Lonely×Blue×Vampire04
「……マスター。少し、マスターにだけお話したいことがあるのですがよろしいですか」
ずっと黙っていると、ハイネグリフが口を開いた。フェリックスさんはアタシとハイネグリフを交互に見て、ゆっくりと頷いた。
「よかろう。皆、ここで待っていてくれたまえ」
二人は立ち上がり、部屋から出て行った。少しだけ空気が緩む。きっとフェリックスさんがいなくなったからだ。フェリックスさんは王様と呼ばれるのがしっくりくるぐらい貫禄があって、その場にいるだけで空気が引き締まる。
「ホノカ、何かあったんでしょ」
え、と口から声が洩れてしまう。
気づかれている。レオが鋭いのではなく、たぶんアタシが分かりやすいんだ。ちらりとサンダーさんを見る。サンダーさんは目が合うとにこっと笑った。
「ホノカはなかなか分かりやすいですからね。何か、浮かない表情になるような何かがあったことは明白です。それをハイが知っていることも」
「二人だけの秘密って怪しい~」
レオはアタシをじとっとした目で見ているが、口元は笑っていた。
「まぁ、安心しなよ。話してくれるまで聞かないから。一生話してくれなくても別にいい。誰だって話したくないことの一つや二つ、あるだろうしね。いい? サンダー。ホノカに根掘り葉掘り聞いて虐めないでよ」
「私はいつだって虐めているつもりは全然ないんですがね!」
「よく言うよ。ぜーんぶ分かってやってるくせに。ホノカ、サンダーは釘差しといてもやるときはやるヤツだから気をつけなよ」
「やや!? 状況が違えば出来る者に対しての称賛の言葉ですが、この場合は私を虐める言葉ですね!? なるほどなるほど。レオがその気なら、私も受けて立ちますよ!」
「やだよ。ハイネならまだしも、サンダーでっかい武器引っ張り出してきて全部吹っ飛ばすでしょ。オレ、また屋敷と庭をぶっ壊してご主人サマに怒られるの嫌だからね」
「はっはっは! あの時はいささかエキサイトしすぎましたね! さすがの私も少々反省しました! ではではレオは諦めてホノカとヤりましょうか!」
「アタシ?」
お屋敷とお庭を壊すなんてどんなじゃれ合いだと心の中でツッコミを入れていたら、突然話を振られた。アタシと喧嘩? じゃれ合い? をしたいのだろうかと首を傾げる。
「ご安心ください! 私はレオの言う通り、ヤるときはヤる男ですからね!」
何の安心だ? 怪我の心配? 確かに怪我はしたくないからありがたいけど、やるときはやるって、反対の意味のような気がするんだけど。ちょっとサンダーさんが何を言いたいのか分からない。
「なんとなんと、不思議そうな顔をしていますね! いいですよいいですよ! 何も知らない初心な乙女を腹の上でよがる円熟した女性に育てるのは楽しいですかッ、おっと!」
サンダーさんは言葉を切り、顔面に凄まじい速さで飛んできたクッションを避けた。言わずもがな、クッションを投げたのはレオである。
さすがのアタシにもサンダーさんが何を言っているのか何となく分かった。何だか顔が熱い気がする。
「オマエさぁ! 最低最悪! 下品! オレも人のこと言えないときあるけど、オマエは表現がダメ!」
「いやいや、これでも注意しているつもりなんですが」
「足りてないよ!」
「ええ? 足りていないですって? もっとってことですか? いいでしょういいでしょう! もっと直接的な表現にしましょうか! 処女が……」
「あー! もう! ダメダメ!! サンダー最低!」
咄嗟にレオがアタシの両耳を塞いでくれた。いや、まぁ、漫画じゃないんだから塞いでくれても聞こえちゃうんだけど、その心遣いはありがたい。
「自ら男の上に乗って腰を……」
ホントに下品だなこの人! 漫画みたいに耳が聞こえなくならないかな!? それか誰かサンダーさんを話せなくしてくれないかな!?
