4-18. 改良仮脚
継暦六百二十七年 九月二十日
朝食を終える少し前、ネラの弟子が宿舎へ来た。
食堂の入口から中を覗き、リゼを見つけると、肩から下げていた革袋を押さえながら近づいてくる。工房からそのまま歩いてきたらしく、上衣の袖には白い削り粉が残っていた。
「ネラが、昼までに工房へ来てほしいって」
「何の用件ですか」
「脚の点検。角材を外して、固定してるところを見たいそうだ」
リゼは卓の下へ伸ばしていた右脚を見た。
角材を留める布と革には、朝に確かめた時点で緩みはなかった。右膝下の外殻にも、新しい警告信号は生じていない。
「異常が見つかりましたか」
「そこまでは聞いてない。いまのうちに一度見ておきたいって」
「分かりました。午前の仕事を終えたあとに行きます」
弟子は頷いた。
厨房にいたマルタから水を一杯受け取り、立ったまま飲み干す。空の器を返して宿舎を出ていった。
向かいに座っていたロアンは、固いパンの残りを口へ入れた。
弟子が出ていった扉を一度見たあと、上衣の内側へ手を入れる。
取り出したのは、一クレドの硬貨が二枚だった。
卓の上を滑らせ、リゼの前へ置く。
「持っていけ」
リゼは二枚の硬貨を見た。
「点検費用ですか」
「ああ」
「以前の点検は、一クレドでした」
「角材を外すなら、ほかにも掛かるかもしれん」
「不足した場合は、私の所持金から支払えます」
「これは、脚の点検に使え」
「私の脚です」
「ああ」
「私が支払うこともできます」
ロアンは空になった器を卓の端へ寄せた。
「身体の点検や補修は、これまで俺が払ってる」
右肘を覆う布。
角材を固定する革。
動力商でのセルの検査。
リゼを買ってから必要になったものの多くは、ロアンが金を出していた。
「今までと同じですか」
「ああ」
リゼは硬貨を取り、腰の巾着へ入れた。
赤い花の刺繍がある布袋の中で、自分の硬貨とは分けて収める。
「使用しなかった分は返します」
「ああ」
ロアンは、点検の内容についてそれ以上尋ねなかった。
リゼも、ネラへ相談していることについては話さなかった。
午前の仕事を終えると、リゼはメリダへ工房へ寄ることを伝えた。
「帰りは遅くなるのかい」
「昼を大きく過ぎることはないと思います」
「角材を外すなら、固定をよく見てもらいな。最近、布の擦れが増えてるよ」
「はい」
メリダは卓の脇へしゃがみ、右脚を留めている革を軽く押した。
「帰りに緩んだと思ったら、無理に歩かないこと。誰かに知らせるんだよ」
「分かりました」
肩掛けを羽織り、店を出た。
左足が石畳を踏み、そのあとを角材が追う。
工房区へ近づくにつれて、通りを行く荷車の数が増えていった。長い木材を担いだ職人とすれ違い、軒の下から金属を打つ音が重なって聞こえる。
削った木の匂いと、細かな石の粉が空気へ混じっていた。
ネラの工房へ入る。
奥の作業台は、以前より広く片づけられていた。
その上に、太さの異なる木材と、いくつもの金属部品が並んでいる。
薄い金属板。
軸を収める細い金属筒。
革帯。
足首に使う継ぎ手。
まだ組み立てられてはいない。
それでも、右膝下から先を作るためのものだと分かった。
リゼは入口の前で足を止めた。
「これは、改良仮脚の部品ですか」
作業台の向こうにいたネラが顔を上げた。
「形を見るために並べただけのものもあるよ。全部をそのまま使うわけじゃない」
「製作を開始したのですか」
「まだ。今日は、その話をするために呼んだ。もう一度見積もりをする。安くできる方向でね」
リゼは腰の巾着へ手を添えた。
ネラへ預けている金は二十クレドだった。
最初に示された見積もりは八十クレド。
製作を始められる額には、まだ届いていない。
「新しい見積もりですか」
「そうなるね」
ネラは作業台の上から、茶色い木材を一本持ち上げた。
表面には、一度削った跡が残っている。新しく切り出したものではなかったが、節や割れは見当たらない。
「別の依頼で使う予定だった木材。形が合わなくて残ったけど、一度も使われてない。長さも太さも足りる」
