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灰都の剣士と機械人形  作者: NOEU
5. 遺跡
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5-3. ギルドの中庭で

継暦六百二十七年 十一月一日


朝食を終えたあと、ロアンは二〇三号室へ戻った。


今日はギルドで装備を確認する。胸当てを身につけ、壁際の棒剣を腰へ差すと、机の向かいにいたリゼが顔を上げた。


「私も行きます」


「来なくていい」


「機械人形への対策も確認しますか」


「ああ」


「では、行きます」


ロアンは胸当ての留め具から手を離した。


「お前は連れていかない」


「分かっています」


リゼは木板を一番下の棚へ戻し、肩掛けを羽織った。


「店はどうする」


「今日は休みです」


「孤児院は」


「行く予定はありません」


「部屋にいろ」


「好きなことをしてよいですか」


「好きにしろ」


「では、ギルドへ行きます」


ロアンは返しかけた言葉を止めた。


中庭まで来るだけなら、危険はない。ギルドへ出入りすることを禁じる理由もなかった。それでも、置いていくリゼの前で、武器や荷を並べることには気が進まなかった。


「邪魔はするな」


「はい」


二人で部屋を出た。


食堂を通ると、マルタが厨房から顔を出した。


「二人で行くのかい」


「好きなことをしろと言った。でもついてくる」


「今日はロアンについていきます」


リゼが答えると、マルタは二人を見比べた。


「そうかい。行っておいで」


宿舎を出て、水路沿いを歩く。石畳の継ぎ目には、前夜に降った薄い灰が残っていた。リゼはいつもどおり隣にいて、ロアンが荷車を避ければ、同じように歩く位置を変えた。


ギルドの中庭には、すでに六人が集まっていた。


石床には持ち出す荷が並べられている。ヘイルは調査器具を袋へ分け、セナは治療具を確かめていた。壁際ではミラが矢を見ている。


エダがリゼに気づき、ロアンへ視線を向けた。


「リゼも同行するのでしょうか」


「見学です。遠征には同行しません」


リゼが答えた。


「中庭にいるだけだ」


ロアンが付け加えると、エダは頷き、手元の荷の一覧へ目を戻した。


中庭の中央では、ガレスが大盾を左腕へ固定していた。


肩へ回す革帯に、木の栓がついている。栓を抜けば帯が外れ、盾から腕を抜けるようにしたらしい。


「試すぞ」


ロアンは盾の上端を掴み、手前へ引いた。


ガレスの身体が一歩動く。右手が栓へ伸びたが、うまく抜けなかった。指を掛け直して帯を外し、ようやく左腕を引き抜く。


盾を残して下がったガレスへ、ロアンは言った。


「遅い」


「作り変えたばかりだ」


「もう一度だ」


ガレスは盾を拾い、固定し直した。


何度か繰り返すうちに、栓へ伸ばす手が迷わなくなった。ロアンが引くと、ガレスはすぐに帯を外し、盾を手放して横へ退く。


「これならいい」


ガレスは左腕を動かし、外れた革帯を見た。


「実際に捨てることにならなければいいがな」


「腕を持っていかれるよりましだ」


「そうだな」


ロアンは残りの荷を見て回った。


ヘイルが用意した器具のうち、重いものは倉庫へ戻した。記録紙と筆記具は別にし、荷袋を捨てても手元へ残せるようにする。セナの治療具も一つの箱へまとめず、止血に使うものを各自へ分けた。


