4-21. 指名依頼
継暦六百二十七年 十月三十日
ギルドから使いが来たのは、朝食を終えたあとだった。
宿舎の入口でガルドと言葉を交わし、食堂へ入ってくる。灰色の上衣の胸元には、エルデン支部の印が縫いつけられていた。
食堂には、まだ何人か残っていた。
マルタは厨房で器を重ね、ガルドは管理室の前で帳面を開いている。カイルは椅子を斜めに置き、出かける支度をしながら水を飲んでいた。窓際にはダーレスが座り、冷めかけた茶へ口をつけている。
使いの男は室内を見回し、ロアンの前で止まった。
「ロアン・ハルヴァ」
「ああ」
「支部長から、正式な指名依頼について話がある。本日午前中に、支部へ来てほしい」
上衣の内側から、二つ折りの紙を取り出す。
厚い紙の端には紐が通され、赤黒い封蝋が押されていた。ギルドの印に加え、エルデン支部長の印がある。
ロアンは受け取り、表面へ目を落とした。
自分の名。
呼び出しの時刻。
その下に、もう一つ名前が記されていた。
機械人形リゼ。
ロアンは隣を見る。
リゼも紙を見ていた。
「私もですか」
「そう書いてある」
使いの男が答えた。
「支部長とエダが待っている。急いで走る必要はないが、昼までには来てくれ」
「分かった」
男は一礼し、食堂を出ていった。
扉が閉じる。
カイルが椅子を戻しながら、ロアンの持つ紙を覗いた。
「二人とも呼ばれたのか」
「ああ」
「何の仕事だろうな」
「分からん」
マルタが器を持ったまま、厨房の入口からこちらを見る。
「支部長の印まであるんだろう。近場の荷運びじゃなさそうだね」
「まだ受けるとは決めてない」
「遠くへ行く話なら、先に言うんだよ」
マルタはそれだけ言い、厨房へ戻った。
ダーレスは窓際から顔を向けなかった。
ロアンは紙を上衣の内側へ入れ、立ち上がった。
「行くぞ」
「はい」
リゼも椅子から腰を上げる。
右の踵が床へつき、足首の金属筒が小さく鳴った。
新しい脚を使い始めてから、もう一月近くになる。最初の頃は、その音がするたびに食堂の誰かが足元を見た。
いまは、誰も見なかった。
ロアンは棒剣を腰へ差した。
リゼは肩掛けを羽織る。
二人で宿舎を出た。
朝の通りには、荷車と人が行き交っている。
水路沿いの石畳を、左右の靴底がほとんど同じ間隔で踏んだ。その間へ、右足首の軸が動く小さな音が混じる。
リゼはロアンの隣を歩いていた。
一月前までは、その速さで並ぶために、ロアンが歩幅を狭めていた。
いまは、どちらも変える必要がなかった。
ギルドへ着くと、受付の書記がロアンの名を確認し、奥の階段を示した。
「二階の会議室です。支部長がお待ちです」
普段、依頼札を受け取る場所ではなかった。
二階へ上がる。
リゼは左右の足を交互に使った。
右脚を上の段へ載せ、残った膝を伸ばす。金属筒が縮み、身体が持ち上がる。
足音は途中で止まらなかった。
廊下の突き当たりにある扉を開ける。
部屋の中央には、長い卓が置かれていた。
壁にはエルデン周辺の地図が掛けられている。街道、村、宿駅、旧道。都市から離れるほど、書き込みは少なくなっていた。
卓の端にはエダが座っていた。
その向かいに、五十代ほどの男がいる。髪には灰色が混じり、上衣の襟には支部長の印がついていた。
エルデン支部長、バルガス。
ロアンは何度か顔を見たことがある。
直接話したのは、二度か三度だった。
「来たか」
バルガスが言った。
「座ってくれ」
ロアンは卓の一方へ腰を下ろした。
リゼも隣の椅子を引く。
右脚を卓の下へ収めると、衣服の裾から木と金属の脛が見えた。
バルガスの視線が一度だけそこへ向いた。
何も言わず、エダへ合図する。
エダが数枚の紙を二人の前へ置いた。
最初の紙には、遺跡の位置が記されていた。
登録番号四十二。
エルデンから北東。
徒歩で片道七日。
「遺跡の調査か」
ロアンが尋ねた。
「ああ」
バルガスは壁の地図へ立った。
エルデンから北東へ延びる街道を指でなぞる。
三日ほど進んだところで道は二つに分かれ、片方は村と宿駅へ、もう片方は北の丘陵へ入っている。
指は、その丘陵の奥で止まった。
「四十二番遺跡は以前から知られている。入口も確認されていたが、内部へ続く扉は開かなかった」
「開いたのか」
「別の入口が見つかった」
バルガスが答える。
