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人間に恋してしまった、人魚

【とある人魚の話】


――あたしは……、どこで、何を間違ってしまったのだろうか……?

なぜ……、あの時に、気付けなかったのだろうか……?


そんなあたしの……、後悔の話です……。 ――


【人間と人魚が共存する世界】

ここは、海の中ではお魚たちと、人魚たちがいて、

陸にはごく普通の人間たちもいる、まるでおとぎ話のような世界……。

そんな世界の海の中に、あたしがいました。


あたしの名は、『ロミシェラ』。

優しい人魚たちに囲まれて、あたしは育ちました。

みんなは、あたしのことを、『ロミ』って、呼んでくれて、とても仲良く暮らしていました。


――――そんなある日のことです……。

その日は、とてもひどい嵐の日でした。

あたしは、海の中を遊泳していると、1(せき)の帆船を見かけました。

「こんな嵐じゃ、船が沈んでしまう……!」

そうつぶやいたあたしは、水上へ上がりました。

すると…、案の定、ひどい風に揺られ、船に乗っている人々は、なんとか持ちこたえようとしていたけど、雷が一部のマストに直撃し、そこから船を焼きつかせ始めたのです……。

「ヤバい、マストが燃えたぞ!」

「――早く脱出の準備を!!」

「――ボートを下ろせ!」

とても豪華な帆船だったので、おそらく……、陸の世界のものだったのでしょう……。

その王子様が、みんなを死なせまいと、各々に指示を出していました。

でも……。

またひどい風に揺られ、とうとう船が大きく傾き……、転覆してしまったのです……。

「うわああああぁぁぁ……っ!!」

王子様は、最後に乗るつもりだったようで……、みんなを逃がしてから、脱出ボートを乗ろうとしたときに転覆の反動で、ひとり海に投げ出されてしまいました。

「王子ーーーーーーっ!!」



「助けなきゃ……っ!」

一部始終、すべてを見ていたあたしは、無我夢中で、投げ出された彼を拾い、海岸まで一生懸命運びました。


――――陸の人は、あたしみたいに、水の中で呼吸することはできないから、放っておいたら、溺れて死んじゃう……。


それを知っていたからです――――


彼を陸に上げた時にはもう、嵐は過ぎ去っていました。

あたしは気を失っている彼を、目が覚めるまで介抱してあげました。


――それにしても……、彼はなんて素敵なんでしょう……?――


あたしは、王子様のことを、ずいぶん前から知っていた……。

さっき崩壊してしまった船が、王子の船だったってことも……。


――それからどれくらい時間がたったのでしょう……。


彼のまぶたが少しずつ、動き始めたのです。

「あ……っ!?」

「う……、うぅ……ん」


すらっとした茶色い髪に、とてもきれいな淡い青色の目……。

顔立ちもきれいな曲線を醸し出している。

陸の世界(ここ)に来て、初めて彼の顔を間近で見たけど、こんなに美男子だったなんて……。


――なんだろう……、この胸の高鳴るような感情は……?――


「き、きみは……?」

彼に突然話しかけられて、あたしは自分の名前や彼に起こった事情を説明しようと、

口を開きかけたそのとき――――。


「あ、あれは……!? 王子だ!!

王子、王子-----っ!!」

大臣や側近たちがやってきて、ずっと王子を探していたのだろう……。


あたしは、『これ以上、干渉してはまずい』と思い、逃げるように海へ飛び込んだ。

「あ……、お、おい……!」

王子の制止も振り切り、『ごめんなさい』と一瞬、頭の中でよぎりながらも、

あの顔の美しさは、あたしの心に、『ときめき』を覚えさせてくれた。

そして、いつまでも忘れることなんて、なかった……。


      ***********


「王子、無事でしたか!?」

助けに来た執事や侍女たちが、心配そうに話しかける。

「あ、ああ……。

に、人魚に助けられたんだ……。

桃色の髪の、人魚に……」

王子は少し嬉しそうに、そう答えた。


「に、人魚ですと……!?」

執事は、やや血相を変えて驚き、侍女たちもざわつきだす……。


「ああ……、とてもきれいな黄色の瞳だった……。

また逢えたら、ぜひお礼をしたいな…」

    

       **********



あれから、何日もあたしの頭の中は彼のことばかり……。


これが『一目惚れ』というものなのかな……?


ずっと離れなくて、一緒に楽しく暮らしている妄想ばかり……。


「――ねぇロミ、ロミ……?

――ねぇってば!?」


「―――はっ!?」

いつもだれかに呼びかけられて、そこで妄想が(さえぎ)られてしまう。

「ロミ……、最近変だよ?

いつもニヤニヤしながらぼ~っとして。

――何かあったの?」

でも、『人間に恋することはタブー』とされている、人魚の国の民のあたしは、

とてもじゃないけど、言えるはずもなかった………。


「う、ううん。

『素敵な人が現れたらいいな』、なんて」

そうやって、あたしはごまかすばかり。

「―――もう、ロミったら!

