Master×King×Vampire05
気持ちが悪くなってきた。
考えても考えても分からない。
「吸血鬼って、気持ちも人間とは変わってしまうものなの? アタシって、アイゼンバーグとローザンヌのことをどう思っているんだろう。どうすればいいんだろう。分からない……」
譫言のように呟いてしまう。
答えはあるのだろうか。解決できるものなのか。それさえも、分からない。
「貴方の好きにすれば良いじゃないですか」
頭の上に降ってきた答えに驚いてハイネグリフを見上げた。ハイネグリフは前を見たままだ。
「どういったものにも正解はないので『どうすればいいか』なんてありません。しかしどうするかは自分で決められます。貴方が決めるべきなのはどうするかです。自分で決めなさい。助言を求めたところで、納得のいかないものなら聞く耳を持たないでしょう。仮に納得のいく助言をもらったとしても、上手くいかなければ逆恨みするでしょう。人はそうして問題を反故にし、逃げ道を作ってその場しのぎをしようとします。貴方もそのつもりなんですか?」
言葉が出なかった。確かにその通りだ。
ハイネグリフの言う通り、人はすぐ逃げようとする。アタシもそうだ。ハイネグリフは何度も問題に向き合うよう言っていたのに、無視して、反故にして、逃げて、ここまできている。結局彼の言った問題を解決しないまま別の問題が降りかかってきて、アタシはまた同じように問題を投げ出そうとしている。
思えばアタシはずっとそうしてきた。勉強よりも遊びを選んで、受験のランクを下げ、楽な部活を選び、大してのめり込める趣味もなく、夢も持たずにやってきた。そうやってのらりくらりと過ごすことで得られた人生は可もなく不可もなく、微睡のような人生だった。
そういう生活は嫌いじゃない。むしろ今だってそういう生活をしたいと思っている。けれど、それとこれとは別なのだ。逃げて行きついた先にある、妥協して得られた穏やかな生活と、失敗も恐れず戦って得られた先にある、勝ち取った穏やかな生活は別物だ。
ハイネグリフはアタシに戦えと言っている。厳しい人だ。戦うのは楽じゃない。でも、それが一番良い方法なのだ。ハイネグリフはそれを知っている。アタシよりも多くの問題に立ち向かい、その都度逃げずに戦う選択をしてきたのだろう。その結果得られたものにハイネグリフは満足しているのだろう。だからハイネグリフはいつも堂々としていて、普段通りの自分でいられるのだ。
「でも、アタシがこう感じているのは全て吸血鬼特有の本能みたいなものだったら? そんな作り物の感情に左右されたくない」
自分の気持ちだと思っているものが別のものだったら、という恐怖がぬぐえない。吸血鬼というものに身体が作り替えられ、頭の中まで洗脳されて操られているのかもしれないと思うと怖かった。
ハイネグリフはそう感じたことはないのだろうか。ハイネグリフだって、元は人間のはずだ。
「ハイネグリフは、自分の感情が操られているかもしれないと思ったことはないの?」
横顔をじっと見つめていると、金色の目が動いた。
「ありますよ」
あるんだ……。同じ気持ちを抱いた経験があることには安心したけれど、同時に失望もした。操られているような感覚は思い過ごしではないのだ。
「ですが、貴方、それをどうにか出来るのですか?」
知らない間に下がっていた視線を上げる。
「今更足掻いたってどうにもなりませんよ。貴方はもう人間ではなく吸血鬼なんですから。言ったでしょう。覚悟をしなさいと。人間から逸脱し、吸血鬼であるという自覚を持ちなさい」
吸血鬼であるという自覚、覚悟。
そんなものが必要になろうとは思いもしなかった。だって人間は人間だと自覚してなるものではないから。
いや、もしかしたら人間だって自覚してなるものなのかもしれない。吸血鬼と人間との境目のように、人間にも境目がたくさんある。動物との境目。大人と子どもの境目。学生と社会人。国の文化や、宗教だって他と違うことを自覚するのとしないのとでは随分違ってくるだろう。アタシはどれも適当にやり過ごしてきた。だからこうして覚悟を決めろと言われると逃げ出したくなってしまう。でも、それではいけないのだ。ハイネグリフみたいに戦わないと。
「幸い、考え方の全てが変わるわけではありません。いくら吸血鬼としての本能を植え付けられても私たちは結局、人間なんです。吸血鬼の本能と人間の考え方が衝突することはままあります。そういった吸血鬼の本能に消されることなく現れ、衝突する感情なら、まず間違いなく己の意思でしょうね」
この言葉がすとんと腑に落ちた。アイゼンバーグへの感情とローザンヌへの感情が分かりやすく対比できるものだったからかもしれない。
自分の感情が分かってスッキリした頭の中に、こうしたいという結論が出てきた。でも、不安だ。いくら頭で分かっていても、実行する勇気がない。あともう少しなのに、いまいち踏み出せない。
「その意思によって自分でどうしたいか決めて、それが間違っていたらどうするの? 取り返しのつかないことになったら?」
「知りません」
「冷たッ!」
ここにきてバッサリ切り捨てられてしまった!
