Lonely×Blue×Vampire06
フェリックスさんはこくりと頷き、アタシの手を離した。
「では、アイゼンバーグと契約することを目標に作戦を練ろう。黒の王、ローザンヌはどうする? ホノカ君が望むなら、我々は彼との契約にも協力しよう」
数秒考えた。
ローザンヌとの契約。確かにアタシは彼のことを求めている。けれども彼のことを考えると恐ろしくて、一歩を踏み出そうと思えない。
あの人は間違いなく悪の権化だ。たぶん誰にも理解できない思考回路で己の狂気を正当化している。そういう人はいつか破滅するはずなのだが、破滅しそうもない。周りの人だけが滅んでいって、あの人自身はずっと絶対悪として存在し続ける気がする。そんな人の近くに行くなんて、自殺行為でしかない。
「いいです。アイゼンバーグだけで」
「本当に良いのかね? もしかしたら、ホノカ君はローザンヌの契約もなければ生きられないかもしれないのだが」
一瞬言葉が詰まった。死にたくはない。でも彼と運命共同体になるのは死ぬよりも辛い気がする。まぁ死ぬくらいなら悪魔と契約だってしてやるのだけれど。でも、悪魔と契約せずとも何とかなりそうなら、アタシはその選択肢に賭ける。
「その時はその時です。もちろん死にたくはないですが、アタシは……直感に賭けます」
自信を持って言い切ると、フェリックスさんはふっと笑った。
「ここにきて賭けとくるとは思わなかった。ホノカ君は私が思っている以上にギャンブラーなのだな。気をつけたまえ。危険を恐れず立ち向かっていく行為は勇敢にも見えるが多くは無謀だ」
「はい。肝に銘じておきます」
「そうしてくれ。私はホノカ君をまだ見ていたい」
見守ってくれるということだろうと解釈して「アタシも出来ることならフェリックスさんに見ていてもらいたいです」と返したら、フェリックスさんは「ふむ。これがホノカ君の魅力の一つなのだろうな」と妙に納得して頷いていた。
「さて。皆のところへ戻って今後の計画を練ろう」
腰の辺りに手を添えられ、部屋を出るよう促される。アタシは返事をして扉の方へ向かった。
フェリックスさんはさりげなくアタシより前に身体を出して扉を開けてくれた。さすが紳士、いつでもレディファーストだ。部屋を出て廊下を歩き、隣の部屋の扉の前につくと、これもまたフェリックスさんが開けてくれた。
「……」
そしてアタシは絶句した。
「あ、ご主人サマ、ホノカ、お帰りー」
レオが軽く声をかけてくる。大きな本棚の上で黒猫になった姿で。
「これはこれは! お早いお帰りですね!!」
サンダーさんがぱっと笑顔を見せる。ハイネグリフの上に馬乗りになり、彼の髪を鷲掴んだ状態で。
「解決したようで何よりです。貴様、この大男め。早く退け。頭をふっとばすぞ」
ハイネグリフが低い声を出す。サンダーさんの下で銀の銃の口をサンダーさんの額に向けて。
「いや、どういうことよ。どういう状況なの、それ」
思わずツッコんでしまった。でもみんなもこの惨状を目にすれば、ツッコミの一つや二つは自然に口をついて出て来るはずだ。
だっておかしい。さっきまであったテーブルセットが木材と布と綿に還っていて、床には光線銃でついたであろう焦げた跡もある。不思議なことに本棚は無事なようだが、本棚の上にはレオが黒猫になった状態で避難している。察するに壮絶な兄弟喧嘩が勃発したようなのだが、それにしたってこれはない。アタシが離れていたのは精々十分かそこらのはずだ。その短い時間でここまでのことになるのか。
「いつものことだよ。いつも通り、サンダーがハイネに絡もうとしたらハイネが拒否してこうなった。まったく、オレを巻き込まないでほしいよ」
レオは本棚の上を移動し、こちらの近くまで歩いてくると飛び降りてアタシの隣に腰を下ろした。
「いつものことなの? これが?」
信じられない。いつもこんなに激しい兄弟喧嘩なのか? 家具を破壊するぐらい? もしかしてお屋敷の家具がどれも新品に見えるのって、見えるんじゃなくてホントにどれも新品なのか? こうやってすぐ壊すから。
「また新しいテーブルとソファが必要なようだ。ここは後で片付けることにして上の談話室に移ろう」
フェリックスさんは淡々と言った。ホントに慣れているみたいだ。というかもっと怒った方が良いのではないか?
「怒らないんですか?」
「彼らはいがみ合っているように見えるが、互いになくてはならない存在であることを認識している。ただのじゃれ合いにすぎない。物が壊れるのは、我々吸血鬼にとって人が作ったものはどれも脆いからだ。度が過ぎれば注意するが、これくらいなら買い直せば良いことだ」
フェリックスさんって見た目通り懐が大きいなぁ。尊敬する。
「オレのご主人サマすごいでしょー」
いつの間にか人の姿に戻っていたレオが口元を隠して嬉しそうに笑っている。レオが嬉しそうなのも分かる。フェリックスさんがご主人様だったらみんなに自慢したくなるな。
「すごい。お父さんに欲しい」
「はは。私もホノカ君のような娘が欲しいよ」
そんな他愛ない話をしながら、アタシたちは場所を一階の談話室に移した。ハイネグリフとサンダーさんももちろんついてきた。先程まで喧嘩していたことが嘘のように自然と。切り替えが速いのは吸血鬼の特徴なのかもしれなかった。
一階の談話室に着くとすぐさま作戦を練った。良い案が思い浮かばないアタシはどの話にもうんうん頷いて同意することになった。
計画のほとんどを練ったのはフェリックスさんとハイネグリフだ。レオは時々質問して参加。サンダーさんはアタシと同じように聞き役だったけれど、自分の役割だけは決めていた。
「私は遠距離から黒の王と赤の吸血鬼の牽制と援護をしましょう。肉弾戦は苦手ですからね」
ハイネグリフに馬乗りになって髪を鷲掴みにしていた人が何を言うかと思ったのだが、三人とも同意していたのでアタシも頷いた。こういうことはアタシよりもみんなの方が詳しいだろう。そのみんなが良いと言うならアタシも良いと思う。
三十分くらいで計画はまとまった。追い込み作戦でいくらしい。フェリックスさん、レオ、サンダーさんでアイゼンバーグを探し出し、逃げられない場所へ追い込む。そこへアタシが登場し、なんとか彼を説得して契約してもらうという寸法だ。ハイネグリフはアタシがもう速く動けないので、アタシをアイゼンバーグのところへ運んでくれる役になった。
計画の要は、もちろんアタシだ。アタシが説得できなければ何もかもが無駄になる。不安だけれど、やるしかない。なんとか分かってもらうしかない。無理矢理アイゼンバーグに血を飲ませて契約にこじつける方法はなくもないけど、みんなもアタシもその意見は出さなかった。
全力を尽くそう。アタシに出来ることは何でもしよう。アタシの思っていることを全部伝えよう。そのために一つ、考えていることがあった。
「あの、フェリックスさん。できたらでいいんですけど、一つお願いしたいことがあるんですが」
話の終わりにそう切り出すと、みんながアタシに注目した。そんなに注目しなくても、しょうもないことなんだけどな。
「何かね?」
フェリックスさんが優しく問いかけてくれる。アタシは優しい瞳に気分が和らぐのを感じながら、フェリックスさんにお願いをした。するとフェリックスさんはそれなら、と最高のものを用意してくれた。
アタシは感激して何度もお礼を言った。
これで、戦える。アタシはきっと、頑張れる。




