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灰都の剣士と機械人形  作者: NOEU
1. 序章
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1-4. 砂海を抜けて

継暦六百二十七年 五月十四日夕刻〜六月一日


商隊が再び動き始めたのは、日の半分が砂丘の向こうへ沈んだころだった。


七番車の残骸は、その場へ置いていくほかなかった。砂へ流れた染料も、砕けた陶器も、深く沈んだ車軸も運べない。回収できた荷と補修材は残る車両へ分けられ、全損した赤髪の機械人形の部品は、油紙と厚い布で包んで木箱へ収められていた。


十六台だった荷車は十五台になったが、一台を失った分だけ隊列が軽くなったわけではない。負傷者を乗せ、七番車から回収した荷を積み直したため、残る車両のいくつかは以前より重くなっている。御者は車輪の沈みを気にし、荷役は停止するたびに荷縄と車軸を確かめた。


移動速度も落ちていた。先頭が動き始めてから最後尾が続くまでに時間が掛かり、休憩の間隔も以前より短い。止まる場所は、荷車を支えられる旧舗装か、砂の薄い岩盤の上に限られた。


黒髪の機械人形は、角材の仮脚で隊列についてきた。


砂の上では木の先が深く沈み、引き抜くたびに周囲の砂が崩れた。左脚を前へ出し、腰を回し、遅れて右膝から角材を運ぶ。接地した木へ身体を預けると上体が一度右へ傾くため、左脚と腰を動かして姿勢を戻してから、次の一歩へ移っていた。


旧舗装へ出ると、歩行の音が変わった。


人間の靴やワトの蹄に混じり、木の先が硬い路面を打つ乾いた音が響く。角材が先に接地し、左足がその後へ続く。歩調は均等ではなかったが、止まりはしなかった。


沈み道を離れるまで、ロアンは何度か後方を振り返った。歩けているか、角材が外れていないか、布が一方へずれていないか、機械人形の速度が隊列全体へ影響していないかを見るためだった。


日が落ちる前に、商隊は沈み道の深い砂を抜けた。


その夜の野営地では、負傷者のうち二人に熱が出た。治療師は同行していなかったため、薬を扱える荷役と怪我の処置に慣れた護衛が傷を洗い、腫れた箇所へ濡らした布を当てた。脱臼した肩は固定し、足首を傷めた七番車の御者は荷車から下ろさなかった。


ロアンの右肩にも鈍い痛みが残っていたが、腕が動かないわけではない。自分へ薬を使うほどではないと判断し、夜番の割り振りへ戻った。


黒髪の機械人形は、野営地の外側へ置かれた。


座るよう命じられていないため、角材の脚で立ったまま待っている。異音や砂面の変化があれば、人間の夜番へ伝える役割は損傷前と変わらない。ただし、走って追跡することはできず、異常の意味や退避先を決めるのは人間の仕事だった。


夜が深くなってから、ロアンは仮脚を一度だけ確認した。


布の巻き目も、結び目も、夕刻に固定した位置から動いていない。最初に強く締めたものを、必要もないのに解けば、かえって角材の位置をずらす。ロアンは手を触れず、外から木の向きと布の重なりを見ただけで離れた。


翌朝、黒髪の機械人形は自力で立ち上がった。


最初の一歩には少し時間が掛かったが、二歩目からは前日の終わりと同じ歩き方へ戻った。荷役の一人が薬と空の容器を包んだ小さな荷を渡すと、機械人形は左手で受け取り、右手を空けたまま歩いた。転倒しそうになった場合に、手を使えるようにするためだった。


重い荷は持たせない。機械人形は休みを求めなかったが、商隊が止まるたびに同じ場所で停止させ、必要なら座らせた。


白塔へ着いたのは、襲撃から二日後だった。


塔は遠くからでも見えた。砂海の中に、白い柱が一本だけ残っている。表面は風と砂に削られ、ところどころ灰色の下地を晒していたが、周囲の低い建物や半ば埋まった外壁よりはるかに高く、道を外れた商隊にも位置を示していた。


門を通ると、商隊の者たちは先に負傷者を下ろした。白塔の地下槽には水が残っているが、大型商隊の樽を満たすためのものではない。遭難者と避難者へ残すべき水であり、ここへ来れば補給できるという前提で旅程を組むことはできなかった。


書記は白塔の記録係へ損害を伝えた。


人間の死者はいない。負傷者は五人。車両一台を失い、護衛用機械人形は一体が再稼働不能、もう一体が右脚膝下を失った。


失った積荷の数量や車両番号は書記の帳面に残し、白塔には次の商隊が必要とする情報だけを渡した。沈み道でサンドワームが一体現れ、前方の一番車を襲ったあと、一度砂へ潜って七番車付近へ回ったこと。襲撃前に砂の下から返っていた振動が一度途切れたこと。


その記録は白塔へ残り、東西どちらから来る商隊にも伝えられる。


赤髪の機械人形の部品箱は、塔の壁際へ置かれた。


荷役が油紙を開き、内部へ砂が入り込んでいないか確かめる。頭部、片腕、腰部、外殻の破片、潰れずに残った内部部品。ここでは使えるかどうかを判断できず、ベルグラートの第二倉庫まで運んで技師に見せることになる。


