B×B×Vampire02
「あ、あのね、アタシ、あの日は人間だったけど、今は吸血鬼になっちゃったんだよ。吸血鬼なんて怖くて嫌いだったのに、なっちゃった。……でも最初は自分が幽霊になったと思ったの」
アイゼンバーグに血を飲まされてからアタシがどういうことを経験したのか話すことにした。そんな悠長なことをしていてはいけないとも思ったが、少しでもアタシに興味を持ってもらいたかったからそうした。
「君、最後にアタシに死ねって言ったでしょ? それに身体も動かなくなったから死んだと思って。でもレオに会って吸血鬼だって教えてもらった。幽霊になったと思った時は、なんで、どうしてアタシだったのって、世界を呪って絶望した。けど、吸血鬼って知ったら今度は吸血鬼への怒りがこみ上げてきて活力が湧いたんだ。それで、やっぱり、死にたくはないなと思ったの。死ぬのはとっても怖いね。大嫌いな存在にでもなってやろうと思えるくらいに」
何としてでも生きたいと思ったのは初めてだった。比較的安全な国でこれといった事件に巻き込まれることなく育ったから、人間だった時は生きていることに感謝したり執着したりしなかった。けど、吸血鬼になって生きているって素晴らしいことなんだと思えた。何気ないことが幸せだということに気づけたんだ。
「それを自覚してからは、ご主人様探し。赤の吸血鬼のところへ行ったら捕まっちゃったんだけど、何とか逃げ出した。あそこは怖いところだったよ。たくさんの、吸血鬼が、犠牲になって……。アタシがどれだけ甘いことを考えていたのか分かってしまった。この世界は、理想の全てを選ぶことなんて出来ないんだね。何かしらの犠牲がつきものなんだね。それが誰かの命であってはならないとは思うのだけど、都合よくいかないね。アイゼンバーグの言う通り、アタシは甘かったよ」
アタシの所為で犠牲になってしまった女吸血鬼たち。それだけでなく、アタシはレオまで犠牲にしそうだった。なんとかレオは助けられたけれど、あの子は、あの男の子は助けられなかった。とてつもなく辛かった。今でも思い出すと苦しい。前を向くよう言ってくれたレオのおかげで何とか顔を上げていられるけれど。
「アタシは理想ばかりを語る甘ちゃんだ。でも、それでいいって言ってもらえた。こんなアタシに、黄の吸血鬼のみんなは協力してくれた。黄の吸血鬼のみんなが随分アタシの吸血鬼の印象を変えてくれたよ。吸血鬼は怖くて怪しくて綺麗なだけじゃないってことが分かった。それに吸血鬼になって良いところも分かった。強い力はコントロールできないと危ないけど、誰かを助けることが出来る。敏感な五感は便利で、ちょっとやそっとじゃ傷つかないし疲れない身体も結構良いね。最初は嫌だったけど、今は吸血鬼も悪くないかなと思ってる」
でも、一番いいなと思ったのはね、とアイゼンバーグの目を真っ直ぐ見て続けた。
「吸血鬼たちの強い絆だった。家族よりも恋人よりも深く繋がって見える姿が素敵だった。黄の吸血鬼のみんなも、赤の吸血鬼のみんなでさえも羨ましかったよ。アタシもそういう人と一緒にいたいと思った。アタシには、それがアイゼンバーグなんだよ」
アイゼンバーグは空色の目をアタシに向けたまま固まっている。アタシは奥歯を噛み、拳をぎゅっと握った。
何か言ってよ。何か反応してよ、アイゼンバーグ。
「アイゼンバ……」
ドカァァァァァン
「!?」
後ろで何かが爆発したような音がして、思わず首を回した。駐車場らしき場所から煙が上がっているのが見える。それに焦げたような匂いがした。
そうだ。ここにはローザンヌも来ているんだった。黄の吸血鬼のみんなはローザンヌをこちらに近付けまいと頑張ってくれているんだった。彼らのためにも早くアイゼンバーグを説得しないといけない。