「強度に問題はありませんか」
「ない。力が掛かる方向も調べた」
木材を作業台へ戻し、今度は薄い金属板を示す。
「補強板と革帯の留め具には、工房に残ってる部品を加工して使える。足首へ入れる軸の外側にも、流用できる筒がある」
「信号を拾う部分はどうしますか」
「そこは新しく作る。切断面に残ってるケーブルを選り分けて、仮脚側の線へつなぐ必要がある。細い線を束ねる部品も、信号を粗い動きへ変える部分も、新しく作るよ」
「荷重を受ける軸もですか」
「そこも新品。力が掛かるところと、身体へ直接つなぐところまで残り物で済ませるつもりはない」
リゼは作業台へ近づいた。
木材。
金属板。
革帯。
金属筒。
一つずつ状態を確かめる。
「これらを使用すれば、最初の見積もりより費用を減らせますか」
「減らせる」
「どれくらいですか」
ネラは作業台の上へ両手を置いた。
「材料だけじゃない。この形の脚を作るのは、私も初めてになる。完成したあと、動作の記録を取らせてほしい」
「何を記録しますか」
「歩いた距離。受け具のずれ。革帯の伸び方。木材と金属部品の摩耗。それから、つないだケーブルの信号が、使っているうちに弱くなったり混ざったりしないか」
「記録を、ほかの製作へ使用しますか」
「似た損傷の機械人形が見つかれば使う。次に作るとき、どの信号をどうまとめればいいか、最初から全部試さずに済むからね」
「同じ依頼が発生する可能性は高いですか」
「高くはない」
ネラはすぐに答えた。
「でも、記録は残る。機械人形でなくても、残った信号を仮脚の動きへ変える仕組みには使えると思う」
ネラは中央の木材を指した。
「工房に残っている材料を使う。試作品として記録を取らせてもらう代わりに、工賃も大きく引く」
「その場合、製作費はいくらですか」
「預かってる二十クレドで引き受ける」
リゼの動きが止まった。
「二十クレドですか」
「うん」
「最初の見積もりから、六十クレド減ります」
「そうなるね」
「材料の変更と、記録への協力で、それだけ減らせますか」
「最初の見積もりには、新しい材料を全部揃える費用と、通常の工賃が入ってた。今回は買わなくていい材料が多い。記録も、工房にとっては価値がある」
「ネラの利益が不足しませんか」
「工房の仕事は、今回だけで終わるものばかりじゃないよ」
「それでも、六十クレドです」
「そうだね」
ネラは否定しなかった。
「だから、条件を全部確認してから決めていい」
工房の奥で、鋸の歯が木を削る音がした。
リゼは作業台へ並んだ部品を見た。
完全に不自然ではない。
しかし、最初の見積もりとの差は大きかった。
「耐久性は変わりませんか」
「変わらない」
「残っていた部品を使用してもですか」
「強度を確かめて、問題のないものだけを使う。軸と信号部は新品。そこは変えない」
「定期的な調整の費用は含まれますか」
「最初の三回は取らない。製作したものが合っているか確認するためだからね。そのあとは、革帯や留め具を替えれば部品代をもらう」
「ケーブルの接続を調整する場合もですか」
「最初の三回なら製作確認に含める。そのあと、接続部を作り直す必要が出たら別料金」
「靴は別ですか」
「含んでる。右足へ合わせて中を直す必要があるけど、特別な靴を一から作るわけじゃない」
「市販されている靴を使用できますか」
「大きさが合うものを選んで、中へ革と布を入れて固定する。左と同じ靴を、そのまま右へ履くのは難しいね」
「靴底が摩耗した場合は、靴を交換しますか」
「そう。仮脚の足裏へ樹脂は貼らない。接地するのは靴底になる」
「大きな故障が発生した場合は」
「別料金」
「私の使用方法に問題がなく、製作上の不具合で故障した場合は」
「工房で直す」
「費用は」
「取らない」
「期間はありますか」
ネラはわずかに眉を上げた。
「半年。それよりあとは、状態を見て決める」
リゼはしばらく黙った。
使う材料には理由がある。
記録を取ることにも、工房側の利益はある。
耐久性を落とす箇所はなく、追加費用の条件も示されている。
