B×B×Vampire10
「何はともあれ、一応大団円ってやつ? ホノカ頑張ったね。やっぱあの殺し文句が効いたのかな?」
口元を隠しながら息を吐くレオ。
そういえば、ハイネグリフも殺し文句がどうとか言っていた気がする。その時は流したけれど、こうしてまた言われると気になってくるな。
「ハイネグリフも言っていたけど、その殺し文句っていうのは何?」
レオはあー、と呟いてちらとハイネグリフを見た。ハイネグリフもレオを見たが、黙秘することにしたらしい。口を開く素振りもない。仕方なくといった様子でレオが口を開いた。
「えっとね。吸血鬼にとって吸血行為ってもちろん食事なんだけど、もう一つ意味があるというか、効果があるんだよ」
「どういう効果?」
「うーんとね、興奮するんだよね」
「興奮? ふぅん」
それは饒舌になるハイネグリフや戦闘狂になるアイゼンバーグみたいなものなのだろうか。確かに異常だけれど、そこまで気にすることでもなさそうだ。
「ホノカ分かってないでしょ」
じっとりした目を向けられて首を傾げた。
「どういうこと?」
「んー。言いにくいんだよね。まぁ、えーっと、女の子がどうなるかは知らないんだけどさー」
「勃起します」
「は?」
ちょっと意味が分からなくて突然入って来たサンダーさんを見つめた。いや、その、言葉の意味は分かる。さすがのアタシもそこまで初心ではない。そういうことではなく、その単語が出て来たことに対する疑問だった。
「サンダーもうちょっとオブラートに包めば? せっかくオレが言葉を探してたのに台無し」
「此奴にそんな気遣いが出来るわけがないでしょう」
二人は呆れている。ちなみにフェリックスさんは苦笑気味だ。
「いいじゃないですかいいじゃないですか! きっぱりはっきり言ってやればいいのですよ! 吸血鬼の吸血行為は疑似セックスだと!!」
ゴッ
ハイネグリフが銃のグリップでサンダーさんの後頭部を殴った!
「やや!? 痛いですよハイ!」
後頭部をさするサンダーさん。
「貴様がマスターの前でも口を慎まないからだ」
フェリックスさんがいなかったら許したのだろうかと単純な疑問が浮かんだが、聞くつもりはない。
「まぁ、うん、そういうことなんだよホノカ。基本的には吸った側にそういう効果があるんだ。吸われた側も、催淫効果のある毒を流し込まれればそういうことになるんだよね」
そうなのか。吸血行為ってただ血を飲むだけではなくてそういうことも出来てしまうのか。つまり、アイゼンバーグはさっきアタシの血を吸ったから、その……。あれ、ちょっと待てよ。さっきのアタシのあの気分ってもしかしてそういうことなのか?
ちらとアイゼンバーグを見てみる。アタシの視線に気づいたアイゼンバーグはにやりと笑った。その笑顔で確信してしまった。アイゼンバーグはそういうつもりだったんだ!
突然ぼっと顔が熱くなるのを感じた。アタシは思わず顔を反らし、話を戻すことにした。
「それで、その、殺し文句って?」
元はと言えばそれを聞きたかっただけなのだ。それがどうしてこんな話になってしまったのか。
「貴方『アタシの血を吸って』と言ったでしょう。覚えていないんですか?」
覚えていたので頷いた。
「言った」
「今の話を踏まえて、自分がどういうことを言ったのか考えてみなさい」
自分がどういうことを言ったのか考える? アタシは血を吸ってほしいというそのままの意味で言ったのでそれ以上の意味なんて考えられない。
首をひねっていると、ハイネグリフは「貴方って本当に馬鹿ですね」とため息を吐いた。答えにいたらなかったアタシのために、レオが「あのね」と解説してくれる。
「吸血鬼に『アタシの血を吸って』と言うのは『アタシを抱いて』と言うのと同じなんだよ」
「なっ!? え!? アタシそういう意味で言ったんじゃないよ!?」
「知ってたらホノカは言わなさそうだから、そうだろうとは思ってたけど。オレもビックリしたんだからね。というかすごいなって思った。これだけ吸血鬼がいるところで言うなんてねー」
にししと笑うレオ。
「なんとなんと! そんなことを言ったのですか! さすがはホノカ! ホノカは大胆ですね! よければ私ともどうですか!?」
サンダーさんはにこにこ笑っている。
「知らなかったとはいえ、発言には気をつけなさい。どうなっても知りませんからね」
ハイネグリフはため息交じりだ。
「吸血鬼も男であり、女だ。付き合い方は自由であるべきだが、意図しない事が起こらないよう、気をつけたまえ」
フェリックスさんの優しい表情を見ていると妙に恥ずかしくなる。
知らなかったとはいえ、アタシはそんな恥ずかしいことを言ってしまったのか。なんかちょっと逃げ出したくなってきた。アイゼンバーグの顔が見られない。というかみんなの顔を見るのも恥ずかしい! だんだん顔が熱くなってきた!
とりあえずアイゼンバーグに腰に手を回され、足の間に入れられている状況から逃げ出そうと身を捩った。しかし、アタシの腰に回されていた腕に力が入って逃げ出せなかった。
反射的にアイゼンバーグを見た。彼はいつものように片方の口角を上げた顔で言った。
「逃がさない」
ぐっと抱き寄せられて身体がくっついた。さっき噛まれた方の首に顔が埋められ、柔らかい髪と唇と思しきものがゆっくりと肌を這った。
うわぁぁぁ! めちゃくちゃドキドキする! 心臓が爆発しそう! 顔が燃えるように熱い! 死にそうで声も出ない!
「わーお。見せつけてくれるね」
「いいですねいいですね! 混ぜてもらいましょうかね!」
「時と場所を考えなさい」
「仲睦まじいことは良いことだ」
「見てないで助けてよ!」
「気を失うほど可愛がってやろう」
「ちょっと! どこ触ってるの!?」
それからアタシたちは夜明けが迫ってきていることに気づくまでわいわい騒いでいた。アタシには割と死活問題だったのだけれど、この時の空気は和気あいあいとしていて楽しかった。
吸血鬼になれるかどうか分からない。吸血鬼になったとしても平穏に暮らせるかどうかは分からない。とにかく先が真っ暗としか思えなくてどうなることかと心配していたけれど、思ったより大丈夫そうだ。黄の吸血鬼たちはみんな優しいし、アイゼンバーグだってアタシをずっと守ってくれていたあの日の彼と変わらない。黄の吸血鬼とアイゼンバーグが喧嘩することもなさそうだ。
アタシはもしかしたら最高の幸せを手に入れたのかもしれない。大好きな人とずっと一緒にいられるのだ。こんなにも嬉しいことはない。
そう思えたこの時が、一番幸せだったのだろう。




