111.いざ温泉へ
俺が露天風呂に浸かっていると、やっと10日間たった。今日は温泉宿の予約が取れた日である。朝男爵様や家族の人に別れを告げて温泉のあるボール・エムスに向かった。
男爵様に
「あの露天風呂はどうするのですか」
と聞かれたので
「男爵家で好きに使ってくれと」
と言うと
「お湯を沸かすのに大量の魔石がいるので、使えない」
と言われたので、大量の魔石を渡してきた。
馬車は、元来た道を西に向かい夕方にはボール・エムスに着いた。そして予約の取れた宿に着いた。宿は川沿いの道から通りを西へ1本入った通りにある宿だった。
「どこでもいい」と言ったので、もっとひどいところを想像していたのだが、それなりに立派である。たぶん場所が川沿いの通りならそれなりの高級宿だったのだろうと思った。
宿を取りに行ったメイドと護衛に聞くと
「貴族が泊まるのですから、これぐらいでないと」
とのことだった。
宿に入って、受付で料金を払った。29人が3日間で金貨15枚だった。
俺たちが取った部屋はこの宿では高級の部類に入る部屋であった。最高級の部屋は空いていなかったとのことである。この温泉街は有名で多くの人が来るので、中々部屋が空いていないそうである。特に最高級の部屋はすぐに貴族が抑えるので空きがないようである。
それを聞いて、何となく嫌な予感がしたので、部屋を取りに行ったメイドと護衛をもう一度見ると、目をそらされた。「ネルデンベルク公爵家の名前を出したのかな」と思ったが、詮索しないことにした。
部屋に入って、荷物を置いて、さあ、温泉である。どんな温泉か楽しみである。しかし、行ってがっかりした。「これ温水プールじゃないの」それが感想。アライダ達は「すごい」と言って感動しているが、前世の温泉を想像していた俺としてはがっかりである。
広い浴槽、大理石の床と浴槽の端のライオンに似せた口から大量に流れ込んでくる湯、すべてが幻のように消えていく。そしてこの温泉では着衣である。前世の温泉のように裸で前をタオルで隠すといった習慣はない。「もう前世は幻なのだ」と思ったら悲しくなってきた。これならイルメラの実家の男爵邸で作った露天風呂の方が立派である。
落ち込んでいると
「どうしたのですか、ツェーザル様、夢にまで見た温泉ですよ。楽しくないのですか」
「そんなことはないけど、もっと立派なものを想像していたから」
「これは立派だと思うのでが、ツェーザル様の基準は私たちとは違うのですね」
「そうだな、俺は最高級のものを求めるからな」
「それなら、王都の男爵邸に戻った時に男爵邸の庭に、これより立派な物を作ったら」
「そうだな、そうする」
するとダンゴムシが
「私の異空間だったらいつでも作れますよ」
と言ってきた。
後ろを見ると、ダンゴムシと妖精たちがいる。
「お前ら人に見つかっていないだろうな」
「大丈夫、昼行燈全開ですから」
それからは「ダンゴムシと妖精が人に見つからないか」と不安で温泉を楽しめなかった。早々に部屋に戻った。ダンゴムシと妖精も強制退出である。すぐに虫かごに押し込めた。
その後は夕食である。さすが一流宿、料理は立派である。肉料理ジャガイモ料理、王都とは少し味付けが違うようである。すこし濃いと思ったが、それもそれで味わいがある。そして地ビール、ただし、やはり前世の記憶が災いして、ビールは護衛に譲った。
するとヤンスが
「この料理にはこのビールよくあいますね」
俺がビールを飲めないことを知っていて、「嫌味か」と思ったが、ここは大人しく聞き流すことにした。
するとヤンスが顔を赤くして
「やっぱり温泉に浸かった後のビールは最高、乾杯」
とかほざきやがった。
頭にきたので
「お前酔っても俺の護衛は手を抜くなよ」
と言ってやった。
すると、マンネが
「おい、ヤンス、酒はそれくらいにしておけ、ツェーザル様が怒っている」
と言って、ヤンスをたしなめていた。
なお、虫かごの出入り口には紙を張ってある。ダンゴムシや妖精が出てくると問題である。こいつら先ほどの温泉にしても気が緩み過ぎである。その紙の裏側(虫かごの奥から見た方)には「見つかると研究対象」と書いてやった。もうしばらくは出てこないだろう。
護衛は酔って役に立たなくなったが、その日は何事もなく過ぎていった。




