221 魔法青年は布教する
よろしくお願いいたします。
「――そのため、まずは体作りから始めて土台を整えます。体を鍛えて体幹を強くすることで、魔力の扱いがより簡単になります。この基礎を続ければ、魔力の器が徐々に大きくなったり、並列で魔法を使えたり、扱える属性を増やしたり、属性に寄らない魔法を使ったりできるようになりますね」
コーディは、ハマメリス王国の魔法学校の講堂で解説していた。
席に着いているのは、最高学年で卒業を控えた生徒たちと、手の空いた教師たちだ。
写真を撮る魔法を応用して、手元のメモを前の壁に拡大して映し出すと、それまでやる気がなさそうだった生徒たちは思いっきり食いついた。
写真と違って定着はさせないので、いわばプロジェクターである。
それでも、コーディがまずは体を鍛えろと言うと、納得できないという表情の生徒たちが首をひねっていた。
今までそんなことはしていないのだから、疑問に思うのも当然だろう。
だからコーディは、壇上にカーヤを呼んだ。
「今回補助してもらっているカーヤは、僕の妻ですがプラーテンス王国出身ではありません。アルピナ皇国の貴族令嬢でした」
突然妻を呼んだコーディに、生徒たちだけではなく一緒に聞いている教師たちも怪訝そうにこちらを見た。
「ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、アルピナ皇国では貴族の女性はほとんど魔法を学びません。魔法は男性のものという文化だからです。それはまぁ、今後変わっていきそうですが、蛇足なので本題を。えー、カーヤは、数ヶ月前まできちんと魔法を学んでいませんでした。ですが、僕と一緒に訓練した結果、同時発動に加えて、複数属性の魔法も習得しました」
アルピナ皇国について知っているらしい人たちが、うなずいた後で目を見開いた。
「では、実践してもらいましょう。カーヤ、複数属性が良いんですが、室内なので一応安全を取って……氷魔法と土魔法にでもしましょうか。なるべく小さいものを、片方ずつ出して待機してもらえますか?」
「かしこまりました。『氷塊』。『土塊』」
カーヤは、杖も使わずにさらっと右手に氷の塊、左手に土の塊を発現させ、その場に待機させた。
ざわり、と教室が衝撃に揺れた。
「本人の素質はもちろんですが、コツコツと訓練を続けたことが一番の成長の原因です。カーヤは、初めはほとんど走れずにいましたが、今は十キロメートルほど毎朝走ります。武術の訓練もしていまして、グラスタイガー程度ならソロで討伐できるようになりました」
すると、教室の空気がピタリと止まった。
生徒と教師たちは、魔法を待機させたまま柔らかく微笑んで立つカーヤをぎょっとしたように見て、それから冗談ではないのだろうかとコーディの顔を窺った。
「あちらに的を用意したので、使いますね。カーヤ、両方とも思い切りぶつけてください」
コーディは、窓の外のグラウンドに準備しておいた的の方を示した。
風魔法でカーテンを全開にし、カーヤが放つ魔法の軌道を遮らないように窓を開け放った。
「えっ」
「うそ、無詠唱?」
ざわざわと、生徒たちが驚いて声をあげた。
魔法を使うだけで驚かれるのは久しぶりのことなので、逆に新鮮だ。
皆の視線がグラウンドの方へ向いた。
壇上から的までは、おおよそ三十メートル。
「え、さすがに遠くない?」
「当たればいいんじゃないかな。俺なら、あそこまで魔法が届かないと思う」
「私は、ギリギリ届くかな」
生徒たちの会話から、コーディの予想がおおよそ合っていることがわかった。
プラーテンスの魔法学園の生徒なら、この距離の的に当てるのは入学前の訓練に該当する。
なんなら、精度を上げるために的の大きさを数十センチにして、同じ距離で当てる練習をするだろう。
魔法の基礎力が全然違うのである。
「では、使いますね。お願いします」
「同時にまいります」
うなずいたカーヤは、両手をひょいっと返して氷塊と土塊を的の方に向けて投げた。
