222 魔法青年は準備を整える
ハマメリス王国の学校で生徒たちに少し教えてみて、わかったことがある。
以前からなんとなく思っていたことだが、カーヤはとんでもなく優秀だ。
もともと、学習を抑制させられていたこともあるだろう。
だが、自ら学ぼうという姿勢と、実際にコツコツと積み上げていく根気、そして学ぶことへの熱がずっと持続しているのだ。
それでいて、根を詰めすぎているわけでもない。
「コーディ様。今日はお休みなので、超古代魔法王国時代の壁面が残るという場所を見てみたいのですが」
「いいですね。いくつかありますので、王都周辺の場所を巡りましょうか」
「ありがとうございます!」
休みの日も結局別の学びに繋がることを選びがちではあるが、勉強のときのように張り詰めておらず、興味の赴くままに見聞きして楽しんでいる。
アルピナ皇国にいたころよりも、明らかに生き生きとしているカーヤに、コーディは感慨深いものを抱いた。
―― 真面目過ぎるきらいはあるが、それは個性の範囲じゃ。のびのびと生きてほしいのぉ。
「コーディ様!見てください、ここです。これは超古代魔法王国の文字ですよ。えっと……。防ぐ、と……黒い、色?いえ、これは汚れですね」
医療魔法を学ぶ傍ら、カーヤは少しずつ古代帝国や超古代魔法王国の文字も覚えはじめていた。
一般的な魔法陣の文字はすでに習得しており、魔法陣そのものについても学習している。
「ああ、これは多分当時の邸宅の壁です。こちらは防汚効果ですが、あちらには状態維持の魔法陣が描かれていますよ」
「まあ……!それにしても、超古代魔法王国の魔法陣は、とても芸術的ですね。内容も無駄がなくて美しいですが、魔法陣の中にある曲線の交わりも空間の取り方も、すべてが整っていてきれいです」
カーヤは古い魔法陣を前にして、ほぅ、と息を吐いた。
残念ながら、コーディには芸術方面の知識がまったくと言っていいほどない。
「僕にはよくわかりませんが、場合によるとこのまま装飾にしてしまっても違和感がないくらいです」
「ふふ、コーディ様にも不得意なことがあるんですね。こういった魔法陣が、現在使われていないのはなぜでしょうか」
カーヤは、うっかり触れないように気を付けながら、魔法陣の方へ一歩近づいた。
「そうですね……。六魔駕獣を討伐してから、全体的に魔力のめぐりが速くなったのはわかりますか?魔法を使って減った魔力が、器に溜まっていく速さです」
コーディが聞くと、カーヤは少し眉を下げた。
「わたくしには、あまり。ですが、周りにある魔力を感じるようになってから、そういえば以前はもっとあっさりしていたというか、薄かったような覚えがあるなと思っておりました」
どうやらきちんとした修行をしていなかったときから、魔力を何となく感じていたらしい。
それも、習得の速さに繋がっているのだろう。
「細かいところは省きますが、要するに六魔駕獣が魔力を取り込んでいたので、世界的に魔力が薄くなっていました。超古代魔法王国が繁栄していたのは、六魔駕獣が登場する前です。つまり、もっと魔力が潤沢で、魔法陣にも大量の魔力を使えました。この魔法陣は当時のものなので、近年のように魔力が薄いとうまく発動しなかったんです」
「そうなんですね。では、今なら使えるのでしょうか?」
カーヤが見ている古い魔法陣は、描かれているだけで何も発動していない。
「理論的には使えるでしょう。ただ、魔力の効率が悪いので、あまりおすすめしません。魔法は発動者の想像力、魔法陣は描き手の想像力に依存しますからね。これらを参考にして、新たに描き直すのが良いでしょう。ただし、超古代魔法王国の文字を正しく読むことができれば、ですが」
「なるほど。いくつも障害があるのですね。それに、似たような魔法陣はすでにありそうです」
「その通りです。ホリー村の自宅に施した掃除の魔法陣なんかは、これに近いですね」
この日も、充実した休日を過ごした二人であった。
気が付くとあっという間に半年が過ぎ、プラーテンス王国へ戻ることになった。
今回は王都のホテルに滞在する。
夫婦で招待された、ヘクターとブリタニーの結婚式だ。
「いらっしゃいませ、コーディ・タルコット様。カーヤ・タルコット様。お部屋へご案内いたします」
エントランスに入ると、こちらが何か言う前にボーイがやってきて名前を呼ばれた。
客の年齢層や連れの様子などから判断したのだろうが、すごい接待能力だ。
「お願いします」
ボーイの後をついて行くと、四階にある大きな部屋に通された。
入ってすぐにリビングがあり、ついでダイニング、そして寝室が三部屋ある特別室だ。
コーディとしてはそれぞれの個室があれば充分だったのだが、それはギユメットに強く忠告された。
「いいか、お前は魔塔の研究者なんだ。たとえ准騎士爵だろうが、ほかの貴族なんかとは格が違うと国に教えてやれ。魔塔の格を落とすようなことはするな。ホテルくらい、最上級の部屋を取れ」
金銭的には余裕があるし、なにより後進のことを考えると希望を与えるのも良いだろう。
ただ研究しているだけではなく、充分余裕のある生活ができる、というのは原動力の一つとなり得る。
だから、コーディは一番上等な部屋を予約した。
「まあ。こんなに広いお部屋、よろしかったんですか?」
「金銭的には何も問題ありません。それに、多分王族の方と話すことになるので、終わったらゆっくり休みたいと思いまして」
想像するだけで肩が凝りそうである。
そんなコーディの様子を見て、カーヤはくすくすと笑った。
「ふふふ。わたくしも隣におりますから、話題は何とかなると思いますよ」
「そう言っていただけると心強いです。一応頑張る予定ですが、魔法以外の話題はなかなか厳しい場合があるもので」
多分、ズマッリ王国の王弟に関しては魔法陣の話だけで繋げられると思う。
しかし、ほかの人たちに魔法談義をし続けるのは難しいだろう。
「かしこまりました。話題に困った場合は、主役のお二人と過ごされた思い出をお話しいただければいいと思います。わたくしも、コーディ様がどういった学生生活を送られていたのかは聞いてみたいので、ぜひ」
「主役の話ですか。いいかもしれません」
若干魔法の基礎の話も絡んでくるので、コーディとしても話しやすいことだ。
ドレスやスーツの着付けは、ホテルから手配したプロに依頼した。
少し髪が伸びていたので、撫でつけてから後ろでまとめて結ばれた。
あまり気にしていなかったが、結んでみればすっきりした。
カーヤはコーディよりも二時間ほど早く準備を始めたのだが、同じくらいに終わった。
「目の色に合わせると、しっくりきていいですね」
「ありがとうございます」
カーヤは黄色ベースの落ち着いたドレスを着ていた。
コーディのスーツはグレーだが、ポイントに黄色を使っている。
服装もプレゼントも問題ない。
準備を整えたので、いざ出陣である。




