205 魔法青年は怒られる
よろしくお願いいたします。
毎朝訓練をして、午前中はカーヤに魔法を教え、午後からは論文執筆と研究、たまに迷いの樹海での魔獣狩り。
コーディの日常は、久しぶりに穏やかに流れていた。
「そうです!上手ですね」
自宅の庭の一部は、完全に訓練用の場所と化している。
きちんとグリップが効く床よりも、土の方が訓練には良いというコーディの考えもある。
そして今、カーヤは連続で動く型を練習していた。
とはいっても、簡単なものだ。
左手で相手の攻撃を斜め下に逸らし、腰をひねるようにして右手で正拳突き。
ゆっくりとなぞる動きを早くするだけで、実戦でも使える技になる。
カーヤの場合は、目的が体を動かすことなので、速さや攻撃力は気にしていない。
しかし、思ったよりもカーヤの筋が良く、コーディは少しずつ神仙武術を指南している。
「楽しいです。わたくしはまだまだですが、コーディ様の型を見ていると、いないはずの相手が見えるような気がして」
タオルで汗を拭きながら、カーヤは目を細めた。
「そうですね。型は、踏み込んでくる相手の動きを想定したものですから」
「先ほどの動きであれば、相手が正拳突きをしてきたとかそういう感じですか?」
「ええ。ちょっとやってみましょうか」
「はい!」
パッと笑顔になったカーヤを見て、コーディは彼女の前に立った。
二人で型をなぞる組み手が楽しかったらしく、カーヤは頬が真っ赤になるまで頑張った。
結果、次の日に酷い筋肉痛になった。
「申し訳ありません、コーディ様」
「いいえ。僕の見極めが甘かったせいですから」
「そんなことはありません!わたくしが、自分を見失ってしまったためです」
カーヤは、ベッドからろくに起き上がれなくなっていた。
「今日はゆっくり休んでください」
「はい……。ですが、コーディ様にすべてさせてしまって」
カーヤは眉を下げた。
「大丈夫ですよ。家族として当然のことですから」
コーディがにっこりと笑顔を向けると、一瞬言葉をのみ込んだカーヤは軽く頭を下げた。
「ありがとうございます。ですが、ずっとわたくしの世話をしていただく必要はありませんから、魔塔に行ってください」
カーヤは、懇願するように言った。
本当に気にする必要はないのだが、コーディの邪魔をするのが嫌なのだろう。
「そうですね……。カーヤが部屋の中だけでも動けるなら、午後から行ってきます」
「ええ、少し時間はかかりますが、何とかなります」
力強くうなずくカーヤに、コーディは笑顔でうなずいた。
「わかりました。では、午後は魔塔に行きますね。夕食は買って帰りますから、ゆっくりしていてください。その痛みは体の中で炎症が起こっているからです。治すには、安静にするほかありません」
「かしこまりました」
しょぼんと肩を落とすカーヤは、謝罪の言葉をのみ込んだようだった。
「治ったら、また訓練の続きをしましょう。次は、魔力を乗せて動く方法をお教えしますよ」
「っ!本当ですか?楽しみです!」
ぱあっと笑顔になったカーヤには、影が見当たらなかった。
「タルコット、久しいな」
「ギユメットさん。お久しぶりです」
本を探すために図書室へ行くと、ギユメットと行き会った。
「あと三ヶ月で、ギユメットさんの結婚式ですね。準備は進んでいますか?」
結婚式は帝国で行って、生活はホリー村になる。
移動は大変だが、ギユメット曰く帝国の貴族位を持つからには必要なことらしい。
「ああ。もう家も準備が終わっている。ここ数日はアリーヌから荷物が送られてきているから、少しずつ配置しているところだ」
「そうなんですね」
手紙転送の魔法陣は改良され、もう少し大きなものを送れるようになっていた。
まだ大量の荷物を一度に送ることはできないので、一つずつ届けているのだろう。
「そういえば、カーヤ夫人はどうしている?」
ギユメットはついでとばかりに質問してきた。
コーディとしては隠すことでもないので、普通に答えた。
「今日はカーヤは家で休んでいます。少し、武術の訓練を頑張り過ぎまして」
「は?」
ギユメットは目を丸くした。
