Hot×Cold×Vampire07
唇を締めて出そうになった嗚咽と涙を言葉と共に呑み込んだ。
考えたって分からないものは分からない。予想したって吸血鬼の常識はアタシの常識を飛び越えてくるから予想しきれない。
いや、たぶん、人間や吸血鬼というのは関係なく、この世界の常識そのものがアタシの知っていること以上にありすぎるんだ。吸血鬼の世界じゃなくたってこの手の悩みは尽きないだろう。アタシには経験がない。不勉強もいいところの世間知らずなんだ。
「アタシってダメなところばっかり」
良いところなんて一つも思いつきやしない。なんたってこう、アタシはアタシなんだ。どうして変えられないんだ。もっとしっかりした人になりたいのに、もっと賢い人になりたいのになれない。努力したって、全然理想に近付けない。努力するだけ無駄なんじゃないかって思ってしまう。
「そんな悲観すんなよ。俺はお前の良いとこ知ってるぜ」
「え、何?」
デインがアタシの良いところを知っている? よりにもよって、アタシを消そうとした吸血鬼の一人が?
「!」
訝しんでいたら急に手が伸びてきてアタシの両頬を包み込んだ。ビックリして首をすくめたけれど、優しく添えられているだけのようだったので首を伸ばした。
じっと赤い瞳を見つめる。デインはにこりと笑顔を見せた。
「ほら、笑えよ」
親指で強引にアタシの口角を上げるデイン。
「にゃにしゅるの」
睨んでやったけど、デインは手を離さなかった。
「俺も頭は良くねぇ方だ。それにお前のことはそんなに知らねぇ。けど、笑ったら可愛いってことは知ってる。女の笑顔が可愛いってのは大事なことだ。守ってやりたくなる。つい笑わせてやりたくなる」
「にゃに、その理屈」
むすっとした態度で言い返すとデインは優しい笑みを浮かべて両手をアタシの頭に持っていった。
「おら! 笑え!」
「わっ!」
大きな両手がアタシの頭を掻きまわし始めた。髪がぐちゃぐちゃになる! しかも結構力が強いから頭も揺れる!
「ちょ、ちょっと! やめてよ!」
逃げ出そうとしてみるが逃げられず、全然やめてもくれなさそう。それならいっそ、とアタシは背伸びをして目の前にあった紫頭を掴み、同じように掻き回し始めた。
「お返し!」
「お!?」
デインが驚いた声を上げる。アタシの手の中で綺麗に整えられていた髪が見る見るうちに乱れていく。それが面白くて、手触りが心地良くて、アタシは夢中になって彼の頭を揉みまくった。
「わしゃしゃしゃしゃ」
「うおおおおお」
もうアタシの頭を揉むデインの手は止まっていたけど、構わずひとしきりぐちゃぐちゃにしてやってから手を離した。
見事にしっちゃかめっちゃかになった斬新な髪型が出来上がった。何をした後なんだと聞きたくなるくらいの出来栄えに大満足だ。自然と笑みがこぼれる。
「へへ。ぐっちゃぐちゃ」
「ん。やっぱ可愛いな、お前」
「でぇ!?」
一歩身を引いた。デインはきょとんとした顔でアタシを見つめている。
このタイミングで可愛いとか言われると思ってなかった。さっきのは軽く流せたけど、今のは流せなかった。顔が熱い。可愛いって男の人に面と向かって言われたことなんてない。それにデインはイケメンだ。恥ずかしいったらない。というかブランもそうだったけど、赤の吸血鬼ってすぐに可愛いって言うみたいなんだけど。女性の扱い方が本能的に分かっているとでも言うのか?
「どうした? なんで離れるんだ?」
一方デインは何とも思っていないらしく、アタシがあけた分の距離を詰めて来る。アタシは再び一歩後ろに下がって回避しようとした。これ以上はこの扱いに慣れていなさすぎて耐えられそうもない。
下げた足をつけるところを探して……見つからなかった。
「おわっ!?」
がくん、と身体が傾いた。
踏み外した! 身体が下がり、背中から倒れていく。そういえば結構屋上の端に立っていたんだった! 落ちる!!
「ぎゃぁっ!」
「危ねッ」
間一髪のところで腕を引っ張ってデインが抱き寄せてくれた!
「お、落ちるかと思った!!」
アタシは落ちないようデインの首に腕を回して抱き着いた。足の裏に感覚がない。たぶんこれ足浮いてる! 危なかった!
「驚いた。まさか踏み外すとは思わなかった」
アタシを抱きしめた状態で後ろに下がり、十分後ろにも前にも距離があるところでデインはアタシを降ろしてくれた。
「アタシも驚いた……。怖かった……。心臓がバクバク鳴ってる」
押さえた胸の鼓動が手に伝わってくる。ホントに怖かった。
吸血鬼なら落ちたとしても無事だと思うけど、そういうことじゃない。自分から飛び降りるのは怖くなくても、落とされたり今みたいに急に落ちそうになったりするのはさすがに怖い。
「危なっかしいやつだな、お前。今は俺がいたから大丈夫だったが……。ハイネグリフと一緒にいたのはお前が危なっかしいからか?」
別の意味で危ないからのはずなんだけど、もしかしたらそういう意図もあったのかもしれない。
「いやぁたぶんそうなのかな。分かんない」
適当にお茶を濁すとデインはふぅんと言ってから続けた。
「何にしろ、こうして肝心な時にいねぇと意味ねぇよ。お前のマスター、ハイネグリフはお前を一人にしてどこほっつき歩いてんだ」
「何処にいるんだろうね……。アタシにも分かんないや」
一方的に言って逃げるように去って来てしまったから、ホントにハイネグリフがどうしているか分からない。頭にきてフェリックスさんとサンダーさんのところへ戻っているかもしれない。そもそもあれだけ文句ばっかり言って面倒くさそうにしているのに協力してくれたことがおかしい。
「……へぇ、そうか。ま、そっちの方が俺には都合がいいけど」
ぼそっと呟いた声に違和感があってアタシは小首を傾げた。何だろう。声のトーンが一つ下がったような気がする。
「大事な眷族をこうして放っておいたり、肝心な時にいなかったりするやつといて、お前は幸せなのか?」
幸せ、か。アタシには吸血鬼の価値観や常識がまだ良く分からない。
「どうなんだろう。一人でいるのはアタシの所為だから何とも言えない。それにアタシはいつでも一緒でアタシを守ってくれる人が欲しいとは思っていないから、こうして一人でいるのを不幸せだとは思わない。でも、アタシがホントに望む幸せ……ほのぼのした平凡な生活を送るにはもう少し、時間が必要かもしれない」
もしかしたら一生平凡な幸せは手に入らないかもしれないことは言わなかった。口に出したらホントにそうなってしまうかもしれないからだ。