そうやって、妄想ばかりしちゃって。

でも、まちがって人間に恋してしまったり、

そのために、魔女のマルスにおねがいしたりしちゃ、だめだよ。

……な~んてねっ!」

隣で話しかけたミーアが、冗談交じりで笑いながら、あたしをたしなめようとする。


―――でもね、ミーア。

あなたは冗談のつもりで言ったようだけど、その言葉であたしは、もっと本気になってしまったの。

だって、あの王子様と恋をしたいのだから……。


『どんな方法でもかまわない。 少しでも……、少しだけでも長く、王子様と素敵な時間を過ごしたい……』


……あたしは、そう思ってました――




【仄暗い海底の中】


魔女マルス……。


その噂は、何度も耳にしたことがある。

願いが叶うのと引き換えに、自分の『()()』を差し出さなきゃいけない……、とか……。


一見、聞こえはいいけど、それに対するリスクは計り知れない……。

だがあたしは、みんなには内緒で、それに賭けるしかなかった。

光があまり差さない、本当の深海の中に、彼女の棲家(すみか)がある。

あたしは、そこへ訪ねていた……。


「おやおや。

こりゃまたべっぴんさんが、この私に何の用かね?」

魔女マルスとは初めて会うけど、いかにも禍々(まがまが)しい雰囲気が、辺りを(ただよ)う。

「え、えっと……、あの……、その……」


いざあたしの願いを言うとなると、緊張と心のどこかしら、後ろめたい気持ちがチラつかせて、思うように言葉が出ず、詰まらせてしまう……。


「お前さん、何か願いがあって、ここへ来たのではないかね?

それも、誰にも言えない、禁忌な希望(のぞみ)を」

マルスは何もかも、お見通しのようだった。


――それもそうだね……。

普通に幸せな暮らしをしていたら、こんな所に来ないよね……?――


あたしは勇気を振り絞って、つもりに積もった想いを話した。

「実は……、あたし……、陸の国の王子様に――――、

恋をしてしまったの!

人魚と人間が恋をするなんて……、タブーだけど……。

でも、でもね……、あたしはどうしても、あの王子様といっしょに過ごしたい!

手段はなんでも構わない……。

ただ……、みんなに迷惑さえ、かからなければ……」

自分の想いをこうやって喋るのが、こんなに恥ずかしいだなんて、思わなかった。

それでもマルスは、親身になって聞いてくれた。


――誰にも言えなかった、想いを……。 ――


「そうかい。

それはたしかに、禁忌(きんき)な話だね?

ならば、私が作ったこの薬を飲めば、たちまちそなたが人間となり、陸の国の王子と恋する事ができるでしょう」

「それは本当に!?」

「――だがしかし!

私が作った薬を飲むからには、当然リスクもある……!」

藁にもすがる思いで、食いついたあたしに、

いかにも、もったいぶるような、言い方もしてくる。


――『これで、本当にいいのか?』……と。 ――


「……えっと、その『()()()』って……、なんですか?」

願いを叶えたいとはいえ、リスクの方がとても気になるので、恐る恐る訊いてみた。

「この薬を飲んだら、決して『嘘をつく』ことは許さないよ!

――それも、どんなことがあろうとね!

もし、嘘をついてしまったら、薬の毒が飲んだ人に作用して、身体をどんどんむしばんでいき……、やがて――、死を迎える……!」


最後になるのにつれ、どんどん怖い言い方で、まるで人を脅すかのように、薬を持ちながら、高々と両手をあげた。

「その薬の名は、『カンタレラ』。

それは願いも叶うこともできる、君への『()()()』になるであろう……。

さぁ……、どうするかい?」


マルスにいざ選択肢を訊かれた瞬間、『本当にこれでいいか』という、少しの躊躇ちゅうちょと欲望が、心の中で渦巻く……。


――そりゃあ、家族も友達もみんな大好きだよ……。

その大好きな友達と家族も何もかも捨てておいて、さらに禁忌を犯してまで、陸の世界へ行く……。

捨てきれない部分も多いけど、でもあたしは……。

それでもあたしは……、やっぱり――、王子様のとこに行きたい……! ――


すると、あたしの顔つきが自然と覚悟を決めていた。


 ――もう、迷いは無いと…… ――


「――――決まったね……」

静かに頷くあたしに、マルスはそっと薬を差し出す……。


「さぁ、お飲み。

これを飲んだら、一切、後戻りなどできないし、私が言った()()は必ず守るんだよ!

――――じゃなきゃ、本当に保障しないからね!!」

「……うん」


渡された薬を飲んだ瞬間、身体中に()()(まわ)り始め、

そして脚が人間の姿へとみるみるうちに、変化していく……。


あたしは、そのまま流されるように、眠ったまま浜辺に漂流していった……。


        *******


「さぁて、()()()()守れるかねぇ……?

ふふふふ……」

魔女マルスは、何かを嘲笑(ちょうしょう)するかのように、ロミシェラを見送った……。


        *******




【陸の国の浜辺】

意識が少しずつ、醒めていく。

波打つ音に、なにやら遠くから、女の騒がしい声たちが聞こえる……。

「……ぅぶかい!?」

眼を開けてみると、あたしを起こそうとして、必死になっている侍女たちがいた。

「ああ、やっと気がついた!