「サンダー黙れ! 誰かサンダーの息の根止めて!」
「息の根!?」
もはや殺すつもりか!
キュンキュンッ
「わ!」
驚いた! ホントにサンダーさんの息の根を止めようとしたのか光線が飛んできた! サンダーさんの頭めがけて! サンダーさんは上手く避けたけれど、ほんの少し気づくのが遅かったら頭に当たっていた!
「何を騒いでいるんですか貴方たちは」
部屋の扉の方に視線を向けると、ハイネグリフがサンダーさんを睨みつけて銃口を向けていた。光線を放った人物の予想はしていたが、こんなにも怖い顔をしているとは思わなかった。今にも人を殺しそうな顔をしている。実際殺そうとしたと言っても過言ではない。
「ふふふふ。ちょっとしたジョークを言って場を和ませていただけですよ」
「ジョークじゃないよあんなの!」
すかさずレオが反論した。アタシもあれはジョークでは片付けられないと思う。レオが耳を塞いでくれていなかったら、サンダーさんを殴って黙らせていたかもしれない。
「此奴が元凶なのは分かっています。動いたら撃ちます。小娘、此奴を動かないようにしておくので部屋から出なさい。マスターが呼んでいます」
ハイネグリフはサンダーさんに銃口を向けたまま言った。アタシはサンダーさんを伺いながら立ち上がり、ハイネグリフが立っている扉の前まで歩いた。
「ハイ、ひど」
キュンキュンキュンッ
ホントに撃った! ビックリして振り返る。兄弟に対しても容赦がないなんて。サンダーさんはまた上手く避けたらしく無傷だが、ちょっと可哀想だ。
「動くなと言ったでしょう。口も動かすな」
相手を威嚇するような低い声だ。兄弟にありがちな照れ隠しにしてはいささか物騒すぎる気もするが、ハイネグリフはツンデレだし、こんなものなのかもしれない。
「いやはやそんなに怒らなくてもいいじゃありませんか! 貴方も混ざれば良いでしょう! 私は全然かまいませんよ! 三人でするのも」
キュンキュンッ
「黙れこの恥さらしが」
声がまた一段と低くなった。うん、これは照れ隠しでも何でもないな。純粋に嫌いというか、嫌なんだろう。無理もない。アタシだったらたぶん拳銃のグリップでぶん殴っている。
「サンダー懲りたら?」
「そうそう人は変われませんよ。これでも女に困ったことはありませんしね!」
「顔面詐欺でしょ」
アタシが部屋を出ても二人は会話を続けていた。でもハイネグリフが扉を閉めると声が聞こえなくなった。アタシが衰えてきている所為かもしれないけれど、たぶん防音室なんだろう。
「マスターは隣の部屋です」
ハイネグリフはつま先を廊下の先に向けた。アタシも彼に倣って足を踏み出した。
「貴方の状況を説明するために、アイゼンバーグと貴方が話したことをマスターに伝えました。マスターなら貴方に助言できると思います。……貴方たちのことを話した私が気に入らなければ、文句くらいは聞きますよ」
ハイネグリフらしい言い方だ。
アタシは首を振った。
「いいよ、大丈夫。代わりに話してくれてありがとう。それから、レオとサンダーさんに言わないでおいてくれているのも」
ずっと隠してくれていたこと。それからアタシが言えないでいるのを見て、フェリックスさんだけに事情を話してくれたハイネグリフの心遣いに感謝する。折りをみてフェリックスさんにはある程度話そうと思っていたから、不満はない。むしろ感謝しているくらいだ。
「感謝されるようなことはしていません。私に礼を言う余裕を今後のことを考える方に回しなさい」
やっぱりハイネグリフって優しいな。アタシがどれだけこの人に感謝しているのかはずっと伝わらないのかもしれないけれど、この人にはそれでいいのかもしれない。この人はたぶん他人に認められたり褒められたりしたいところがこういうところではないんだろう。いつかそれが分かって、ハイネグリフにアタシの素直な気持ちが伝われば良いと思う。




