B×B×Vampire01
「アイゼンバーグを見つけたそうです。今マスターたちが港に追い込んでいます。我々も行きますよ」
三人がアイゼンバーグを探しに行ってから庭で時間を潰していたアタシをハイネグリフが呼びに来てくれた。
ついに来た。いよいよ決戦の時だ。泣いても笑ってもチャンスはこの一度きりだろう。悔いのないように全力でぶつかろう。
アタシが意を決して頷くと、ハイネグリフは何かを指し出してきた。
「護身用にこれを持っていなさい。気休めにしかならないかもしれませんが、ないよりましでしょう」
短剣だった。綺麗な金色のバラの装飾が施された柄が印象的だ。これはアタシがハイネグリフに血をあげた時に使った短剣だ。
ドクンと心臓が呻いた。この短剣の刃は吸血鬼の皮膚も簡単に裂いてしまう。
「い、いらないよそんなの」
拒否したが手首を掴まれて掌を上に返され、そこへ短剣を押し付けられた。
「今の貴方は十分抵抗出来ません。みすみすやられるよりは、何か抵抗出来る物を持っていた方が良いでしょう」
「いらない。人を傷つけたくないから」
「貴方はこんな状況になっても甘いことを言いますね。どうせ貴方がこの短剣を振るったところで当たりはしませんよ。持っていなさい。マスターがわざわざ持ってきてくださったんですから」
開いていた指を畳まれ、短剣を握らされた。アタシが折れないと押し問答が永遠に続くかもしれない。仕方なくアタシは短剣をスカートのポケットに突っ込んだ。そんなに大きくないので何とか入ったが、足が曲げにくい。
「では行きますよ」
ハイネグリフはアタシの膝裏と背中に腕を回して持ち上げた。人を運ぼうと思った時はおんぶやお姫様抱っこがやりやすいんだろう。最初は恥ずかしかったお姫様抱っこも慣れてきた。
落っこちないように首に手を回すと、ハイネグリフは地面を蹴って走り始めた。
向かう場所は港だ。吸血鬼は泳げないうえに海水では身体が動かなくなるという特性があるので、追い詰めるには好都合らしい。事前にどのあたりに追い込むかも決めている。そこまで出来るかどうかは三人にかかっているのだが、三人なら大丈夫だろう。アタシはみんなのことを信じている。
零時を回った街中は不気味な程静かだった。人もいなければ動物もいない。もしかしたら本能的に何人もの化け物が闊歩していることを分かっていて避けているのかもしれない。そう思えるくらいに、今日は静かな晩だった。
港が近づいてきたのが潮風の匂いで分かった。
胸がざわつく。気持ちがはやる。皮膚が泡立ってくる。心の底から求めるものが、アタシの大切な人がそこにいるのが分かる。
でも、これは……。
「いる」
思わず呟いてハイネグリフのシャツの襟を掴んだ。
「上手く追い込んだようですね」
アタシは首を振った。
「そうだけど、違うよ。アイゼンバーグだけじゃない」
息を吸い込んでゆっくりとその名を吐き出した。
「ローザンヌも、いる」
分かる。分かってしまう。この先に大切な人が二人いることが。
「……相変わらずこういうことを嗅ぎ付けるのが得意な男ですね、黒の王は」
ハイネグリフは小さく呟いて方向を変えた。
「比較的海から離れたところで交戦しているはずなので回り込んで海沿いから近付きます。貴方、感覚で彼らとの距離が分かるでしょう。ギリギリ貴方が彼らを感じるくらいの距離を保って回り込むので協力しなさい」
「分かった」
まだアタシにはセンサーとしての価値があったか。力を失いつつあって何も出来なくなってしまい、申し訳ないと思っていたが、少しは役に立てることがあって良かった。
「近い」と「いいよ」を口に出してハイネグリフに知らせた。ハイネグリフはアタシの言葉に従って海沿いに上手く回り込むと速度を落とした。
いくつか小さな船が停まっているが、人はいなさそうだった。目立つものと言えば橋につけられた明かりくらいで、あとは真っ黒な海が広がるばかりだ。
潮風が鼻を刺激する。なるほど。吸血鬼の鼻では潮風はなかなかキツイ。身体が動かなくなるから近付かないだけでなく、この匂いが嫌だから近付かないというのもありそうだ。
あぁ、でも、そんなことなんか気にならなくなってくる。ドクンドクンと心臓がうるさく叫んでいる。身体が嬉しくて震えている。もう、すぐそこにいる。
「上!」
変な形をした大きな建物の上に彼の姿を見つけた。ハイネグリフはアタシが指をさした方へ飛び上がり、建物の上に乗ったところでアタシを降ろしてくれた。
「ありがとう。ここからは一人で大丈夫」
「私は加勢に行きます。後程合流しましょう」
ハイネグリフはそう言って建物を降りた。
後で合流できることを信じてくれている。それがありがたくて、励まされた。
ふぅと息を吐いて、足を踏み出す。建物の形は変わっていて、変に突き出した部分がある。その突き出した部分の向こうに彼の気配を感じる。ドキドキうるさい心臓を押さえながら、アタシは小走りでそこを回り込んだ。
アイゼンバーグの横顔が視界に入った。と思ったら、彼はすぐさまこちらを向いた。アタシがいることに気づいたらしい。
さぁ、頑張れ自分。
「アイゼンバーグ」
十分近くに寄ってから彼の名を呼んだ。また拒否されるのではないかと不安で声が震えそうだった。
アイゼンバーグは大きくした目を上から下に動かした。その小さな動きにほんの少しだけほっとして、これで良かったんだと確信した。
「これね、あの日に着ていた制服。こっちの方が見覚えあるかな、と思って」
腕を軽く広げてみせた。
アタシが着ているのは狂った追いかけっこに巻き込まれた日に着ていた制服だった。アタシがフェリックスさんに頼んだことはこれだ。
アイゼンバーグに初めて会った時の姿か、もしくはそれに限りなく近い状態で彼に会いたかった。だから作戦会議の最後に似たような制服を手配できないかフェリックスさんに聞いた。そしたらなんとフェリックスさんは律儀にもアタシに返そうと本物を持ってきてくれていたのだった。本物があるとは思わなくて素直に驚いた。しかもすでにクリーニング済み。血の匂いはほんの少し残っていたけれど、汚れはほとんどなかった。
「アタシのこと、思い出した?」
アイゼンバーグは口を開きかけたが閉じてしまった。たぶんこれは覚えているという反応だ。そもそも初めからアタシのことを忘れていないのではないかと、そうであってほしい希望的予想をしてみる。あの拒否の仕方は知らない人に対するものではなかった気がする。
「少しでも覚えてくれていると嬉しいんだけど……」
あぁ、どうしよう。何を話せばいいんだろう。アイゼンバーグは聞いてくれているけれど答えてくれない。無言の間が怖い。緊張と焦りで腹がよじれてくる。