「二十クレドで製作しても、あとから残りを請求することはありませんか」
「使い方が悪くて壊したときの修理は別だよ。でも製作費として、あとから六十クレドを請求することはない」
「分かりました」
リゼは巾着から、工房の預かり札を取り出した。
少しずつ金を持ってくるたびに、ネラが日付と金額を書き加えた木札だった。
最後の行には、合計二十クレドと記されている。
「では、製作を依頼します。それが本当であれば」
ネラはすぐには札を受け取らなかった。
「まだ疑ってる?」
「どうしてそんなに安く作れるようになったのか、まだあまり理解できていません」
「正直だね」
「どうしてですか」
「八十まで貯めるつもりだったんでしょ」
「はい」
「早く作れるほうがいい?」
リゼは作業台にある部品を見た。
角材ではない足先。
荷重を分ける受け具。
切断されたケーブルとつながる、新しい導線。
「はい」
返答は短かった。
「安く作れることになった。早く作れるほうがいい。何も問題はないよ」
ネラは預かり札を受け取った。
工房の印を押し、裏側へ新しい文字を記す。
製作開始。
支払済み。
二十クレド。
札をリゼへ返す。
リゼは書かれた内容を確かめ、巾着へ収めた。
「次は、作る形について説明する」
ネラは作業台の下から、一枚の紙を取り出した。
右膝下から先の仮脚が、横と正面の二方向から描かれている。
全体の輪郭は、人間の脚に近かった。
膝下から脛が伸び、足首があり、その先には左足と同じほどの長さを持つ足先がついている。靴へ収めるため、爪先と踵の位置も、人間の足に近い。
しかし、人間の脚には見えなかった。
脛の中心には茶色い木材があり、その左右を金属板が挟んでいる。前側には細い金属筒が露出し、足首へ向かって軸が伸びていた。
革帯も、受け具の外側へ回されている。
「人間の脚に近い形です」
リゼが言った。
「長さと輪郭はね」
ネラは紙の上の図で、膝から足先までを指でなぞった。ネラの指が、脛の前に描かれた細い筒へ移る。
「ここは隠せない。足首を動かす軸と、動きを戻すための筒が入る」
「シリンダーですか」
「そう呼ぶ職人もいるね。中に細い軸とばねを入れる。踵をついたときに縮んで、体重を前へ送ると戻る」
ネラは図の膝下にある小さな箱形の部品を指した。
「動力源は、切断面に残ってるケーブルから取る。何百本もある線を、そのまま全部つなぐことはできない。踵を下げようとする信号、足先を持ち上げようとする信号、前へ押そうとする信号を探して、それらを束ねていくつかの線へまとめる」
「信号の強さも使用しますか」
「細かい強弱までは拾えない。出ているか、出ていないか。強いか、弱いか。それくらいに変える」
「複数のケーブルから、同じ信号が出ていますか」
「似たものが重なってると思う。一本だけじゃ弱すぎる線もあるから、同じ動きに使えそうなものを何本かまとめる」
「誤った信号を接続した場合は」
「意図しないときに足先が動く。だから、仮につないで一つずつ確かめる」
「外側を覆うことはできますか」
「できなくはない。でも、重くなる。ずれたときに調整できないし、ばねや軸が傷んでも分かりにくい」
「では、露出したままにしてください」
「金属板も見えるよ」
「問題ありません」
「革帯も外へ出る」
「調整しやすいですか」
「そのほうがね」
「では、外へ出してください」
ネラは紙の足先を指した。
「足先は靴へ入る形にする。仮脚そのものの下へ樹脂は貼らない」
「靴を履いていない状態では歩けませんか」
「歩けなくはない。でも、木と金属を床へ直接当てることになる。滑るし、傷む。基本は靴を履いて使って」
「左脚と同じ靴を履けますか」
「外から見れば同じものを使える。ただ、右だけ中を合わせる」
ネラは紙へ目を落とした。
「こうして話してると、元の脚がどれだけ細かく作られてたのか、嫌になるよ。切れた線をいくつか拾って、足先を少し動かすだけで、これだけ部品が要る」
リゼは紙に描かれた脚を見た。
左脚に近い長さ。
