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理不尽の罠

「聖女様、明日にも王都へ出発しなければなりません。早くご支度を」


「分かっています!」


 近付いた神官に震える声を張り上げるエミリーは俯いていて、その表情は俺からは見えない。

 そして神官は何かをエミリーの耳元でブツブツと呟いているが、何を言っているのかは分からなかった。聞き終わったエミリーが一言だけ漏らした。


「さよならクリス」


「さよならって何だよ」


 俺は頭の整理が出来なかった。これまでの人生で最良の日になる筈だったのにまさかこんな事に。

 

「おいお前、分からん様だから説明してやる。エミリー様はこの度めでたく、聖女様に認定されたのだ」


「3年前に魔王の封印が破られ復活した事は知っているだろう。エミリー様は聖女様として魔王を討伐される勇者様御一行に加わって頂く。お前とはこれで今生の別れとなる」


 エミリーが聖女?


「そんな…」


「だからさよならよ」


 エミリーが力無く呟く。


「エミリー!」


「さよならクリス、()()()()幸せになって!」


 エミリーは俺の方を見ずにそう叫ぶと駆け出して行った。

 それを慌てて神官と兵士が追うが、1人だけ兵士が残った。


「お前は聖女様と恋仲だったのか?」


「だったではなくて、今もだ!」


「それは残念だったな。悪く思うな」


「そんなバカな事が有るか! 納得なんか出来る訳ない!」


 思わず俺は兵士に対して声を荒げた。


「気持ちは分からなくも無い。俺だって若い者の恋は応援したいんだ。ヨシ、俺を倒せたら2人して駆け落ちでも何でもするが良い。さぁ、来い!」


「本当だな! それじゃ遠慮無く行くぞ!」


 そう言われた俺は目の前が開けた気がして無我夢中で兵士に殴りかかった。

 コイツを倒せばエミリーと暮らせる、そう思って。


「フン、馬鹿な奴だ」


 だが現実は厳しかった。格闘技なんて素人の俺が日々鍛えている兵士に敵う筈がなく、兵士の拳は正確に俺の顔面を打ちのめし、怯んだ所をボディに連打だ。耐え切れずに前屈みにされた所で今度はみぞおちに膝蹴りがお手本の様に入れられた。

 情け無い事に俺はすぐにボロ雑巾の様に地面に転がされた。


「単純で助かったぜ。お前を拘束する。聖女様をお連れすると言う公務の執行妨害という立派な罪だ」


 ここで気付いた。俺はまんまと兵士の策略に乗せられたんだ。


「聖女様がこの村を出発したら解放してやる。これ以上は抵抗するな。今度は殺すぞ」


 俺を見下す兵士の声、そして目にはその言葉に偽りが無いと思わせるには充分な凄みが有った。

 今捕まったらそれこそエミリーに会えなくなる。そう思った俺は這いずりながら逃れ様とした。


「大人しくしろ!」


 ジリジリと近付いて来る兵士が遂に剣を抜いた。


「次は殺すと言っただろ。お前みたいな奴は生かしておけば絶対にまた聖女様に纏わりつくに違いない」


「あぁぁ!」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべた兵士の剣は夕焼けの光を反射しながら俺の右太腿を貫く。焼けた鉄を押し付けられた様な激痛が走り今までに出した事が無い声が出た。


「そうそう、良い事を教えてやろう。実は聖女様は魔王を討伐された暁には何処かの貴族の妻になるそうだ。それに聖女は他にも居る。あの娘は言わば副聖女、もっと簡単に言えば替え玉だ」


「何を言っている?」


 他に居るならエミリーは必要無いじゃないか。


「表向きの聖女様は公爵家のご令嬢と決まっている。世を救う役目は貴族様って事らしいぜ。だがご令嬢は実際には聖女でも何でも無いし、危険が伴う旅に同行なんかしない。そこで教会は血眼になって本当の聖女を探したんだ。あのエミリーとかいう娘には聖女としての実務を担当してもらうそうだ。副聖女として」


「そんな事の為にエミリーを?」


「安心しろ。魔王討伐が終わればエミリーは何処かの貴族に下賜されて何不自由無い生活を送れるんだ。平民のお前の元へは帰らん。秘密保持の為にな」


「何だよ下賜って。エミリーは物じゃない!」


「知らないのか?勇者様はロバート殿下だ」


「何?」


「魔王討伐の旅は長いからな。同じ宿に泊まるんだぞ。いい年の男女が一つ屋根の下に泊まるんだ、間違いの1つや2つは有って当然、むしろ無い方がおかしいだろう」


「そんな」


「ましてやロバート殿下は30歳になられ正妻もいらっしゃるのにお盛んでな、手が早い事で評判だからな。言わばあの娘は魔王討伐の旅のお楽しみだな! ハハハッ!」


「そんな事は、させない!」


 俺は力を振り絞って立ち上がろうとするがどうしても力が入らない。再び倒れた俺は落ちていた石に額をぶつけてしまった。

 それで血が出ようが関係無い!

 ただで転んでたまるか。俺は無意識に自分の額を割ったその石を掴んでいた。


「無駄な足掻きを。お前はここで絶望して死ね」


 兵士が両手で剣を高々と構えたその時だった。


「これでも喰らえ!」


 俺は掴んだ石を兵士の顔面を目掛けて思いっ切り投げる。

 

「!」


 石は兵士の目に当たり、形勢逆転だ!

 右足は言う事を聞かない。なら剣で刺されていない方の左足に今出せる力を集中させて兵士に低い姿勢のまま突進すると、見事にタックルが決まった!

 更に俺の頭が急所を直撃したらしく激しく悶絶している。

 折角下げてくれた頭だ。後頭部に全力で一撃を喰らわずと気絶しやがった。

 これでエミリーの所へ行ける。俺は痛む右足を引きずりながらエミリーの家に急いだ。

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