水と食料を持ち分に加えると、ヘイルの荷はまた重くなった。本人が肩へ掛けて確かめ、しばらく考えたあと、もう一つ器具を外した。


ティナはその横で、短槍を持ち直している。


「槍を掴まれたら、昨日言われたとおり放すんだよね」


「ああ。引き合うな」


「そのあとは、ガレスの後ろへ?」


「近ければな。取り返すために戻るなよ」


「分かった」


ミラも弓を持って近づいた。


「矢が通らなければ、狙えるのは関節くらいか」


「俺たちが近づく間、相手の動きを見てくれ。横へ回るものがいれば知らせろ」


「それは見る」


ロアンが頷くと、リゼが口を開いた。


「私に近い構造であれば、関節への攻撃は有効です。ただし、同じ人の形でも、構造が異なる可能性があります」


ガレスが盾を持ったままリゼへ向く。


「膝を壊せば止まるか」


「歩きにくくなります。残った脚は動きます。膝が少し損傷したくらいだと歩けると思います」


リゼの視線が自分の右脚へ落ちた。


「私も、右脚を失ったあとでもただの棒の支えを付けることである程度歩けました」


ガレスは何も言わず、盾の栓を戻した。それから、上端をリゼへ向ける。


「お前なら、これを取れるか」


「可能だと思います」


「引いてみてくれ」


「駄目だ」


ロアンが二人の間へ入った。


ガレスは盾を下ろさなかった。


「人間より強いことは知ってる。どれほど違うかを確かめたい」


「リゼと敵が同じとは限らん」


「同じでなくても、引き合えばどうなるかは分かる」


ティナも槍を下ろして近づいた。


「私も見ておきたい。知らないまま会うのは嫌だよ」


ロアンはリゼの右脚を見た。


町を歩くために作った脚だった。盾を奪うために踏ん張らせるものではない。


「左脚へ体重を移します」


リゼが言った。


「急に力を掛けません。無理に奪おうともしません」


ロアンは二人を見比べたあと、ガレスへ言った。


「耐えられるか試すんじゃない。外せるかを試せ」


「分かってる」


ガレスは盾を構え、右手を栓の近くへ置いた。


リゼは左足を少し後ろへ引き、両手で盾の上端を持った。右の靴底は、石床へ軽く触れている。


「引きます」


革帯が張った。


ガレスの肩へ力が入り、盾が止まる。リゼはそのまま、ゆっくり両腕を曲げた。


ガレスの靴が石床を擦った。


押し戻そうとしても、盾は戻らない。左足が前へ出たところで、ガレスの右手が栓を抜いた。


肩帯が落ちる。


ガレスが腕を引き抜くと、リゼはその場で動きを止めた。盾だけが、両手に残っている。


中庭は静かだった。


ガレスは空いた左手を握り、一度開いた。


「まだ力を上げられたのか」


「はい」


リゼが盾を返す。


ガレスは受け取り、革帯を見た。


「外せるようにしておいて正解だったな」


「ああ」


ロアンはリゼへ向き直った。


「脚は」


「異常はありません」


右足首の金属筒は元の長さへ戻っていた。革帯にも、外から分かる変化はない。


ガレスが盾を床へ置くと、ティナが言った。


「力は分かったけど、武器を持ったらどう動くの?」


「お前が相手をする必要はない」


「ロアンなら?」


ロアンはティナを見た。


「打ち合えってことか?」


「少しだけ。受けるんじゃなくて流せって、さっき言ったでしょ」


リゼは黙って待っていた。


ロアンは右脚をもう一度見てから、中庭の空いている場所へ目を向けた。


「短く済ませる。力は抑えろ」


「はい」


倉庫係が、訓練用の長杖を運んできた。両端に鉄の石突きがついている。


リゼは受け取ると、両手の間隔を変えて重さを確かめた。


「以前使っていたものに近いです」


ロアンは棒剣を抜き、向かいへ立った。


リゼは左脚へ重さを移した。右脚で踏み込まず、長杖の先を床へつけて身体を支える。


「始めます」


最初の打撃は、肩へ向かってきた。


ロアンは棒剣を斜めに当て、杖を横へ流した。リゼは流された動きを止めず、反対側の石突きを脇へ向ける。ロアンは半歩退いて、それも外へ逸らした。


硬い音が続いた。


正面から受けてはいない。それでも、杖が触れるたび、重さが腕から肩へ伝わってくる。


「少し上げます」


次の一撃で、ロアンの足が後ろへ滑った。


棒剣を握る手に痺れが残る。


「止めろ」


続いてきた突きが、胸当ての手前で止まった。


リゼは杖を引いた。ロアンは棒剣を下ろし、右手を一度開いた。


「正面から受けていたら?」


ティナが尋ねた。


「次を受けられなくなる」


ロアンは指を握り直した。


「一人で止めるな。ガレスが受けている間に横から動け」


ティナは頷いたあと、短槍の穂先へ布を巻き始めた。


「何をしてる」


「当てられるかだけ、確かめたい」


「まだやるのか」


「力比べはしない。右脚も狙わない」


リゼが杖を持ち直した。


「防御だけを行います」


ロアンは二人の間へ立った。


「三度だけだ。顔と右脚は狙うな。リゼも、相手や槍を掴むな」


二人が頷くのを確かめてから、ロアンは横へ退いた。


ティナが踏み込んだ。


胸への突きは、リゼの杖に横へ逸らされた。ティナは槍を引き戻し、脇へ狙いを変えたが、それも身体へ届く前に防がれた。


最後は低く、左膝を狙った。


リゼの杖が穂先を押さえる。布を巻いた先端が石床へ触れたところで、ロアンが止めた。


ティナは槍を下ろした。


「全部、見えてた?」


「はい」


「次にどこを狙うかも?」


「槍の向きと、身体の動きから予測しました」


ティナは穂先の布を見た。床へ触れた部分だけが、灰で汚れていた。


「ほかの機械人形も同じだと思うなよ」


ロアンが言った。


リゼも頷く。


「私より強い個体も、異なる動きをする個体もいると思います」


「もう十分だ」


ロアンが杖へ手を伸ばしたとき、セナがリゼの足元を見た。


「いま、右の足首の戻りが遅れた」


ロアンはすぐにしゃがんだ。


金属筒は元の位置へ戻っている。リゼは杖を立てたまま、自分の右脚を見下ろした。


「異常はありません」


「遅れたのか」


「姿勢を変える際に、右足先への信号を一度止めました。警告は出ていません」


「ネラは戦闘に使うなと言った」


「戦闘ではありません」


「同じ動きをしてるだろ」


リゼは答えなかった。


ロアンは立ち上がり、杖を受け取って倉庫係へ返した。


「終わりだ」


今度は誰も続きを求めなかった。


ガレスは盾を腕へ固定し直した。栓を抜いて手放し、拾い上げて、もう一度背負う。ティナは槍の布を外し、ミラは弓を収めた。


七人が荷を背負い、中庭を一周した。重さの偏った袋を直し、歩くと邪魔になるものを外す。それが済むと、支給された荷は倉庫へ預けた。


「明朝、東門へ運びます。個人装備だけ持ち帰ってください」


エダの言葉に、それぞれが自分の武器を取った。


ティナは出口で振り返る。


「明日、遅れないでよ」


「お前がな」


「私、遅れたことないよ」


「この前、宿駅で寝てた」


ミラが横から言った。


「あれは出発が早すぎたの」


二人の声が建物の中へ遠ざかっていく。ガレスも大盾を背負い、ヘイルたちとともに中庭を出た。


ロアンは棒剣を腰へ戻した。


リゼは隣で肩掛けの前を整えている。杖を持っていた両手は、もう空いていた。


倉庫係が最後の荷を持ち上げる。


明日持っていくものが、床の上からなくなった。

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