人間の足と同じ位置にある踵。
靴へ入る足先。
その上には、露出した木材と金属板、細い筒、軸、革帯が並んでいる。
「この形が、もっとも歩行に適していますか」
「いま分かってる範囲ではね」
リゼはもう一度、紙の上の脚を見た。
「では、この形で製作してください」
「外から見える部品も、そのままでいいのね?」
「はい」
「今の左脚みたいに、人間の脚には見えないよ」
「人間と同じに見える必要はありません」
リゼは紙の足先へ指を置いた。
「歩ければよいです」
ネラはしばらくリゼを見たあと、紙の端へ印をつけた。
「分かった」
「木材の色は、これですか」
リゼは作業台に置かれた茶色い木材を見る。
「もっと明るいものにも、黒く焼いたものにもできる」
「強度は同じですか」
「同じ」
「汚れが目立ちにくいものにしてください」
「なら、この茶色でいいと思う」
「はい」
ネラは紙へ書き加えた。
左脚に合わせた長さ。
靴へ収める足先。
茶色い木材。
補強用の金属板。
前面に露出する摺動筒。
足首の軸と継ぎ手。
受け具の外側へ回す革帯。
人間の脚へ似せるための覆いは、つけない。
「いまの脚を外して測るよ」
リゼは作業台の横へ置かれた椅子へ座った。
右脚を前へ伸ばす。
ネラが床へ膝をつき、角材を固定している革と布を外していく。
結び目が解かれ、一巻きずつ布が離れる。
最後に角材が外された。
右膝下には、砕けた外殻の断面が残っている。
断面の奥には、切断された細いケーブルがいくつも見えていた。
色の違う被覆。
途中で潰れたもの。
切断面が黒く変色したもの。
外殻の内側へ引き込まれ、先が見えなくなっているものもある。
ネラは断面へ薄い布を当て、外周の形を写した。
荷重を受けられる場所。
亀裂の位置。
受け具が触れてはいけない場所。
一つずつ印をつける。
それから、細い鉗子と、小さな接続具を作業台から取った。
「これから、残ってる線を少しずつ見る。変な動きが出たら、すぐ言って」
「はい」
ネラは断面に残るケーブルから、先端の比較的きれいな一本を選んだ。
潰れた被覆を短く切り揃え、新しい細線を仮止めする。
その先を、卓上の小さな変換器へつないだ。
「何か感じる?」
「信号が遮られています」
「どの動き?」
リゼは右脚を失った場所へ意識を向けた。
存在しない足先を、上へ動かそうとする。
変換器についた薄い金属片が、わずかに持ち上がった。
「足先を上へ動かす信号です」
「強さは」
「弱いです」
ネラは紙へ印を書いた。
次のケーブルへ移る。
今度は、踵を下げるよう意識する。
金属片は動かなかった。
足先を前へ押そうとすると、別の小さな板が震えた。
「これは前へ押す信号です」
「さっきのより強い?」
「はい」
一本ずつ仮接続し、リゼが失われた脚を動かそうとする。
反応しない線。
膝を曲げたときだけ信号が出る線。
足先を上げても下げても、同じような弱い反応を返す線。
途中で信号が途切れる線。
ネラはそれぞれへ細い札を結び、用途を書き分けた。
「使えそうな線が多い」
「増えることがありますか」
「増えたんじゃない。前は、ここまで一本ずつ見てない」
「すべて使用しますか」
「しない。似た信号を何本かまとめる。互いに違う動きを出す線を混ぜたら、足首が迷う」
ネラは、三本の札を並べた。
足先を上げる。
踵を下げる。
前へ押す。
「この三つが分けられれば、考えてたより歩きやすくなる」
「どの程度ですか」
「踵を床へつける。そこから体重を前へ送る。最後に、足先で少し押す」
「足首を曲げることはできますか」
「人間みたいには無理。決まった範囲だけ。ケーブルから取れるのも、細かい角度じゃなくて、動かそうとしてるかどうかだから」
「靴を履いていても動作しますか」
「そのために、足首と靴の間へ余裕を作る。靴の中で足先が抜けないようにはするけど、軸の動きまで止めない」
「歩行には使用できますか」
「そのために作るんだよ」
ネラは紙へ新しい線を加えた。
「うまくまとめられれば、いま考えてたものより歩きやすくなる」
