5-2. 決めること
継暦六百二十七年 十月三十一日
翌朝、ロアンは一人でギルドへ向かう必要があった。
リゼはメリダの店へ行っている。
食堂を出る前、ロアンは一番下の棚に置かれた布袋を見た。昨日渡した二十クレドは、赤い花の刺繍がある巾着とは別に収められていた。
何もなければ二十日。帰還が遅れれば一月を超える。
それでも、朝になればリゼはいつもどおり店へ向かい、ロアンも契約のためギルドへ行く。
廊下へ出る。
二〇三号室の扉を閉めたあと、鍵が掛かったことを二度確かめた。
階段を下りる。
食堂では、マルタが平焼きパンを布の上へ並べていた。
「これから契約かい」
「ああ」
「帰りに寄りな。持っていくものを分けておくから」
「必要なものはギルドから出る」
「知ってるよ」
ロアンはそれ以上言わなかった。
マルタも返事を待たず、焼き色の薄いものを端へ分けている。
宿舎を出た。
朝の通りには、前夜に降った薄い灰が残っていた。石畳の継ぎ目や水路の縁へ白い筋を作り、人の靴や荷車の車輪がその上を崩している。
ギルドへ着くと、広間はすでに人で埋まっていた。
受付前には依頼を待つ護衛が並び、壁際では倉庫係が縄と革袋を数えている。外套や革具についた灰が床へ落ち、靴音と話し声に混じって箒の音が続いていた。
ロアンが受付へ近づくと、昨日と同じ書記が顔を上げた。
「会議室へお願いします。ほかの方々も到着しています」
ロアンは奥の階段へ向かった。
二階へ上がり、突き当たりの扉を開ける。
昨日は空いていた長卓の周りに、六人が座っていた。
最初にこちらを見たのはティナだった。
椅子の背へ短槍を立て掛け、両手を卓の上へ置いている。旅装ではなかったが、革の胸当てと腕当ては身につけていた。
「おはよう」
「ああ」
その隣にはミラがいる。
弓は布へ包まれ、壁際へ横たえられていた。腰には矢筒ではなく、短い革筒だけを下げている。会議のあと、倉庫で装備を受け取るのだろう。
ミラは軽く顎を引いた。
「久しぶり」
「そうだな」
ガレスは卓の向かい側に座っていた。
椅子へ腰を下ろしていても、肩の高さがほかの者より一段高い。大盾は会議室へ持ち込めず、廊下の壁へ立て掛けてあった。足元には片手鎚が置かれている。
片側は平らな打面。
反対側は、短い嘴のように尖っていた。
「隊長殿のお出ましか」
ガレスが言った。
「まだ契約してない」
「断るつもりか」
「そのつもりなら来てない」
「なら同じだ」
ガレスは口元だけで笑った。
残る三人とは、初めて顔を合わせる。
卓の端に座る男は、四十を少し過ぎたほどに見えた。
細身で、指先に黒い粉が入り込んでいる。上衣の胸元には、小さな革袋や筆記具がいくつも吊られていた。
机の前には、折り畳まれた紙と、薄い金属板を重ねた測定具が置かれている。
「ヘイルです」
男が先に名乗った。
「四十二番遺跡の外側だけですが、以前に二度調べています」
「中へは」
「入っていません。入口が開かなかった頃の話です」
ロアンは頷いた。
ヘイルの向かいにいる男は、年齢が分かりにくかった。
日に焼けた顔には細い傷がいくつもあり、髪も髭も短く切ってある。上衣の袖口や靴には、乾いた土が染みついていた。
腰には短剣。
椅子の背には、巻いた縄と細い木札をまとめた束が掛けられている。
「オルンだ」
名乗りは短かった。
「北東の丘陵一帯は長年見てきた」
「どれくらいだ」
「十五年くらいだな。四十二番の近くも知ってる。最後に行ったのは二年前だ」
「道は変わってるか」
「林へ入ってからは分からん。灰で崩れた斜面があれば、旧道は使えない」
「水場は」
「二つ。ひとつは季節で涸れる。もうひとつは遺跡より南だ」
オルンはそれだけ答え、卓へ置かれた地図へ視線を戻した。
最後の一人は女だった。
三十代半ばほど。
髪を後ろでまとめ、濃い色の上衣の上から、いくつもの小袋をつけた革帯を巻いている。足元には細身の剣と、長方形の木箱が置かれていた。
木箱の蓋には、赤い線が一本引かれている。
「セナです」
声は落ち着いていた。
「治療と補給を担当します。戦闘は最低限しかできません」
「最低限って、どれくらい?」
ティナが尋ねた。
「追われたときに、自分で逃げる程度です」
「それなら十分だよ」
「負傷していなければ、ですが」
