聖女でも無理
「俺の一門次席昇格を門下生達で祝ってくれたんだけど、それが罠だったんだ」
ケインは下を向いて淡々と語り出した。
「門下生は当たり前だが現剣聖の息が掛かっている。でも俺はそいつらと和解するチャンスだと思って勧められた酒は断らずに飲んだんだ。でもその酒には眠り薬が入っていたみたいでな、酒には強い俺が意識を無くしてしまったんだ」
酒に眠り薬か。悪い奴が使いそうな手だな。
「余りの痛みで起きた時には手遅れだ。何が起こったのか最初は分からなかった。そりゃそうだろう?」
当時の自身の感情を思い出したのかケインの目には光る物が浮かんでいる。
そしてケイン以外は誰も何も言えない。沈黙を守るしかなかった。
「自分の生きる道は剣しか無いと思っていた。なのに…、起きたらこんな手になって剣も握れねえ!」
ケインの声が荒くなった。
「ご丁寧に止血までしてあったのに一緒に居た全員が知らぬ存ぜぬで、現剣聖なんか「その手では剣はおろか、下働きも出来んだろう。お前はもう用無しだ、出て行け。何とかその左手でスプーンは持てて良かったな」なんて言いやがった」
「自分が切ったと言っているのも同然だな」
それで左手は指3本だけ残したのか。生き地獄を味わい続けろと。それとも自分は全てを奪う程の悪党ではないとでも言いたいのか。
「先代の剣聖は何もしなかったのですか?」
ニーナが冷めた声で聞く。
「お師匠様が療養で辺境へ行っている間の事だったんだ。そのまま隠居して戻って来ていない。剣聖はそれで代替わりだ。多分だがお師匠様は軟禁されているんじゃないかと思っている」
「流石の剣聖も寄る年波には勝てないって事ですかね。それにしても現剣聖は本当に腐ってますね」
「そうね。剣聖としての強さは本当に有るの?」
ニーナと姉さんだ。特にニーナはかつての仲間の子孫だから思う所が有るみたいだ。
「強いは強い。技ではお師匠様の域には届かないけど若い分パワーとスピードが有る。俺が剣を持てない今となっては国で一番の剣の使い手だろうな」
腐っても鯛か。恐らくは幼少時から剣の稽古に明け暮れて今の剣聖の座を掴んだのだろう。剣聖の家に生まれれば剣士のエリートとしては最高の環境だろうし。
「その言い方だと手が無事なら自分の方が強いって言いたそうね」
「そりゃそうですよ!」
姉さんの素朴な疑問にリリーが勢い良く答えた。この明るい声で場の雰囲気が変わった気がする。
「ケインさんは身のこなしだけでボディガードの仕事が出来るんですから!」
「さっきも言っていたな。身のこなしだけ?」
「そうですよ。身体に障害が有ると本当はギルドに登録は出来ないんですよ」
冒険者ギルドの仕事は危険が伴う。障害者に仕事を任せて何か有ったらギルドの信用にも関わるからな。それに依頼主が嫌がるだろう。
「でも余りに熱心だから。私も人間だし…その…」
「こんな手でも身体を張る以外に仕事なんて思い付かなかったからな」
要はケインがギルドに通う内にリリーは好きになった訳だな。あのリリーの赤くなりようで分かる。この2人を何とか出来ればと思った。
「姉さん」
「分かってるわよ」
俺は姉さんに聞こえる様に囁いた。
「あの手だけど」
熊の魔物の手が再生したんだ。人間だって再生出来る筈だ。
「無理よ。傷が古すぎるわ」
「そうなのですか?」
ニーナも会話に加わった。
「傷が古いとその状態が正常だと身体が認識して、本当の元の状態にはならないのよ」
僅かに灯った希望が静かに消えた。




