B×B×Vampire09
ザパッ
地上に身体が引き上げられた。乱暴に地面に転がされる。海水に浸かっていた所為なのか身体が動かしにくくて、アタシはそのまま転がっていた。
「バカホノカ! 心中なんて許さないよ!」
レオが泣きそうな顔で覗き込んできた。アタシを引き上げたのはレオ?
「無茶をする人ですね。本当に破滅願望があるとしか思えません」
ハイネグリフは眉間にしわを寄せている。ハイネグリフも手伝ったのだろうか。
「いやはや。ホノカが海の中に消えた時は驚きました」
サンダーさんの声がする。こっちに来てくれたのか。
「ホノカ君、アイゼンバーグ。身体に不調はないかね? 海水が吸血鬼にどのような害を与えるのかはまだ研究段階なのだ。不調があったら言いたまえ」
フェリックスさんの声もする。あれ。何か、フェリックスさんが気になることを言った気がするのだけれど、ちょっと頭がぼーっとしていて思考回路が結びつかない。
何とか頭の中の回路を繋げようとしていると、身体を持ち上げられた。というより、誰かに抱きかかえられた。とてつもなく優しく。
「アイゼン、バーグ……」
アタシを抱く人の顔が見えたので思わず口に出した。
アイゼンバーグだ。アタシの好きな人。アタシの大事な人。透き通るように白い髪から水が滴っている。アイゼンバーグも海の中に入ったのか?
「海水、大丈夫?」
手を伸ばして彼の頬を触る。アイゼンバーグはアタシの手に手を重ねて「あぁ」とだけ呟いた。
「良かった」
そう、それなら良い。自然と口角が緩んだ。すると何故かアイゼンバーグは息を飲んだ。
「……遅いか? もう、お前は、俺のものにはなってくれないのか」
数秒後、ぼそりとアイゼンバーグは言った。ほとんど唇の動かない、小さな小さな呟きだった。たぶんアタシが完全な吸血鬼になっていなかったら聞き逃していただろう。
「アタシは君が好きだよ、アイゼンバーグ。大切な人はもう一人、いるけど。それでも、アタシは君が好きだ」
アイゼンバーグはきつくアタシを抱きしめた。
あぁ、どうしてだろう、安心する。それから胸がドキドキする。彼のぬくもりが、アタシを抱きしめる腕が、頬に触れる柔らかい髪が、何もかもが愛おしい。アタシ、こんなにもアイゼンバーグのことが好きなのか。
彼を抱きしめ返した。喉が震えて目が潤む。頑張って良かった。ずっと求めていたものが、今腕の中にある。
「ホノカ。誓えるか。……今日より良い時も悪い時も、富める時も貧しい時も、愛を慈しみ、死が二人を分かつまで、俺と共にいることを、誓えるか」
きつく抱きしめたまま、アイゼンバーグは耳元で声を絞った。
なんだ、それ。結婚式の誓いの言葉ではないか。そういえばフェリックスさんがアイゼンバーグは教会にいたと言っていた。きっと、吸血鬼にも、人間の結婚式は素敵なものに映ったんだろう。
「ふふ。誓います」
何だか恥ずかしくて笑いながら答えた。
アイゼンバーグは身体を離し、アタシの目をじっと見た。空色の綺麗な瞳。アタシはこの瞳に恋をしたんだ。
アイゼンバーグの唇がアタシの唇に重なった。ビックリしたけど、目を閉じて応じた。
少し触れる程度で唇が離れた。ちょっとだけ惜しいなと思った。
「あ!?」
と思っていると、突然首に痛みが走った。アイゼンバーグの顔が首元にある。ずるる、とまた体液を啜られる感覚がした。
「あぁっ」
じゅるるるる
噛まれたところが甘く疼く。何か、おかしい。ローザンヌに噛まれた時とは違う。身体が熱くなってくる。
「んう……」
ず、ず、ず……
やだ、何か、何か、おかしい。身体の奥が熱をおびてくる。皮膚がぞわぞわして身がよじれる。何だ、これ。
ずるるるる
「あ、ん……」
アタシは思わずアイゼンバーグの頭に手を差し込み、髪を揉んだ。何これ。初めての感覚だ。身体の奥が熱くて、ざわざわして、気持ちが良い。やだ。何これ。ダメだ。何か、まずいことになる。これ以上は、おかしくなる。
「んあっ!」
逃げるように仰け反ると、アイゼンバーグの口は潔く離れてくれた。
「はぁ、はぁ……」
息がちょっと荒い。全身に違和感がある。何か、何だ? 何かおかしい。身体が火照っているとかではなく、何か……。
「ね、ねぇ、今、アタシ、どうなってる?」
当たりをきょろきょろして誰ともなく問いかけた。するとレオが答えてくれた。
「すっごいよ。右目が青で左目が黒。ちなみに髪の毛もピンクになった。え、何これどういうこと? ホノカは黒の吸血鬼でもあるし青の吸血鬼でもある、ハーフになっちゃったってこと?」
「前代未聞だ。これはもう、私だけの手には負えない事象だ」
フェリックスさんも息を飲むように言った。
アタシは愕然とした。
「ま、まじかー……」
どうやらまたおかしなことになってしまったみたいだ。理性のある野良でいるよりも、青の吸血鬼でいるよりも大変なことが起こってしまったのだ。アタシはまたおかしなことに巻き込まれてしまうのかもしれない。黄の吸血鬼のみんなを見れば分かる。みんな同じような複雑な表情をしている。違う表情をしているのはただ一人だけだ。
「ハハ。俺のものだ」
アイゼンバーグはどこか満足そうに笑っていた。珍しく純粋で楽しそうな笑顔に見惚れてしまう。彼の笑顔を見ていたらどうでも良くなってきた。この人が楽しそうなら、それでいいのかもしれない。




