204 魔法青年は治療する
よろしくお願いいたします。
いつものように朝から走って訓練し、家の庭に戻ってきた。
「今日からは、少しだけ武術の基礎を教えます。激しい動きはないので、気負う必要はありませんよ」
「はい!」
コーディが言うと、カーヤはふんすと両手を握った。
教えるのは、太極拳に似た動きである。
神仙武術の型をなぞるのだが、ゆるやかに動くので、ストレッチの延長のようなものだ。
これなら、カーヤにもできる。
教える型は、受け身や防御。
今後カーヤが希望するなら攻撃手段を教えてもいいが、まずは体づくりの一環としての動きだ。
「肩幅より少し広いくらいに、足を開いて腰を落としてください」
「はい」
「腕は自然に折って体の横に。そう。背筋は曲げずに右足を一歩引いて、体を斜めに開く状態。いいですね、それが基本の姿勢です。ここから、左足をこのように後ろに引きます」
すい、とやって見せると、カーヤも同じように動く。
「このときに、なるべく顔は前を向いたままで、上半身がぶれないようにしてください。ゆっくりでいいですよ」
「はい」
「完璧です。では戻って、もう一度」
体で覚えるためには、結局は繰り返しが大切になる。
その繰り返しによって、身につく。
彼女は少しずつ体ができ上がってきたところだから、無理はせずに慣らしていくのがいい。
ぽた、と汗を垂らしたカーヤは、黄色の瞳を楽しげに輝かせていた。
いくつかの型をなぞってひと汗かいたので、シャワーを浴びてから朝食だ。
今朝の食事は、コーディがスープとパンを用意した。
「どうですか、カーヤ。武術を少しだけお伝えしましたが、続けられそうですか?」
もしあまり好きではないようなら、基礎訓練だけでも何も問題ない。
場合によると剣や弓を教えても良いかもしれないが、武器を使うならもう少し体を整えてからだ。
ダイニングで向き合うカーヤに聞くと、彼女はふわりとほほ笑んだ。
「とても楽しいです!わたくしはこれまで、運動というものをしたことがありませんでした。ですが、自分の思い通りに体を動かすというのは、爽快感があります」
コーディはうなずいた。
「筋肉痛などは問題ありませんか?」
「ええ、少しありますが耐えられる程度です」
激しい動きはしていないが、やはり筋肉痛が出る程度には負荷がかかっているようだ。
「痛みは体が出しているサインです。無理はせず、明日は少し体を整える程度にしましょう。そうして訓練を続ければ、できることがどんどん増えていきますよ」
「はい、楽しみです」
カーヤは、運動に忌避感を持たないようだ。
それならどんどん教えていける。
とはいえ、無理は禁物だ。
頑張りすぎるきらいがあるので、そこはコーディが気にかけておくべきだろう。
優秀な弟子を前にして、コーディは目を細めた。
夜には、ペルフェクトスにさせられた鷲の胃に残っていた兎の欠片を確認することにした。
兎を確認したら、六魔駕獣に関わったものたちの生まれ変わりを一度は見たことになる。
ベッドであぐらをかいて瞑想すれば、すぐに異世界への道筋が見えてきた。
魂の一部だけを細く伸ばすようにしてそちらに向かったコーディは、いくつかの異世界を越えた。
兎の大元の魂も、すでに何度か生まれ変わった後らしい。
たどり着いたのは、複数の種族が混在する異世界だ。
魔力が存在していて、技術として魔法を使っているらしい。
そんな世界で、元兎は魔人として生きていた。
魔人とは、特に魔法を得意とする人種のようである。
魔力がけた外れに多く、扱いが巧みで、その魔力ゆえに長命。
元兎の魔人は成人したばかりといった年齢で、集落の端で一人暮らしをしているようだった。
コーディが魂の状態でふらふらと動いて見聞きした結果、どうやら腫れ物に触るような扱いを受けているらしかった。
元兎は、魔力を持たなかったのだ。
魂の一部がペルフェクトスに取り込まれて欠けたことが原因なら、もうすでに戻っていてもよさそうである。
異世界の少女に生まれ変わっていた人のように、結界に阻まれているわけでもない。
しかし、コーディの目には魂の欠片が、元兎の周りをうろうろとしているのが見えた。
(……なるほど、欠けゆえに魔力を蓄えられず、無意識に欠けた部分を治した結果、戻ってきた魂が融合できずにいる)
元兎の少年は、疲れ切って眠っていた。
あまり金にならない労働を一日中しているようなので、疲れて当然だろう。
少し逡巡してから、コーディは少年に近づいた。
(元々が本人なのだから、融合に問題はない)
うろうろと動き回る魂の欠片を、コーディはそっと捕まえた。
(融合の直前に、欠けたところを開く必要がある。痛みを伴うかもしれんから、寝ているなら好都合じゃろう)
この世界では、魔力と人体の繋がりが強い。
実体は伴わないが、一つ息を吐くようにして力を抜いたコーディは、一瞬で融合措置を行った。
「……ぇ?いま、なにが」
さすがに衝撃があったのだろう。
元兎の少年が、粗末なベッドから身を起こした。
「むぅ、あかり、あかり……」
ランプを探した少年の手が空を切り、ふわりと魔法の光が灯された。
「ん?」
ぼんやりと寝ぼけ眼で部屋を見回した少年は、自分が灯した光を二度見した。
「え?なんで?これ、魔法?」
コーディから見ても、それは普通に魔法の灯だった。
ごくシンプルなものに見えたが、魔力がなければ当然使えなかったものだろう。
「いま、どうして?」
きょろきょろと部屋を見回す少年は、やがてコーディのいるところで視線を止めた。
「だ、誰……?妖精さん?」
(おや、見えておるのか)
どうやら、はっきりとではないものの、少年は魂の状態のコーディを認識しているらしい。
魔法の素養故か、コーディと関わったからか。
いずれにしても、これ以上長居するのはよろしくない。
すぐにでも立ち去ろうとしたのだが、気になることがあって躊躇した。
そして、少年の近くへと寄った。
「ぇっ?!」
驚きに固まる少年の耳元で、声にはならないがおせっかいにも言葉を伝えた。
(ここで暮らしにくいなら、人の多い町へ行くと良い。領都や王都がいいだろう)
「人の多いところ……?」
どうやら、無事に伝わったらしい。
こてんと首をかしげた少年は、半分眠ったまま軽くうなずき、のそのそとベッドに戻った。
「ありがとう、妖精さん」
(妖精、ではないんじゃが。まあ似たようなものか)
少年の近くに寄ったコーディは、触れられないと分かっていてそっとその頭のあたりで手を動かした。
願わくは、少年のこの先の人生に幸多からんことを。
読了ありがとうございました。
続きます。