きっと船が沈没して、流されてきたのね……、かわいそうに」


――――えっと……、ちょっと違うんだけど……。 ――


勘違いをしている侍女らに、訂正させようにも、身体が思うように動かない。

「さあさあ、こんな格好じゃ風邪を引くだろうから、

城へ連れて行きましょう」


――そっか……。

そういえばあたし……、人間になったんだ……。

でも、人間になったのはいいけど、

()()()()()()で、大丈夫かな……? ――


気にしたいけど、また意識が遠のいてしまった……。



【城の中の一室】


再び眼が覚めてみると、天蓋付きのベッドに運び込まれていて、白い長めの肌着を着せられていた。


――よかった……、ちゃんと着替えさせてくれたんだ……。 ――


それにしても、城の中の部屋って、こんなに豪華だったんだ……。

家具ひとつから、小物まで、何もかも装飾が綺麗で、思わず見とれてしまいそう……。

辺りを見回していると、突然ドアが開く音がして、驚いてしまった。


「――お目覚めですか、お嬢様?」

そう言ってくれたのは、さっき助けてくれた侍女のひとりだった。

彼女はベッドの中から不思議そうに見渡すあたしに、心配そうに近づいてきた。

「あ、はい。

助けてくださって、ありがとうございます。

あの、あたし……」

「――――いやいや無事で何よりだったよ。

あんたみたいな、若いが浜辺で倒れてたもんで、『もし、何かあったら……!?』なんて、思ってね。

――慌てて飛んでいっちゃったよ。

ところで……、あんたの名前を訊いてないねぇ?」


事情を説明しようとするにも、彼女の矢継ぎ早なペースに巻き込まれてしまい、

質問に答えるしかなかった。

「あ、あたしは『ロミシェラ』。

『ロミシェラ・ジュエル』です」

「そうかい、かわいい名だね。

アタシは『リンゼ』。

『リンゼ・ヴァーデ』だよ、よろしくね。

あんたが親御さんに引き取ってもらうまで、お世話をしてあげるからね」


――えっ、親……!? ――


やっぱり、リンゼは、『あたしが、どっかの貴族の娘』と勘違いしてるんだ……。

このままだと、わざわざリスクを犯してまで、こっちにきたのが、バレちゃう……!


――――ここは、ちゃんと説明しなきゃ……。 ――――


「あ、あの……」

「――ん、なんだい?」

「じ、実は……――――」


あたしはこれまでの事を、一部分を隠しながらだけど、事情を説明した。

あたし正体は人魚だってこと、嵐のときに、このお城にいる王子様を助けたのも、あたしだってこと。

そして、あたしが王子様に恋をしてしまい、追ってきたってことも……。


魔女の力を頼ったのは隠したけど、これ以上細かく訊かれたら、もうごまかしようがない…。


――――これで、うまく伝わったのかな……? ――――


「そうかいそうかい。

あのとき王子を助けてくれた人かい!?

ありがとう、あんたのおかげで王子は一命をとりとめたよ!

あれから『助けたい人に、お礼がしたい』と言って、国中を探し回ってたもんだ。

ちょうど今なら王子に会えるよ、会ってみるかい?」

「えぇっ、本当ですか!?」

「あなたと会えば、王子はきっと喜ぶはずだよ」


こんな、とんとん拍子に会えるなんて、まるで奇跡のようで――――、

喜びを隠し切れなかった。


リンゼは、懐中時計を見て、時刻を把握する。

「お昼の2時。

うん、この時間なら、公務がないから大広間にいるかしら。

あぁ、でも、こんな格好じゃ、王子に会わせられないわ。

――ちょっと待ってて」

リンゼは自分のやることの段取りとかを、ぶつぶつ言いながら、そそくさと部屋を出てしまい、

またあたしは、置いてけぼりとなった。


――まだ布団から出てないから、いいけど……。 ――




あれからけっこう時間がたった気がする……。

時計の読み方も知らないから、ただただ待ちぼうけになってしまった……。


すると、ドアのノックとともに、再びリンゼが、おそらくあたしに着させるドレスであろうか、服を抱えて、こちらにやってきた。

「ああ、おまたせ。

ロミにどんな服を着させようかと選んでるうちに、迷っちゃって。

いっぱい時間かけちゃった……、ごめんね」

「ううん、いいよ」

あたしは首を横に振り、愛想笑いを見せた。


――――急に状況もつかめずに、出て行っちゃうから、

 何をどうすればいいか、わからなかったけど――――


あたしは生まれてはじめて、ドレスを着せてもらった。

それはリンゼの選んだ、クリーム色が基調で、色とりどりの花が散りばめた、かわいいドレスだった。

「ほら、かわいい自分をみてごらんなさい」

リンゼに促され、見渡したときにみつけた豪華な鏡で、綺麗に変身した自分を見た。


「これが……、あたし!?」

自分の姿で、ここまで驚くのは、初めてだった。

私のお気に入りのピンクの髪が、いつも下ろしたままだったけど、今はところどころに編み込まれ、髪留めも、ひとつひとつ丁寧に装飾が散りばめられて、海の生活では、まずやらない髪型で、まとめ上げられていた。


――陸の人は、こんなに豪華絢爛な服を着て、生活をするんだ……。 ――


うっとりしてしまいそうなあたしを、背中押してくれたのは、リンゼだった。

「さあ、王子のところへ案内するから、素敵な時間を過ごしておいで」

運命の出会いが、そして再会が、少しずつ近づいていき、あたしの心を躍らせる……。




【城の大広間】

お城の大広間は、あたしが想像していた通りに、とても広く、壁や蝋燭台の装飾のひとつひとつが豪華絢爛であった。

今は、目の前に王子様しかいなくて、ものすごくだだっ広く感じるけど、どこからか差し込む夕日の光で――、

目が合った瞬間、とても凛々りりしく見えた。

そして静かに微笑み、あたしに問いかける。


「あなたが、あの時助けてくれた、人魚でしょうか?」

あたしはその問いに、心嬉しく答える。

「はい、あたしはあなたを助け、そして会いにきました。

『ロミシェラ』と申します」

さっき、大広間の扉を開けてもらう前に、リンゼから、にわか仕込みで教えてもらった、

貴族の挨拶|(脚を左右に開きつつ、ドレスの裾を両手で持って、頭を下げる作法)をやってみた。

相手には、どう見られているかはわからないけど、あたし自身、とっても慣れなくて、ぎこちなくやっていたような気がする……。

それに、この挨拶をやった瞬間、急に緊張感が身体と心に走り始め、『早く何かを言ってほしい』という言葉が、脳内に走ってしまうほどだった。


「ふっ、ふふふふ……。

くるしゅうない、顔をあげて、ロミシェラさん」

あたしにわかりやすく、やさしく、噛み砕いた表現で返してくれた王子様……。

顔を上げたときにはもう、目の前に王子様の笑顔があった。


「はじめまして、かな……?

