2-1. ベルグラート到着
継暦六百二十七年 六月一日
十五台の荷車は東門の中央列へ並んだ。
背負った棒剣の帯が、右肩へ食い込んだ。
ロアンは列の十一台目の左側を歩いていた。
ヴァルドは書類を入れた革筒を持ち、門脇の詰所へ入っている。人と小荷車は左右の列へ分けられ、長距離商隊は中央寄りの列へ誘導されていた。
エルデンを出たときには十六台あった荷車は、十五台になっていた。沈み道で七番車を失ったあと、後続の車を前へ詰め、残った荷を積み直している。側面へ新しい縄を渡した車があり、幌の内側だけでは収まらず、木箱を荷台の外へ括りつけた車もあった。
車輪の鉄帯には砂に磨かれた白い筋が走り、御者や荷役たちの外套にも同じ色の埃が染み込んでいる。長旅の汚れは、人にも荷車にも残っていた。
歩くたびに肩の奥へ鈍い痛みが返ってきたが、腕は動き、手指にも異常はない。沈み道でサンドワームの外皮へ棒剣を叩き込み、最後には両手で先端を押し込んだ。その衝撃で傷めたのだろう。今すぐ処置しなければならない状態ではなかった。
先頭車が止まると、後方へ順に合図が伝わった。御者たちが手綱を引き、十五台の荷車が時間をかけて停止する。荷を積んだ車体が軋み、吊り下げられた水桶や工具がわずかに揺れた。
ワトが鼻から息を吐いた。
一頭が前へ進もうとして革具を鳴らし、御者に短く制される。別の一頭は首を下げたまま、動こうともしなかった。
ロアンは荷車の陰へ半歩寄り、通行の邪魔にならない位置へ立った。
周囲の護衛も隊列から離れなかった。すでに都市の入口まで来ているとはいえ、荷はまだ依頼主の商館へ渡されていない。ここで武装を解き、各自の宿へ向かう者はいなかった。
ロアンの斜め前では、若い御者が荷台へ置いていた水袋を取った。袋の口を唇へ当て、一度だけ傾ける。わずかに口を湿らせただけで栓を戻した。
隊列の中ほどで、積荷をほかの車へ移して空けた一台には、負傷者が乗せられていた。
五人のうち三人は、自分で座れるまでに回復している。一人は右腕を布で吊り、荷台の側板へ背を預けて目を閉じていた。最も傷の重い男は敷物の上へ横たわり、腰の左右へ丸めた敷物を当てられ、荷台の揺れで身体が動かないよう布を渡されている。
いずれも生きてベルグラートまで着いた。
傷が治ったわけではない。ただ、街道上の限られた薬と道具で耐え、ここまで運ばれてきただけだった。
その後ろの荷車には、黒い布を掛けた荷が積まれていた。
サンドワームとの戦闘で全損した、護衛用機械人形の残骸だった。
大きな部位は縄で荷台へ固定され、細かな部品は木箱へ収められている。布の下からは、曲がった金属フレームの一部が張り出していた。回収できたものの中に、再利用できる部品が含まれているかもしれない。その検査を行うまでは、単なる廃材として捨てることもできない。
もう一体の機械人形は、隊列の脇へ立っていた。
右脚を膝下から失い、その代わりに一本の角材をつけている。角材は残った内部フレームへ合わせて削られ、何重にも巻いた布で固定されていた。旅のあいだに布は汚れ、ところどころ毛羽立っている。それでも緩みはなく、角材は右脚の延長として真っ直ぐ地面へ下りていた。
黒い髪は肩より少し長く、顔の両側から肩口へ落ちている。長い移動のあいだに砂埃を含んだためか、光の当たる部分にも艶は少なかった。
人形は荷車のそばで静止し、門前を行き交う人間と車へ顔を向けていた。
淡く青白い目が、近くを通る荷車を追う。
荷車が通り過ぎれば、視線が前へ戻る。
その動きが、周囲の安全を確認しているものなのか、単に動くものへ反応しているだけなのか、ロアンには分からなかった。
しばらくして、ヴァルドが詰所から出てきた。
灰色の上着を着た門の書記が一人、その後ろに続いている。書記は商隊の先頭からゆっくり歩き、荷車の数と外から確認できる積荷を見ながら、板帳へ印をつけていった。
十五台目まで数えると、ヴァルドから受け取った書類と照合する。
書記は、出発時から減った車両数と失われた積荷、負傷者、二体の機械人形の状態を順に確認した。
ヴァルドが答えるたび、板帳へ短く印が加えられる。
書記は負傷者を乗せた車へ目を向け、横たわっている男の状態を遠目に確かめた。それから黒髪の機械人形を見る。