「もうちょっと付き合ってよ! もうひと押ししてくれたら頑張れそうだったのに! もうひと押しを求めるのも良くないとは思うけど、ちょっとくらいサービスしてよ!」
我ながらなんと理不尽な猛抗議なのだろう。ハイネグリフはまた呆れるかと思ったが、そうではなかった。
「貴方の選択で貴方がどうなろうが私の知ったことではありません。先程も言いましたが、現実世界に最善策というものはありません。そういうものは理想、もしくは理想よりも良いものが手に入った後だから言えるものなんです。だから何が正解かと考えるのではなく、理想に向かって自分が後悔しない選択をするしかないんです。それから現実を受け止める覚悟をしなさい。貴方がどんな覚悟をしてどんな選択をしようが、私は否定しません。私に害が出たとしても、それは私が対処することであって貴方が対処することではありません。勝手にしなさい」
なるほど。確かにさっきハイネグリフが言ってくれたことの繰り返しだ。ハイネグリフはもうアタシの欲しい言葉を言ってくれていたのだ。それに加えて今、アタシがこれからどんな選択をしても受け入れると言ってくれた。それを「知りません」の一言で片づけようとするから、ハイネグリフを誤解してしまうのだ。
「ハイネグリフってホント、おしゃべりなくせに言葉足らずで、優しいくせに冷たく見えるね」
「意味が分かりません」
眉を寄せた不機嫌そうな顔でアタシを見る。
「無自覚なんだね。そこが憎いっていうか、憎めないっていうか、好きだなぁって思うよ」
「貴方、誰にでもそういうことを言っているわけでありませんよね?」
「失礼だった? ハイネグリフって容赦ないからアタシも容赦なく本音を話しやすくて、思ったことをすぐ口に出しちゃうみたい。気を悪くしたなら謝る」
「気を悪くしたわけではありませんが……。貴方こそ無自覚なようなので言及しないでおきます」
「よく分からないけど了解した」
はぁ、とため息を吐くハイネグリフ。アタシ、ため息を吐かれるようなことを言った覚えはないのだけれど。
「そういう何でも受け入れるところも誤解を生みますよ」
「何の誤解?」
「さぁ何の誤解でしょうね。貴方は死んでも分からないかもしれません。その身体に刻み込まれても、疑問を口にするばかりで全く気づかないでしょうね」
「何それ。アタシが鈍感みたいじゃない」
「みたいではなく、鈍感なんですよ。その割にどうでも良いことには敏感なんですから。苦労しますよ、貴方」
これまた否定できそうにないことを言う。もしかしてアタシが苦労しているのって、ハイネグリフが言うように鈍感なくせに妙なところに敏感だからだろうか。
「気をつけます」
素直に反省しよう。気持ち次第でどうにかなるようなものではない気がするが、そういう傾向があることを理解しているのとしていないのでは違う気がする。
「そうしなさい。一長一短ですからその性格を否定はしませんがね」
優しいなぁ。ハイネグリフって命令口調が多いけれど、意思決定自体は自由にさせてくれるんだよね。自分には関係ないから何されても良いって考え方なのだろう。でも自分に関わることになったとしても彼は意見を尊重してくれる。まぁハイネグリフの意見に対立するときは彼も全然折れないから言い合いになってしまうのだけれど。容赦なく言ってくるのでこちらも容赦なく言えて、しかも後味が悪くないので喧嘩するのも億劫ではない。文句は言うけど、こうして助けてもくれる。根はホントに良いやつなのだ。というより、お節介、かな。
「ねぇ、ハイネグリフ」
お節介な吸血鬼に、頼みごとをしてみよう。
「お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「聞くだけですよ。叶えるかどうかは聞いてからにします」
ハイネグリフはまっすぐ前を向いたまま言う。こうやって冷たいことを言うけど、ちゃんとフォローしてくれることをアタシは知っている。
「あのね……」
アタシはお願いを口に出した。
ハイネグリフはやっぱり第一声で文句を言ったけれど、結局「出来ないわけではないので叶えてあげます」と言ってくれた。副音声がなくてもだいぶツンデレになってきた。ちょっとだけアタシに心を開いてくれたのかもしれない。アタシの「甘い考え」とやらを話した時は線を引かれてショックだったけれど、少しはその線も薄くなっただろうか。それなら、嬉しい。