僕は『リュディ』、よろしくね」

笑顔で自己紹介してくれたのはいいけど、顔が目の前過ぎて、ビックリしてしまった。


「……っ、きゃあ!

あ、あ、あの、ごめんなさい!

お辞儀とか、さっき教えてもらったばかりだし、

ちゃんとできてるかどうかで、すっごく緊張しちゃうし――――、

きゅ、急に『よかった』と思ったら、目の前に顔が見えて、ビックリしちゃって……。

あの……、その……」

あたしでさえ、もはや何を言ってるのか、わかんないというか、

むしろわからなさすぎて、自分で制御ができていない。


「あっ、はははははは……。

それは、僕が悪かったね、すまない。

だから落ち着いて、ね?」

あたしが訳わかんない言動をしても、冷静に優しく対応してくれたリュディ。


――ちょっと気持ちを落ち着かせて……。――


「と、取り乱してしまって、ごめんなさい。

あなたに逢えて、とても……――――」

落ち着いて自分の気持ちを言い切ろうとしたときに、彼が『わかっている』という言葉を、あたしに手を差し伸べる仕草で答えた。

「それは、みなまで言わなくてもいいさ。

僕も君と同じく、『逢えて嬉しい』し、

ずっと君を探していた。

この感謝の気持ちを、『僕と一緒に踊る』という形で、どうだい?」

「あ、でも……。

あたし……、『ダンス』なんか、一度も……」


――――踊ったことがない……。


ましてや、陸の国の人が踊るダンスなど、そんなの見たこともなければ、知る(よし)もない―――


口ごもりつつ、俯きながら困ってたあたしに、

また彼があたしの手を取って、優しくしてくれた。

「大丈夫だよ、プリンセス。

ゆっくり踊ってあげるから、さぁ……」

なにもかもあたしの不安を拭い去るように、彼がすべて答えくれる。

そんな優しさに甘えて、あたしは彼の手にキスをした。

「はい、では……、お言葉に甘えて」


あたしは生まれて初めて、『ダンス』を踊った。

足取りがどうしてもぎこちなく、時々つまづいてしまいそうだけど、

それでも彼は、うまいこと受け流し―――。

「大丈夫、僕に身を任せて…」

と、何度も何度も励ましてくれた。

そのおかげで、少しずつコツを掴めるようになり、

足元ではなく、リュディの顔をまっすぐに見つめられようになった。

「そう、その調子。

――ところで、少し質問」

「……え?」

今、踊っている最中なのに、急に投げかけてきた。

あたしは『2つのことが同時にできない、不器用な人』なのか――――、

それとも『いきなり身の上話でも、突っ込んでくるのではないか』という不安に駆られたせいなのか、

とにかくなんだか、ぐちゃぐちゃになりそうで、またよろめきそうになった。

「きゃあっ!?」

「――――おっと」

また助けてもらってしまった。

これで何回目になるやら……。

「……大丈夫だよ。

さぁ、そぉっと……、そぉっと……、よし」

あたしの踊りを安定させたところで、彼はまたさっきの質問に戻す。

「ずっと気にはなっていたけど……、君はあのとき――――、人魚のはずだったよね……?

どうやってここに……?」

 やっぱり、()()()は当たってしまった。

そりゃそうだよね……、1度はあたしの姿を見ているはずだし。

『気にはならない』なんて……、誰もできないようだからね……。

「え……、えっと。

話せば、長いんだけど……」

『彼なら許せるはずだろう……』、そう信じてここに来た経緯いきさつをすべて話した。




すべて話し終わった時には、踊るのも終えて、バラやユリを中心とし、

たくさんの花で彩られた庭園に連れられていた。

あたしやリュディのことからいろいろ、お互いの情報を交換した。

「――――ここまで追ってきてくれるなんて……、なんだか嬉しいな。

でも本当に、大丈夫なのかい?」


―― 『大丈夫?』って、突然訊かれても……。 ――


あたしは少し俯きながら、手で胸を押さえ、自分の想いを搾り出した。

「なんか……、『大丈夫』って、言ったら――――、『噓』になるし……。


でも、『リュディに会いたい』という気持ちは……、どうしても抑え切れなかった。

ほんとは禁忌(ダメ)な事も、わかってる。

――かといってこのまま、募る想いを抱え続けて、人間と恋できずじまいな一生は、絶対にイヤ……!!

それが耐え切れなかったの……」


―― (つら)いことを話すのって、とても勇気がいるし、悲しくなる――


そう思うと、自然と涙が溢れてきた……。


 彼は、『悪いことをさせてしまった』という感じで、あたしを抱きかかえ、なぐさめようとした。

「すまない。

ホントはわかっていたつもりだったけど……、無礼なことをしてしまった。

――――許してくれ」

そう言って、彼の右手であたしの頭を撫でた。


――――このまま……、『終わらない夢』は醒めないでほしい――――


そのときに初めて思えたのは、このときだった。


いつか……、いや――――、

すぐにでも尽きてしまいかねない、この『()()()()()()()』のためにも……。


――『さぁて、()()()()守れるかねぇ……?』――


あの悪魔のような、囁き……。

あたしの心は、すでに揺れていた……。




【陸の国の城下町】

あたしはあの後、お城で一夜を過ごしてから、リンゼに『街や村を散策してみてはどう?』

と言われ、村娘の服に着替えさせてもらった。

この服は、全体的に青と白がベースになっていて、首元から胸元まで大きめに開いた、とてもかわいい服装だった。


――――村や街の人でも、こんなかわいい服を着るんだ…… ――


「さぁ、行っておいで」

 こうして、今朝もリンゼに背中押され、城から堂々と出さずに、人知れないような場所から、

街へ出してくれた。


城下町は、こんなにも賑やかで、華やかで、楽しいなんて……。


「お嬢さん、このおいしい木の実はいかが?」

商人のおばさんが、赤と黄色がまじった木の実を差し出してくれた。

「まぁ、おいしそう!」


あ、そういえば……。

ここでは食べ物を食べるときも、お金がいるんだっけ……?


