Lonely×Blue×Vampire03
「吸血鬼の主従契約は血の交換によって行われる。吸血鬼が人間に血を分け与えるのは、血の中に含まれる毒で人間の身体を吸血鬼に変形させるためなのだ。その毒に順応し、適合出来た人間の身体は直ちに吸血鬼へと変貌する。この時点で血を与えられた側は己の主人を認識出来るようになる。その後、マスターとなる吸血鬼がサーヴァントとなる者の血を体内に取り込み、己の眷族であるという認識を行う。それが吸血鬼の主従契約なのだ」
「へー、そうだったんだ。じゃぁ、ホノカはご主人サマの承認待ちってことか」
レオがちらとアタシを見た。アタシは分かったような気がして頷いてみせた。
「吸血鬼ライセンスをもらわないといけないってことだね」
「何それ。ホノカ面白ーい」
レオは口元を袖で隠しながらくすくす笑った。面白いことを言ったつもりはない。アタシは大真面目だ。フェリックスさんが言ったことから整理すると、今のアタシは吸血鬼の身体になってはいるけれど、それを許可されていないから吸血鬼でい続けられないということだ。許可、つまりライセンス。吸血鬼でい続けるためにライセンスがいるなんて変な話だけれど、いるものは仕方がない。
「許可だけで良いのであれば、小娘のマスターはどちらか一方でも良いんでしょうか」
ハイネグリフはアタシがアイゼンバーグを選ぼうとしたことを知っている。もしかしたら、アタシがローザンヌのことをどう思っているかもある程度分かっているかもしれなかった。血を飲まされたあの日の惨劇を覚えているなら、どれだけアタシが彼に歯向かったか知っているはずだ。あの日から状況は変わったけれど、あの日の気持ちもアタシの中には残っている。
「理論としては通る。だが、それ以外の理論も通用する。例えば二人の吸血鬼をマスターであると認識したのだから、二人の契約が必要だという理論だ。他にも考えられるが、その一つ一つを確かめることはできない。ホノカ君には時間がない。そうなのだろう、ハイネグリフ」
「はい」
ハイネグリフが頷く。
そうだ。アタシはいつまでこうしていられるか分からない状況なんだ。早くなんとかしないと、取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。だからぶっつけ本番で何とかするしかないんだ。
アタシは太ももの上でぎゅっと拳を握った。
出来るの、かな。アタシはアイゼンバーグに……。
「……貴方、どれだけ危険な状態なのか自分で分かってますか?」
「へ?」
思考の中に入り込もうとしていたところを引き上げられた。顔を上げて首をひねる。それはハイネグリフに言われなくても分かっているつもりなんだけど。
眷族となる吸血鬼はご主人様の血を飲まないと灰になってしまう。通常は契約されなければすぐに灰になってしまうものらしいが、何故かアタシは契約していなくてもまだ灰になっていない。けれどそれがいつまで続くか分からないといった、危うい状況だ。それは理解しているつもりだった。
しかし、ハイネグリフはアタシの表情を見てはぁとため息を吐いた。何故だ。アタシ、ため息を吐かれるようなことをした覚えはないぞ。
「両手を出しなさい」
どうして手を出さなきゃいけないんだ、と思いながらも両手を出した。
「貴方本当に危機管理能力が乏しいですね。そうやってすぐ人を信用して言いなりになるのはおすすめしませんよ」
「ハイネグリフが出せって言ったんでしょ」
理不尽だ。どうして従ったのに注意されなきゃいけないんだ。と思っていると、ハイネグリフが右手でアタシの両手首を掴んだ。親指と人差し指がアタシの右手を掴み、人差し指と中指でアタシの左手を挟んでいる。男の人の手って大きいんだな。片手で捕まえられるなんて。それにしても、ハイネグリフは指が長くて綺麗だ。
「解いてみせなさい」
ほう、これを解いてみせろと。そんなの簡単だ。アタシには吸血鬼の肋骨を折るくらいの力があるのだから。
両腕に力を入れて外に開き、ハイネグリフの綺麗な手をほどこうとした。簡単なはずだった。でもどれだけ力を込めても、ぶんぶん上下に振ってみても、全然彼の手から逃げ出すことが出来なかった。
「どうして!?」
ちょっと前のアタシなら出来たはずなのに。
「自覚しましたか? 今の貴方は私の片手一つでねじ伏せられる程の力しかないんですよ。衰えてきているんです。力尽きて灰になる時が近づいているのですよ」
「うそっ!? やだ! い~や~だ~!!」
それは大変なことだ! 認めたくなくて何としてでもハイネグリフの手から逃げ出してやろうと乱暴に振り回した。隣のレオの「ホノカ暴れないでよ!」という抗議も「いやいや激しいですねぇ」と茶化すサンダーさんも無視して必死になった。
「ぬあ~!」
でも、全ッ然解けない! もう、ホント、全ッ然! こんなに頑張っているのにビクともしないなんて!