「十分です」
「まだ、できるって決まったわけじゃないよ。つないだときに信号同士が邪魔するかもしれない」
「可能性があります」
「そうだね」
確認を終える。
仮接続した線を一つずつ外し、切断されたケーブルの先を、元の位置へ傷つけないよう戻す。
ネラは角材を再び右膝下へ当て、布と革を巻き直した。
結び目を整え、固定の強さを確かめる。
リゼが立ち上がる前に、巾着から二枚の一クレド硬貨を取り出した。
作業台の空いている場所へ並べる。
「点検費用として、ロアンから二クレドを預かりました」
ネラの手が止まった。
「二クレド?」
「必要な費用が一クレドを超える可能性があるため、多く渡されました」
「使わなかった分は?」
「返します」
今日行った確認は、新しい脚を作るために必要な採寸と、信号線の選別だった。
本来なら、製作費に含まれる。
点検費として別に受け取る必要はない。
だが、二枚とも返せば、リゼはロアンへ、点検費を取られなかったと報告するしかない。
ネラは二枚の硬貨を見た。
そのうち一枚だけを取る。
「点検代は一クレド」
「残りは」
「返していいよ」
「今日の確認は、製作のための採寸ではありませんか」
ネラは一瞬だけ黙った。
「それも兼ねてる。でも、いま使ってる角材と外殻の状態も見た。切断されたケーブルに、新しく傷んだものがないかも確かめた」
「点検費用が発生しますか」
「する」
ネラは受け取った硬貨を、リゼから預かっている二十クレドとは別の小箱へ入れた。
「一クレド、預かったよ」
リゼは残った一クレドを巾着へ戻した。
「ロアンへ返します」
「そうして」
ネラは小さな札を取り、点検の日付と一クレドを記した。
工房の印を押し、リゼへ渡す。
「点検の控え」
リゼは内容を読み、製作の預かり札と一緒に巾着へ収めた。
「完成まで、どれくらいですか」
「十日から二週間」
「途中で確認に来ますか」
「一度は来てもらう。受け具ができたら、実際に合わせる。ケーブルの接続も、そのときにもう一度確かめる」
「分かりました」
ネラは、立ち上がったリゼの右脚を見る。
「帰りに、いつもと違う警告が出たら止まること。今日は切断面の線にも触れたからね」
「はい」
「一人で戻れる?」
「問題ありません」
「そう言うと思った」
リゼは作業台に置かれた図を見る。
人間の脚に近い輪郭。
その内側と外側に並ぶ、隠されていない部品。
まだ形になってはいない。
「ネラ」
「何?」
「二十クレドで製作できる方法を見つけてくれて、ありがとうございます」
ネラの動きが止まった。
手にしていた接続具を、作業台へ戻す。
「完成してから言って」
「はい」
リゼは工房を出た。
左足。
角材。
いつもの二つの音が、工房区の通りを進んでいった。
宿舎へ戻ると、ロアンはまだ午後の仕事へ出ていなかった。
支度を終え、二〇三号室の机で依頼札を読んでいる。
扉が開くと、顔を上げた。
「戻ったか」
「はい」
ロアンの視線が、右脚の固定へ向く。
「点検は」
「終了しました」
「何かあったか」
「現在の角材と外殻に、新しい損傷はありません。切断されたケーブルにも、新しい異常は見つかりませんでした」
「警告は」
「以前からあるものだけです」
「そうか」
リゼは巾着から、一クレドの硬貨を取り出した。
机の上へ置く。
「返します」
ロアンは硬貨を見る。
「点検費用として、一クレドを支払いました。角材を外し、外殻と切断されたケーブルを確認しました」
「そうか」
ロアンは硬貨を取り、上衣の内側へ戻した。
リゼは少しのあいだ、その動きを見ていた。
「ネラへ、改良仮脚の製作を依頼しました」
ロアンが依頼札から顔を上げた。
「それが、欲しかったものか」
言ってから、声の調子が変ではなかったかとロアンは咳払いをした。
「はい」
「いくらだ」
「二十クレドです」
ロアンは黙った。
「最初の見積もりは、八十クレドでした」
リゼは続けた。
「工房に残っていた材料と部品を使用します。完成後の動作記録を渡す代わりに、工賃も減ります」
「耐久性は」
