206 魔法青年は思いつく
よろしくお願いいたします。
数日後、復活したカーヤを連れて、コーディは魔塔に向かった。
さすがに、筋肉痛でろくに動けないところまで追い込ませてしまったのはコーディの失敗だ。
仮にも師であろうとするならば、無理をさせてはいけない。
そう考えながら東屋に来ると、ちょうどギユメットが東屋から出てきた。
「おはようございます、ギユメットさん」
「ああ、タルコット。それにカーヤ夫人も、おはよう」
「おはようございます」
朝からギユメットに会うのは珍しい。
「お出かけですか?」
立ち止まったギユメットがうなずいた。
「ああ、役所にちょっとな。そういえば、カーヤ夫人」
「はい」
話しかけられたカーヤは、軽く首をかしげた。
「タルコットが訓練を指南していると聞いた。無理はしていないか?」
ギユメットとしては、本人への確認が必要だと考えたらしい。
コーディも、それは大切なことだと思う。
「はい。今回は少し頑張り過ぎてしまいましたが、そうすると逆に動けなくなることもわかりましたので」
おっとりと微笑むカーヤは顔色も良く、まだまだほっそりとしているが健康的になってきている。
その様子も見てとったのだろう、ギユメットは軽く頭を上下に振った。
「頑張るのは良いが、過度はよくないからな。武術も習っていると聞いたが、護身術を?」
「護身術……?になるのでしょうか。今は、基本的な動きを教わっております。そのうち、魔法を乗せた攻撃なども習う予定です」
カーヤは、にこにこと屈託のない表情でそう言った。
それを聞いたギユメットは、コーディをじとりと見た。
「お前というやつは、カーヤ夫人に何をさせているんだ。どこを目指している?」
ブリタニーにも言われたが、目標を見失わないようにしたい。
カーヤに運動してもらうのは、健康のためと、魔法を安定して使えるようになるためだ。
コーディがそのあたりを答える前に、カーヤが口を開いた。
「させられているというよりは、わたくしがお願いしております。体を動かすのはとても楽しいですし、爽快感もありますよ。わたくしは医療を重点的に学びたいと考えておりますが、それとは別に、魔獣退治にも行ってみたいのです」
両手をきゅっと握ったカーヤは、黄色い目をキラキラと輝かせた。
コーディはそれを聞いて笑顔でうなずいたが、ギユメットは何かを言いかけて飲み込んだ。
そして代わりにこう言った。
「さすがお前の嫁だな、タルコット。立派な魔法戦闘バカになりそうな予感しかないぞ」
取り繕ってこれである。
「僕としては、武術はプラーテンスの貴族程度のレベルでいいと考えていますから、そこまで武術に傾倒することはないと思いますが」
「基準がおかしい。最近外交を再開したプラーテンス王国が、他国から何と言われているか知っているか?『人外国家』だぞ。もはや同じ人類と思えないんだそうだ」
腕を組んだギユメットが言うことも、わからないではない。
他国視点なら、プラーテンスの貴族たちは信じられないほど強大な魔法を使いこなしている。
しかし内部から見れば、戦力はあくまで統治力の一つであり、嗜みの一つにすぎない。
そのうちこの大陸にプラーテンス式の魔法も広がるだろうから、そんな風に言われるのは今のうちだけだろう。
「なんにせよ、カーヤの希望を叶える方向で進めるつもりですから」
コーディがそう言うと、ギユメットはカーヤを見てからもう一度こちらを見て、絞り出すようにため息をついた。
「……わかった。とにかく、無理だけはさせないように。カーヤ夫人も、困ったら私でもディケンズ先生の奥方でも誰でもいいから、必ず相談してほしい」
心配そうな視線を向けられたカーヤは、軽く首をかしげてからうなずいた。
「はい。ご配慮痛み入ります」
その気づかいに関してはひたすらありがたい。
「あ、そうだ。ギユメットさんに伺いたいことがあったのですが」
「なんだ?」
ギユメットは、悩むような表情からパッと切り替えた。
「カーヤはともかく、僕は礼儀作法やマナーが心もとないんです。カーヤも、細かい違いを知りたいだろうと思うので、ロスシルディアナ帝国の貴族としてのマナーをまとめた本などがあれば教えてください」
コーディがそう言うと、ギユメットは斜め上を見ながら考えた。
「そういうことか。確かに、細かいルールを記載した本はあるが……。待て、タルコットが心もとないというのはどの程度なんだ?国内の貴族の晩餐会もあやういか?それとも、国代表として他国の代表とテーブルを囲むならこなせるか?」
確認されたので、コーディは笑顔で答えた。
「僕は、内輪の晩餐会なら多分問題ないという程度ですね」
コーディがそう言うと、カーヤは首をかしげた。
「そうでしょうか?基本的なマナーは特に問題ないと思われますが」
「パーティなんてほとんど出ていませんし、複雑なコース料理なんて食べてないですから」
困ったように頬を掻くコーディに、ギユメットはなるほどとうなずいた。
「パーティでの立ち位置や話しかける順番なんかは、ローカルルールだからな。服装もちょっとしたマナーがあるとはいえ他国の貴族なら……。うむ、わかった。今日の午後からなら時間があるから、私が教えてやろう」
「え?いいんですか?」
参加に際するルールを主役に教わるというのはなんとなく違う気はするものの、ギユメットなら間違いはなさそうである。
「かまわん。ある程度きちんと礼儀を持っていれば国の違いによる差異は許されるはずだが、先に知っておくことも重要だからな。特に今回は皇女殿下が来賓で来られるから、体裁を整えておいた方がいい」
うんうん、とえらそうに腕を組むギユメットの言葉に、コーディは思わず目を瞬いた。
「皇女殿下って……帝国の?」
割とめんどくさいことになる気がしないでもない。
「今帝国におられる方なら、第二皇女殿下ですね。確か、魔法にも造詣の深い方と伺っています」
にっこりと笑顔でカーヤが教えてくれた。
「そうだ。カーヤ夫人の方は問題なさそうだな」
ギユメットは満足そうに言った。
「カーヤなら安心です。問題は僕ですか……。ギユメットさん、できるだけ頑張りますので、午後にお願いします。そういえば、研究室もそろそろですよね?」
発表論文が規定数を超え、師であるレルカンからの推薦もあって、ギユメットは研究室を持てるようになると聞いた。
はたして、ギユメットはにやりと口角を上げた。
「ああ。正式な発表は来週だが、研究室の場所はもうある。空き部屋が増えたからな。選び放題だったぞ」
魔塔の開祖至上主義を掲げて事件を起こしたコーエンたちが去ったので、確かに部屋はいくつも空いているだろう。
このところの経験が濃厚すぎて、とても昔のことのように感じる。
「おめでとうございます。正式に研究室を開室されたら、お祝いをお持ちしますね」
「ああ、ありがとう」
ギユメットは鷹揚にうなずいた。
読了ありがとうございました。
続きます。




