Hot×Cold×Vampire08
アタシは青の吸血鬼。アイゼンバーグと契約して、いつ死ぬか分からない状況に終止符が打たれても、事態が好転したとは言えないかもしれない。青の吸血鬼は他の吸血鬼に狙われる存在だ。ずっと戦い続けて、逃げ続けなければならないアイゼンバーグのような生き方は、アタシにとって幸せでも何でもない。たぶん、アイゼンバーグにとってもそうだろう。彼は今、幸せじゃない。
「時間が経つだけでどうにかなるならいいけど、どうにもならなかったらどうするんだ?」
う、デインはアタシの心を読めるのか? それともアタシが分かりやすいから、不安に感じていることを悟られてしまったのだろうか。
「うーん。そこはアタシの努力次第、かな」
「ここが頑張れば報われる世界だと本気で思ってんのか?」
「……」
アタシは答えられなかった。
そうだよって返したかったけれど、言葉が喉につっかえた。つい先ほど努力しても上手くいかない、なんて悲観したところだったからだ。それにアタシのことを甘いと言った二人の吸血鬼の言葉もアタシを蝕んでいた。何十年、何百年と生きている年長者が言うのだから、世界はきっとそんなに甘くないんだ。努力が必ず報われると思ってはいけない。報われるまで努力を続けなければならないんだ。でも、それはとても大変なことだ。もっと簡単に幸せが手に入れば良いのに。もっと世界が優しければ良いのに。
「優しい世界ってないのかな」
ぼそり、独り言のつもりで呟いた。
「あるぞ」
そしたらイエスと返ってきてビックリした。
「えっホントに?」
思わず聞き返すとデインは「おう」と頷いた。アイゼンバーグやハイネグリフはそういう考えのアタシのことを甘いって一蹴したのに。
「どこにあるの?」
「俺たちの城だ。俺たちの城なら安全だ。誰かに殺されることはない。頑張ってるやつは評価してやれる。それにどんな我儘だって叶えてやれて、何より、あいつが……赤の王が愛してくれる。赤の城に来たやつらはみんな幸せになれる。特にお前みたいな女なら尚更だ。赤の王は女に愛され、女を愛す。……赤の王に愛された女はみんな幸せになる。お前だって幸せになれるはずだ」
再び予想外な答えが返って来た。
ちょっと待ってそんなところなのブランのところって。確かに女の子たちはみんなブランのことを好きみたいだったし、ブランも彼女たちのことを大事に思っていた。でもそんなのは信じられない。だって、アタシはあそこで男の子が死んでしまったのを見た。
「あそこは怖いところだったよ。だって、アタシの目の前で……男の子が死んでしまったよ。それも、二回も……」
ブランとアンナに、あの男の子は殺されてしまった。ブランは完全に男の子のことを食べ物としか思っていなかったし、アンナは実験体のような扱いをしていた。そんなところが幸せになれるところだなんて思えない。
「あー、あそこは男には厳しいからな。安心しろよ。お前は女だから、そうなることはない。ガラスのように大事にされるだろうな」
「厳しいって話で片付けられないでしょ。だって死んじゃってるんだよ? それにアタシ、壊れ物みたいな扱いされたいわけじゃないんだけど」
普通でいいんだ。普通に笑ったり泣いたりできる幸せでアタシには十分だ。どんな願いも叶えてくれなくて良い。馬鹿みたいに大事にされたいわけでもない。ただ充実していればそれでいい。
「そうなのか? お前って変わってるな。誰だって深く愛されて大事にされれば嬉しいもんだろう」
「まぁ確かに否定はしないけど」
憧れると言えば憧れる。そういう恋愛を一回くらいは体験してみたい。相手が好きで好きでしょうがなくて、他には何もいらず、一生を捧げても良いくらいの恋愛。溺れるような愛ってやつだ。けれど自分がそうなるとは到底思えなかった。
だって、アタシだ。この、アタシ。甘い展開というのにめっぽう耐性がないという自覚がある。
「アタシには似合わない気がするんだよね。似合う似合わないっていう話ではないんだけど」
「愛されたくねぇのか?」
「そりゃもちろん愛されたいよ。好きな人にこれでもかってくらい愛されて大事にされるなら、とっても嬉しい。きっと似合うとか似合わないとかも考えられなくなるんだろうね。でもアタシ、別にブランのことそこまで好きじゃないんだよね」
あんなにいろんなことをされて嫌いじゃないところが不思議なところなんだけど。そう続けようと思ったけれど、デインがすごく驚いた顔を見せたので言えなかった。
「は? あいつを好きじゃない?」
デインはぽかんと口を開け、目を大きくして驚いている。
「そんなに驚くこと? 全人類があの人のことを好きになる方がおかしいと思うんだけど」
「お前って本当に女か?」
目が本気だ。失礼なやつだな! 吸血鬼って失礼なやつばっかりなの!?
「女だよ!! れっきとした!!」
ひどくないか!? 確かにブランはとても綺麗だしまぁ声も魅力的だったし、可愛いとか言って褒めてくれたしお金も持っていそうだ。人間を家畜扱いするところとか話を聞かないところはどうかと思うけど、優しくて愛情深いんだなとは思った。あのお屋敷にいたみんなのことを愛し、少女吸血鬼たちのために泣いた彼のことは評価している。でもだからと言って惚れるわけではない。いくら顔が良くて金持ちで自分のことを愛してくれそうだったとしても、好みから外れていては仕方がない。アタシはあんな泣き虫甘えん坊は嫌だ。そういうのが好きな人もいるだろうけれど。
「おかしい。赤の吸血鬼は人間でも吸血鬼でも異性なら好かれるはずだ。特に赤の王なら好かれて当然なんだが……」
じっとデインに見られた。それから首を傾げられた。いや、そんな不思議そうな顔されても。
「ブランも言ってたけど、どこから来るのその自信。何か特別な理由でもあるの?」
「ん? あぁ。俺たち赤の吸血鬼には異性を虜にする瞳の力があるんだ」
「イセイヲ トリコニスル ヒトミ?」
ちょっと何を言っているのか分からなくて片言になってしまった。何それ。初耳なんだけど。吸血鬼ってそんな特殊能力めいた力があるの? だからフェリックスさんはブランの目を見ないようにって言ったの?
「他種の吸血鬼にも瞳の力はある。俺は赤の吸血鬼のことしか知らねぇけど。あんまり他言するもんじゃねぇから。……黄の吸血鬼なら、黄の吸血鬼の瞳の力くらい教えてもらってるはずなんだが」
デインの瞳の鋭さから言外に「どうして知らないんだ」と言われていることに気づいてしまった。まずった。疑られている。やっぱり長話をするんじゃなかった。
「ちょっとみんな忙しくて! ほら、アイゼンバーグを追いかけなきゃいけなかったから、説明あんまりされてないんだ」
吸血鬼には様々なルールがあって制約もあることはちょこちょこ教えてもらっている。たぶん取扱説明書みたいな感じで最初にいろいろ教えてもらうのが主流なんだろう。うっかり死んでしまってもいけないし、武器になるものは知っておいた方が良い。でも、アタシはまぁ野良……だし、この身体がいつまで持つかも分からなかったからいろいろすっとばしているので知らないことが多い。
「……お前、変だな」
「えっ」
思わず漏れてしまって慌てて口を噤んだ。
デインが目にキラリと光を灯して見つめてくる。アタシは視線に耐えられなくなって目をそらした。




