Hot×Cold×Vampire06
すんっ
涙の代わりに鼻水が出てきそうになって鼻をすすり、マンションの平たい屋上で足を止めた。
随分遠くまで走って来てしまった。レオからもアイゼンバーグからも離れてしまった。こういう後先考えずに行動してしまうところもホントにダメだ。
嫌だな。自分を否定する言葉しか思いつかない。アタシ、だいぶ落ち込んでいるみたいだ。
「はぁ」
ため息を吐きながら屋上の端まで歩いて座った。ぶらつかせた足をじっと見て気を紛らわせようとしたのだけれど、結局また思考の海に溺れた。
自分への失望と怒りが混ざり合って腹の底に溜まっていく。
ふと頭の中の考えが途切れた瞬間、誰かの気配が後ろに立っていることに気づいた。背中にピリッとくるこの感じは吸血鬼の気配だ。レオがこんなアタシを追いかけてきてくれたのだろうか。馬鹿なことに期待してしまう。
ちょっとだけドキドキしながら振り返った。
「よう」
「!?」
アタシはビックリして立ち上がった。
違った! デインだった! アタシの勘ポンコツ!
「ど、え!? なん、え!?」
慌てすぎて口から出した声が言葉にならない! アタシの脆弱な頭の中が大混乱中で何をすればいいのか何を話せばいいのか分からないのだ!
逃げる? 隠れる? でも襲ってこないしそんな必要はない? 話して大丈夫? ちょっと分かんない!!
「落ち着けよ」
一人であたふたしていると、なんとデインから落ち着くように言われた。警戒すべき相手からそう言われるのって情けない。けどアタシはお言葉に甘えることにして深呼吸して落ち着くことにした。落ち着くと言えば深呼吸だ。
ゆっくり息を吸い、吐いて。心臓はバクバク鳴ったまま変わらなかったけれど、頭が少しだけすっきりして冷静に考えられるようになった。
別の吸血鬼に遭った時、まずすべきなのは自分が何の吸血鬼か分からないようにすることだ。ハイネグリフが目を見られちゃいけないと言っていたことを思い出し、アタシは顔を両手で覆うことにした。
「……」
「……」
アタシもデインも無言。今更顔を隠しても意味がないのではないかというのは、隠してから気づいたことだった。もう取り返しがつかないのでこのまま貫くしかない。
でもすぐに恥ずかしくなって顔が熱くなってきた。アタシだいぶ滑稽じゃない?
「何で顔隠してんだ?」
「お構いなく!」
瞬時に反応した。顔を押さえているのでデインがどういう顔をしているのかは分からないが不思議そうな声だった。
「そんなに俺のこと見たくねぇのかよ」
ちょっとふてくされたような声だ。
「違います! こっちの事情は気にしないでください!」
早くどこかへ行ってくれと願っているのだが、デインが去ろうとする気配は全くない。
「顔見て話してぇんだけど。手ぇどけろよ。ま、嫌ならいいんだが、俺はお前の顔が見たい」
指を開いて隙間からデインを盗み見た。デインはこちらをじっと見ているだけで何かをする素振りはない。
ハイネグリフには目を見られないようにとか言われたけど、今更だ。ハイネグリフがいた時にも見られたうえに、さっき振り返った時にも見られた。見られたのにどうこうなっていないということは、まぁ、そんなに警戒しなくても良いのかもしれない。
そう思って腕を下げた。するとデインがにかっと笑った。
「やっと顔が見られた。最初に遭った時から思っていたけど、お前って可愛いな。名前なんつーの?」
ナンパか!? だとしたら初めてナンパされた。しかもめちゃくちゃ顔の良いお兄さんに。ちょっと嬉しいけど、彼についていく気はない。
「ナンパならお断りします」
腕をクロスさせてバツを作る。
「ナンパか。そうかもな。あながち間違ってねぇけどそんな警戒すんなよ。折角また遭えたんだからちょっと話でもしようぜ」
にっと笑うデイン。この人って、こういう風に笑う人だったんだ。あの日は苦しそうな表情ばかりだったのに、今日は人懐っこそうな笑顔をよく見せてくれる。不思議なことにデインが笑って銀色の牙が見えても全然怖くなかった。牙そのものが怖いんじゃなくて、状況によるのかもしれない。デインの笑顔はカラッとしていて怖さの類はかけらもない。とはいえ油断は禁物だ。
「話って、アタシは別に話したいことなんてないよ」
このまま話をしていたらボロが出そうだ。早く切り上げてしまいたい。
「つれねぇな。嫌ならすぐどっか行くけど。泣きそうなお前を一人にしていける程、俺は薄情じゃねぇよ。何か嫌なことでもあったのか? 誰かに傷つけられた?」
首を傾げるデイン。アタシは予想外の言葉に驚いて数秒固まってしまった。
デインの印象が完全に塗り替えられた。
なんだ、この人も優しいじゃないか。吸血鬼が怖くて薄情なやつばかりだという考えはやめた方が良いのかもしれない。でも今はちょっとだけその優しさが刺さった。
「ううん。アタシは傷つけられてない。アタシが傷つけたの。悪いのはアタシなんだ」
視線を下げて呟いた。
アタシは被害者じゃない。加害者だ。アタシがレオを傷つけた。それなのに被害者のような顔をしているなんて馬鹿みたい。自分がますます嫌いになる。
「何があったんだ?」
優しい問いかけに開きかけた口を閉じた。このまま会話を続けていたらいつかぽろっと言ってはいけないことまで言ってしまうかもしれない。デインはアタシを閉じ込めてレオも傷つけた赤の王ブランの眷族、赤の吸血鬼だ。警戒しなくちゃいけない相手である。彼には絶対に知られてはいけないことがいくつもある。
でも、アタシの口は開いてしまった。たぶん誰かに聞いてもらいたかったんだと思う。懺悔したかったんだ。自分の心を保つために。
「……アタシ、吸血鬼が怖いんだ。自分も吸血鬼なのにおかしいと思う。でも、怖いものは怖い。こうして話をする分には全然怖くないんだけど、ふとした瞬間に吸血鬼だって、人間とは違うって分かった時に、怖くなる」
獲物を狩るギラギラした目や、皮膚を貫く牙。目や牙そのものが怖いわけではないことはデインを見て分かった。たぶん、アタシに向けられた目や牙……アタシを食べ物だと認識して見せる目や牙、態度が怖いんだ。それから人間では絶対にありえない吸血行為そのものが。
吸血鬼の食事。吸血鬼を吸血鬼たらしめる行為、人間から逸脱した化け物の行為がアタシは何より怖い。
「それで、さっき、怯えた態度を取ってしまった。その人がとても優しい人だってことは分かっているんだけど、怖くて……悲鳴を上げちゃった」
アタシの悲鳴を聞いたレオの顔が頭に浮かんだ。期待を裏切られたけれど、仕方ないと割り切った時の悲しそうな笑顔だった。
レオにそんな顔をさせてしまった自分が許せない。浅はかな自分が嫌だ。
「アタシ、いつも考えなしで行動するからダメなんだよね。みんなが考えたことや気づかいを台無しにしてしまう。今回のことも、考えれば回避できた。もっとちゃんと考えないと。もっと頭を使わないと。でも、アタシ、馬鹿だから、たぶんまた同じような間違いをするんだ」
語尾が震えてしまった。