「アイゼンバーグ! アタシと契約して。アタシを君の眷族にして。お願い」
一歩を踏み出した。しかしアイゼンバーグは一歩後ろに下がってしまう。またアタシを拒否している。それがたまらなく悲しくて、悔しかった。
「どうしてそんなにもアタシを拒否するの?」
震える声で問いかけると、彼はようやく口を開いた。
「お前が……お前が、忌々しい吸血鬼なんかになるからだ!」
アイゼンバーグは言葉と同時に嫌悪も吐き捨てた。嫌なものでも見ているみたいに表情を歪めてアタシを睨みつけている。
彼のこんな表情は初めて見た。どんなにピンチな時も余裕の笑みを浮かべていたのに。吸血鬼に対して殺意のこもった表情をすることはあってもこんな顔はしなかったのに。他の誰でもない、アタシに対して、不愉快だと言わんばかりの顔をしている。
ショックすぎて、頭の中が真っ白になった。
「俺はお前を人間のまま殺してやったつもりだった。吸血鬼なんかにしてやるつもりはなかった。俺は、お前を、人間のままとどめたかった」
アイゼンバーグの言葉が頭の中に入ってこない。
「吸血鬼なんかになるとは……! よりにもよって、俺が最も嫌悪する化け物に、お前がなるとはな!」
こめかみに青筋を浮かべ、銀の歯をむき出しにして怒っている。
どうしてそんなに怒るの? そんなに怒らなくてもいいじゃない。だって、アタシだって、吸血鬼になりたくてなったわけじゃないのに!
「やめてよ。そんなこと言わないでよ。アタシだって、人間のままいられたらそれが良かったよ。でもアタシは吸血鬼になっちゃったの! 生きるためにはご主人様が必要なんだよ! 君がどんなにアタシを嫌っていたって、アタシには君しかいないんだよ!」
アイゼンバーグはさらに表情を歪めた。そんな顔しないでよ。悲しくなる。涙が出そうになる。
「俺は、認めない。俺はお前を認めない。お前が吸血鬼に取られるくらいなら、俺は、お前を……」
鋭い爪をしたアイゼンバーグの手がアタシの首へ伸びてきた。あまりの勢いに恐怖を感じて咄嗟に目を瞑ってしまった。
絞められる。そう思ったのだが、首を掴まれた感覚がない。恐る恐る目を開けてみると、彼は、とてつもなく辛そうな顔をして、アタシを見ていた。
ドクン、と心臓が跳ねた。
どうしてそんな顔をするの?
「アイゼンバーグ?」
名を呼ぶとアタシの顔の横にある彼の手がビクリと震えた。空色の瞳が、一瞬、震えたように見えた。アタシは思わず彼の手に触れようとした。
ドォォォォン
凄まじい音がまた鳴った。さっきよりも近い気がする。それから、背中がピリッとした。この感覚は……。
振り返る。真っ暗な宵闇に真っ赤な髪が浮かんでいた。腹がよじれて気分が悪くなった。やつが来た! ローザンヌが!
アイゼンバーグの手が引っ込む。前を向いた時にはもう、彼は数歩アタシから離れていて、そのままどこかへ行こうとしていた。
行ってしまう。アイゼンバーグがアタシを置いてどこかへ行ってしまう!
「待って!」
行かないで! アタシは必死に手を伸ばした。
アイゼンバーグは半身を反してアタシを振り返った。
「何故俺なんだ。何故俺の前に現れた? 彼奴もお前の主人なんだろう? 俺じゃなくてもいいんだろう? 吸血鬼になってでも生きたいのなら彼奴を選べばいい」
全てを諦めているような冷めた目でアタシを見つめている。
違うよ、そうじゃない。この、分からず屋!
アタシは叫んだ。
「君がいいの! 君と一緒にいたいの! 君じゃないと嫌なんだ!」
「何故俺に執着する!」
アイゼンバーグも叫ぶ。
何故何故何故って! そんなの決まっているじゃないか!