ティナの口元から笑いが消えた。
セナは木箱へ片手を置く。
「今回の報告には、深い切創と貫通傷があります。止血材と固定具を持っていきます。その分、食料の一部をほかの方に分担してもらいます」
「盾の後ろに括りつけられる。俺に回せ」
ガレスが言った。
「重量を確認してからお願いします」
「まだ持てる」
「持てるかではなく、移動速度が落ちないかを確認します」
ガレスは何も言わず、鎚の柄を足で少し寄せた。
ロアンは空いている椅子へ座った。
七人。
会議室には、昨日より人の気配が多かった。
ティナが指で数えるように順番に顔を見る。
「ロアン、ガレス、ミラ。ヘイル、オルン、セナ、私」
「七人だな」
ガレスが言う。
「見れば分かるでしょ」
「最初に声に出したのはお前だ」
ミラは二人を見ず、卓へ置かれた地図を開いた。
「七人で足りるの?」
部屋が少し静かになった。
ティナがミラを見る。
問いは軽い調子ではなかった。
「何に対して足りるかによる」
ロアンが答えた。
「戦うなら足りん。調べて戻るなら、この人数で行く」
「戻れなくなったら?」
「戻れなくなる前に戻る」
ミラは地図へ目を落とした。
「それができればね」
扉が開いた。
エダが書類を抱えて入り、そのあとからバルガスが続く。
全員が椅子を引こうとしたが、バルガスが片手を上げた。
「そのままでいい」
エダは卓の上へ、人数分の契約書を配った。
昨日の仮書類より厚い。
依頼の目的。
行程。
報酬。
負傷時の補償。
死亡時の補償。
装備損失。
指揮権。
依頼中止の条件。
ロアンの前に置かれたものだけ、隊長の項目が加えられていた。
「先に任務を確認する」
バルガスは立ったまま、卓の地図を開いた。
エルデン。
北東へ続く街道。
分岐宿駅。
そこから北へ延びる旧道。
四十二番遺跡。
「この七人へ依頼するのは、四十二番遺跡周辺の調査と、行方不明者の確認だ」
指が遺跡の印へ置かれる。
「九月十三日に十二人が出発した。帰還予定は十月十四日。現在まで戻っていない」
誰も口を挟まなかった。
「同じ方面では、ほかにも失踪者と負傷者が出ている。原因は確認できていない」
バルガスは、昨日ロアンへ説明した内容を必要な範囲で繰り返した。
商隊。
旅人。
採取者。
人影。
金属の脚を持つ獣。
刃、打撃、貫通傷。
話し終えると、地図から手を離した。
「任務の目的は七つある」
エダが新しい紙を全員へ配った。
箇条書きになっている。
「行方不明者の生死確認」
バルガスが一つ目を読む。
「生存者がいれば救助」
二つ目。
「脅威の種別」
三つ目。
「確認できた個体数と武器」
四つ目。
「活動範囲」
五つ目。
「遺跡外へ出ているか」
六つ目。
「街道封鎖を継続すべきか」
最後。
「討伐隊、またはより大きな調査隊が必要か」
バルガスは七人を見る。
「遺跡を制圧しろとは言っていない」
ガレスが腕を組む。
「勝てる相手なら?」
「生存者を救うため、あるいは離脱するために必要なら戦え」
「倒せるなら倒してもいいのか」
「それを目的にするな」
返答は早かった。
「回収品のためにも戦うな。遺跡の奥を調べ切る必要もない。持ち帰る情報が増えても、帰らなければ意味はない」
ヘイルが手を上げた。
「探索記録は、どこまで回収しますか」
「可能な範囲でだ」
「遺跡の構造を判断するには、先行隊の記録が必要になる可能性があります」
「必要でも、可能な範囲でということは忘れるな。可能な範囲というのは、戻れる範囲でということだ」
ヘイルは少し口を閉じた。
「分かりました」
オルンが地図の分岐を指した。
「北側の道は、もう止めてあるんだな」
「昨日から通行を禁止している」
「村から遺跡へ向かった人間がいる可能性は」
「使いを出したあとは確認されていない」
「それ以前は」
「分からん」
「林へ入った痕跡があれば見る」
「頼む」
セナが紙をめくった。
「生存者が多数いた場合、七人だけでは搬送できません」
「歩ける者は歩かせる。動けない者が多ければ、位置を確認して戻れ」
「置いてくる判断も必要ですか」
「全員をその場で運べないならな」
ティナの顔がわずかに曇る。
バルガスは言葉を変えなかった。
「七人とも残れば、その後に助けを送る者がいなくなる」
セナは頷いた。
