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出動!悪行清掃人!   作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
#1 町を汚すな! ろくでなし!
2/84

~ファイル2 栃木県立柏沼高等学校 空手道部~ 


   ~~~♪ ~~~♪♪ ~~~♪♪♪ ~~~♪

 

 ありふれたチャイムの音が、校舎内に波打つように流れてゆく。

 小紅はそれと同時に、教室の机に突っ伏していた。


「やっと終わった・・・・・・。なんか、授業も六時間目までは疲れるなー。仕方ない、武道場で、今日も暇つぶしして、休むとするかなー・・・・・・」


 校舎内には、たくさんの生徒の声が響く。

 帰りのホームルームも終わり、部活動へ向かう者、帰宅する者、課外授業に向かう者と様々だ。

 小紅は、ペンケースや教科書類をバッグに詰め、校内の武道場へ向かう。その足取りは、軽快とは言えない感じであるが。


   ・・・・・・たたたたたっ・・・・・・


「小紅セーンパイっ! お疲れさまーっ! 今日の夜、道場で組手の相手してくれませーん?」

水穂(みずほ)かー。相変わらず元気ねー・・・・・・。あたし、どーも部活は気分乗らないんだよなぁ。道場でなら、めいっぱい相手してやるよー」

「やったぁ! 小紅センパイ、ほんと、部活の稽古になーんでそこまで力入らないんですかー? センパイと私とミオの、同門生三人だけしか経験者がいないから?」


 小紅の周りをちょこまか動きまわっているのは、二年生の稲葉水穂(いなばみずほ)

 ここ柏沼高校空手道部かしぬまこうこうからてどうぶには、小紅と水穂の他にもう一人、二年生の篠原澪(しのはらみお)という経験者がいる。

 二人とも、小紅の家である早風館道場の出身。他の部員はみな、高校の部活で空手を始めた初心者上がりらしいが。


「そういうわけじゃなくて。あたしは、試合の勝敗がメインの部活に、やる気が以前から起きないだけ。街中の実戦で、悪いやつを懲らしめる方が好きなんだよねー」

「小紅センパイ、柏沼市内じゃ有名だもんねっ! 柏沼署の人や、柏沼北交番の人とも、もう知り合いだもんなぁ。私も、センパイくらい強くなりたいよー」

「水穂も澪も、十分に強いじゃない。昔から、じーちゃんやあたしに鍛えられてるんだしさ?」


 小紅は、肩にバッグを担ぎ、飴を舐めながら水穂に語りかける。


「でも、小紅センパイには歯が立ちませんしー。センパイも本気で試合やれば、県内トップランクの等星女子高(とうせいじょしこう)にも、楽勝で勝てるのにー。私もミオも、本気でそう思ってますから!」

「ふふっ。ありがとね。等星かー。ま、あたしはあんまり興味ないから、いつか、等星超えする後輩がいれば、その子に役割を譲るよ。あたし、もう、試合に興味湧かないのー」

「小紅センパイがインターハイ出るの、見たいのになぁ。次のインターハイ予選で高校の試合も最後じゃないですかー。・・・・・・あ! そ、そういえば、話変わるけどっ!・・・・・・」

「ん? どうした、水穂。なに?」

「今朝、ミオが言ってたんですけど・・・・・・。市内で、女子をつけ回す男が最近いるって。昨日も、柏沼東高校や柏沼農商高校の子が、夕暮れ時に襲われたって言ってて!」

「な、なぁにーっ! なんだそのろくでなしは! 水穂、もっと情報教えて! 今夜の組手は無し! あたしがそんな変態、野放しにしておくわけないでしょ! 退治に行くよ!」


 細い眉が吊り上がり、怒る小紅。その横で、水穂は道着のバッグを抱えて苦笑いしていた。

     


     * * * * *



「「「「「 たあーっ! えいやーっ! たーっ! 」」」」」


   タァン  パパァン  タタァン  パパァン


 武道場内に、大勢の元気な声が響く。

 床板を踏む音、白い道着の擦れる音、技が空気を割く音が混ざり、場内に活気が漲っている。

 男子も女子も、ひたすら部員みんなで汗を流している。・・・・・・ただ一人を除いて。


「(・・・・・・あたしの住む町に、まだバカなことしてるやつがいるなんて、許せない!)」


 小紅は、道着姿ではあるが、武道場の隅にあるマットの上に座り、何か考え込んでいる。

 まったく稽古に加わる様子はないようだ。


