Yellow×Rose×Vampire02
みんなみんなアタシの所為だ。アタシがブランのお屋敷へ行かなければあの男の子は殺されなかったし、アタシが戻ると言わなければあのメイドさんたちは無事だっただろう。それなのにアタシの選択の所為で命が失われてしまった。それが心に引っかかって爪を立てている。もっと他の選択があったんじゃないかと自分が自分を責めてくる。アタシはいつもそうだ。その場でよく考えないで突っ走ってしまうんだ。今まではそれでも良かった。誰かが死ぬわけじゃなかったからだ。でも、ここ最近は誰かの生死がいつも絡んでくる。それはアタシ自身のときもあれば、こうして他人のときもある。
生死の境になんて今まで立ったことがない。そんな選択をしたことがなかったから、こういうとき、何が正しいのかアタシには分からない。
「正しいとか正しくないとかじゃないんじゃない?」
ぐすぐすと鼻をすすっていると、レオがそう言った。アタシは顔を上げてレオを見た。レオは指で口元を隠しながら言葉を続けた。
「ホノカの悩んでいること、特に後半のやつ。それはさ、一人を助けるか大人数を助けるかってことでしょ? 一人を犠牲にしてたくさんの人を助けるか。たくさんの人を犠牲にして一人を助けるか。あなたはどうしますかってやつでしょ。そんなのどっちも選べないに決まっているよ。それが普通だよ。だからホノカが悩むのは当たり前だし、悩んだって正しい答えは出ないよ」
「そう、なんだろうけど……」
答えの出ない問いだということはアタシも分かっている。けれど、どうしたって気になってしまうのだ。こうして現実に突きつけられ、目の当たりにしてしまうと特に。胸が苦しくて押しつぶされそうだ。
どうしてこんなことになってしまったんだろうと思う。現実が受け止めきれない。アタシはただの女子高校生だったはずなのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう。どうして生死にかかわることばかりを体験しなくちゃいけなくなってしまったんだろう。どうしてそんな選択をしなくちゃいけなくなったんだろう。
「だいたいそういう状況になるのがおかしいんだよ。ホノカはただ人に会いに行っただけなのに誰かが死ぬとか、そんな状況にしたやつが悪い。あの赤の王だよ。あいつが一方的に悪いんだからホノカが気に病むことじゃない。それに、誰かを殺したのなら、その罪は殺したやつが背負うんだよ」
だから気にしないんだよ、とレオは優しく言ってくれたけど、アタシは全然納得できなかった。だって、だって……。
「その罪を背負うのはフェリックスさんとサンダーさんでしょ?」
声が震えた。瞬きすると涙が零れた。
「アタシ、あの人たちに罪を背負わせちゃった……」
レオがしまった、というような顔をした。
あぁだめだ。こうやって今度はレオを悩ませている。レオは黙ってアタシにかける言葉を探してくれている。こんなに面倒くさいアタシを励ます言葉を探してくれているのだ。こんなに優しい人を、アタシは、もしかしたら、亡くしたのかもしれなかったのだ。アタシの選択一つで。
「もー!」
「へっ!?」
突然レオがアタシを抱きしめた。アタシの腕を引っ張り、体勢を崩したアタシを胸で受け止めて背中に腕を回したのである。アタシはビックリして目を瞬かせた。
「ねぇ、ホノカ分かる? オレ、生きているの。ホノカのおかげでこうして生きているんだよ! ホノカが来てくれなかったらオレは死んでいた。ホノカが戦ってくれなきゃオレは死んでいた。なんで、なんで選択が正しかったのかな、なんて言うの? オレを見捨てれば良かったかもって、オレは死ねばよかったってホノカは言うの? ねぇ……!」
ぎゅっとアタシを強く抱きしめ、レオは叫んだ。どんな表情をしているのかは分からない。アタシの顔にレオの黒髪がかかっている。頭の上から声にならないレオの叫び声が落ちてくる。
胸が痛くなった。そんなつもりじゃなかったのに。そんなことを言われたら、アタシ……。