手の動きに反して勢いよく飛んでいった魔法は、どががーん!と大きな音を立てて的を粉砕した。
「いいですね。軌道が正確でぶれがありません。威力はちょっとばかり大きめですが許容範囲ですし、対魔獣と考えれば完璧です。風魔法で補助したんじゃないですか?」
コーディが聞くと、カーヤは一つうなずいた。
「はい。少し右にずれそうでしたので。風魔法なら、最近は詠唱無しでも使えるようになりました」
タルコット夫妻のほんわかした会話が続く中、講義を受けていたはずの生徒と教師たちはグラウンドの方を凝視したまま動かなかった。
砂煙がおさまると、グラウンドには粉々になった木材が散乱しているのが見えた。
「カーヤの場合は、僕が直接毎日指導していたこともあって習得が速かったのは確かです。今はそうですね、プラーテンス王国であれば貴族の平均を超えるくらいと言えます。皆さんも、半年も訓練すれば同程度の魔法を使えるようになるでしょう」
少なくともカーヤよりは魔法の基礎訓練をしてきたはずなので、自主練習で少しのんびり続けたとしても、そんなものだろうと予測した。
そこに、カーヤが待ったをかけた。
「コーディ様、少し厳しいかもしれません。わたくしは一日を通じて魔力を効率よく使い続けましたが、それはコーディ様が魔力量を確認しながら教えてくださったからです。ご自身で管理される皆様は、そのような訓練は難しいのでは?」
「あぁ、そうかもしれません。魔力そのものを扱えないと、魔力の残量を正確に把握できませんね。あと、魔力量の問題もありますね。ざっくりですが、当時のカーヤは皆さんの平均の倍ほどの器がありました。そうなると、練習回数も違うので……一年以上かかる計算でしょうか」
コーディがそう言うと、教師の一人が手を挙げた。
「それは、生徒に限りますか?我々のような大人でも同じことが言えるでしょうか」
「良い質問ですね。実は、年齢は関係ありません。まあ、幼児については体の成長を優先すべきですから、ある程度体ができ上がった年齢以上であれば。事実、プラーテンス王国の冒険者たちは、この訓練を取り入れて複数属性の魔法や同時発動を使えるようになりましたし、魔力の器も大きくなったそうです。カーヤも、元々よりすでに倍近くまで魔力の器が成長しています」
ペルフェクトスと相対したときに共闘した冒険者たちは、プラーテンス王国でもトップクラスをひた走っている。
話を振られたカーヤは、聴講者たちに笑顔を向けた。
「成長度合いは人によると思いますが、訓練しただけ変化します。それから、自然への理解も大切だと思います。物事の成り立ちを知ることで、魔法がより精密になりましたから」
勉強も大事、と言われた生徒たちのほとんどが表情を曇らせた。
世界が違おうとも、知識を積み上げる勉強というのは生徒に好かれないらしい。
とはいえ、一部には目を輝かせたままの子たちもいる。
彼らにとっては、目標に至るまでの課題がはっきりしたということだろう。
ああいう子どもたちの活躍が周りに伝染すれば、きっと全体の実力が上がっていく。
コーディやカーヤのような外から来た大人は、距離が遠いので『そういうもの』と捉えられてしまう。
しかし、一緒に学んできたはずの友人が、見知っているクラスメイトが変われば、『自分にもできる』と思えるだろう。
「まずは、無理をしない程度に走ったり運動したりしながら、魔法を使う直前の状態を意識してみてください。論文も発表していますが、そちらよりも冒険者ギルドで配布しているものの方が実践的でわかりやすいかもしれません。どちらも学校の図書室に入れてくださっていますので、気になる方は読んでみてください」
質疑応答の時間には、初めこそ魔塔についてや魔法の理論についてを質問されるだけだったが、後半ではもっと魔法を見せてほしいと言われ、様々な魔法を見せた。
最後には、生徒たちの表情が変わっていたのが印象的だった。
きっと、ハマメリス王国も少しずつ変わっていくのだろう。
読了ありがとうございました。
続きます。