「僕も教えるのが楽しくてやりすぎました。筋肉痛らしいので、数日休めば治ると思います」
「え?タルコット、お前……」
徐々に眉根を寄せたギユメットは、コーディをじろりと見た。
「どうかしましたか?」
「どうかしたではない!お前というやつは、まさか、公爵令嬢に武術を教えているのか?!」
突然の剣幕に、コーディは驚いて一歩引いた。
「いえいえ、今は僕の妻なので准騎士夫人ですよ」
「そういうことではない!貴族夫人に、何をさせているんだ!」
「何と言われても……。魔法を安定して使うためには、体作りが大切なんですよ。散歩から始めて、今は朝から数十分走っています。その後に、ゆっくり武術の型をなぞっているんです」
それを聞いたギユメットは、何か言おうとして息を吸い込み、しかし言葉を選べずにそのまま深いため息をついた。
「お前というやつは」
「ですが、プラーテンス王国では普通のことですし」
「いや、だがな!」
ギユメットの言いたいことはわからないでもない。
帝国でもほかの国でも、貴族の女性は表立って魔獣を退治することはない。
「カーヤは、僕の妻になったのでプラーテンスの方式でいいと思っています。本人も楽しそうですし」
「それは、そうなんだが……!というか、カーヤ夫人は嫌がっていないのか?」
軽く頭を抱えたギユメットは、コーディに疑いの目を向けてきた。
「心外ですね。さすがの僕でも、彼女が本心から嫌がることはさせませんよ。健康のための運動以上のことは、カーヤ本人の希望に沿ったものにしています」
「うぬぅ……」
ギユメットは唸って悩んだあと、もう一度ため息をついた。
「私から言っても上手く伝えられない。誰か、話ができる女性はいないのか?」
「話……?故郷の友人か、近所ならディケンズ先生の奥方でしょうか」
「わかった。誰でもいいから、現状を説明してみろ。私と同じことを言うはずだ」
「そう、でしょうか」
「多分、同じように言う。その、はずだ」
言いながら少し自信がなくなっているようだったが、自分に言い聞かせるようにギユメットはうなずいた。
確かに、ほかの人の意見は全く聞いていない。
だから、まだ比較的そういった話がしやすい友人、ブリタニーとチェルシーに聞いてみた。
手紙で、カーヤが筋肉痛になった経緯や、現在の訓練内容などが適当かどうか質問してみたのである。
「あー……」
コーディは、手紙を読みながら思わず声が出た。
『深窓の令嬢に何させてるのよ。訓練は確かに大切だけど、そこまで必要なの?魔獣討伐でもしたいの?筋肉痛で動けなくなるまでさせるなんて師としてなってないわ。最初にきちんとメニューを決めるとか、様子を見ながら計画的にしないといけないでしょ』
ブリタニーからは、直接的なダメ出しがきた。
『本人が希望しているなら、私としては何も言えないんだけど……。いくらなんでも、脳筋すぎない?もちろん魔法とかの訓練も大事よ。でも、少なくともプラーテンス王国の准騎士の妻なんだから、文化の勉強も大切なんじゃないかしら。カーヤさんが恥ずかしい思いをしてしまうわ。あ、そういえばタルコット君、魔塔の方の結婚式に出るって言ってなかった?タルコット君も、きちんとマナーを勉強し直した方がいいわ。しかも帝国なんでしょう?プラーテンスよりもずっと格式が高いはずだから、ちゃんとしていないと大変よ』
チェルシーからは、ほかの方面からの意見がきた。
確かに、プラーテンスの文化については何も教えていない。
すぐに行くことはないからと後回しにしていたが、少しずつでも伝えた方が良さそうだ。
もちろん、ギユメットたちの結婚式に行くのだから、そのための準備もするべきだ。
コーディは、二人にお礼の手紙を書きながら、さてマナーは誰に学ぼうか、と考えていた。
読了ありがとうございました。
続きます。
◆お知らせ◆
私生活の方が少し忙しくなったため、こちらの連載の更新頻度を下げ、週一回木曜更新とさせていただきます。
楽しみにしていただいている方には申し訳ありません。
もう少し続きますので、ゆっくりお付き合いいただけると幸いです。