「レオが、生きててっ良かったに、決まってる。アタシ、何度同じ状況になっても、レオをっ助けに行くぅっ」
嗚咽を漏らしながらアタシは言った。
背中に腕を回してレオを抱きしめた。トクン、トクン、とレオの心臓が鳴っている。レオは生きている。それで、十分だって、アタシは思った。思ってしまった。これは罪なことなのかもしれない。けれど、こうして触れられる、抱きしめられる人が生きていることがアタシにとって大切なんだとアタシは思った。
レオが鼻をすする音が聞こえた。アタシもずびずび鼻を啜った。
「なんとなんと! 青春ですね! 良いじゃないですか良いじゃないですか! 私も混ぜてくださいますか!?」
どんっ
「わぁ!?」
アタシはバラの植え込みの中へ突き飛ばされた。
「おやおや!? もう良いのですかレオ!? もっと抱き合っていても良いのですよ!? 私は空気を読んでじっとしていますので! なんならキスの一つや二つしたって構わないのですよ!?」
「うるさいサンダー!」
ギッとレオは振り返ってサンダーさんを睨みつけた。いつからいるのかは分からないが、サンダーさんがレオの後ろに立っていた。気配も音もしなかったから分からなかった。どの辺りから見られていたんだろうか……ハグを除いてそんなに恥ずかしいことはしていないから大丈夫だと思う。ハグを除いて。
「何ですか何ですか!? 邪魔をした私に怒っているのですか!?」
「うるさいって!」
レオはサンダーさんの胸に掴みかかった。殴る気はないようなので、サンダーさんも余裕の表情である。
アタシはじゃれ合っている二人を尻目に、もがいて植え込みから抜け出そうと思っているのだが、なかなかうまくいかなかった。なんか、綺麗にお尻から埋まってしまって抜け出せないのだ!
「ちょ、ちょっと誰か助けて!」
「何やってんのホノカ。バラの棘は吸血鬼の皮膚も傷つけるから気をつけなよ」
レオは呆れた声で呼びかける。しかし助けてくれない。これくらい一人で脱出しろってことか! 助けてくれても良いのに! レオの馬鹿! サンダーさんの薄情者!
アタシは心の中で悪態を吐きながら反動をつけて取りあえず植え込みからの脱出を試みた。
「ヨイショォッいたっ」
なんとか脱出することは出来たが、バラの棘で頬を引っ掻いてしまった。痛いと思ったところを触ると指に赤い液体がついた。ガラスでも切れなかったアタシの皮膚が切れた。バラってすごい! だから吸血鬼のお屋敷にはバラが植えられているのかと思った。侵入者防止のために。
「吸血鬼って不思議ですねー」
そんなことを言いながら立ち上がろうとすると、突然肩を掴まれた。アタシは中腰の状態になる。
「サンダーさん? どうしたんですか?」
顔を上げるとサンダーさんが見下ろしていた。
少しだけ怖いと思った。サンダーさんが目を見開き、唇を引き結んだ真顔でアタシを見ていたからだ。なんだ、どうしたと言うのだ。アタシ、何かまずいことをしたんだろうか。
「ホノカ、その匂い……貴方っ」
サンダーさんはそれだけ言って口を押え、目にも止まらぬ速さで屋敷に戻っていってしまった。
何だったんだ? アタシは頭にいくつも疑問符を浮かべながら立ち上がった。そうしてレオの隣に並ぶと、レオも目を大きくしてビックリした顔をしていることに気づいた。何だ? 二人ともどうしたんだ?
「そんなにびっくりした顔してどうしたの、レオ」
問いかけるとレオは数秒黙ったままだったが、ごくりと喉を動かし、口を開いた。
「びっくりした。こんなの初めて。ホノカの血の匂い、すっごく美味しそうだね」
珍しく口を隠していないレオが、にこりと笑った。
その唇から鋭い銀の牙が覗いていた。アタシは思わず、ゾ、と背筋を凍らせた。
また、何かが起こるような予感がする。またアタシは難しい選択を迫られる気がする。甘いことを言っていられない状況に追い込まれてしまう気がする。
初めてレオを見て怖いと思ったアタシの本能がそう告げていた。




