B×B×Vampire07
ずるるるるる
液体を啜る音がする。体液が啜られる感覚というよりは、アタシの全てを根こそぎ奪われているような感覚だった。しかしその感覚もほんの数秒の話で、すぐに別の感覚がアタシを満たした。
枯れていた細胞の一つ一つが活性化し、全身に力が湧いてきたのだ。全く動かなかった手足が動くようになり、妙にすっきりして何もなかった頭の中に強い感情が芽生えてきた。
これは、紛れもなく歓喜だ。心と身体が喜んでいる。ご主人様に認められて、ご主人様の糧になれて、吸血鬼の本能が喜んでいるんだ。
「あぁ……」
ぽっかり空いていた心の穴が埋まっていく。アタシは独りじゃなくなった。
どうしてこんなにも嬉しいんだろう。どうしてこんなにも満たされてしまっているのだろう。あんなに嫌いだったのに。あんなに拒否していたはずなのに。本能に抗えないなんて、吸血鬼って悲しい生き物だ。
ず、ず、ずるる……
「!? あう」
ちょっと、待って。何か、ちょっと、長くないか?
ず、ず、ずるるるる
「やぁっ」
ダメ。
じゅるじゅる
「ロー、ザンヌッ! ちょっと!」
赤髪を掴んで引っ張って首から離そうとしたけれど離れない。なんで? ちょっと、もう、ダメだよ!
ずる、ずる、ずるるる
「と、とまってぇっ。やめてっ。それ以上はっ」
なくなっちゃう! アタシの全部が根こそぎ摂られちゃう! やだぁ!
ぴちゃ、ぴちゃ、ずるるるっ
「ダメ、だってば!」
背の服も掴んで引っ張る。でもローザンヌは離れてくれない。いつまで吸うつもりだ! このままだと出血多量で死んじゃうじゃないか!
じゅるる、じゅる……
「ちょっ」
ドッ
「ぎゃっ」
突然衝撃が走ってアタシは地面に投げ出された。ローザンヌが見えなくなったので彼がふっ飛ばされたらしいことは分かったけれど、誰にふっ飛ばされたのかは分からない。
「ホノカ!」
腕をつっぱって状態を起こすとレオがこちらに駆けて来るのが見えた。ハイネグリフの腕を担いでこちらに連れて来るフェリックスさんもいる。
「レオ! 無事?」
「うん。ホノカこそ大丈夫?」
肩に手を添え、手を取って助け起こしてくれた。
「アタシは大丈夫、なんだけど。アタシ、どうなってる?」
恐る恐る聞いてみた。まぁ、答えなんて決まっているんだけども。
「見事に目が真っ黒だよ」
「だよねー!!」
知ってた! ローザンヌに血を吸われたからね! 知ってたよ!! ちくしょう!!
「えぇ……ローザンヌがアタシのご主人様って難易度高すぎない? 平穏に暮らせる気がまるでしないんだけど。何かもう自分の運の無さに泣けてきた」
思ったより絶望度合いが少ないのが唯一の救いかもしれなかった。たぶん吸血鬼の主従関係がフェリックスさんの言った通り最上の喜びで、眷族にとってご主人様が何より大切な存在だからなんだろう。契約が成立したからそれが分かるようになった。心と身体が満たされている気がする。吸血鬼って本能的だ。無駄な感情が取り除かれているようで便利だけど、なんかこう、こればっかりは吸血鬼の感覚に支配されるのが怖いと思った。絶望したかったわけではないけれど、何となく納得できないというか。いやぁ、もう、一周回って新鮮だし、こうなってしまったものは仕方ないかななんて思ってしまう自分もいるのだけれど。いやぁー。
「なぁんか釈然としないなぁ」
何かこう、これじゃない感みたいなものがある。
「ごめんねホノカ。ちゃんと助けてあげられなくて。黒の王に襲われそうになってる時、まだ、ちょっと動けなくて、ご主人サマもオレについててくれたから……。ごめんね」
レオはしゅんとした顔をしている。そんなに気に病むことないのに。
「ううん。十分だよ。レオはホントにすごかったよ。それからハイネグリフも、身体をはってくれてありがとう。フェリックスさんも戦ってくれたんですよね、ありがとうございます。怪我はありませんか?」