「分かりました」
バルガスは一度、全員の顔を見る。
「次に、機械人形だった場合だ」
部屋の空気が少し変わった。
廊下の向こうを誰かが歩き、床板が軋む。
「機械生命と機械人形は、同じものではない」
バルガスが言う。
「加えて、同じ機械人形でも個体によって性能が違う。ギルドで所有しているものを見ても分かるはずだ」
門に立つ個体。
倉庫で荷を運ぶ個体。
担架を持つ個体。
人間と大きさの変わらないものもいれば、肩幅の広いものもいる。
「外見だけで、用途や戦闘能力を正確に判断する方法は……かつてはあったのかもしれんが、我々はそれを知らない」
バルガスは続けた。
「武器を持っていないから安全とは限らない。人間の言葉を話すといっても、交渉できるとは限らない」
ダーレスが似たようなことを言っていた。
声を掛けてきても、話が通じるとは限らない。
「機械人形だった場合、倒そうとするな」
バルガスは全員へ聞こえるように言った。
「一体を確認した時点で、その場合、任務の半分は終わりだ」
ガレスが眉を上げる。
「半分か」
「確認した時点で、原因のおおよそは見当がつく。残るのは、数と活動範囲だが」
「一体なのかどうか、その時点では不明だ」
「それを確かめるために二体目を探そうとするな」
ガレスは口を閉じた。
「戦闘になった場合は、勝つことより離脱を優先しろ。機械人形一体を停止させるために全員が負傷すれば、帰路もままならない」
「止めずに逃げられない場合は?」
ティナが尋ねた。
「足を壊せ。腕を潰せ。何か押し潰せそうなものがあれば活用しろ。完全に破壊する必要はない」
ロアンはバルガスを見る。
機械生命と戦ったときも同じだ。
相手を殺す必要はない。
追ってこられなければいい。
「停止したように見えても近づくな」
バルガスが言う。
「荷や人間の声を使って誘う可能性も考えろ」
ミラが顔を上げた。
「人間の声?」
「聞いた声を再現するものがいても不思議ではない」
「確認されてるの?」
「そういう個体がいたという記録がギルドにはある」
「可能性の話か」
「そうだ。まあ、ただの野盗の可能性もある。何も起きていない可能性もな。そうであればいいんだが」
ミラはそれ以上尋ねず、紙の端へ何かを書き込んだ。
エダが契約書の一箇所を示した。
「指揮権について説明します」
全員の視線がロアンへ集まる。
「現地では、ロアン・ハルヴァを隊長とします。進行、停止、撤退、野営位置、調査続行について、最終判断は隊長に従ってください」
ガレスがロアンを見る。
「異論はない」
ティナも頷く。
ミラは何も言わなかったが、反対する様子はない。
ヘイルが尋ねる。
「専門判断と隊長判断が異なる場合は」
「意見は出していい」
ロアンが答えた。
「崩落するなら止めろ。道がないなら言え。治療できないなら言え」
ヘイルは頷く。
「そのうえで、最後は従ってもらう」
「分かりました」
オルンも、
「道については俺が決めるんじゃないのか」
と尋ねた。
「通れるかはお前が決めろ」
ロアンは言った。
「通るかは俺が決める」
オルンは少しだけ口元を上げた。
「それでいい」
セナも紙へ目を落としたまま尋ねる。
「負傷者を動かすべきでない場合は、私が止めます」
「ああ」
「それでも撤退が必要な場合は」
「運ぶ方法を決める」
「運べなければ」
ロアンは一度、言葉を止めた。
「その場で決める」
セナは顔を上げた。
曖昧な答えではあった。
しかし、いま決められることでもなかった。
「分かりました」
バルガスが席へ座る。
「隊長から、いま確認しておくことがあれば言え」
ロアンは卓の上の七人分の紙を見る。
任務。
補償。
名前。
役割。
全員がこちらを見ていた。
隊長として話すために立つ必要はなかった。
「最初に言っておく」
ロアンは言った。
「勝てない相手とは戦わない」
ガレスの腕が、組まれたまま止まる。
「撤退を命じたら退け。理由を聞くのはあとだ」
誰も口を挟まなかった。
「敵を追わない。倒れた相手へ近づかない。回収品のために戻らない」
ヘイルが手元の袋を見た。
調査器具。
記録。
持ち帰るためのもの。
「武器を掴まれたら、取り返そうとするな」
ティナの視線が、壁際の短槍へ移る。
「機械生命も、機械人形も、引き合いで勝てる相手じゃない。手放せ」
