Master×King×Vampire04
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近くに吸血鬼の気配がないことを確認したハイネグリフは公衆電話をかけた。電話の向こうからフェリックスさんの声が聞こえてくる。アタシはハイネグリフに抱きかかえられた状態のまま、ぼうっと話を聞いていた。
「ホノカ君に代わってくれるかね?」
ハイネグリフが状況を伝え終わると、フェリックスさんはそう言った。ハイネグリフはアタシの耳に受話器を当ててくれる。吸血鬼ならこうして受話器を当てずとも聞こえるけれど、人間の頃の名残なのかもしれなかった。
「ホノカ君?」
受話器の向こうのフェリックスさんに「はい」と返事をする。我ながら蚊の鳴くような声だと思った。
「大変なことになってしまったね。さぞ混乱していることだろう。私にも経験のないことだが、放ってはおけない。尽力しよう。私もそちらに向かう。それまで無事でいてくれたまえ」
「ありがとう、ございます」
優しさが染みた。涙が出そうになって、何とか堪えたらかわりに声が震えた。
みんなが助けてくれる。こんな、自分のご主人様さえ分からないポンコツのために力を貸してくれる。それが嬉しい反面、申し訳なさもあって複雑な気持ちだった。
サンダーさんは良く思っていないだろうな。結局みんなを巻き込むことになってしまってホントに申し訳ない。どうしてアタシっていつも上手く出来ないのだろう。どうしてこう、難しい問題ばかりがアタシに降りかかってくるのだろう。
「マスターまでかり出すなんて、貴方は本当に手のかかる人ですね」
ハイネグリフは受話器を戻しながら眉根を寄せて呟いた。
う、と言葉が震える胸につかえる。精神的なダメージを負っているところにこの嫌味な態度はだいぶ刺さる。目が熱くなってきた。
「マスターが到着するのは明日の夕方でしょう。それまで時間を稼ぎます。面倒ですが抱えてあげるので大人しくしていなさい」
もう、なんで、どうしてそういう言い方をするのだ。
「面倒って言わないでよぉ。アタシだって、迷惑をかけていることくらい、分かっているけど、だって、どうしようもないのに。せめてもうちょっと優しく言ってよぉ」
ハイネグリフがぼやけて見える。目の半分くらいまで涙が溜まっている。瞬きしたら涙が零れそうだった。なんとか零れないように上を向いて鼻や喉に流して回避しているけれど、また辛辣な言葉をかけられたら流れ出てしまいそうだった。
「優しく言って何が変わるんですか」
「アタシが泣かなくなる」
「知りませんよそんなこと。泣けば良いじゃないですか」
こんちくしょうめ!
「ホントに泣くぞ! わんわん泣くぞ!! そしたらローザンヌにも気づかれるんだからね!」
ハイネグリフは露骨に嫌そうな顔をした。そうしてはぁ、とため息を吐いた。
ため息もやめてほしい。今のアタシには何もかもが気になって、何もかもが刺さる。涙が零れそう。
「騒ぐのはやめなさい。騒がないのならば泣いても構いません。私は泣くなとは言いません。泣きたい時くらい泣かせてあげます」
「うえ……。なんでそんなこと……。なんで急に、カッコイイこと言うのよぉ。ホントに泣きそう」
そうなんだよね、この人ツンデレなんだよね。うっかり忘れていたものだから、うっかり泣かされそうになっている。でも一粒涙を流したら止まらなくなりそうで、ハイネグリフの右肩あたりに顔を押し付けて堪えることにした。レオにぶさいくと言われた泣き顔を見せたくなかったというのもある。
「私は思ったことを言っているだけです」
声色は面倒くさそうだけれど、アタシを抱え直した手は随分優しくて、さりげなく抱きしめてくれていることも分かった。アタシはすぐハイネグリフのきつい言葉に突っかかってしまって彼のことを誤解する。もう少し落ち着かないと。
「そろそろここを離れます。貴方、ローザンヌ……貴方のマスターが近づいて来たら分かるでしょう。気がついたらその都度教えなさい。回避しますので」
こくりと頷く。ハイネグリフはそれを合図とばかりに地を蹴った。
「直に夜明けです。今宵はなんとか逃げられるでしょう」
王様は太陽の下には出られない。アイゼンバーグとローザンヌは王様だから、夜明けになる前に寝床を見つけて眠るはずだ。たぶん、あと一時間もしないうちに姿を消すだろう。アタシたちはそれまで逃げ続けなければならない。特にあの、怖ろしくも魅力的な黒い目の吸血鬼から。さっきまでこちらが追いかける側だったのに、逃げる側になっているなんて不思議な話だ。
「そうだ、レオ……」
黒い瞳をアタシから遠ざけてくれた背中を思い出した。ローザンヌがアタシの存在に気づいた時、レオは危険を察知してアタシを逃がしてくれた。アタシはすぐハイネグリフに回収されてその場を離れたからレオがどうなったか分からない。レオは逃げられたのだろうか。
「ねぇ、レオは大丈夫なの?」
横顔を見上げる。ハイネグリフはちらとアタシを見てから前に向き直った。
「無事ですよ。同種の吸血鬼なら、離れていても生死くらいは把握出来ます。とりあえず死んではいないようです。死んでいないということしか分からないので、半殺しになっているかもしれませんがね」
「半殺しって、それって無事って言えなくない? 早くレオと合流した方が良いんじゃない?」
ざっくりしたことしか分からないのなら早く無事を確かめた方が良いのではないか。ハイネグリフだって死にかけていたのだから、レオだってそうなっていてもおかしくない。そう思うと背筋が凍って腹の奥から不安が込み上げてきた。レオがひどい目にあっていたらどうしよう。
「今は合流するよりも個々で行動していた方が良いでしょう。レオと合流する途中で黒の王に出会ってしまうかもしれません。それから、こうして黒の王が近辺にいないのはレオが上手く立ち回っているからかもしれません。いずれにせよ、今合流することは得策とは思えません」
「でも」
「レオは足が速く、機動力があるので広いフィールドなら回避するのは得意です。十分黒の王からは逃げ切れます。アイゼンバーグから逃げられるかは分かりませんが、彼は基本的に追いかけることをしません。彼が考えを変えない限り、黒の王だけ警戒していれば良いでしょう」
そうなのか。アタシよりもレオやアイゼンバーグ、ローザンヌに詳しいハイネグリフが言うのだからそうなのだろう。とりあえずレオは無事だと考えておいて良いみたいだ。まだちょっと不安だけれど。
「それより、貴方は他人の心配をしていないで自分の心配をしたらどうですか」
ごもっともだった。アタシには他にも考えなくてはならないことがある。
でも、どうすればいいのだろう。アタシにはどっちが自分のご主人様なのか分からない。というより、どちらもアタシのご主人様なのだ。どちらにも同じくらい強い感情を抱いている。それがアタシを混乱させている。アイゼンバーグはまだしも、アタシはローザンヌのことを嫌っていたのに。どうして大嫌いな相手を胸が苦しくなるくらい求めるのか。姿を見られただけで喜ばないといけないのか。自分のことなのに分からない。
でも、それが不思議としっくりくる自分がいる。ローザンヌのことを求めて当然、会えた喜びを噛みしめて当然だと心の一部が感じている。それはローザンヌがアタシのご主人様だからなのか。吸血鬼って、自分の感情さえままならないのだろうか。もしそうならとてつもなく怖い。アタシの感情の全てが操られているような、作り物のような気がしてくる。
アタシがアイゼンバーグに抱いた感情も全て、後付けの作り物なのかもしれない。