人形は姿勢を変えなかった。書記の視線が右脚の角材へ下り、固定された箇所で一度止まる。
門で行われたのは、簡単な到着確認だけだった。
積荷をすべて降ろし、出発時の帳簿と一つずつ照合するのは商館で行われる。ここで荷車を長く止めれば、後ろへ並ぶ者たちの流れが滞る。
書記が詰所の者へ手を上げた。
道を区切っていた横木が動かされ、商隊の前が開けられる。
ヴァルドが御者へ合図した。
先頭のワトが身体を前へ傾けた。張った革具に引かれて荷車が動き、鉄帯を巻いた車輪が石の上を転がり始める。
一台目に続いて、二台目が門を通る。
ロアンも荷車とともに歩き出した。
門の内側には、商隊がそのまま進める大通りが真っ直ぐ延びていた。
路面は平らな石で舗装され、中央には大型の荷車が二列で通れる幅が取られている。左右には歩行者や人の押す台車が通る場所があり、横道との交わりには、荷車の流れを整理する者が立っていた。
通り沿いの建物は、外側で見たものよりも高く、間隔も狭かった。厚い金属扉を持つ倉庫、二階から張り出した木製の荷揚げ台、外壁へ吊り具や滑車を取りつけた商家が続く。
建物の間には細い路地が伸び、人や小さな台車が絶えず出入りしていた。店先に並ぶ木箱や籠を避けて、厩から引き出されたワトが大通りの脇を歩かされている。
商隊が通るたび、人々は道の端へ寄った。
十五台の荷車が一度に進めば、それだけで通りの一部を長く占める。珍しい光景ではない。足を止めて見物する者はほとんどいなかった。誘導役の指示に従い、横道から出ようとしていた荷車が待ち、商隊の後方が通り過ぎると再び動き始める。
ロアンは荷車の左脇を歩きながら、周囲を見た。
ベルグラートへ来るのは初めてではない。
それでも、エルデンと比べれば人も荷も多かった。通りの幅だけではない。一つの建物へ出入りする人足の数、倉庫の扉の大きさ、積み上げられた木箱の量が違う。
大通りの上には、一定の間隔で細い金属柱が立っていた。
日が低くなり、建物の影が道の半ばまで伸びたころ、その先端に取りつけられた灯具が一つずつ白く点いた。炎の揺れはなく、吹き抜ける風の中でも明るさは変わらない。
灯りは大通りの奥まで連なっていた。
その下を、荷車と人が途切れず行き交っている。
ロアンは前を向いたまま、最初の灯具を視界の端で見た。
夜の道へ電力を使える街だった。
水を汲み上げ、食料を保存し、工房を動かしたうえで、なお通りを照らす余裕がある。灯具そのものよりも、それを維持しているもののほうが大きい。
それ以上考える前に、前方の荷車が速度を落とした。
商隊は大通りを外れ、東倉庫区へ入っていた。
商館や倉庫が集中する一帯では、通りを行く者の多くが荷を扱っていた。低い台車へ木箱を積む人足。天秤棒で包みを運ぶ男。荷札を手に走る書記。建物の二階から吊り下げられた綱へ荷を結びつける者。
エゼル商会の商館は、大通りから一本入った広い道に面していた。
人の出入りする本館と、荷を扱う区画が分かれている。正面には商人や書記のための入口があり、建物の側面を回った先には、荷車を直接入れられる大きな搬入口が開いていた。
先頭車が敷地へ入る。
御者が人足の指示に従って手綱を操り、荷下ろし台の前へ車を寄せた。続く車は敷地の中央へ順番に並べられ、後方の車は搬入口の外で待たされた。
商会の者たちは、到着した隊を眺めて立っているようなことはしなかった。
一台目が止まる前から人足が動き、幌を留めた縄へ手を掛ける。倉庫役が荷下ろし台の空きを確かめ、書記が帳場から受取帳を運んできた。ワトを外す者と、負傷者を治療所へ移す者も分かれていた。
ヴァルドは商館側の責任者と短く言葉を交わし、旅の帳簿を渡した。
「一番車から照合する。損失分は七番車のところでまとめる」
商館側の書記が言った。
ヴァルドはうなずき、最初の荷車へ向かった。
ロアンは搬入口を入ったところで足を止めた。
荷捌き場は、十五台の車すべてを一度に並べられるほど広くはなかった。荷を降ろす車、順番を待つ車、空になって別の場所へ移される車が、その都度入れ替わるようになっている。
