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出動!悪行清掃人!   作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
#5 小紅、華蓮、みかん、三人のオンナノコ!
21/84

~ファイル21 安藤みかん、実戦初陣!~ 

「(いつ以来だろう。こんなゆっくりと何も考えずに、ここを歩くのは・・・・・・)」

 

 商店街にある様々なショップを眺めながら、みかんはオオイヌ通りをあてもなく歩いていた。

 駅とは違い、オオイヌ通りの人出はまばらで、あまり通行人はいないようだ。


「あ! なんかこれ、いいな。・・・・・・また、見に来ようかな」


 雑貨店にあった橙色のマグカップを手に取り、みかんは自然な「女の子」としての笑顔を見せる。


   ガチャン!  パリィンッ!  ガララアーンッ!


 その時だった。突如、オオイヌ通りに、ガラスの割れるような音と、重い金属が転がるような音が響いた。


「な、なんだっ?」


 みかんは、音のする方へはっと目を向ける。

 すると、その先には、ふらふらとした足取りで、左右に揺れながら歩く大柄の男の姿が。

 居酒屋の外に置かれている空いた一升瓶や、洋服店の外にあった立て看板などを倒しながら、男はみかんの方へ少しずつ歩み寄ってくる。


「・・・・・・なんだ、あの男? 昼間からふらついてる。・・・・・・酔っ払いか?」


 みかんは、怪訝な表情を浮かべつつ、目を伏せようか迷ったがその男から目を離せなかった。


「最近、変な人多いのよー。怖い事件や、怖い連中も、増えてるしねー」

「・・・・・・そうなんですか?」

「・・・・・・やんなっちゃう。警察も、忙しいのかしら? 最近、治安悪いのよ・・・・・・」


 雑貨店のおばさんが、マグカップを棚に戻したみかんに、呟いた。


   ・・・・・・ふらふらら  ガチャン! パリィン!


 男が少しずつ近寄ってくるにつれ、その異様な雰囲気が次第にみかんにも伝わってきた。


「(酔っ払いじゃない! 目がうつろだ。変な人! 関わり合いにならない方がいいな。私には関係ないし・・・・・・)」


 みかんは、ごくりと生唾を飲み込み、額に滲んだ汗をさっと拭う。


「・・・・・・見せてくれてありがとうございました。今度、買いに来ます」


 おばさんに頭を下げ、そそくさと店を出るみかん。

 怪しい男に対してくるりと踵を返し、一気に走った。


「・・・・・・んげ? ・・・・・・んぐぐ。・・・・・・まぁてぇー」

「! な、なんで? 私を追ってくる!」


 ふらついた怪しい男は、みかんが走り出したのが目に入ると、まるで犬が逃げる獲物を本能で追ってしまうかのように、一気に走り出して追いかけてきた。

 残暑厳しい季節なのに、よれよれの長袖ジャケットとズボンで、なぜか空き缶を持っている。行動も服装も、何もかもが異様な感じの男。

 みかんを追いかけるその速さは、一般男性と比べても異様に速い。


「り、陸上でもやってたのか、あの男? あ、足が速い! まずい!」

「まぁてー・・・・・・。おーい・・・・・・おーい・・・・・・。おでと、あそぼぉぉぉー・・・・・」

「何だと言うんだ、いったい! ・・・・・・面倒だな・・・・・・」

 

 男の追走から逃げるみかん。

 その時、ふっと脳裏に、ある記憶が甦った。

 

 ~~―――。

  

「だーかーらー、みかん! あんたの勝ちだって! いーじゃん。優勝なんだし!」

「お前は、空手道競技を軽く見てるだろ! 実戦のほうが、そんなに面白いのか!」

「まぁ、そうね。だって、競技空手じゃ、実戦とは緊張感がまるで違うんだもんー」

「なんっだそれ! ダメだ! やり直せ。もう一度、真剣に私と勝負しろっ・・・・・・」

 

 ―――~~。


「(・・・・・っ! 早乙女・・・・・・。競技じゃ実戦と緊張感が違う? ・・・・・・本当なの?)」

 

 ぴたりと、みかんは突然足を止めた。そして、追ってくる男に対して、振り向く。

 逃げているうちに、いつしかオオイヌ通りから一本はずれた路地に入っていた。

 周囲に人通りはなく、いまそこにいるのは、異様な男と、みかんだけ。


「(私は、等星女子高の主将。インターハイも決勝戦までいった。日々、きちんと稽古している。強豪校とも、普通に戦える。勝てる。なのに・・・・・・早乙女は、それでも実戦の方が競技より緊迫感があるようなことを言ってた。周りは、誰もいない。ならば・・・・・・)」


 みかんは、男に対して、拳を二つ向けて、すうっと構えた。


   ・・・・・・シュタタン  シュタタンシュタタン  タタンッ  タタンッ


 組手の試合と同じように構え、その場でみかんはステップを踏む。

 男はそれを見ても、全く気にしていない。どんどん、ふらつきながら寄ってくる。


「(自分から手を出したら、だめだ。あくまでも、この男が先に仕掛けてくれないと・・・・・・)」

「びゃー・・・・・・。おでと、あそぼぉー・・・・・・。さけのもぉー・・・・・・。しゅるしゅるるーっ」

「(き、気味悪いな。でも、私がこんな不審者に、やられるわけない。・・・・・・早乙女、お前がそこまで言い放ったからには、一度だけその世界、体験してやろうじゃないか!)」

「みぃつけたぁー・・・・・・。おでと、あそぼぉー・・・・・・。うきゃーっ!」


 男は、みかんに抱きつくかのように、両手を広げて一気に飛びかかった。


「(来た! やっぱり、遅い! 素人だ! ・・・・・・身を守るためってことで、許してくれ)」


 みかんは腰を落として拳を強く握り込んだ。そして、心の中で「許せ」と言って、飛びかかってきた男の動きを一瞬で読み切った。


「せぇやあああぁーーーーーぃっ!」


 みかんの気合いが、路地裏に大きく響く。


   ・・・・・・パパァァーーーンッ!