リンゼが少しばかりくれた、お金入りの巾着を、あたしは取り出す。


「あ、あの……。

この木の実は、いくらですか……?」


――――高かったら、買えないし、どうしよう……? ――


と、不安げに訊いてみる。

「うーーん。

お嬢さん、かわいいから、銀貨1枚で!」

「えっ、本当にいいんですか?」


そんなに安い|(?)なんて、思わず嬉しくなってしまった。


「いいのいいの。

アタシが『いい』って、言ったら、ホントにいいの。

さあ、素直に受け取りなさい」


――おばさんが優しくて、よかった…… ――


と感謝しつつ、お代を払って木の実を受け取った。

「まいどあり~!」


あたしは、その叫びを後にして、さっき買った少し大きめな木の実をほおばりながら、また町を散策した。

そういえば、さっきのおばさんだけでなく、いろんな人が自分の商品買ってほしくて、

「いかがですか~?」という叫びが飛び交っているのを、やっと気づいた。


――――だから賑やかなんだね……、ひとつ発見しちゃった! ――


そう思うと、お城より、城下町こっちの方が、馴染み深くなっちゃうなぁ……。


そんな思いに耽りながら、城下町の門番さんに挨拶をしながら、城下町を後にした。





【とある田舎の村】


長い森の道を歩いていくと、畑を耕している人や牛さんや鶏さんなどを飼って、生活している人たちが住んでいた。


リンゼが言うには、そういう人たちが暮らしているところは『村』と呼ぶとか……。


たしかにここは、賑やかな城下町とは違って、ずいぶんとのどかな雰囲気だし、気分もなんだか落ち着く……。


「――おや、お嬢さん。

ここじゃ見ない顔だね?」

あたしが辺りを見回していると、いつのまにか近くのおばさんに、話しかけられていた。


「うわぁっ!?

ご、ごめんなさい、急に話しかけられたもんで。

え、えっと……、あたし、この辺りを見るのが初めてなんです……」

びっくりしたあとのせいか、自分の状況の説明がしどろもどろになってしまった。


すると、すぐに笑顔で返してくれたが、おばさんがとても妙な事を話し始めた。

「ああ、そうかそうか。

初めてなら、何を見ても新鮮に見えるよね。

――――でも、お嬢さん。

この辺りは、1人でうろうろするような所ではないよ?」


――何か忠告するような、かなり意味深長な発言……。


おそるおそる、どういうことかを訊いてみる。

「そうか、聞いたことないかい?

この辺りでは、まるで人間のように暴れまわって、そしてこの辺りの人間を食ってしまう、そんな狼がどこかにいるって、噂だ」

一瞬聞いただけでも、とても恐ろしい話だ。


「でも、それって、噂だけ……、だよね……?」

何も知らないあたしは、その話に対して、また首を突っ込んでしまい、

村のおばさんもまた、呆れたような顔でため息をついた。


「……本当に知らないようだねぇ?

言っておくが、これは本当の話。

――――普段は私たちと姿はなんら変わらないが、夜になると、急に牙をむき出す……。

そんな輩に毎晩毎晩おびえるなんて、まっぴらごめんだ……!


そこで村のみんなは考えたのさ。

『毎日、日が暮れる前に、「人狼」、つまり人に化けた狼という者と疑わしき人物を、追放しよう』と。

 たとえ、追放されたその者が、本物の人間であろうがなかろうが、我々は知ったこっちゃない。


――それが、私たちの、村のみんなを守るためなら……」


『人狼』……。


陸の国に、そんな残酷な話があるなんて、知らなかった……。


華やかな城下町とは違い、ここは自分の命を守るのがやっとで、

それにもし、自分が本物の人間だと主張しても、みんなが信じてくれなければ、

もう……、『絶望』としか言えない。

人間は、みんな綺麗な心の人たちだと思っていた。


――――いえ、そうであってほしかったと、今……、気づいてしまった――――


「ごめんなさい……。

あたしは、本当に何も知らなくて……、興味本位で訊いてしまった……。

人はみんな、心が綺麗で、優しい人ばかりだと思ってた。

――――なのに、なんだか……、知ってはいけないものを知ってしまって……、本当にごめんなさい。

あたし……、ちょっと……、頭を冷やしてきます……」


あたしは、おばさんにお礼を言いつつ、今にも感情があふれ出そうな心を押し殺し、

城下町の方面へ歩を進めた……。





【夕暮れの城内】

あたしは昨日の部屋で感情を吐き出し、落ち着いたところで、

リュディに『人狼』について、訊いてみた……。


「そう言えば……、そんな話は前々から聞いているよ。

うちの兵士を送ってはいるけど、それがぜんぜん歯が立たなくてね……。

なんともいえない状況だよ」


――よかった……、知ってたんだ。――


「でも、君には絶対そんなやつから、守ってみせるから!

安心して……」


「ほんとに!? ありがとう……!」

リュディになだめるような抱擁されたとき、

あたしの身体の中が、()()(むしば)むような感覚が、ほんの少しだけ、襲われたような気がする……。


――これは……、嘘なのか、本心なのか……、だんだんわからなくなってきた…… ――


「――大丈夫?」

そしてそこに、心配そうな目で見つめるリュディもいる。

「う、うん。 大丈夫だよ」

そのあたしも、疑心暗鬼なっているのを隠し、また気休めの嘘で、心を塗り固めてしまった。

 

 ―― すこしでも、リュディと一緒にいるためにも…… ――



【???】

これは「夢」というものでしょうか…?