「六十日ほど前だ。回収業者が崩れた斜面の下で見つけた。そこから探索隊が入った」
エダが次の紙を差し出す。
十二人分の名前が並んでいた。
ロアンは名簿の上から下までを見る。
知っている名はなかった。
「九月十三日にエルデンを出ています」
エダが言った。
「往路に七日。現地で十日ほど調査し、遅くとも十月十四日までには帰還する予定でした」
今日は十月三十日。
帰還予定から、十六日が過ぎている。
「宿駅には寄っているのか」
「往路の記録があります。帰路の記録はありません」
「途中から連絡は」
「ありません」
バルガスが地図の分岐へ指を戻す。
「探索隊だけなら、崩落や内部設備の事故も考えられた。だが、同じ方面で別の失踪が続いている」
エダが三枚の報告書を並べた。
小規模な商隊。
徒歩の旅人。
丘陵へ入った採取者。
帰らなかった者がいる。
負傷して戻った者もいた。
「生きて戻った者は、何を見た」
ロアンが尋ねる。
「証言は一致していません」
エダが一枚を開いた。
「人のようなものを見たという者がいます。金属の脚を持つ獣だったという者もいます。何も見なかった者もいます」
「傷は」
「刃によるもの。強い打撃。身体を貫かれた者もいます」
「野盗か」
「可能性はある」
バルガスが答えた。
「機械生命かもしれない。遺跡に残っていた機械人形かもしれない。探索隊が何かを作動させた可能性もある。別の原因が重なっていることも考えられる」
ロアンは報告書を見る。
どの証言も、正体を断定できるほどではない。
ただ、複数の人間が消え、戻った者が傷を負っている。
「北へ入る道は」
「昨日から止めている。村にも丘陵へ入るなと伝えた」
「調査隊を出すのか」
「そのつもりだ」
バルガスは席へ戻った。
「任務は、行方不明者の捜索と救助。遺跡周辺の状況確認。脅威があるなら、その種別、数、活動範囲を調べる」
「討伐ではないんだな」
「違う」
返答は早かった。
「機械生命、機械人形の可能性が高いと見ている。その場合、分かっていると思うが今回は倒そうとするな」
部屋が静かになる。
バルガスは卓の上へ両手を置いた。
「稼働している機械人形は、性能によっては一体でも熟練護衛が数人必要になる。ギルドで使っている個体を見れば分かるだろう」
ロアンは何も答えなかった。
ギルドの倉庫や門には、機械人形が使われていることがある。
荷を運ぶ個体。
夜間、門の内側に立つ個体。
負傷者を搬送する個体。
人間に従い、決められた仕事を繰り返す。
外見だけを見れば、リゼと大きく違わないものもいた。
「だが、外見から性能までは分からん」
バルガスは続けた。
「人間と大して変わらない性能の場合、問題なく排除できるかもしれない。だが、遺跡に存在していた個体だとしたら、護衛数人で倒せるとは限らない」
「確認したら戻れということか」
「一体を確認した時点で、任務の半分は終わりだ」
バルガスは言った。
「数。武器。どこまで追ってくるか。遺跡の外へ出ているか。人間を見れば襲うのか、一定の区画を守っているのか。それを持ち帰る」
「生存者がいたら」
「救助する。ただし、全員が帰れなくなるような戦いはするな」
「襲われた場合は」
「離脱するために戦え。勝つためではない」
バルガスはロアンを見る。
「その判断をする隊長が必要なんだ」
ロアンは、卓の端に置かれた編成表へ目を向けた。
まだ名前までは見なかった。
「俺を指名する理由は、それか」
「ああ」
「俺が強いからじゃない」
「強い者なら、ほかにもいる」
バルガスは否定しなかった。
「遺跡に詳しい者もいる。機械生命との交戦経験が多い者もいる。だが今回は、分からないものを前にして、退く判断ができる者が要る」
「俺ができると思ってるのか」
「少なくとも、倒せるかどうかを試すために仲間を残す者ではない」
ロアンは編成表を取った。
自分を含め、七名。
先頭にロアンの名がある。
その下に、ティナ、ガレス、ミラ。見知った名前があった。
さらに三人の名が並んでいた。
詳しい説明はなかった。
正式に受けるなら、明日顔を合わせることになるのだろう。
「出発は」
「三日後を考えている」
「徒歩か」
「遺跡へ近づけば荷車は通れない」
ロアンは紙を置いた。
「それで、リゼを呼んだ理由は何だ」
バルガスは隣へ視線を向けた。