集まってきてくれた二人にも礼を言った。後でサンダーさんにも言おう。バズーカの後方支援はありがたかった。アタシまで飛ばされそうになったけど。
「礼なんていりません」
「私は無傷だ。この血はローザンヌのものだからね」
そうなのか。無傷ってすごいな。ホントに黄の吸血鬼って身体が強靭なんだ。
「ホノカ君の願いを叶えてあげたかったが、力及ばなかったようだ。ホノカ君の理想とは違うが、どうだろうか。今の、気分は」
「悪くはないです。……一応、最後まで頑張れたので悔いもないです」
全くないのかと言われればそうではない。でもそれは後悔というより、残念な気持ちというか、ちょっとした喪失感と悲しみだった。
アタシはアイゼンバーグに告白して振られた。アタシの悔いはそういう単純なことだった。普通の女子高校生みたいに。吸血鬼がどうとかいう、難しいことじゃないんだ。一回振られたけどもう一回頑張って告白した。でもやっぱり振られちゃって、ショックで悲しいって感情なんだ。思い出したら辛くなってきて泣きそうになってきたけど。
こうしてローザンヌと主従契約がなされてもアイゼンバーグのことが好きな気持ちは消えていない。改めて本気だったんだと実感させられる。こんなにも好きになったのは初めてだったからなんとかしたかったんだけどな。
「君は強い子だな。ホノカ君ならローザンヌの元でも上手くやっていけるだろう」
「そうだといいですけどね……」
正直不安しかない。ローザンヌに仲間意識というものはあるのだろうか。見ている限りでは全くなくて、何かあったら平気で見捨てられそうなのだけれど。
そういえば、ローザンヌの姿が見えない。どこにいるかは分かるけれど、ふっ飛んだきりだ。というより、誰が彼をふっ飛ばしたんだ?
「ローザンヌは……」
「ローザンヌならアイゼンバーグと交戦中です」
「え!? どうしてそんなことに!?」
さっきまでアイゼンバーグは離れたところにいたはずなのに。どうしてこっちにわざわざやってきてローザンヌと戦っているんだ?
「すっごかったよ。すごい飛び蹴りで黒の王をふっ飛ばしたんだ、青の王」
「飛び蹴り!? なんでまたそんな!?」
「惜しくなったのだろう。アイゼンバーグにはホノカ君がローザンヌと契約したことによる喪失感があるはずだ。喪失感に伴う、己のものを盗られたという怒りが彼を動かしたのだろう」
「遅いんですよ。もっと早くに正直になっていれば良かったものを」
「そう言ってやるなハイネグリフ。アイゼンバーグには時間が必要だっただけだ。残念ながらホノカ君には時間がなかった。それだけのことだろう。ホノカ君、決してアイゼンバーグを呪わないでいてくれたまえ」
「はい。それは、大丈夫なんですけど」
アタシがアイゼンバーグを怨む理由は何一つとしてない。そもそも人の気持ちというものは一方的なものなのだから見返りを期待してはいけないと思う。そりゃ、こうなったら良いななんていう理想はあったし、それが崩れて悲しくて悔しくもあるのだけれど、だからといって彼を怨む理由にはならない。ただ、アタシは二人が何故かこうして何もかも終わったはずなのに戦っていることが不思議でしょうがなかった。それに怪我をしないか心配だ。
「二人は大丈夫なんでしょうか。交戦って、どれくらいのものなんでしょう」
ちょっと喧嘩しているくらいだろうか。追いかけっこの時のように、ちょっと楽しんであしらうつもりの交戦。最も、吸血鬼の喧嘩は往々にして腕が吹っ飛んだり内臓が出たりするらしいので、何がちょっとなのかの判断はアタシには難しいだろう。
「……見に行ってみるかね?」
フェリックスさんはどことなく暗い表情で問いかけた。アタシは特に何も考えず「行きます」と答えた。そうしてアタシたちは面白いことに、揃って二人が戦っているところを見物しに行くことになった。
二人の気配はあの歪な建物の上だ。アタシたちはぞろぞろ建物の上へ向かった。




