなのこ、農商のおんなのこ、そ、そそそそそして、柏沼高校の、きみだ。かわいいな。ぼ、ぼぼぼくの、コレクションに、なれぇー」
ブウンッ! ビビイィッ バチイイィッ!
「! ・・・・・・(がくっ)」
男が四角い機械を少女の太腿に当てると、一瞬で少女は意識を失った。
「ぼ、ぼぼぼくの、かのじょ。ス、スカートなんか、あ、あああ、あついよね。ぼ、ぼぼぼくが、とってあげよう。ぶふふー。ぶふふー・・・・・・」
伸びた爪に、茶色く汚れた指先が、少女のスカートを剥ぎ取ろうとしていた。
「パ、パンツが見えるぞ。パンツが見えるぞ。・・・・・・パンツだパンツだ。ああああーっ!」
倒れた少女の黒いスカートを、男の汚れた手が捲り上げようとしていた。
男はビデオカメラを片手に構え、恍惚の表情で、よだれを垂らし始めた。
ドヒュウンッ! ・・・・・・ズゴンッ!
突如、男の後頭部に、どこかから高速で飛んできた夏ミカンがぶつかった。
「い、いいい、いたい! な、なんだぁ! 夏ミカン? な、ななな、なんだぁ?」
後頭部を押さえ、きょろきょろと見回す男。周辺を見回し、ある方向を向いて、その視線がぴたりと止まった。
「お、おおお、おんなのこが、ふえた?」
すたり すたり すたり すたり・・・・・・
路地奥の闇の中から、頭頂部にちょこんと結い髪をしたシルエットが現れる。
そして、その後ろから、二つに結った下げ髪をした小柄なシルエットが浮かぶ。
「見つけたよ! この変態野郎! お前だね? 最近、市内で女子を狙っているストーカーまがいのやつは! その青い夏ミカンで、頭を冷やせ! この野郎めっ!」
「何かと思ったら、ボールじゃなくて夏ミカンだったのか・・・・・・。小紅センパイ、ボールだと思って拾って投げたよね、さっき? ま、あいつに効果あったからいいけどさー」
雲間から月明かりが差し、闇夜が照らされ、小紅と水穂が姿を現す。
「ぶふふー。ぶふふー。なんだ、おおお、おめーらは? ぶふふー。で、でででもももも、おめーらも、かわいいおんなのこだぁー。ちょこん髪の、おめー。美人だぁー。ぼ、ぼぼぼくの、好みの顔だぁ。後ろのおんなのこ、おめーも、かわいいなぁー。ぶふふふー」
男は、ゆっくりと立ち上がり、夏ミカンを拾って小紅に投げつけた。
小紅は動じることなく、飛んできた夏ミカンを掌で受け止め、闇の中へぽいと放り投げる。
「(うひー。こ、小紅センパイ。こいつ、私、生理的に無理っ! 気持ち悪いよーっ!)」
「水穂は、見てて。あたしも、吐き気がするよ。だけど、そうも言ってられない。そこに倒れてる子を、水穂は救い出して。あたしがこの変態を相手してる間に、うまく、ね?」
「(わ、わかりましたー。あー、もぉー。キモいよ、あいつー・・・・・・。あー、やだぁー)」
水穂は、両肘をぐいっと伸ばすようにして、眉をひそめながらも準備を整える。
小紅は、目を見開いて、男に向かって毅然とした態度で立ち向かう。
「ぶふふー。ぶふふふぅーっ。・・・・・・ビデオ、邪魔しやがって。金になるのに、邪魔しやがって。こ、こここーなったら、おめーたちのパンツ、と、とととと撮らせろぉー」
カチッ! ブウウゥ・・・・・・ンッ! バッチチッ! バチバチチチッ!
男は、何やら手に持った機械のスイッチを入れた。すると、その機械から青白い稲妻のような火花が、音を立てて、小さく光った。
ずちゃりっ ずちゃりっ
一歩ずつ、男は小紅と水穂に近寄ってくる。その距離は、およそ三メートル。
* * * * *
サワサワサワサワ・・・・・・
ササササササァー・・・・・・
生温い風が吹き、闇夜の中で木々の葉がざわめく音がする。
「(青白い火花? ・・・・・・まさか、スタンガン持ってるのか? ・・・・・・なんてやつだ)」
小紅は、男が持つ機械に、ちらっと目を向けた。
「(小紅センパイ。あいつ、ナイフっぽい物も持ってます。接近戦は、まずいね・・・・・・)」
「(そうね。・・・・・・スタンガンか。・・・・・・どうしよう。初めて相手するな・・・・・・)」
ずちゃりっ・・・・・・ ずちゃりっ・・・・・・
男の足音が、しだいに大きくなる。
闇夜で、しかも、男が着ているダウンジャケットの色もあってか、遠近感が掴みにくい状況に小紅たちはいる。
間合いは三メートル弱だと思うが、遠いような近いような感覚だった。
「水穂! あたしが動いたら、同時に横からあの子を救出! いいねっ!」
「や、やるしかないんですね、やっぱり! りょ、了解ーっ!」
スッ ススッ
小紅と水穂は、少し重心を下げ、前傾姿勢をとった。
「ぶふふふぅーっ! ぶふふー。・・・・・・ぶきゃああああああぁーーーーーーっ!」
ドダダダ ドダダッ ドスンドスンドスン!
月が再び雲に隠れ、一瞬、ふっと辺りの暗さが増した時、男はナイフとスタンガンを向け、重々しい足を動かし、猛突進。
「! 真っ正面から来たなぁっ! 始まるぞ、水穂っ! 戦う準備っ!」
「はいっ! 整ってますっ!」
バババッ! ダダダッ!
