B×B×Vampire08
「なに、これ……」
建物の上に立ち、二人の戦いを見たアタシは絶句した。
二匹の獣が殺し合いをしていた。姿形は人間だが、その戦いは人間のような理性ある存在には決して見えなかった。乱暴に相手の髪や衣服を掴み、殴り、蹴り、爪で皮膚を割り、噛みついて肉を抉る。周りの血飛沫の中には肉の塊のようなものも落ちている。
思わず鼻から口を手で覆った。むせかえるような血の匂いに、美味しそうな匂いが混ざっている。
これが青の王、アイゼンバーグの血の匂い!? すごい。正確に表現することが出来ないけれど、とても美味しそうな匂いだ。どうやら完全な吸血鬼になって嗅覚が変わってしまったらしい。この分だと味覚など、他の感覚も変わっていそうだ。
「オオオオオオ!」
「アアアアアア!」
言葉を失った両者が獣のような咆哮を上げた。
美味しそうなんて考えている場合じゃない。
なに、これ。二人ともどうしちゃったの? ギラギラ目を光らせて戦う二人が恐ろしくて口元に持ってきた手が震えてしまう。
「うっわぁ酷いね。あれは喧嘩じゃないよ。殺し合いだ。メスの取り合いしてる猛獣って感じ。猛獣というか化け物か」
アタシの隣でレオは口元を隠して感想を述べた。吸血鬼から見てもこれは殺し合いなんだ。アタシの感覚がずれている訳じゃない。二人はそれぞれ相手を殺そうとしているんだ!
「やめさせないと!」
「待ちなさい」
飛び出していこうとしたアタシの腕をハイネグリフが掴んだ。
「あんなところに飛び込んでいったら怪我をしますよ。破滅願望でもあるんですか?」
「ないよ! でもあんなのやめさせないと! 死んじゃうよ!」
こうしている間にも二人は殺し合いを続けている。また何かの塊が落ちた! これではホントにどちらかが死んでしまう!
「あれは果し合いのようなものだ。どちらかが死ぬまで続くだろう。我々には止められない。二人の問題だ。見守ってあげなさい」
フェリックスさんがアタシの肩を叩いて言った。
そんなの納得できない。死ぬまで続くって、そんなのおかしいじゃないか! どうして殺し合いなんかしなきゃいけないの!? こうしてただ見ているだけだったら、アタシの大事な人のどちらかが死んでしまうなんて!
「嫌です! やめさせます!」
「どうやってだね? ホノカ君はどうやって彼らを止めるつもりなのだ。彼らは本気だ。本気でお互いを殺そうとしている。話し合いの解決では決して納得できないから殺し合っているのだよ。相手を亡き者にしなければ解決しない、お互い譲れないものをかけて戦っているのだ。君はそれをどうやって止めるつもりなのかね?」
「それはっ」
答えられなかった。難しい問だった。アタシには彼らが戦っている理由が分からない。しかしそれを聞いたところでどうにか出来るとも思えなかった。フェリックスさんの言う通り、話し合いで解決するならこんなことにならないはずだ。誰かを傷つけなければ手に入らないものが、この世にはあるのだ。話し合いや駆け引きなどでは決して手に入らず、取り合わなければならないものがあるのだ。
でも……。
「どうにか出来るとして、君は、どちらを選ぶのかね?」
追い打ちのように問いかけられる。
もしどうにかするにしてもアタシはどちらかを選ばなくてはならないのか。両方を選ぶなんてことは贅沢すぎるんだ。
どうして世界はこんなにも難しいのだろう。どうしてこんなにも難しい問がいくつも転がっているのだろう。
アタシにはどちらも大切だ。どれだけ拒否されても好きだと思える人、アイゼンバーグ。強い絆で結ばれた、この人がいなければ生きられない人、ローザンヌ。どちらも同じくらい大切で、また、どちらも同じくらい失いたくなかった。アタシにどちらか選べと言うのか。どうしてこんな選択がアタシに迫ってくるのか。アタシは自分の運命を呪った。
あぁ、カミサマ。自分の大切な人が殺し合う世界があって良いのでしょうか。どちらかが死んでしまう世界があって良いのでしょうか。
いや、違う。そんな世界があって良いわけがない。アタシはどちらかが死んでしまう世界なんて認めない。
どうにかしてやる。この世界を、壊してまで。
「みんな、今までありがとうね」
意を決してアタシは走った。後ろから何人かの声が聞こえてきたけれど、残らず無視して戦い続ける二人に向かっていった。そうして十分近付いたところで屋上を力いっぱい蹴り、飛びついた。
どんっ
思い切り飛びついたので、飛びついた相手の身体もろともアタシの身体は宙に投げ出された。二人して建物から落ちていく。
さぁ、壊れてしまえ、私の世界。ただ、たった一人を巻き添えにすることを許してください。
アタシは祈りながら叫んだ。
「アタシと地獄に落ちて、ローザンヌ!」
壊れた世界に連れていくなら、この人だ。
ローザンヌが逃げられないように抱き着いて腕を絞めた。彼の馬鹿力なら簡単にアタシから逃れられるかもしれなかった。でも、ローザンヌは大人しくアタシの腕の中にいた。
どうして抵抗しないんだろう。疑問に思っていると、彼の腕が背中に回ってきて抱き返された。驚いて彼の胸に押しつけていた顔を上げようとした。
ザパァァァァンッ
その瞬間、アタシとローザンヌは海に落ちた。落とすつもりだった。吸血鬼は海水の中では動けなくなるから、そうすれば、どちらも傷つくことがなくなると思ったのだ。
どうして彼は抵抗しなかったんだろう。どうしてアタシを抱き返したんだろう。聞いてみたいけれど、口が動かない。半信半疑だったけど、動けなくなるというのはホントだった。ホントに身体がほとんど動かせない。ものすごく頑張ったら、何とかミリ単位で腕が動かせるぐらいだろうか。
腕が緩んでローザンヌの身体が離れた。
真っ暗な世界に、真っ赤な長髪を広げた美しい男だけがいる。身体にまとっていた空気が無数の泡となって上がっていく中に、ローザンヌのような綺麗な人がいる様は幻想的だった。
ローザンヌの手がアタシの背から腕を伝い、離れていく。真っ黒な目がじっとアタシを見つめている。
アタシも彼を見つめ続けた。吸血鬼は息をする必要がないから、もしかしたらずっとこうして生きていられるのかもしれない。海の底で、大事な人と二人きりで、お互いだけを見ながら過ごせるのだ。それは何だかちょっとロマンチックかもしれないな、なんて思った。
大切な人とたった二人だけの世界って、悪くないかも。
ゴポッ
後ろで何かが音を立てた。と思っていると腹の辺りに何かが巻き付き、身体が引き寄せられた。
身体が上昇していく。落ちていくローザンヌとは離れてしまう。
それがたまらなく惜しくて、寂しくて、アタシはずっと、ローザンヌから目が離せないでいた。