「最初の見積もりと同じです。荷重を受ける軸と、切断されたケーブルへ接続する部分には、新しい部品を使用します」
「調整は」
「最初の三回は、製作確認として費用が掛かりません。そのあとは別料金です」
「お前が納得したならいい」
「はい」
リゼは机の前に立ったまま、ロアンを見る。
「形も決まりました」
「どんなのだ」
「長さと輪郭は、人間の脚に近いものです」
「人間の脚に見えるのか」
「いいえ。木材、金属板、足首の軸、金属筒、革帯は外へ出ます」
「隠せないのか」
「隠すと、重くなり、調整も難しくなります」
「なら、そのままでいいな」
返答は短かった。
人間の脚に見えないことも、部品が外へ出ることも、ロアンは問題にしなかった。
「木材は、茶色です」
「なぜそれを選んだ」
「汚れが目立ちにくいためです」
「そうか」
「完成すれば、町の中では現在より速く歩けます。階段を、左右交互に上がれる可能性があります」
「ああ」
「切断されたケーブルから、踵と足先を動かす信号を拾います」
「動くのか」
「人間の足首ほど細かくは動きません。踵をつき、体重を前へ送り、足先で少し押します」
「それで歩けるんだな」
「はい」
「整った街道であれば、都市の外も歩けます」
ロアンはすぐには答えなかった。
「走ったり、戦ったりはできません」
「させるつもりはない」
「荒地や、深い灰には向きません」
「ああ」
「それでも、現在より歩ける場所が増えます」
「そうだな」
リゼは机へ視線を落とした。
木板には、孤児院で教えるための文字が残っている。
新しい脚が完成すれば、孤児院までの時間は短くなる。
メリダの店にも、いまより少ない負担で通える。
階段を上がるとき、ロアンを先に待たせる時間も減る。
整った街道であれば、エルデンの外へも出られる。
その先については、まだ口にしなかった。
ロアンは立ち上がり、棒剣を腰へ差した。
「仕事へ行く」
「いってらっしゃい」
扉へ向かいかけ、ロアンは一度リゼの右脚を見た。
角材。
擦れた布。
膝下へ回された革。
その内側に残る、切断された細いケーブル。
「完成はいつだ」
「十日から二週間です」
「そうか」
それ以上は言わず、部屋を出ていった。
*
数日後、ギルドを出たところで、ロアンはネラに呼び止められた。
ネラは近づくと、周囲へ一度目を向けた。
リゼがいないことを確かめ、握っていた手を差し出す。
掌には、一クレドの硬貨が載っていた。
「何だ」
「点検代」
ロアンは硬貨を見た。
「取ったのか」
「取らなかったら、二枚とも持って帰ったでしょ」
「そうだな」
「一枚だけ預かった。点検も実際にしたから、不自然じゃない」
「なら、取っておけ」
「製作費に含まれる作業だから、別にもらう理由はないよ」
ネラは硬貨をロアンの手へ押しつけた。
「帳簿には、点検費一クレドを受け取って、製作費に含まれるため返却したって残した」
「そこまで書くのか」
「お金の管理はしっかりしておかないとね」
ロアンは一クレドを上着の内側へ収めた。
「リゼは」
「納得してた。細かく聞かれたけど」
「そうか」
「使えそうなケーブルも、いくつか見つかった」
「動くのか」
「失った足先を上げる線と、前へ押す線が残ってる。何本かまとめれば使えると思う」
「ああ」
「何のために脚が欲しいかは聞いた?」
「聞いてない。ただ、できるようになることを言っていた」
「聞かないんだね」
「言いたければ言う」
ネラは息を吐いた。
「次からは、つじつまが合わなくならないように気をつけて。あのまま受け取らずにリゼを返したら、リゼが困っただろうから」
「お前が何とかしただろ」
「次も何とかすると思わないで」
ネラはそう言い残し、工房区へ戻っていった。
十日ほどすれば、リゼの脚が形になる。
切断された線をつなぎ、人間の脚に近い歩き方をするためのもの。
人間の脚には見えなくても、いまより遠くまで歩ける。
ロアンはギルド前の通りを歩き始めた。
宿舎へ戻れば、二〇三号室から、炭が木を擦る音が聞こえた。