真っ暗な闇から、どこか見覚えのある場所……。


ここは海の国……?


いきなり急展開するので、戸惑っていると、あたしの目の前にミーアが現れた。

そしてそのうしろに、あたしのパパやママも……。


「ねぇ、ロミ?

あなたはほんとうに、あの王子様とずっと付き合うつもり?」

ミーアがあたしに問いかける。

「ロミ、なぜ掟を破ってまで、陸の国に渡ってしまったんだ?」

パパがあたしに問いかける。

「ロミが急にいなくなったものだから、私たち……、ずっと心配しているのよ」

ママがあたしに問いかける。


でも……、でも……、あたし。


「じゃあ、なんで海の国と陸の国は、恋することも結婚することもいけないの!?

――その掟って、そんなに意味があるの!?」

あたしは今まで抑えていた感情を、思わず露呈(ろてい)してしまった。


――――そんなつもりは、なかったのに……。 ――――


それを見たパパは(あき)れて、ため息をつく。


「おまえは、ほんとうに解ってなかったのか……、残念だ。

――では、ひとつ訊こう。

もしも、運よく海の国と陸の国の人、各々が結婚できたとする。

それはそれで、めでたしめでたしだと思えよう……。

だが、その間に生まれた子供はどうするつもりだ?


必ずしも、すべてが理解できるものとは限らない。

ひがみや(さげす)み、皆自分と同じではないものは、差別しようと思うだろう……。

はたしてお前はそれを耐えることはできるかね……?」


――――それはたしかに、耐えられない……。 ――――


でも……。

「あたしは、もう戻れない……。

このまま、王子リュディと共に暮らすの!」

「――――じゃあ、もしその王子様の正体が、『人狼』だって、言われても!?」

「……っ!?」


あたしが思い切って言ったら、ミーアも泣きながら、思い切って言い返されてしまった。

「そ、そんな……」


――あたしはいったい、誰を信じれば……? ――


「……さっきはごめんね。

でも、悪いことは言わない……。


このことは、ほんとうなの。

身の危険を感じたら、わたしたちのとこへ、もどっておいで」


ミーアはそう言って、あたしの両手をぎゅっと握り締めた……。


「私たちも、『ひどく怒らない』って、約束するわ」

ママも……。

「……だから、早く帰っておいで」

パパも、こんなに心配してくれるなんて……。


「パパ、ママ、ミーア……。

あたし、そうするよ……」


涙が一雫ひとしずく、滴り落ちて、手の感触や周りの景色もだんだん遠のいていった……。


――――現実と思わず錯覚しそうな、夢であった……。




あの夢のせいで、あたしは急に飛び起きてしまった。

そしてあの夢で流した、涙の感触も……。


――――やっぱり、あの夢は本当に……? でもどうやって……?――――


それに今日は、なんだかやけに雲行きが怪しいし、あたしの気分も……、やけに重く感じる……。

ベッドの近くに置いてある、村娘の服に着替えて、髪を整えていると――――、

誰かが部屋のドアをノックした。


あたしが返事すると、ドアから出てきたのはリュディだった。

「リュディ!」

あたしはほっとして、彼のそばに駆け寄った。


――――でも、なんだか……、顔の表情がいつもと違う。

なんていうか、あの明るい感じではなく、どこか冷たく、感情がない……。

あたしはどこか恐怖感を感じて、思わず後ずさりしてしまう。


「やあ、おはよう、ロミ。

今日は天気がよろしくなくて、残念だね。

でも僕は、なんだか楽しくてしょうがないんだ、太陽が出てないからね。

ねぇ、君はこの言葉の意味が分かるかい?

『好きは好きでも、食べちゃいたいくらい好きだ!』……って、ことを」

彼はとても饒舌(じょうぜつ)にしゃべってはいるけど、聞いているあたしからすると、すごく怖い。

「このときをずぅっと待っていたんだ。

なんでも、『人魚の肉を食べると、とっても若々しいまま、長生きができる』って、噂なんだって」

そう言って、あたしの方へ徐々に詰め寄るリュディ。


でも昔、パパは『人間は人魚が珍しいから、そうやって噂するのだ。 実際はそんな根拠はない』

って、言ってたのを聞いたことがある。

「そ、そんなの、ただの噂だよ!

根拠も確証も……、何もない! ……ぅぅっ」

本当のことなのに、身体がまた(むしば)んでくるなんて……。


「ふ~ん、まぁいい。

君さえ、おとなしく食べてくれれば、僕はそれでいい。

大丈夫、『不慮の事故で死んだ』という事にすれば、みんなは『まぁ、なんて可哀想な悲劇のヒロイン』って、君を(あわ)れんでいくだろうさ」

彼の饒舌が終わると、今までとは程遠い、醜い獣姿と変わり果ててしまった……!


――これが……、人狼……!? ――


あたしが過ごしたあのときの綺麗な思い出が今、音を立てて崩れ去った。


――――ミーアたちの言うとおりだ、これは本物……!――――


「いや……ッ、あたしは……、あなたの思い通りになんか、ならない!」


「な……ん……だと……?」

もはや彼の声さえも、かなり(みにく)く、魔物同然のような声と変わり果ててしまった。


「グウォォォォーンッ!!」

両腕を上げ、襲いかかろうとする彼に、あたしはとっさに、近くの椅子を振り回し、撃退する……!

「ごめんなさい!」

彼を振り切り、昨日覚えたお城からの抜け道へ、少しでも生き延びるために、無我夢中で逃げだす!


「ロ゛ーーーーーーーミィ゛ーーーーーーッ!!」

「いやぁぁぁぁぁぁっ!!」


――――もうそんな汚らわしい声で、

あたしを呼ばないで!!――――


彼があたしを呼ぶたびに、あたしは少し耳を塞ぎながら、かぶりを振る。

それでも無我夢中で走る……!