リゼは姿勢を変えずに座っている。
「確認したいことがある」
「何ですか」
リゼが尋ねる。
「お前は戦闘ができるか」
わずかな間も置かず、リゼは答えた。
「可能です」
「できるわけがないだろう」
ロアンの声が重なった。
エダの筆が止まる。
リゼが顔を向ける。
「戦闘は可能です」
「この脚でか」
ロアンは卓の下にある右脚を見た。
木材。
金属板。
外へ露出した筒と軸。
右膝の上下へ回された革帯。
「右脚を軸にしない戦闘方法はあります」
「そういう話をしてるんじゃない」
声は大きくなかった。
それでも、先ほどまでより低かった。
「遺跡まで七日歩く。荒れた道も、瓦礫もある。そこで何かと戦って、撤退になれば走る。負傷者がいれば連れて戻る」
ロアンはバルガスを見る。
「この脚でできるわけがないだろう」
「まて、ロアン。同行させると決めたわけではない」
バルガスは平静な声で返した。
「能力を確認している」
「確認する必要もない」
「ギルドの登録には、戦闘用途の記録がない」
「だから何だ」
「以前、商隊護衛として使われていたと報告にある。サンドワームの強襲を防いだという記録も残っている」
リゼがバルガスを見る。
ロアンは椅子から立ち上がらなかった。
右手だけが卓の上でわずかに動いた。
「この脚は町を歩くためにこいつ自身が作ったものだ」
一語ずつ、押さえるように言う。
「遺跡で壊すためじゃない」
リゼの視線が、ロアンへ向いた。
バルガスはしばらく黙ったあと、頷いた。
「分かった」
「何がだ」
「同行させない」
ロアンはすぐには返さなかった。
「もともと、積極的に加えるつもりはなかった」
バルガスは言った。
「正体が機械人形なら、人間より対抗できる可能性がある。それを確認しただけだ」
「可能性で連れていく場所じゃない。野盗の可能性だってある」
「ああ」
短い返答だった。
バルガスはリゼへ向き直る。
「質問を続ける。戦闘が可能というのは、どの程度だ」
「人間を相手とする場合、行動を制限できます」
「殺せるか」
「可能です」
部屋の空気は変わらなかった。
リゼの声にも、変化はない。
「機械生命は」
「対象の構造によります」
「機械人形は」
「分かりません」
「同じ機械人形でもか」
「はい。機械人形も、性能、構造によります」
バルガスはエダへ目を向けた。
筆が再び動く。
「戦った経験は」
「ありません。私はあなた方が『遺跡』と呼ぶ場所から回収し、起動する前の記録を持っていません」
ロアンがわずかに眉を寄せた。
人間相手の戦闘。
危険生物への攻撃。
商隊での護衛。
それらは経験している。
だが、稼働中の機械人形を敵として戦ったことはない。
リゼの答えは正しかった。
「自分より強い個体を見分けられるか」
バルガスが尋ねる。
「外見だけでは判断できません」
「動きを見れば」
「推測はできます」
「どこを見る」
「骨格の太さ。外殻の厚さ。関節の動作速度。武器。接地時の重量。動力方式が判別できる場合は、それも判断材料になります」
「見ただけで、勝てるかどうか分かるか」
「分かりません」
リゼは答えた。
「戦闘を行えば、推測の精度は上がります」
「戦わせない」
ロアンが言った。
バルガスはそちらを見なかった。
「確認は以上だ」
エダが筆を置く。
ロアンは編成表をもう一度見た。
七人。
片道七日。
帰還していない十二人。
街道で消えた者たち。
正体の分からない脅威。
「依頼を受けるかどうかは、今日決める必要があるのか」
「明日の夕刻まででいい」
バルガスが答えた。
「受けるなら、明日、正式契約と顔合わせを行う」
「受けなければ」
「別の隊長を探す」
「見つかるのか」
「見つける」
バルガスはロアンを見る。
「ただ、お前より適任かは分からない。可能であれば受けてほしい」
ロアンは地図へ目を向けた。
エルデン。
街道。
分岐の宿駅。
北へ続く旧道。
その先の四十二番遺跡。
ここ一月、遠い仕事は選ばなかった。
朝に宿舎を出る。
日が落ちる前に戻る。
食堂でマルタへ帰ったと声を掛ける。
階段を上がれば、二〇三号室から炭が木板を擦る音が聞こえる。
扉を開ければ、リゼが顔を上げる。
新しい右脚ができてから、その繰り返しが続いていた。
遠くへ行く理由はなかった。