 電光石火の突きが乾いた炸裂音を放ち、男の胸元へ入った。

 男は、ぴたっと動きを止めた。


「・・・・・・やっぱり、遙かに試合の方が緊張感あるじゃないか。まぁ、こんなもんか」

「・・・・・・んぐふ? なんなのぉー・・・・・・? おでとー・・・・・・あそぶのぉー?」

「! な、なんでっ!」


   ガシャアァンッ・・・・・・  ぱりぃん!


 だが、男には、みかんの突きは全く効いていない。

 近くにあったビール瓶を割り、男はまた、みかんの方へ振り向く。その瞬間、みかんは男の腹に中段突きを素速く入れ、また離れる。


「・・・・・・ほえ? ぺちんぺちんだぁー・・・・・・」

「! な、なんでなの! 私の突きが、効かない?」


 みかんは、青ざめた。

 これはまずいと思い、後ろに向きを変え逃げようとした。

 だが、何かに足をとられ、うまく動けない。


「あ! な、なにこれ! ゴミ袋?」

 

 路地裏にたくさん散らばっていたビニールのゴミ袋が、みかんの足下に絡みついていた。

 男は、割れて刃物のようになった茶色のビール瓶を持って、近寄る。

 冷や汗を垂らし、さらに青ざめるみかん。男は、腕を振り上げ、一気にみかんへ飛びかかった。

  


     * * * * *



   ドグシャアァッ!  ドバキャッ!  ゴシャドシャアァンッ!


「あ・・・・・・。えっ? ・・・・・・な、何が・・・・・・っ!」


 男は突然、交通事故にでも遭ったかのように、ゴミ置き場に吹っ飛び、ぱたりと倒れた。

 呆気にとられているみかんの顔の横で、赤いシューズがゆっくりと、引き戻って行く。


「なーんであたしは、こういう場面に出くわすんだか・・・・・・って、みかんじゃん!」

「さ、早乙女っ!」

「小紅チャン、この子は? お友達?」

「等星女子高の、安藤みかん。友達っていうか、昔からの空手つながり・・・・・・かな?」


 みかんの後ろから疾風の如く現れたのは、小紅と華蓮。

 みかんは、何が起こったかがわからない様子で、小紅の顔を見ていた。


「せっかくあたし、じーちゃんの言葉を噛み締めてたのにー。また、こうなるとは・・・・・・」

「な、夏休みだからとはいえ・・・・・・なんで、早乙女がここに?」

「この、三島華蓮に呼ばれてね。そこの奥にある、新しいラーメン屋へ行くとこだったの」


 みかんは、ちらりと華蓮のほうへ目を向ける。ぺこりと頭を軽く下げる、華蓮。


「あんたこそ、一人でなぜこんなとこに? あ! あんたも、ラーメン食べに来たとか?」

「い、いや。・・・・・・別にそんなんじゃ・・・・・・」

「あ、そう。しっかし、さっき、見てたけどさー・・・・・・。わかった? かつて、あたしが言った意味。・・・・・・さっきのが、まぁ、実戦ってやつだよ。ごく簡単なやつだけどさ?」


 小紅がさらっと言った発言に、みかんは驚いて目を丸くした。


「ご、ごく簡単だって? ・・・・・・私の突き、あの男には、全然効いてなかったんだぞ!」


 動揺するみかんに、小紅は、ふーっと息を吐いて、冷静に言葉を返す。


「あんたさぁ、踏み込みも技の距離感も、実戦では少し狂ってるんだよな。さっき、ちらっとだけ見えたけど、競技用の空手としての間合いになってたよ? あれじゃあ、効かないわ」

「えっ! きょ、競技用の空手の間合いだって? どういうことだ、早乙女!」

「あんた、あの男のこと、本気で倒そうと思って突いた? 一撃で仕留める気でさ?」

「ほ、本気で、倒そうと思って・・・・・・だと? そこまで意識が、回ってなかった・・・・・・」

「そうそう。その意識一つで、ぜーんぜん違うんだよ。例えば、踏み込む距離が三センチ違うだけで、めちゃくちゃ重さが加われば、逆に、軽くなっちゃうこともあるの」

「わ、私は・・・・・・競技用の空手・・・・・・だったのか? 正直、こ、怖かったぁ・・・・・・」


 みかんは、小紅と華蓮の前で、一気にがくりと膝の力が抜けたように座り込んでしまった。


「ま、無事で良かった。みかんも、ラーメンでも食べて話さない? 華蓮ー、いいかな?」

「ぜひ! わたくしはオッケーよ! 安藤さん、よろしくね! いろいろ話、聞かせて?」

「・・・・・・よ、よろしく。・・・・・・す、すまなかった、早乙女。助かったよ。ありがとうー」


 みかんは、小紅と華蓮に連れられ、複雑な表情を浮かべたまま、一緒に路地裏のラーメン屋へ入っていった。


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