そして旅に出る
「おい、起きろ!」
バシャンと冷たい衝撃で目が覚める。
顔に浴びせられた水がポタポタと滴っている。
どうやらエミリーに気を取られていた俺は後頭部を兵士に叩かれて意識を失っていた様だ。
そして最悪な事にエミリーを乗せた馬車は既に王都へと出発していた。
「お前には聞きたい事が有る」
兵士が2人、エミリーには付いて行かずに俺を取り調べる為に残った様だ。昨夜の兵士の仲間か。
不粋な奴らだ。エミリーを失った感傷に浸る時間さえくれないとは。
「昨夜お前の家に行った仲間が帰って来ない。お前、何をした?」
「さぁ、何の事やら」
下手な事を言ってアリーさんを危うい目に遭わせる訳にはいかない。この兵士にとぼけて何とかなるとは思えないが、今はこうするしか思い付かない。
「しらばっくれるな!」
まだ横たわっている俺を兵士が蹴り上げる。
そんな状況なのに自分でも意外なくらいに冷静に、さてどうした物かと考えていた時だった。
「その人たちならここに居るよ!」
この声は婆ちゃん?
声の方を見ると婆ちゃんとアリーさん、それに昨夜の兵士達が居る。
兵士達は自分の足で歩いてはいるが、目の焦点が合っていない。まるでゾンビの様だ。
「おい大丈夫か?」
俺を蹴っていた兵士が近付いても無反応だ。
「取り敢えず色々と調整して動く様にはしたの。君の家にいつまでもって訳にはいかないからね。面倒くさいから残りの2人も同じ様にするわね」
アリーさんが言い終えると同時に手を翳すと、兵士達全員がまるで操り人形の糸が切れたかのようにその場に倒れ込んだ。
「大丈夫よ。3日くらいしたら起きるわ。多分」
「アリーさん、今のもやっぱりアリーさんの能力?」
周りに人も居る。俺は敢えて聖女という言葉は控えた。
「そうよ。邪心を打ち抜く破邪の能力よ。余程の極悪人でなければ数日で目を覚ます筈よ」
「もしも極悪人なら?」
「うーん、私達は殺人でお尋ね者ね」
今、私達って言ったよね? 俺も当然のようにカウントされてる?
「クリス、エミリーとは結婚する筈だったんだろ。でも何も決着しないままエミリーが行ったのなら、追いかけるしか無いじゃないか」
「婆ちゃん。でも俺が居なくなったら」
「見くびるんじゃないよ!」
婆ちゃんが口調は穏やかでもいつになく力強くキビキビと返す。
「クリス君、お婆さんは私の本気の治癒を受けたから身体に悪い所が何処も無いのよ。更にさっき祝福も加えたから数年は病気にもならないわ」
「そう言う訳だから、行っといで!」
「婆ちゃん!」
断る理由は無い。退路は断たれた。
「クリス、エミリーはどうかしちまったんだ。あんな事を言う娘じゃないんだ」
エミリーの父親が涙ながらに俺の手を力任せに握って来た。
「エミリーを連れ戻して!」
今度は母親が泣いて頼んで来た。
「ほれ、私と爺さんの孫だろ、男らしく覚悟を決めな」
婆ちゃんに促されるが、そんな物は決まっている。
「婆ちゃん、俺は爺ちゃんと婆ちゃんに育てられた孫だ。行ってくるよ!」
「そうと決まれば善は急げね。はい!」
アリーさんがポンと鞄を投げて寄越した。
「これは?」
「何でも入るマジックバックよ。旅に必要そうな物はもう入れてあるわよ!」
アリーさんと婆ちゃんは互いに見合って軽く頷いていた。どうやら2人の間で話は出来上がっていたみたいだ。
「ありがとう」
「それじゃ、行くわよ!」
アリーさんが張り切って歩き出す。ん?
「ちょっと待って、アリーさんも行くの?」
「当たり前でしょ。私にここで1人で何をしろと?」
「でもアリーさん、こんな田舎以外に行って大丈夫なのかな?」
不法入国だし、千年に1人の完璧聖女だって他人に知れたら厄介なんじゃ。
「私もそこは心配したんだけど、お婆さんから聞いた話だと出入国とか戸籍の管理とかは結構いい加減で意外と大丈夫みたいよ。クリス君だって似たようなものだったんでしょ?」
そう言えばそうだった。自分の事を忘れていた!
それに国境に近いここではよく隣国に行き来していたな。
◯▲△
「とまぁ、こうして俺と姐さんは旅に出たんだ」
少しだけ昔話をするつもりが、気が付くと長くなってしまった。