「槍を取られたら?」
「その腰の剣を使え」
「それも取られたら?」
「逃げろ」
ティナはしばらくロアンを見たあと、頷いた。
「分かった」
ロアンはガレスを見る。
「盾ごと持っていかれそうなら固定を外せ」
ガレスの眉が寄る。
「盾を捨てろって?」
「腕ごと持っていかれるよりましだ」
「外すのに時間が掛かる」
「明日までに、すぐ外せるようにしろ」
ガレスは廊下に立て掛けられた盾の方向を見る。
革帯と腕金具で固定する形だった。
「分かった」
ミラへ視線を移す。
「矢は機械には通らないと思え」
「最初から思ってる」
「顔に当てても止まらん。狙うなら露出している関節を狙え。人型であろうとなかろうと、関節は保護できない」
「できるだけそうするよ」
ヘイルへ。
「調査器具はすぐ捨てられるようにしろ」
「高価なものもあります」
「戻れなくなるより安い」
ヘイルは反論しかけ、やめた。
「袋を分けます」
オルンへ。
「戻る道へ印を残せ」
「いつもやってる」
「機械が動かせないものにしろ」
「木札は取られるかもしれん」
「石と縄を使え」
「考える」
セナへ。
「荷物を詰めるな。最低限にしろ」
「必要なものです」
「必要でも、走れなくなれば使えない」
「重さは今日中に調整します」
ロアンは最後に全員を見る。
「俺たちは敵を倒す役じゃない」
バルガスが先ほど言った内容と同じだった。
それでも、ロアン自身の言葉で言う必要があった。
「生きて戻る役だ」
会議室の外で、荷を運ぶ者の掛け声が聞こえた。
誰もすぐには答えなかった。
ガレスが最初に腕を解く。
「全員でか」
「ああ」
「生存者がいた場合も」
「連れて帰る」
「連れて帰れない数だったら」
「助けを連れて戻る」
ガレスは椅子へ深く座り直した。
「分かった」
ティナが片手を上げる。
「ひとついい?」
「何だ」
「ロアンもその規則に入ってるんだよね」
部屋の中の何人かが、ロアンを見る。
「入ってる」
「ほんとに?」
「ああ」
「一人だけ残れとか言わない?」
「必要がなければな」
「必要があったら言うんだ」
「状況による」
ティナは顔をしかめた。
「それ、ずるくない?」
「何がだ」
「私たちは理由を聞かず撤退。ロアンは状況による」
ミラが隣から言う。
「隊長だからでしょ」
「隊長なら自分も人数に入れないと駄目でしょ」
「入ってるって言ったじゃない」
「言っただけかもしれないでしょ」
「始まる前から隊長を疑ってどうするの」
「疑ってるんじゃなくて確認してるの」
ガレスが二人の間へ低い声を挟んだ。
「うるさい」
ティナとミラが同時に黙る。
ガレスはロアンを見る。
「最後尾は俺だ」
「状況による」
「盾を持ってるのは俺だ」
ロアンがガレスに顔を向ける。
「負傷者がいれば、お前はそっちを守れ」
「なら、お前が最後に残るのか」
「状況に応じてだ」
ガレスは納得していない顔だった。
それでも、それ以上は言わなかった。
ロアンは、昨日リゼから尋ねられたことを思い出した。
自分も従うか。
従うと答えた。
帰るとも答えた。
それでも、すべての状況を前もって決めることはできなかった。
バルガスが卓を指で一度叩いた。
「ほかに確認がなければ、契約へ移る」
エダがインクと筆を用意する。
一人ずつ、依頼内容を読み、署名する。
ティナ。
ミラ。
ガレス。
ヘイル。
オルン。
セナ。
最後にロアン。
報酬の額は、通常の護衛より高い。
危険手当。
日数による加算。
情報確認。
生存者救助。
金額を見ても、判断は変わらなかった。
ロアンは死亡補償の欄へ目を移した。
受取人。
その下に、財産処理の指定。
昨日から空欄だった場所。
筆が止まる。
エダが気づいた。
「何か問題がありますか」
「あとで聞きたい」
「この場で説明できます」
ロアンはほかの六人を見る。
それぞれ契約書を確認している。
聞かれて困る内容ではない。
それでも、ここで話すことではなかった。
「契約のあとでいい」
エダは頷いた。
「分かりました。該当箇所は空欄のままでも、今日中であれば受け付けます」
ロアンはほかの欄へ署名した。
最後に隊長欄へ名を書く。
ロアン・ハルヴァ。
書き終えると、エダが七人分を回収した。
バルガスが立ち上がる。