どこまでも……、どこまでも……!!




あれから、どれくらい走っていたのだろうか……。

気づいたら、あたしと彼が初めて目を合わせた場所であり、人間になったあたしが、流れ着いた場所でもある、浜辺に着いていた……。


足が棒になり、息も詰まりそうになって、しゃがみ込んだ。


もう逃げ場は、なくなった……。


『あたしはもうじき、()餌食(えじき)になってしまうだろう……』、そう思っていた。


「ぉーぃ」

誰だろう……、あたしを読んでいるのは……?


「ロミ~!!

早く、海へ飛び込んでっ!!」


――はっ、この声は……、ミーア? ――


あたしは、この疲れきった身体に鞭を打ち、なんとか立ち上がると、海面からミーアが手を振って、あたしに叫んでいた……!


「ロミ、早く早く!

早くしないと、()()()に追いつかれちゃう……っ!!」


たしかに、ミーアの言う通り、そのまま飛び込めばいいけど、果たして人間になったあたしは、息が続くだろうか……?


そんな事を考えている場合ではないのに、なぜか頭の中で、妙なシュミレーションを始めてしまう。


「ロミ、何やってるの!?

――早く飛び込んで!!


なんでいいから、早く飛び込んで!!」

ミーアが『息が続こうか続くまいが、なんでいいから自分の命のために、早く飛び込んで!』

と、言ってくれている。


 ――それならあたしが……、飛び込んでしまえば、彼は海に入ることなど、出来ない……! ――


勇気を振り絞り、飛び込む姿勢を取ろうすると……、聞きたくもない声が、また近づいてきた……!

「グウォォォォォオ!!

ロ゛~〜ミ゛〜〜ッ!!」

あと、数メートルという距離が縮まり、何もかもがスローモーションの様な雰囲気の中、あたしは思い切って、飛び込む。


――――さよなら……、そして、ごめんなさい……。 ――――


そう思って、体内すべての痙攣(けいれん)が起こっているにもかかわらず、水中に入った……。

あたしの手や足から、徐々に泡になっていくのが、目に見えてしまった。


――やっぱり……、ダメだった……。

全部あたしが間違っていたんだ……。


でも、いい思い出を少しでも増やせたのは、それでよかった。


その分、みんなに迷惑かけちゃったことには……、ごめんなさい……。


 みんな……、さよなら……。――



あたしの人生はこれで終わる――、そう思っていた……。



だが、まだまだ続きがあるなんて、知らずに……。




【何も無い場所】


あたしはあのとき、死んだはず……?

なのに、何もない暗闇から、キラキラとした色とりどりの光の川が流れ出している……。

訳も分からず、ただただ光の川に沿って歩いていると、今度は大きな光の像が、あたしの目の前に現れた。

何も無い場所のおかげで、何もかもが恐怖に感じてしまう……。

光の像に対して、後ずさりすると、その光はあたしに声をかけてきた……。


「そんなに、怖がらなくてもいいよ」

「――――ッ!?」

光が喋るなんて、信じられない……!?

あたしは、ますます混乱してきた……。


「大丈夫よ……、ほら……?」

光の像かと思えば、あたしを徐々に安心させようと声をかけ、人の形へと変化させた……。


「あ……」

あたしにずっと、呼びかけていたのは、女の人だった。

見た目は『はるか遠い東の黄金の国』といわれていた、独特な服装と、『それに近い国』のような黄金の冠……。

そして、あたしがいた世界ではあまり見慣れない、黒い髪に、紅い眼……。

その人存在すべてが、独特な雰囲気を、(かも)し出している。


「そんなに、私の姿が不思議かしら?」

女の人は、まじまじ見つめていたあたしに、問いかける。


「えっ、えっと……、この服装を見るのが初めてで――――」

「まぁ、そうでしょうね。

あなたの世界じゃ、見る機会などそうそう無いだろうから。

で――――、

今はそんな話をしている場合じゃないの。

あなたが起こしてしまった罪、わかってるよね?」


『罪』と言われた瞬間、あのときの記憶が走馬灯のように、駆け足で思い出す……。


――なんだか……、申し訳なくて……、それに伴う恐怖も襲ってきて……、呼吸が荒くなり、ぐにゃりと身体も崩れ落ちていく……。 ――


「嘘はりっぱな『言霊(ことだま)の罪』……。


こじらせないための少しの嘘ならともかく、たった1つの嘘で、事は大きくなるの。

やがて、嘘は嘘で、塗り固めてしまい、とうとう真実までも、闇の底へほったらかしで、何も言えなくなり、挙句の果てには、自分の今までの言動でさえも、嘘か本当か――――、まったく判らなくなるの。


しかも、よくもまあ、あんな『カンタレラ』という()()を呑み込んでまで、恋をしようと思ったわね?

普通なら、即死だけど……」


最後の『普通なら、即死だけど…』という言葉にビックリして、思わず顔を見上げてしまった。


――あたし……、猛毒を飲んでたなんて……。 ――


「でも、こうするしかなかったの……。

1度恋した人間を諦めるなんて……」

あたしの口が勝手に、言い訳を述べていた。


でも、彼女はピシャリと言い返す。

「――そんなのわかっているけど、命を捨ててまで恋をするつもり!?

命が無くなってしまったら、楽しいことも、恋をすることさえ、何もできなくなるのよ……!