小紅は男に向かって左手のスタンガン側に、水穂は少女が倒れている右手側の方へ、同時に散る。
二人とも身体の正中線を保ち、姿勢を上下させることなく、安定した重心移動だ。
「は、ははは、はやいー。な、なんだ、このおんなのこらはぁーっ!」
男は、二人のスピードに翻弄されるように、血走った目玉を左右にぎょろりと動かす。
「こっちだ! お前の相手は、あたしだよ! この変態め! あたしの町で、とんでもないことしやがって! お前みたいなやつは、絶対許せない! 女の敵だーっ!」
「ぐふふぅー。ぐぬぬー。ば、ばばばば、ばかにしやがってぇー」
的を絞らせないように、ジグザグに小紅は動き回る。
男はナイフとスタンガンを振り回し、細い路地の中、鈍い動きで小紅を追い回す。
なぜか水穂には、目もくれていないようだ。
「だいじ? だめか。まだ、意識を失ってる。・・・・・・よいしょっと・・・・・・。えいっ!」
水穂は、少女を抱きかかえ、軽い当て身で気合いを入れて、活を入れた。
「・・・・・・けほっ。・・・・・・あ。え? わ、わたし・・・・・・。あれ? 柏沼高校の制服?」
「よかった! あなた、この近くの一年生だね? 怖かったでしょ! もう大丈夫!」
「わ、わああぁーん。ほんと、怖かったです! ・・・・・・あ、あの男は?」
「だいじだよ。いま、やっつけて警察に突き出すから! 小紅センパイが、ちゃちゃっと退治してくれるからね! さ、あなたは、もうここから逃げたほうがいいよ。ね?」
水穂は、少女に白い歯を見せて明るく笑みを見せる。
「は、はい! で、でも・・・・・・。みなさんは・・・・・・?」
「私らのことは大丈夫。まかせといて! だいじだから。さぁ、急いで、行ってー?」
「わ、わかりました! ・・・・・・怖かった。あ、ありがとうございました!」
少女は、水穂にぺこりと頭を下げ、自転車を起こして一目散に別道から去って行った。
「ぶふふふー。ぶおおおーっ! うにゅわぁーーっ! ぶふふー・・・・・・」
「・・・・・・女子を、こんな卑劣な道具と凶器で襲うなんて! この、ろくでなしがーっ!」
キュンッ! ダシュッ! ドガアッ!
小紅の強烈な蹴りが、男の右手首を蹴り上げた。そしてその手から、白刃が闇夜に飛ぶ。
・・・・・・カランッ カララァンッ
ナイフが、路地の脇にある側溝へ落ちる。
次の瞬間、小紅の左足は、男の右側頭部へ上段回し蹴りを放っていた。
黒く短いスカートが、漆黒の闇の中で風を生み出し、ふわりと花開く。
ギュンッ ・・・・・・ベシイイィッ!
「ぶきょぉー・・・・・・。ぶべぇーっ・・・・・・」
「自分のやったことの罪を、このあたしの蹴りで思い知れ! 変態めーっ!」
・・・・・・どしゃっ・・・・・・
男は、声にならぬ声をあげ、小紅の回し蹴りを受け、その場に膝から崩れ落ちた。
「水穂ー、終わった。こいつ、警察に突き出そう。とんでもなく気味悪いやつだったねー」
「あーもう、夢に出そう! 小紅センパイの鮮やかな蹴りで、気持ちよく終わったけどー」
「狙った子をつけ回すだけじゃなく、スタンガンで意識飛ばして、エロいビデオまで撮ってたなんてな。すっごく最悪だよ! こんなやつが、あたしらの近くにいたなんて・・・・・・」
「ビデオがお金になるとか言ってましたよね? えぇー。キモいーっ! 完全に、犯罪じゃないかー。このブタみたいな男、最低ーっ・・・・・・」
・・・・・・ずずず ・・・・・・ずいっ
「「 え! 」」
小紅と水穂が話していると、倒れていた男は、その場でふらふらと立ち上がった。
「んぐふふぅー・・・・・・。ぼ、ぼぼぼくのかお、蹴ったな。で、でももも、お相撲をやってたぼ、ぼぼくには、軽いもんだぎゃ。ぶふふー。ぶぐふふー・・・・・・」
カチッ! ブウウゥンッ! バチチッ! バチバチチチッ!
再び、男はスタンガンのスイッチを入れる。
そして、ジャケットの懐から、何か小さなスプレー缶のようなものを取りだした。
「こ、このおデブ。小紅センパイの蹴りを受けても、立ち上がるなんて・・・・・・」
「なんだろう、あの缶。・・・・・・水穂、悔しいけど、じーちゃんの言った通りだ。何か、あいつに投げつけるもの、近くにない?」
「小紅センパイ・・・・・・。確かに、得体の知れない物と、スタンガン相手に、素手は無理ね。えーと、投げつける物、投げつける物・・・・・・。わー、暗くて見つけにくいー。やばっ!」
「水穂、早く! 何かない? 何でもいいから!」
小紅と水穂が、少し焦りを見せる。その隙に、男はスプレー缶のトリガーに指をかけた。
・・・・・・ぶしゅわぁーーーーーっ!
「「 うあっ! けほけほっ・・・・・・。な、なにこれ! 」」
怪しいものを噴霧され、闇夜で苦しむ二人。
男は足を引きずり、小紅と水穂に向かって不気味な笑みを浮かべ、重々しくゆっくりと近づいてくる。