「明日は装備確認だ。午前中に中庭へ集まってくれ」
ガレスが廊下の盾を見る。
「持ってこいってことだな」
「持っていく装備はすべてだ」
「食料も?」
セナが尋ねる。
「分担まで決める」
オルンが地図を巻き始めた。
「出発は明後日の朝か」
「十一月二日。東門が開く時刻に合わせる」
七人が椅子から立ち上がった。
ティナは壁際の短槍を取り、肩へ掛ける。
ロアンの横へ来たところで、少し声を落とした。
「リゼは来ないんだよね」
「ああ」
「納得した?」
「エルデンで待つと言った」
「それ、納得したの?」
ロアンはティナを見る。
ティナは冗談で聞いている顔ではなかった。
「長時間の移動に向かないことは、本人も分かってる」
「そっか」
ティナは短槍の布を直した。
「見送りには来る?」
「たぶんな」
「じゃあ、そのとき話す」
「何をだ」
「普通に行ってくるって言うだけ」
ティナは先に扉へ向かった。
ミラがあとを追う。
「余計なことリゼに言わないでよ」
「言わない」
「言う顔してる」
「どんな顔だ」
二人の声が廊下へ遠ざかる。
ガレスは片手で盾を持ち上げた。
革帯が金具へ当たり、重い音を立てる。
「明日、固定を見ろ」
ロアンが言う。
「ああ」
「外せないなら俺がどうにかする」
「うるさいな、外せるようにしてくる」
ガレスは盾を肩へ担ぎ、階段へ向かった。
ヘイル、オルン、セナもそれぞれ荷をまとめて部屋を出ていく。
最後にロアンとエダが残った。
バルガスは別の書類を持ち、先に退出していた。
エダが扉を閉める。
「補償の件ですね」
「ああ」
ロアンは自分の契約書を示した。
「リゼを受取人にできるか」
エダはすぐには答えなかった。
「死亡補償ですか」
「ああ」
「前にもお伝えしていますが、現在の制度では難しいです」
「所有物だからか」
「はい。機械人形は契約者本人の財産として扱われます。財産が所有者の死亡補償を直接受け取る形にはできません」
「別の人間へ預けて、リゼのために使わせることは」
「できます」
「誰でもいいのか」
「指定した人間が了承すれば」
ロアンは机の上へ残されたインクを見る。
「引渡先は」
「以前と同じです。指定できます」
「本人が選ぶ形にはできないか」
「本人というのは、リゼがですか」
「ああ」
エダは少し考えた。
「契約書だけでは難しいです」
「ほかの方法は」
「引渡先を一人に決めず、ギルドへ一時預託する形なら可能かもしれません」
「どうなる」
「ロアンが死亡した場合、ギルドが一時的にリゼの管理を引き受けます。その後、あらかじめ記録した希望を確認して、引渡先を決める」
「リゼの希望を聞くのか」
「正式には、所有者が残した指定を確認します」
「同じじゃないか」
「書き方を変えます」
エダは別の紙を取り出した。
「ロアンが、リゼ自身の希望を優先するようギルドへ求める。希望が確認できない場合だけ、第二候補へ引き渡す」
「第二候補は必要か」
「必要です。希望を確認できない状態になる可能性があります」
停止。
損傷。
意思を伝えられない状態。
ロアンは紙を見た。
「今日中に決める必要は」
「出発前までです」
「なら、リゼに聞く」
「それがいいと思います」
エダは新しい紙を契約書へ挟んだ。
「死亡補償の受取人も、リゼと相談して決めますか」
「ああ」
「分かりました。明後日の出発前までに提出してください」
ロアンは契約書を受け取った。
会議室を出る。
階段を下りると、広間の奥でティナとミラが倉庫係に呼び止められていた。
ガレスは中庭で盾を下ろし、腕の固定具を確かめている。
ヘイルは受付で、四十二番遺跡の古い記録を借りていた。
オルンは外へ出る前に、壁の地図を見ている。
セナは倉庫係と、携行する水の量について話していた。
契約書には、七つの名前が並んだ。
ロアンは上衣の内側へ書類を入れた。
明日は装備を確認する。
明後日には、この七人で東門を出る。
広間を横切り、ギルドの外へ出た。
昼前の通りには人が多い。
荷車の間を避け、水路沿いへ向かう。
宿舎へ戻るには、まだ少し早かった。
メリダの店では、リゼが働いている。
二十クレドの袋は、二〇三号室の棚にある。
死亡補償の受取人。
引渡先。
今夜、リゼへ聞く必要があった。
ロアンは人の流れの中を歩いた。




