Master×King×Vampire03
会えば分かるとみんなが言った。分からないことなんて絶対にないって言い切っていた。
アタシも、ついさっきまでは分かっていたつもりだった。あそこに自分の一部がある、心から求めているものがあると、確かに自分のご主人様がこのビルの上にいると確信していた。でも、分からなかった。どちらがアタシのご主人様なのか、分からない。どちらのことも同じくらい求めている自分がいる。
おかしい。こんなの、おかしい。だって、アイツは、あの黒い目の吸血鬼はアタシが大っ嫌いなやつだったのに! どうしてこんな気持ちになるの!? どうしてアイゼンバーグに会えたこの気持ちと同じ気持ちをアイツに抱くんだ!? どうしてっ! どうしてアタシは、ローザンヌのことを求めているのだ。
吸血鬼ってこうなの? 恨んでいたとしても、大っ嫌いだとしても、自分のご主人様には逆らえないものなの? ご主人様のことを求めるものなの?
分からない。分からない。
アタシを混乱させているのはそれだけじゃない。同じくらいの感情をアイゼンバーグにも持っていることが、アタシをぐちゃぐちゃにする。
一人じゃない。ローザンヌだけじゃなくて、アイゼンバーグにも同じ感情を抱いている。一体どうして。どうして一人じゃないの。意味が分からない。
アタシがおかしな吸血鬼だから? だからおかしなことになっているの?
「レオ、アタシ、どうすればっ」
訳が分からなくて、自分ではどうすれば良いか全然思いつかなくて、いつも答えをくれたレオに助けを求める。レオは涙でびちゃびちゃになったアタシの顔を見て唇を噛んだ。
「オレも、分かんない。だって、そんなことがあるなんて思わなかった。ご主人サマが二人って、そんな……」
「れおぉ」
「っ、一旦引こう。さすがにオレじゃどうすることもできない。たぶん、ハイネでも無理だ。ご主人サマに助言してもらって、それから……」
レオがハッとした顔をして首を回した。アタシも気づいて頭を動かす。
「お前、生きていたのかぁ」
目の前に真っ黒な瞳があった。ギラギラと光る獣のような瞳だ。
恐怖と歓喜に胸が鼓動する。全身が求めていたものが目の前にあるのに、手を出したくないと心のどこかが拒絶している。相反する感情でぐちゃぐちゃになって、動けない。
ローザンヌの鋭い爪の伸びた手がアタシを捕まえようとする。
「ホノカッ」
どんっ
レオに思い切り押された。身体が傾いで後ろ向きに倒れていく。
背中は地面につかず、浮遊感があって耳鳴りのような音がする。
落ちている。何十階もあるビルの屋上から真っ逆さまに。このままだと地面に激突する。さすがに吸血鬼でも無傷ではいられないだろう。
けれど、身体が動かない。今起こっていることを処理するのにいっぱいいっぱいで身体を動かすことが出来ない。
落ちていく。離れていく。アタシのご主人様から。
嫌だ。離れたくない。でも。
アタシのご主人様は誰?
「何をしているんですか!」
誰かに抱きかかえられた。暖かい。心臓の音がする。
「受け身くらい取りなさい! 聞いているんですか!?」
この声はハイネグリフだ。
「ハイネ、グリフ……」
唇の隙間から声が漏れる。ハイネグリフが何かを言っているが、耳に入って来ない。
「どうしよう。どうしよう、ハイネグリフ。アタシ、どうすればいいの。アイゼンバーグかローザンヌか、どっちがご主人様なのか分からない。どうしよう……」
譫言のように呟くとハイネグリフは黙った。
「……貴方はどこまで規格外なんですかっ」
一拍のち、ハイネグリフはそう吐き捨ててアタシを抱き直し、どこかに足をつけると加速した。
「とりあえずここから離脱します。いいですね?」
問いかけられたが答えられなかった。離れたくない気持ちと今すぐ離れたい気持ちがせめぎ合って決められなかった。けれどハイネグリフは無言を同意と解釈して、全速力でその場を離れたのだった。
遠くなっていく。近付きたいのに。
近付きたいのに。離れたい。
もう、どうしよう。どうしたら良いのか全然分からない。
アタシは人生で初めて自分というものを見失った。