しかし、いまは十二人が帰っていない。
街道からも人が消えている。
放置すれば、次に消える者が増える。
「受ける」
ロアンは言った。
エダが顔を上げる。
バルガスは表情を変えず、頷いた。
「分かった。明日の朝、もう一度来てくれ。隊員との顔合わせをする」
「ああ」
「出発は十一月二日」
「三日後だな」
「準備期間が必要なら、半日までは延ばせる」
「いらん」
ロアンは編成表を上衣の内側へ収めた。
リゼが隣から尋ねる。
「帰還予定日はいつですか」
バルガスが答える。
「何も起きなければ、二十日ほどだ」
「何か起きた場合は」
「遅れる」
「連絡は」
「分岐の宿駅まで戻れれば、そこから出す」
「戻れない場合は」
バルガスは曖昧にしなかった。
「連絡は届かない」
リゼは地図を見る。
「予定日を過ぎた場合、捜索隊を出しますか」
「状況を見て決める」
「必ずではありませんか」
「同じ場所へ人間を送り続ければ、被害を増やすだけの場合がある」
部屋が静かになった。
リゼは右手を膝の上へ置いた。
「私も同行できます」
ロアンが顔を向ける。
「さっきの話を聞いてなかったのか」
「聞いています」
「なら、分かるだろ」
「私の身体は、人間より強い外殻を持っています。戦闘行動も可能です」
「右脚が壊れれば歩けない」
「左脚と長杖があれば移動できます」
「七日歩いたあとでか」
「必要であれば行います」
ロアンの眉が寄った。
「必要かどうかを決めるのは、お前じゃない」
言ってから、わずかな間が生じた。
リゼはロアンを見ていた。
何度も言ってきた。
頼まれたからといって、何でもやるな。
自分で決めろ。
嫌なら断れ。
それでも今は、リゼへ選ばせるつもりがなかった。
「では、誰が決めますか」
リゼが尋ねた。
「俺だ」
返答は短かった。
「リゼは置いていく」
バルガスもエダも口を挟まなかった。
卓の下で、リゼの右足首がわずかに動いた。
金属筒の中から、小さな擦過音がした。
「私の能力を確認するために呼ばれました」
「ああ」
「戦闘は可能です」
「ああ」
「それでも、同行させませんか」
「させない」
「敵が機械人形であってもですか」
「ああ」
「人間だけでは対抗できない場合も」
「その場合は対抗せずに戻る」
「戻れない場合は」
ロアンは答えなかった。
「そのときのために、お前を連れていくわけにはいかない」
やがて言った。
「一人増えれば、助かる可能性があります」
「お前が逃げ遅れる可能性も増える」
「私は、人間より速く反応できます」
「走れない」
「右脚を使用しない方法があります」
「戦えるかだけの話じゃない」
ロアンの声が低くなる。
「帰れるかどうかの話だ」
リゼは黙った。
新しい脚は、町の中を歩くために作られた。
店へ行く。
孤児院へ行く。
階段を上がる。
ロアンの隣を歩く。
荒れた旧道を七日進み、正体の分からないものから逃げるための脚ではない。
リゼ自身も、それは理解していた。
「今回は、待て」
ロアンが言った。
命令に近い言葉だった。
リゼは地図へ視線を戻す。
エルデンから北東へ伸びる線。
途中の宿駅。
丘陵。
その先にある、知らない遺跡。
しばらくして、口を開いた。
「分かりました」
ロアンは何も言わなかった。
「エルデンで待ちます」
バルガスが書類をまとめる。
「機械人形は個体差が大きい。ギルドが所持している人形だけではなく、君にもロアンが戻ったあと、記録の確認を頼む可能性がある」
「分かりました」
「持ち帰った部品や、見た個体の特徴について聞くこともある」
「はい」
「そのときは協力してほしい」
「協力します」
リゼの声は変わらなかった。
四人は席を立った。
エダがロアンへ仮の依頼書を渡す。
「今夜、内容を確認してください。報酬と補償については、明日の契約時に説明します」
「ああ」
ロアンは受け取り、上衣へ入れた。
リゼがエダを見る。
「ロアンから連絡が届いた場合、私にも伝えてください」
「必ず伝えます」
「帰還予定日を過ぎた場合も、お願いします」
エダはわずかに間を置いた。
「分かりました」
会議室を出る。
階段を下りる。
ギルドの広間には、朝より人が増えていた。
依頼札の前で話す護衛。
報告書を持って並ぶ者。
倉庫へ運ばれる荷。
三日後にロアンが都市を出ることを知る者は、まだほとんどいなかった。
