Hot×Cold×Vampire09
「普通ならそういう大事なことはすぐに教えるはずだ。武器になるからな。教えられねぇ状況だったのか? まだ契約途中の野良だから?」
野良という言葉に身体がビクついた。バレてる。
「気づかれねぇとでも思ってたのか? お前、瞳の色が暗いだろ……。まだハイネグリフに契約してもらってねぇってことだろ? あれだけ一緒にいたのに、なんで契約してねぇの?」
「あう。えっと、その……何と言ったらいいのか、そのぉ……」
無理に取り繕うとして失敗した。何か言おうとしなければ良かった。余計に怪しくなってしまった。
「なんでまだ野良のままなんだ? 野良のくせに正気でいられるからそのまま観察でもされてんのか? でも野良はいつ死ぬか分からねぇんだぞ? ハイネグリフは……黄の吸血鬼は何を考えてお前をそのままにしてるんだ?」
じり、とデインが一歩近づいてきた。アタシは一歩後ずさる。
「契約できねぇ理由でもあるのか? それは説明できねぇ理由と同じなのか?」
デインはなおも距離を詰めて来る。
完全に疑られている。今口を開けば確実にぼろが出る。ここまで疑られていたらどう足掻いたって意味がないかもしれないけど、これ以上の情報を与えることも出来ない。さっきから逃げられそうな隙を探してみてはいるものの、意外なことにデインには全く隙がない。少しつま先を右にずらせばデインの身体が右に傾く。視線を左に投げれば左に傾く。なんとかフェイントをかけられそうならかけたかった。でも、なかなか踏み込めない。
赤い瞳がアタシを捕らえて離さない。放してくれない。腹がよじれるように痛くなってきた。
「……お前、本当にあのハイネグリフの眷族……黄の吸血鬼なのか?」
心臓が跳ねた。
デインはアタシに血を飲ませた吸血鬼の一人だ。アタシがハイネグリフの眷族ではなく、デインの眷族でもないとなると、残りの吸血鬼の眷族だろうという予想がつくはずだ。その中にアイゼンバーグは選択肢として入っているのだろうか。これまでただの一度も眷族が存在しなかった青の王の眷族かもしれないと思うだろうか。ダメだ。気づかれてはいけない。
アタシはじりじり下がっていた足を止めた。
捕まりそうになったら一発殴って逃げよう。アタシの場合、頭を使ってフェイントをかけるよりもその方が上手くいくだろう。力に関してはみんなのお墨付きだ。嬉しくないけど。
「なぁ、答えろよ」
デインが手を伸ばしてきた!
アタシは即座に一発入れてやろうと握った拳を振り上げようとした。
キュンッ
「!」
「みぎゃ!!」
突然目の前を光線が通り過ぎていった! すごくビックリして変な声が出た! 危なッ! 手を出していたら完全に光線に貫かれていたんだけど!?
「ちっ時間切れかよ」
キュンキュンキュンッ
後ろに飛んで逃げたデインがコンマ何秒前までいたところに光線が突き刺さった。
「危なッ!」
アタシも後ろに蹴って距離を取る。今の今までデインがいたところといえば、アタシが立っている数十センチ先だ。もちろんアタシの足元付近でもあった。
この光線ってアタシとデイン両方を狙っているの?
どぎまぎして辺りを見回すと、ここよりも高い隣のビルから人影が降りてくるのが見えた。
金色の髪が月の明かりを反射している。長い布をはためかせ、マンションの屋上に降り立ったその人は、アタシを背に庇うように立つと銀の銃口をデインに向けた。
「私の眷族に近付かないでください」
ハイネグリフは随分低い声でデインを牽制した。
「ハイネグリフ!」
まさか、まだいたなんて。もうとっくにいなくなっているかと思っていたので驚いた。それから素直に嬉しかった。しかもベストタイミングだ。
「お前の眷族、か」
デインはゆっくりと髪を掻き上げた。アタシがぐちゃぐちゃにした髪型が整えられる。
「なぁハイネグリフ。そいつ、お前の眷族じゃねぇんだろ? そいつは黄の吸血鬼じゃねぇ。俺の、赤の吸血鬼でもねぇ。ってことは黒か白か……青、か」
真っ赤な瞳がギラギラしている。たぶん探っているんだ。とりあえず何でも口に出してみて、ハイネグリフとアタシがどういう反応をするのか観察しているんだ。だったらアタシは見られないようにしなければならない。
さりげなくハイネグリフの背中に隠れた。
「ホノカは私の眷族ですよ。何度も言われなければ分からないくらい、頭が足りないんですか?」
いつもの調子で答えるハイネグリフに感服する。こんなにしれっと嘘がつけるなんてすごいし、嫌味を言うのも忘れないなんて。一体全体どういう生活をしていたらこんな状況でも堂々としていられるようになるのだろう。
「お前の眷族じゃねぇってことはとっくに分かってんだ。瞳の色が違う。いくら理性を持った雑種が珍しいと言っても、そろそろ限界のはずだ。血を飲ませた日から一週間は経ってる。そいつ、契約してやらねぇと灰になっちまうぞ」
灰に、なる……。
不安で心臓が呻いた。アタシ、そろそろ限界なの? 早くアイゼンバーグに会って契約しないと死んじゃう? 不安で何かに縋りたくて、震えそうになった手でハイネグリフの服を掴んだ。
嫌だ。灰になんてなりたくない。死にたくない。
「貴方に言われなくてもしますよ。鬱陶しい。私情に口を挟まないでください」
キュンキュン
ハイネグリフは喋りながら撃った。何の警告もなしに。容赦がない。
だけどデインはそれを予想していたのか、軽いステップで光線を避けた。
「あっぶねぇな。お前、いつも容赦ね……」
キュンキュンキュンキュン……
デインの話の途中なのに構いやしない。だいたいこういう時って一応大人しく聞くものじゃないのか。やっぱわざわざ話し終わるのを待ってあげるのっておかしいのか。現実は甘くないのか。しかも撃ちっぱなしだ。一瞬たりとも手を止めようとしない。一秒間にどれだけ撃つんだというくらいの連続射撃だ。しかもずっと無言。ちょっと怖い。
「ちっ! くそっ、あぁもう! 厄介な奴が厄介なもん持ちやがって! ホノカ! また来るからな!!」
デインは早口でそれだけ残してあっと言う間に輪郭を溶かし、無数のコウモリとなって飛び去って行った。
危機は去った。けど何だか一方的に追っ払った感じが強くてデインが可哀想な気もした。
「……」
いや、そんな呑気なことを考えている暇はなかった。
無言で振り向いたハイネグリフの顔が般若の雰囲気を纏っている。顔を激しく歪めているわけではないが、瞬時に怒っていると分かる顔だった。怖い。とても怖い。勉強もしないで遊び続け、晩御飯が終わった頃に帰った時に見た母の鬼の形相より怖い。
「この、脳味噌スカスカ無防備女が!」
「ひっど!!」
開口一番それなの!? 最ッッ悪! ちょっと助けに来てくれて嬉しいなんて思ったアタシが馬鹿だった!