「ねぇ、水穂ー・・・・・・」

「ん?」

「いつものことなんだがさ、小紅サン、今日はまたどうしたんだろう?」

「あー。いや、ミオが朝言ってたあれをセンパイに言ったらさー・・・・・・」


 水穂と澪は、小紅の様子をちらちら窺いながら、稽古をしていた。

 他の部員は、もう慣れているのだろうか。こうして小紅が稽古に混ざらず、ひとり瞑想するかのように考え込んでいる姿を、あまり気にしていない。


「・・・・・・はー、やっぱりそうか。そんなことだろうと思った。小紅サン、絶対に退治しに行くって燃えちゃうだろうから、水穂にこっそり言ったのに・・・・・・」

「ごめんごめん。・・・・・・だからミオさ、そーゆーわけで小紅センパイに付き合うようになっちゃったから、今夜、道場よろしくね? 早乙女先生には、私からうまく言うから」

「気をつけてよね? わたしが分析した感じだと、例の奴は、おそらく今夜、この柏沼高校の女子を狙うと思う。出没するのは、たぶん大通りから外れた路地あたりかと・・・・・・」


 澪は、部員の中で唯一の理系コース。しかも、七組から九組まである理系コースのうち、難関国立大学を狙う選抜進学クラス、通称「理系選抜」の女子だ。

 小紅が退治に向かおうとしている相手の行動範囲や出没傾向を、既に分析済みのようだ。


「いつもありがと! ミオの頭脳と、私の情報量と、小紅センパイの腕があれば、柏沼市近辺で悪さするやつ、いなくなるよねー」

「無茶はしたくないんだけどね。わたしも水穂も、小紅サンほどの腕は無いけど、バカなことして人様に迷惑掛ける奴は、何とかしたいよね。そういう奴、好きじゃないもの!」

「そうそう。・・・・・・あ、私、今夜はセンパイと用事済ませたら道場戻るからね。それまで、ちびっ子達の指導、ミオ、頼むね? あとで、ファミレス『モモミヤン』のデザートおごるからさ?」

「危なくなったら、すぐ警察に連絡しなよ? ・・・・・・デザートは『もも杏仁』ね!」

「はいはーい。じゃ、稽古を続けようかっ! ミオ、かかってこいーっ!」

「臨むところだよっ。いくぞ、水穂ーっ! せやーーっ!」


   ・・・・・・ズパパパパァンッ!


 静かな小紅をよそに、他九名の部員は、日が暮れるまでめいっぱい汗を流していった。


「本日の稽古を終わります! 正面に、礼! お互いに、礼!」

「「「「「 ありがとうございました! 」」」」」


 主将を務める三年男子、杉山幸徳(すぎやまゆきのり)の声が響く。

 部活稽古が終わり、男子も女子も制服に着替え、帰宅の用意だ。

 一年生の松本将輝(まつもとまさき)大山文乃(おおやまふみの)中根弥咲(なかねみさき)が、稽古用具を片付け、部室まで運んでいった。


「先輩、お疲れさまでした! お気を付けて! 稲葉、篠原、また明日な!」


 二年男子の菅沼優雅(すがぬまゆうが)が、自転車のペダルをこいで、手を振って帰っていった。

 その後ろを、三年部員の小林治生(こばやしはるき)も、笑顔で手を振り自転車で帰っていく。


「よぉ、早乙女さぁ・・・・・・」

「何? あたし、これから忙しいんだけど?」


 水穂と澪を両脇に連れて正門を出ようとする小紅を、三年部員の加藤峻(かとうしゅん)が呼び止める。


「この間、うちのクラスの常盤(ときわ)が、お前に助けられたんだって? 他校の不良と乱闘になったそーじゃんか! 頼むぜ? 揉め事や問題行動だけは、ほんと、頼むぜ?」

「乱闘じゃないよ。あたしが優太を助けただけよー。乱闘ってのは、乱れ闘うってことでしょ? 乱れるまでもなく、あっという間に一掃してあげたから、安心してよー」

「そ、そーいう問題じゃねーんだってば。万が一のことがあったら危ねーし、部員全員が連帯責任で部活停止にでもなったら、やばいだろー? ほんと、頼むぜー?」

「優太は、あたしが気心許せる幼馴染みの男子なの。ろくでなしどもにやられてるのを、あたしがそれを黙って見過ごせるわけないでしょうよ!」


 加藤は困った顔をして、くしゃくしゃと短い髪を手でかき乱した。


「まぁまぁ。加藤センパイ、私やミオもついてますから。だいじですよー」

「・・・・・・お前ら、昔から空手やってる有段者だしな。心得てくれてるとは思ってるけど、部員として心配だからよー。ほんと、気をつけてくれな? ・・・・・・お疲れ! またな!」


 心配そうな表情を残しながら、加藤は小紅たちとは逆方向へ帰っていった。