外へ出る。
昼に近い光が、水路沿いの通りへ落ちている。
二人は宿舎へ向かって歩き始めた。
右と左の靴底が、同じ間隔で石畳を踏む。
しばらく、どちらも話さなかった。
「怒っていますか」
リゼが尋ねた。
ロアンは前を見たまま歩いた。
「誰にだ」
「バルガスと私にです」
「別に」
「私を戦闘に使用できるか確認しました」
「ああ」
「そのために怒りましたか」
「怒ってない」
返答が早かった。
リゼは横顔を見る。
「声が低くなっていました」
「いつもだ」
「いつもより低いです」
ロアンは答えなかった。
水路の向こうを、荷を積んだ荷車が通る。
車輪の軋みが、しばらく二人の足音へ重なった。
「私は戦闘できます」
リゼが言った。
「分かってる」
「では、なぜ否定しましたか」
「戦えることと、連れていけることは違う」
「私を弱いと判断したのではありませんか」
「してない」
ロアンは隣を見た。
「お前の脚は、歩くために作った」
「はい」
「店へ行くためだ。孤児院へ行くためだ。町の中を歩くためだ」
「はい」
「遺跡で壊していいものじゃない」
リゼは右脚を見る。
踵が石畳へつく。
体重が足先へ移る。
金属筒が縮み、戻る。
「壊れた場合は、ネラに修理を依頼できます」
「そういう話じゃない」
ロアンは前へ顔を戻した。
「壊れないように使え」
「ロアンが戻れない可能性があります」
「その可能性がある場所へ、お前まで連れていくつもりはない」
「私が同行すれば、ロアンが戻れる可能性が増えるかもしれません」
「お前が戻れない可能性も増える」
リゼは少し黙った。
「どちらを優先しますか」
「両方だ」
ロアンは答えた。
「できない場合は」
「そうならないようにする」
「必ずできますか」
ロアンはすぐには答えなかった。
宿舎の屋根が、通りの先に見えている。
朝に出たときと同じ形だった。
食堂では、マルタが昼の片づけをしているはずだった。
ガルドは帳面を見ている。
カイルとアルドは仕事へ出ている。
ダーレスは窓際にいるかもしれない。
その場所へ、二十日ほど戻らない。
「分からん」
ロアンは言った。
リゼの歩みは変わらなかった。
「それでも行きますか」
「ああ」
「なぜですか」
「行く必要がある」
「ロアンでなければいけませんか」
「分からん」
先ほどと同じ答えだった。
「だが、誰かが行く」
水路の音が続いている。
「全員を連れて帰る判断ができる者が必要だと、バルガスは言いました」
「ああ」
「ロアンも、七人のうちの一人です」
「ああ」
「自分を人数へ含めていますか」
ロアンは隣を見る。
淡い青の瞳が、こちらへ向いている。
「含めてる」
「では、帰ってきますか」
以前なら、何と答えたかは考えなかった。
明日のことを約束することは少なかった。
戻れるか分からない仕事で、必ず戻るとは言わなかった。
言えないことを、言わないままにしてきた。
「帰る」
ロアンは答えた。
リゼは前を向いた。
「分かりました」
「待っていろ」
「はい」
「店も、孤児院も、いつもどおり行け」
「はい」
「脚の調整も忘れるな」
「次の調整日は、十一月六日です」
「ネラに行くと言っておけ」
「ロアンが不在でも行きます」
「ああ」
宿舎が近づく。
入口の前には、朝にはなかった木箱が積まれていた。ガルドが受け取った荷らしい。
「ロアン」
「何だ」
「私は待ちます。だから、帰ってきてください」
ロアンは足を止めなかった。
リゼも隣を歩き続ける。
新しい右脚が石畳を踏む。
足首の金属筒が、小さく鳴った。
「帰る」
ロアンはもう一度答えた。
二人の足音は、同じ速さで宿舎へ近づいていった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
四章はここで終わりになります。カクヨムのほうにver1.1という副題をつけた、もっと小説っぽく書けないかと試行錯誤している版を投稿していますが、内容は異なるため、こちらはこちらで進められたらと思っています。
書き溜めはあと一章分ありますが、推敲、修正などで少しペースが落ちるかもしれません。
楽しんでいただけていましたら、評価、ブックマーク等いただけると励みになります。
今後もよろしくお願いいたします