――それを()()してまで、あんな毒薬を飲んだの?」


彼女の冷静な言葉で、あたしはようやく気づき、顔を見上げたまま、涙を流していた。

いや、今まで抑えていた感情が涙となって、爆発してしまった……。


そのまま、両手で顔を覆い、号泣する。

もう、自分でもどうにも止められず、訳を話せれような状態ではなかった。

彼女はあたしを、優しく抱きしめる……。


「……やっぱりね。

その場の衝動だけで、事を進めたのね。

後ろめたい気持ちや掟があるのを、マルスは弱みにつけこんで、思い通りにさせたわけね。

もう大丈夫、このリシャスがあなたの人生を、もう1度やり直させてあげるわ」

「―――え…っ?」

さっきまで感情に任せて泣いていたけど、人生をやり直すって、どういうこと……?


「その文字通りよ。

私が作った世界で、楽しい人生にすればいいのよ。

――――恋ができるかどうかは、別として。」


―――そうだね……、こんな悔しい人生のままで終わらせたくない。

   目の前のチャンスを掴まなきゃ……! ――――


あたしは、改めてリシャスの前で、祈りを捧げるように両手を組み、こう言った。

「あたしは、『ロミシェラ・ジュエル』です!

あたしを、あたしを……、もう一度人生をやり直させてくださいっ!!」


リシャスは微笑みながら、あたしの頬に右手をそっと添える…。

「ええ、良いわよ。

あなたは、色んな意味で、とても綺麗な()なの。

何も出来なかったのは、悔しいだろうから、特殊な力を付けてあげる。

そして、このまま人間としてやり直し、自分で()り固めてしまった罪も、償いなさい。

そのために、自分で乗り越えなければいけない壁も用意するから、そこはどんなことがあろうとも、必ず乗り越えてみせてね」


――壁って、いったい……? ――


「壁は『あなたの試練』と言った方が、早いかしら?

――いつになるかは、それは教えないでおくわ。


早く知ってしまったら、おもしろくないもの」


――やっぱり、多少の試練は有るのね……。

でも、きっと……、今より楽しそうな未来が、待っているかも……? ――


「あたしは、これからどうしたらいいの……?」

そう言って、あたしは立ち上がる。


「あなたの綺麗な名前や姿は変えないから、海辺の街で、過ごしなさい。


――さぁ、あなたにもう1度、チャンスを……」


リシャスが、あたしの目の前で、両手を上げながら、光の球体を作り、あたしの身体ごとを包ませる……。


あたしの綺麗な髪は、後半あたりにすっきりとひとつに纏めていて、ウェーブのかかった、ふんわりな髪になっていた。 髪留めもなんだか可愛い……。


そして村娘の服が、もっと動きやすい水着とその上に少し羽織って、身体のラインが、あまり見えないようになっていて、その服それぞれが、キラキラした装飾が散りばめられている。

足は一見ブーツのようだけど、つま先が開いていて、とても動きやすい。


あと、あたしが持っているのは……、弓のようだけど、なんだか形が違う……。


「それはクロスボウといって、ちょっと矢をつがえて、そこにある引き金で引くと、一瞬で矢を放つことが出来るの。

あと、特殊な力、矢に込めてごらんなさい」

リシャスに言われて、やってみると、矢からビリリッと、雷のような光が出てきた!


「きゃぁっ!?」

ビックリするあたしに、リシャスはそっと微笑む。

「これがあなたに与えた力、『電撃』よ。

これなら、自己防衛が出来るでしよ?

矢に込めなくても、自分から発動出来るから、安心して」


そう言えば、片手を伸ばして、ゆっくり開くと、手のひらから、またビリリッと電撃を放つことが出来た……!


「放ちたい時に、電撃をイメージすれば、自由自在に操れるわ。

さて、ここまで説明すれば、あとはあなたが、がんばるのよ。

さぁ、私の世界へ、行ってらっしゃい」


リシャスは、あたしの背中を押すように、鏡のような魔法を目の前に出す。

そこには、綺麗な海辺の街で、歌やダンスで賑わっているようだった……。

『そこに飛び込んで』という仕草に誘われ、あたしは第2の人生を歩んでいくことになった……。





【海辺の街】

あたしが以前、過した街とは、雰囲気がまったく違う。

城下町よりも、もっと賑やかで、華がある……!

どれも見たくなって、ついつい身体を回転させながら、駆け回ってしまう。

すると、あたしはある女の人とぶつかってしまった……!


「……ッ!?

ご、ごめんなさい!!」

謝って、顔を上げると、そこには褐色の肌の、カッコイイお姉さんが立っていた。


「おやおや、ここじゃあ見かけない顔だな。

まさか、初めて来たのかい?」

お姉さんが、あたしに訊いてきた。


「あ、えーっと……。

さっき、リシャスに会ったばかりで……、『ここに過ごしなさい』って、言われたんですけど……?」

さっきまでの経緯を軽く話すと、お姉さんは血相を変えて、驚く。


「あ、あ、アンタ……!!

リシャス様に転生されたばかりなのかい!?


そりゃあ、おめでたい事だ!!

転生されたばかりなら、何も分からないだろう?

どうだい、うちの劇団に入らないかい?」


お姉さんが急に驚いたと思えば、ニッコリしちゃって、勧誘までしてきて……。

でも、これもリシャスが用意してくれた土台なのかな……?


――まぁ、アテもなく、ふらふらと探すよりかは、いいかな……。 ――


「うん、よろしくお願いします!!

あたしは、『ロミシェラ・ジュエル』。

長ったらしいから、『ロミ』って、呼んでね!」

劇団は初めてだけど、自己紹介したら、快く受け入れてくれた。


「おう、よろしくな!

アタイは、『アッサム・ロベルタ』。

『アッサム』でいいぜ!

――それ、クロスボウだろ?

使い方わかんなかったら、教えてやるぜ?」

あたしは、アッサムに連れられて、劇団に入った。


アッサムは、何もわからないあたしに、色々と親切に教えてくれた。


そして、気づいたら今や、劇団の看板スターになってしまったの……!



―― こうして、あたしは今に至ります……――

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