B×B×Vampire03
「君のことが好きだからだよ! 君がご主人様かもって知った時は嬉しかった! 君のことが好きだから、君と一緒にいられるなら、吸血鬼も良いかもって思ったんだ!」
アイゼンバーグは目を大きくして驚いた顔をした。
「アイゼンバーグ! アタシの血を吸って! アタシを君の眷族にして!」
アタシにはアイゼンバーグしかいない。こんなにも誰かに焦がれたのは初めてだった。もしかしたら、吸血鬼特有の主従関係がもたらす、吸血鬼ならあるあるの誰でも共通の気持ちがほとんどなのかもしれないけれど、そんなのどうだっていい。だってアタシはこんなにも彼のことが好きなんだから! ぐだぐだ考えるだけ無駄だ! この気持ちが変わることはない!
アタシは彼の元へ走ろうと足を踏み出した。
「いいねぇ。その台詞、俺にも言ってくれないかぁ?」
ゾッと背筋に冷たいものが走った。振り返るといつの間にか視界いっぱいに真っ赤な髪が広がっていて、その中心の真っ黒な目にアタシが映っていた。
ローザンヌ!
咄嗟に地面を蹴って後ろに飛び退いたけど、彼の長い腕の範囲内だった。ローザンヌの手が襟元に伸びてくる。
「ホノカに触るな!」
寸でのところでローザンヌの手が叩き落とされた!
「レオ!」
アタシとローザンヌの間にレオが滑り込んで来た。レオはアタシを背中に庇った状態でローザンヌに蹴りを入れる。しかしローザンヌはそれを手で受け止め、引っ張っていとも簡単にレオを投げた。なんて力だ!
「この!」
レオは空中で身体をねじり、見事に着地するとすぐさま地面を蹴って向かって来た。鋭い爪の伸びた手を突き出す。ローザンヌは少し身体をずらして避け、腕と身体の脇でレオの腕を挟んだ。
ゴキッ
「あぁっ!」
レオの腕があらぬ方向に曲がった! しかしレオは腕が折れてももろともせず、残った左手でローザンヌの首めがけて爪を振るった。ローザンヌは仰け反ってそれを避ける。
キュンキュンキュンキュンッ
ローザンヌが仰け反ったところへ横から容赦なく閃光が走った。いくつかが彼の身体や髪に当たり、焦げ臭い匂いがした。
「早くアイゼンバーグを追いかけなさい!」
ハイネグリフが光線銃を乱射している。
「ホノカ! 行って!」
レオはついさっき折ったばかりの手の動きを確かめながら地面を蹴り、光線の雨の中に飛び込んでいった。ハイネグリフがやみくもに撃つのをやめ、狙いを定める。レオが入れた蹴りを避けたハイネグリフの頬に光線が当たった。ジュウ、という音と焼けた匂い。整った顔に歪な穴が開いて、口の中が見えた。
追い詰められているはずなのに、ローザンヌは楽しそうに唇を歪めて嗤っている。
「はっはっは! こういうのも悪くないねぇ! まとめて殺してやりたくなる」
にぃ、と不敵な笑みを浮かべるローザンヌに背筋が冷える。やっぱりこんなやつの眷族になるなんてごめんだ。
「二人とも、ありがとう」
アタシは二人を信じてアイゼンバーグの元へ急ぐことにした。
アイゼンバーグは建物を降り、すでに何メートルか離れたところにいた。見えないところまで行っていなくて良かったと思いながら、足に力を入れる。けど、何か、力が……。
ドゴォォッ
大きな音にハッとしてつい振り返ってしまった。
「!」
レオの頭が建物に食い込んでいた! 血の匂いがする。ハイネグリフは距離を取っていたけれど、あっと言う間に詰められて胸に蹴りを入れられ転がった。
ローザンヌは強すぎる。二人がかりでも勝てないんだ。
ローザンヌがアタシの方を見た。怖くて一刻も早くこの場から逃げ出したいはずなのに、ゆっくり歩いてくる彼から目が離せない。足が止まって動かない。恐ろしくて足がすくんでいるからでは、ない。心が、身体が、彼を求めてしまっているからだ。
目の前にローザンヌが立った。どうして、アタシ、胸が震えるの。
「いっ!?」
右手が後頭部の髪の根元を掴んで引っ張る。アタシは頭を反らして首を伸ばした格好になった。
痛い! ハイネグリフ以上に乱暴だ! ホントに、アタシはどうしてこんなやつを! 吸血鬼の本能とやらを呪いながらローザンヌを下から睨みつけてやった。ローザンヌはにぃっと楽しそうに口角を上げた。
「変わってないねぇ、その生意気な顔。俺はその顔が絶望するのが好きなんだぁ。なぁ。お前、俺がマスターなんだろぉ? 俺の眷族になって、あいつら全員、殺してくれよぉ」
「そんなの嫌! はなして!」
「お前に拒否権は……」
ローザンヌの身体が揺れて言葉が切れた。続いて彼はいつも弓なりに曲げていた口を真一文字に結び、無表情で後ろを振り返った。
「ホノカを……はなせ!」
レオだった。レオがローザンヌのパンツの裾を掴んでいた。
「まだ意識があったかぁ」
低い声で呟き、ローザンヌはレオを叩き落とした。それだけで終わらず、レオの後頭部をものすごい強さで踏みつけた。ゴシャ、と骨が折れたのか建物が崩れた音なのか分からない音が鳴った。
「やめて! ローザンヌ!」
金切り声がアタシの口から洩れた。拳を突き出してローザンヌの頬を殴ってやろうとしたが、掌一枚挟まれ、それは叶わなかった。
この野郎! よくもレオを! 頭の奥の方で炎が燃えさかり、噛みしめた奥歯が音を立てた。
「いいねぇ。好きなだけ俺を怨め。その方が面白い」
「この人でなし!」
アタシは足を振り上げた。
つま先が彼の頬をかすった。避けるために動いたはずのローザンヌの身体が不自然に止まったからだ。思うように身体が動かなかったらしい。
アタシが疑問に思う前に理由が分かった。
「た、んだ……」
驚いた。
ローザンヌも少なからず驚いたような顔で、視線を落とした。
「決めた、んだ……」
レオが、ローザンヌの足首を掴んでいた。
「今度は……絶対……オレが、助けるって……決めたんだ……」
ぽつり、ぽつりと、かすれた声でレオは言った。
胸がきゅっとなった。こんなにボロボロになるまでアタシを助けようとしてくれるなんて。
「ハッ。鬱陶しいやつだなぁ」
ローザンヌは足首を掴む手を振り払い、そのまま強烈な蹴りを入れてレオを蹴り飛ばした。
「れおぉぉぉ!」
レオの身体がほとんど一直線に吹っ飛んでいく。このままじゃ建物から落ちてしまう!
ローザンヌの手から逃れてレオの元へ行こうともがいた。でも、全然動かない! 逃げられない!
どうしてアタシってこんなにも無力なの? どうしてアタシに大事なものを守らせてくれないの? どうしてッ!