   びゅわぁっ  ひゅうぅー・・・・・・


 生温かく、湿った風が吹き抜ける。

 日が暮れかけている中、心に火を点けた者が三名、ゆっくりと並んで歩いている。


「水穂! 今夜七時半に、いつもどおりスパッツを履いてから、うちの近くの公園に集合ね?」

「はーい。わかりました。じゃ、道場に顔出してから向かいますね、小紅センパイっ!」

「・・・・・・澪、ろくでなしの予想出現場所は? 時間とかも、推測できる?」

「おそらく、豪邸山公園(ごうていやまこうえん)の裏にある路地かと。時間的に、夜八時前。今日は、うちの生徒が奴の標的にされる確率は高いと思われます。狙われるとしたら、その場所かも・・・・・・」

「良い分析、いつもありがとう。・・・・・・豪邸山公園というと、西柏沼に近い方か。よーし、とっ捕まえて、二度と悪さできないように、懲らしめてやる! 覚悟しろよー、ろくでなしめ!」


 拳を掌で包み、眼に炎を灯す小紅。

 水色縁の眼鏡をくいっと指で上げ、凛とした眼の澪。

 制服のリボンを外し、にやっと明るく笑う水穂。

 女子を狙ってつけ回し襲うという、噂の男を退治しに、三人は動き出した。



     * * * * *



「こんばんは。早乙女師範。澪です。本日も、おねがいします!」

「こんばんはー。早乙女先生ー。稲葉水穂でーす!」


 澪と水穂は、靴を脱ぎ、早風館道場の玄関から道場に上がる。

 道場には、門下生のちびっ子や壮年部の大人たちが、集まってきていた。


「んん? なんじゃ? 今日は、小紅と一緒じゃなかったのけ?」

「早乙女先生。小紅センパイは、今日は用事があるようで、そこに直接向かうそうです」

「用事? なんだべ? わしゃ、聞いとらんぞぃ? また急だなやー」

「先生ー。それで、私もちょっと今夜は用がありまして、この挨拶だけで、いったん帰りたいんですがー。すみません! 用事済ませたら、また稽古に来ますんでー」

「そーかそーか。忙しそうじゃの。用事じゃ仕方ねーべ。・・・・・・まったく小紅め。まぁた、危なっかしいことに、首さ突っ込む気だべな、きっと・・・・・・。水穂も大変だのー・・・・・・」


 源五郎は溜め息をついて、白い髭を指でふさふさと撫でている。


「(ミオ、これさ・・・・・・ばれてるのかな?)」

「(・・・・・・たぶん。まぁ、いつものことだろうし・・・・・・)」


 水穂と澪は、微妙な笑みを浮かべて顔を見合わせる。


「で? 澪はきちんと稽古していくんけ?」

「はい。わたしは最後まで稽古していきます。早乙女師範、ご指導、お願いします!」

「ふぉふぉふぉ。えーよ、えーよ! ・・・・・・水穂ぉ!」

「は、はいっ?」

「この後、小紅に、よーく言っとけ? 実戦では、素手にこだわる必要はない、とな!」

「? は、はぁ。わかりましたー」


 源五郎は、やれやれと言いながら、他の門下生たちに準備運動を始めるよう指示を出す。


「ねー。こべにちゃん、こないのかよー。みずほちゃんも、かえるの? つまんねーの!」

「ぼくも、くろおびのおねえちゃんがそろわないと、なんかつまんないよー」

「おれも、こべにねーちゃんや、みずほねーちゃんにも、おそわりたかったねぇー」


 白帯や黄色帯のちびっ子たちが三人、水穂と澪の前に、わいわい集まってきた。


「小紅サンは、お休みなの。ほら。ヤスもユウキもナオも、行きな。師範が呼んでるよ?」

「ちぇっ。きょうは、みおちゃんしかいねーのかよー。あーあー。なんだよぉー」

「もんくいうな、いのうえ。みおねーちゃんもつよいんだから、おそわろうぜー」

「たむらくん。ぼくは、どのおねえちゃんも、つよいとおもうよ。くろおびだもん!」


 ちびっ子たちは、道場の奥へ、パタパタと駆けていった。

 その後ろから、一礼し、澪も道場の中央へ。水穂は一礼し、靴を履き直して玄関を出た。澪はそれを、静かに目で追っていた。


「(ごめんっ! じゃっ、あとよろしく、ミオ! 済ませたら戻るから!)」

「(気をつけてね。小紅サンと、無事に帰ってきてよね? ファイト! 頼んだよ!)」


 澪は準備運動を始めた。水穂は、そっと道場玄関の戸を閉め、小紅のもとへ宵闇の中を走っていった。


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