石を敷いた床には、車輪が繰り返し通った溝が刻まれていた。頭上には太い木の梁と金属の吊り具が渡され、重い荷を持ち上げるための滑車が下がっている。
右側には一般の貨物を収める第一倉庫があり、大きな扉が開け放たれていた。内部には木箱や麻袋、樽が種類ごとに積まれ、倉庫番の指示に従って人足が荷を運び込んでいる。
左奥にある第二倉庫は、入口の造りから異なっていた。
扉は金属で補強され、鍵が複数取りつけられている。入口の左右には商会の警備役が立ち、高価な遺物やセル、機械類を扱う人間以外が近づかないよう見ていた。
ロアンは荷捌き場の一角から、荷下ろしの様子を見守った。
ベルグラートへ入った時点では、まだ仕事は終わっていない。荷を商館まで運び、商会が受け取ったことを確認するまでが契約だった。
一番車の幌が上げられた。
人足が荷札を外し、書記へ渡す。ヴァルドが旅の帳簿を開き、商館側の書記が受取帳の対応する頁を探した。
木箱が一つずつ荷台から下ろされる。
荷札が読み上げられ、倉庫番が数を確かめる。外側に破損があればその場で記録され、問題がなければ第一倉庫へ運ばれた。
一台目が空になると、車が移動し、二台目が荷下ろし台へ寄せられる。
医薬品の箱は、ほかの荷と積み重ねず、商会の者が直接保管室へ運んだ。大型の金属部品は滑車で吊り上げられ、床へ落とさないよう時間を掛けて降ろされた。
三番車。
四番車。
五番車、六番車と確認が進む。
荷が減るにつれて、車体がわずかに持ち上がる。荷重から解放された車軸や板が音を立て、修理役がその場で損傷を確かめていった。
六番車の確認が終わると、書記は帳簿の次の行へ指を移した。
「七番車」
荷下ろし場の作業は止まらなかった。
別の車から荷を降ろす声や、台車の車輪が床を転がる音が続いている。その中でヴァルドが、損失の内容をもう一度告げた。
「沈み道で喪失。車両一台、ワト一頭。積荷は染料四樽と陶器十二箱。すべて回収不能」
商館側の書記が受取帳へ記録した。
数字と品名を書き終えると、旅の帳簿に残された記載と照らし合わせ、損失を示す印を押す。
「負傷者五人。死者なし」
その項目も続けて記録された。
「護衛用機械人形は」
「一体が全損。回収した部品は最後尾の荷車にある。もう一体は右脚部を喪失。歩行可能」
商館側の責任者が倉庫役へ顔を向けた。
「どちらも第二へ。壊れた方は部品検査。動く方は第二倉庫の管理へ戻せ。記録も付け替える」
倉庫役が人足を二人呼んだ。
機械人形を積んだ最後尾の荷車へ、先に人足が回された。
最後尾の荷車から、黒い布を掛けられた機械人形の残骸が降ろされた。人力だけでは扱いにくいため、低い台車が寄せられる。大きなフレームを先に載せ、その周りへ木箱と、布で包まれた部位を固定していった。
布の端がずれた際、白い外殻の破片と、指の形を残した手がわずかに見えた。
人足は特に反応を示さず、荷崩れしないよう縄を締め直した。
台車が第二倉庫へ向かう。
入口にいた警備役が扉を開き、人足たちは荷を押したまま暗い内部へ入っていった。
続いて、黒髪の機械人形へ移動の指示が出された。
人形は荷車のそばから離れ、第二倉庫へ身体を向けた。
人形は左脚を一歩前へ出した。体重が左側へ移り、遅れて仮脚が石床を打つ。平らな床では砂地より歩きやすいはずだったが、右脚と左脚の動きは同じにはならない。仮脚を接地させるたびに腰がわずかに傾き、上体を使って均衡を戻してから次の一歩へ移る。
石床に、硬い音が残った。
仮脚の先端が床を打つ音。
左脚の足音。
その二つを繰り返しながら、人形は倉庫へ向かっていく。
ロアンは、第二倉庫へ向かうその背を見た。
肩より少し長い黒髪が歩行の揺れに合わせて動き、頬と肩口へ触れている。右脚へ巻いた布は旅の汚れを吸ったままで、角材もロアンが削った形を保っていた。
砂海で角材を取りつけたのは、商隊へついて歩けるようにするためだった。商隊は目的地へ到着し、機械人形は所有する商会の管理下へ戻った。
第二倉庫の扉の前で、人形は一度足を止めた。
倉庫役が中を示す。
人形は指示に従い、暗い入口へ入っていった。仮脚の音が倉庫の中から二度ほど聞こえ、それから荷捌き場の物音へ紛れた。
ロアンは荷下ろし台へ視線を戻した。




