ヒロイン、お荷物を拾う。
洞窟の奥から、音がする。
それは、風の音でも、獣の遠吠えでも、魔族の唸り声でもない……何か。
私を不安そうに見上げるパトラくんに対し、安心させるように小さく頷き、私は傍らの弓矢のセットを手に取った。
音は遠い……けれど、安心は出来ない。
深追いするかどうか、私は少々脳内で逡巡して、答えを出した。
とりあえず、音源だけでも確かめよう。最悪危険なものだったら、私達が薬草を採って来てもこの村が滅んでしまうことだってあり得なくはない。
パトラくんに関しても、待っててもらうか連れて行くか迷ったけれど、結局一緒に行くことにした。私が居ない時に何かある方が危険だ。それなら、常に目の届く範囲に居て貰った方が守りやすい。
私達は一歩、また一歩と洞窟を奥へと進んで行く。
音は少し、また少しと大きくなって行き……。
「……べ、……なぁ……。」
……ん?
「……げな、なっち……、オラさ……。」
んんんっ?
「皆の者、諦めるでない! きっと、助かる方法が……!」
おやぁ? おやおやおやぁー?
徐々に大きくなる音は、人間の、それも男性の話し声に聞こえた。何人分もある。
辺りをキョロキョロしてみると、どうも洞窟の壁に、隙間のようなものを発見した。どうやらそこからこの音が漏れ出ているらしい。
私とパトラくんは、互いにキョトンと丸くなった目を見合わせ、小さく頷いてから隙間にむかって声をかけた。
「あのー、すみません。気のせいだったら申し訳ないんですが、どなたかいらっしゃいますかー……?」
シン、と、一瞬の静寂。
そして次の瞬間、男達の声が溢れるように湧き上がった。
「お、おおおお! 助けか!? 助けが来ただか!?」
「天はオラ達を見捨てなかっただ! きっとこないだ村さ入口掃除しとったから! 良いことは普段からしとくもんだべなぁ!」
「た、助けて欲しいだ! オラ達3日前にここさ落ちて、出られんようになって困っとったんだべ! 出来る礼は少ねぇが、オラ達に出来ることなら何でもするだ!」
お、おお? 何だか凄く追い詰められているようだ。パトラくんも、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
とりあえずもう少し落ち着いてもらって、状況を聞こう……と思ったら、やっぱり隙間の向こうから、さっきも聞こえていた男性……というか、老人?の声がした。
「落ち着け、皆の者! ごほん……失礼したな。聞き覚えの無い声だが、そこにいらっしゃるのは旅のお方だろうか?」
「あ、はい。私がユーリーンで、連れがもう1人、パトラと言います。この村に立ち寄った際、様子がおかしかったので宿屋の女の子に聞いたら、薬草が必要だというのでここまで採取に……。」
「宿の女の子!? きっとウチの子だ、ミリアに違いね! ユーリーンさん、あの子らの様子はどうでしただか……!?」
お、ミリアパパ? さっきの、村の入り口掃除してた人が、ミリアちゃんのお父さんか。
ミリアちゃんのお父さんということで、ミリアちゃんの憔悴した様子や、話に聞く限りどんどん症状が悪くなっているであろう奥さんや息子さんの様子を正直に話して良いものかと少し悩んでいると、再び老人の声。
「落ち着くのじゃ、ビリー。旅人さんが困っておられる……。ひとまず、ユーリーンさんに、パトラさんじゃったな? 村の為にこのような場所まで来て頂いたこと、村長として、礼を言わせてほしい。ありがとう。」
そんちょう。
え、村長って何だっけ。洞窟の隙間に居る人って意味だっけ。
違くない? 普通、こういう事件が起きた時、村長って動かなくない? いやむしろ、老人やん? 老人やん? なんでこんなとこまで来ちゃったの?
ということを、非常にオブラートに包んで聞いてみたところ、「村長とは村に危険が迫った時、誰より先に行動する人間のことですじゃ!」と誇らしげに言われた。ここの村長さんカッコイイ。
しかも誰より先に山に登ったのがこの村長ってことになるのか。しゅごい。
話を戻そう。
「ええと、では皆さん、薬草を採りに来たところ、あと一歩!というところで地面の亀裂に落ち、長い人でもう4日、この洞窟の隙間で暮らしている、ということでよろしいですかね……?」
「まあ、大体そんな感じじゃの。」
軽っ。
「じゃあ、えっと……どうしましょう、ユーリさん。」
パトラくんにそう尋ねられ、私は少し考え込んだ。
「そうね……。一番手っ取り早い方法は、この亀裂から壁を崩して向こうと繋げちゃうことだと思うけれど……私はそういう方面の知識に明るくないから、崩す時に洞窟ごと崩落させちゃうかも知れないわ……。」
「あ、それなら大丈夫だと思うだよ! 内側から見ると亀裂が結構綺麗に入ってるし、この洞窟自体崩れにくい材質と構造をしてるだ! オラ、昔は鉱石掘りもしてただから、間違いないべ!」
「まあ問題は、どうやって壁さ崩すかだけんどなぁ……。やっぱ、人手と時間が要っから、姉ちゃん方には一旦村さ戻って貰って、人を呼んで来て貰うのがいいだよ。」
「ただ、今村があれだかんなぁ……。最悪、隣町まで行って貰う必要があっかも知れねぇだ……。」
「けど、それだと食料が……。」
隙間の向こうは何やら深刻だ。
けれど私は、増援も道具も要らないじゃん?と思ってしまう。だって、私の手には今、弓矢がある。
ここで私のジョブ、『魔法弓術士』について説明をしておこう。
読んで字の如く、RPG定番職『魔法剣士』の弓矢版。……とは、ちと違う。
魔法剣士は魔法も剣もそこそこ使える人のことを言うけれど、魔法弓術士は、矢に魔法を付与して戦うスタイルのことを言う。
矢に付与された魔法は、矢の命中と同時に発現し、命中対象に魔法の効果をもたらす。
例えば私が今ここで、矢に『爆発』の魔法を付与し壁に射ると、命中点を中心に爆発が起こる、という訳。まあ、今の現状だと、使い勝手のいいダイナマイトくらいの役割は担当できるだろう。
ちなみに、発動にそんな手間がかかるなら普通の魔法使いの方が良くない?という意見もあるかも知れないけれど、魔法弓術には魔法弓術なりのメリットがある。まあ、これに関しては機会があればまた今度。
と、いう訳で。
「私、魔法弓術士ですので、爆発魔法の強さだけ指定して頂ければ今からどうにかしますが……。」
と提案したところ、沸き立つ男衆。
「3だ! レベル3の威力で頼むだ! 5以上だと周りを巻き込む! 頼んだだよ!」
そんな指示を受けたので、とりあえず弓矢を構える。
指先に魔力を集中させ、魔法を付与。『爆発』、威力はレベル3。
「射ちますよ、離れて!」
向こう側の退避が終わったことを確認し、亀裂に向けて矢を放つ。
一瞬後、爆竹をいくつも同時に爆発させた時のような、小規模な爆発が起こり、壁が崩れ落ちた。薄くなっていく土煙の向こうから、何人もの人影が見える。
こうして、まあ、何て言うのかな。
町の男達が、仲間になった!