生まれ変わった朝に
その時の俺は自分が何者なのかも分からないまま山の中に居た。
「おい、どうした?」
後ろから声を掛けられる。爺ちゃんだ。そうだった、この時に俺は爺ちゃんに拾われたんだ。
「こんな深い山の中で、子供が1人か?」
俺はコクンと頷いた。まだ全然状況が分かっていない。
「誰かと一緒じゃないのか? 家はどこだ? 1人でこんな山の中に居て魔物にでも襲われたらどうするつもりだ。取り敢えず俺と来い!」
これが爺ちゃんに拾われた時だ。
この後すぐに婆ちゃんの待つ家に帰るんだ。
「早かったわね。何か有った?」
「ああ、コイツだ。コイツが山の中に突っ立っていてな、家とか聞いても分からねぇって言いやがる。山の中じゃ危なっかしいから連れて来た。おい、お前の名前は?」
「く、くりす」
思わず出た名前は、幸せだった時の苗字だ。ガラクタの様な下の名前も、その後の母親の姓も思い出せなかった理由は、そんな名前は名乗りたくなかったからなのかも知れない。
「クリスかい? 行く当てが無いならいつまでも居ると良いよ。遠慮は要らないからね」
名乗ったのは苗字だが婆ちゃんは名前だと思ったみたいだ。
だがそんな事はどうでも良い。久し振りに人の優しさに触れた俺は泣き出してしまったんだ。
だから俺は家族を失いたくなかったんだ。
アリーさんの祝福のお陰で自分が何者なのか思い出せた。
そうだ。前の俺なら理不尽もヘラヘラして受け入れていただろう。でも負け犬根性が染み付いていた40歳の俺はあの時、新橋駅で死んだんだ。
今の俺は新しい俺だ。勇者だか王族だか知らんが理不尽な事には従えない。
それが脱、負け犬生活なんだと思う。
◯▲△
「おはようございます!」
昨晩あれだけ飲んだのが嘘の様にケロッと起きてきたアリーさんの軽快な挨拶で朝が始まった。
「おはよう。良く眠れたかい?」
婆ちゃんはいつもの通りに穏やかだ。でも俺はそうはいかない。
自分が何者であるのか分かった今となっては、身体は現代日本人の18歳、中身はアラフォー男なのだ。
これからの振る舞い方はおいおい考えていくとしても、昨日までの俺がエミリーを好きであった事に変わりは無い。
そしてその想いは今の俺にも受け継がれている。
中身だけで考えれば40歳が18歳のエミリーに熱を上げるってどうかと思うが、そんな事は関係ない。
昨日までの俺の想いはしっかりと今の俺にも有って、やっぱりエミリーが好きなのだ。
「アリーさん、祝福をありがとう!」
「うん、役に立てて良かったわ」
アリーさんに向かって深く頷く。でもそれ以上の話をしている時間は無い。
「エミリーの所に行ってくる!」
俺は婆ちゃんとアリーさんにそう言い残してエミリーの家へ駆け出した。。
◯▲△
エミリーの家に着くと丁度エミリーが馬車に乗り込む所であった。まだ朝だと言うのにもう出発するというのか。
「エミリー、エミリー」
エミリーのお袋さんが泣きながらすがろうとするが、兵士に阻まれて近付く事も出来ない。
「お母さん! お父さん!」
エミリーも馬車のドアから身を乗り出している。
「聖女様、お静かになさって下さい。もう出発いたします」
エミリーは馬車の中から神官に止められると途端に大人しくなった。そんなエミリーに違和感を感じるが今は考えている余裕は無い。
「おじさん、おばさん」
「おお、クリス。エミリーを止めてくれ!」
「エミリーはクリスと結婚するから安心していたのに!」
2人とも突然の事にまだ納得していない。
「クリス!」
エミリーは俺を見て驚いていた。その後は声を出せないでいたが、ようやく一言だけ絞り出した。
「よかった、無事で」
俺が殺されかけた事を知っているのかは分からないが、最後に見た俺は血塗れでボロボロだったからな。
「聖女様!」
神官が苦々しい表情でエミリーに何かを言っているが内容なんて聞こえないし、どうでもいい。
「エミリー、俺はお前の本音を聞きたいんだ。昨日エミリーが言った事は…」
「ほっ、本音? 何を言っているの?」
エミリーは俺には背を向けると俯いてしまった。その肩は震えていた。
「言ったでしょ。今まで何処の馬の骨とも分からないクリスと付き合ってあげたけど、それは他の同世代の男よりかはいくらかマシそうだったからよ。私たちは昨日でもう終わり。いつまでも彼氏面しないでよね」
「それが本音か?」
エミリーの言った事が一々心に突き刺さる。
「自分でも知ってるでしょ? クリスは明らかに顔立ちも髪の色も違う。隣国の奴隷が逃げて来たんじゃないかって噂されていた事を」
「奴隷か。確かに爺ちゃんに拾われる前の俺はそれに近かった。だがな、爺ちゃんと婆ちゃんに拾われて、そしてエミリーと出会えて人生が変わったんだ。だからっ!」
そこまで言った時に後頭部に突然の激痛が走り、意識が遠退いていった。