「騒がしいですよ。静かにしなさい」
「ぎゃっ!?」
手に集中している隙をつかれ、足を引っ張られた。後ろに倒れたアタシの身体はそのままソファに沈み込む。突然視界が回転したことに驚いている間に、手早く手足を折りたたまれて二人の隙間に押し込まれてしまった。抵抗の間もなく簡単に収納されてしまったことにショックを受けた。ホントにアタシ、弱くなってしまっている。これくらいならちょっと抵抗すれば何とかなったはずなのに。このままもっと力が出なくなっていって、最終的に灰になってしまうのだろうか。恐怖で頭が支配されていく。怖い。そんなの嫌だ。
「ホノカ、パンツ見えるよ」
「!」
急いで手でスカートを押さえて隠した。絶望しかけた暗い気持ちが吹っ飛んでいった。何だか俗っぽさに救われている自分がいる。
「ふむ。ハイネグリフはホノカ君と仲が良いのだな。大変結構」
「「仲良くないです」」
きれいに言葉が重なってしまい、視界の中に嫌そうなハイネグリフの顔が映った。
「素晴らしい。ハイネグリフに新しい友が出来たことは喜ばしいことだ」
ハイネグリフは表情を歪めてフェリックスさんを否定したけれど、アタシは否定しなかった。友達という言葉がしっくりきたからだ。ハイネグリフなら一緒にどこかへ遊びに行ったり、お家でのんびり過ごしたりしても良いかなと思える。すぐ喧嘩になりそうだけど、そういうことが出来るのが友達だろう。彼は嫌がるかもしれないが。
「さて、以上のことを踏まえてこれからのことを決めねばならない。我々は意見こそすれ、決定権がない。ホノカ君に決断を下してもらうしかないのだ」
フェリックスさんの真剣な視線を感じてアタシは居住まいを直した。きちんと座って、どうしたいかを言おうと思った。けど、声が喉で詰まって出てこなかった。
アタシの気持ちは決まっている。アタシはアイゼンバーグにご主人様になってもらいたい。ローザンヌみたいな恐ろしいやつはごめんだ。二人のことを同じくらい求めているのに、それぞれ違う感情も抱いたことが気づかせてくれた。
ローザンヌには、どうして、という気持ちが湧いた。あんなに憎んでいたのに、あんなに恐ろしいと思っていた相手だったのになぜこんな気持ちになるんだと。近付きたいのに近付きたくないという気持ちが交差してぐちゃぐちゃになった。でも、アイゼンバーグは違う。純粋に彼の元へ行きたいと思った。彼がご主人様だと確信した時は嬉しくて、駆け出したい気分だった。
だから、選べるというのなら、アタシはアイゼンバーグが良い。
けれどそれを口に出来ない。確証のない推測から得られた選択肢から間違ったものを選ぶのが怖いわけではない。アタシは、すでに、アイゼンバーグに否定されているからだ。
考えると悲しくなってきて、アタシは奥歯を強く噛んだ。
アタシは否定されている。初めて心の底から求めた人に、否定されたのだ。