黒髪の機械人形は、その木箱から少し離れた場所に立っていた。


次の出発命令が出るまで動かなかった。顔は箱の方へ向いているように見えたが、残骸を見ているのか、ただ前を向いて命令を待っているだけなのか、ロアンには分からなかった。


赤髪の機械人形と、どれほど長く行動を共にしていたのかも知らない。


白塔を出る前、ロアンは仮脚を外から確かめた。


角材の先端は少し丸く削れ、布は砂を吸って暗くなっていたが、巻き目に緩みはない。指で結び目を押しても動かなかった。


「歩けるか」


黒髪の機械人形は自分の右脚へ視線を落とした。


「はい」


答えはそれだけだった。


ロアンも、それ以上は訊かなかった。


白塔からシャルガまでの道は、沈み道ほど深い砂が続くわけではなかった。岩盤と旧舗装が長く残り、荷車の速度は少し戻ったものの、仮脚の角材には砂地とは違う消耗が生じた。


一歩ごとに木の先が硬い路面を打ち、少しずつ斜めに削れていく。


昼は風が強く、隊列の後方が白く霞んだ。日が落ちれば気温が下がり、負傷者へ外套と毛布が集められた。荷を積み替えた車両は車軸を休ませる回数が増え、そのたびに修理担当が油と留め具を確認した。


行程は遅れたが、商隊は止まらなかった。


進めるうちは進み、壊れる前に休ませ、壊れたものは動かせる形へ戻す。それを繰り返して、シャルガ井戸砦へ着いた。


シャルガでは水樽を満たした。


順番を待つあいだにも御者は車輪を外し、修理担当は軸へ油を入れた。革具のひびへ油を擦り込み、毛羽立った荷縄を切り詰める。


黒髪の機械人形のセルも交換された。


商会の担当者から指示を受けると、機械人形は低い石台へ座り、腰側の交換口を自分で開いた。抜かれたセルは封をされ、商会の箱へ収められる。代わりのセルを差し込み、固定を確かめると、機械人形は交換口を閉じた。


「終わりました」


担当者へそう告げ、立ち上がる。


ロアンは近くにいたが、交換作業を細かく見てはいなかった。商会所有の機械へ、商会管理のセルを入れ替えたにすぎない。


見るべきなのは、交換後も同じ歩幅で進めるかどうかだった。


シャルガを離れると、砂海の西側へ入った。


深い砂は減り、乾いた土と風食された岩が増えていく。荷車へ伝わる衝撃は強くなり、留め具や荷縄が緩みやすくなった。黒髪の機械人形の歩行音も変わり、角材の先が岩盤へ当たるたび、小さく跳ねるようになった。


ロアンは休憩のたびに、立った姿を横から見るようになった。


角材が膝の下から真っ直ぐ伸びているか。布が一方へ寄っていないか。歩いた跡に、木を引きずった線が増えていないか。問題がなければ、触れずに離れた。


黒髪の機械人形は、見られていることへ何も言わなかった。


ロアンも、なぜ確認するのかを説明しなかった。


ダハムへ着いたころには、仮脚を作ってから九日が経っていた。


砂海西端の町は、井戸、宿、厩、修理場が狭い通りへ集まっている。砂漠へ入る商隊は水容器を積み、砂漠を抜けた商隊は壊れた車輪と負傷者を降ろしていた。


宿へ入る前に、ロアンは黒髪の機械人形を荷車の陰へ座らせた。


「脚を出せ」


「はい」


角材の先端は、片側だけ大きく削れていた。表面には細かな割れがあり、布も下側の一部が擦れて薄くなっている。このまま上から巻き足すだけでは、内部に入り込んだ砂と外殻の破片を残すことになる。


ロアンは結び目をほどいた。


最初に押し込んだ箇所は、砂と白い粉で固くなっていた。短刀の先を使い、布を切らないよう少しずつ引き出す。一巻きずつ解いていくと、内側から細かな砂と外殻の破片が落ちた。


角材を外し、破断箇所を見る。


新しく折れた金属はなく、最初に利用したフレームの窪みと張り出しも残っている。角材が触れていた箇所には、白い粉と黒い擦れが付着していたため、ロアンは乾いた布で砂を払い、配線へ触れないよう周囲だけを拭った。


「歩きにくくなったか」


黒髪の機械人形は右脚へ目を向けた。


「少し」


「角材がずれたせいか」


「その可能性があります」


異常があるわけではない。


角材の先が斜めに削れ、接地する角度が変わったため、身体を真っ直ぐへ戻す制御が増えているだけだった。歩けなくなる状態ではないが、そのままにすればセルの消費は増える。


「ずいぶん雑な脚だな」


背後から声がした。


ダハムの修理職人だった。車輪の鉄帯を直していた男で、手には小さな金槌を持っている。しゃがみ込み、外された角材の先を指で押した。


「お前が作ったのか」


「ああ」


「よくここまでもった。このままだと、石で先が割れるぞ」


「どうすればいい」


「革を当てて、釘で留める。端材で足りる」


職人は工房の方へ顎を向けた。


「商会のものなら、責任者へ言っておけ」


本来なら、商会所有の機械人形に使う補修材は、商会側へ請求するものだった。


ロアンはヴァルドを探さなかった。


革の端材と釘の代金は、尋ねるほどの額ではない。


「いくらだ」


「二ミル」


ロアンは自分の硬貨袋から払った。


職人は何も言わず、工房から厚い古革を持ってきた。元は荷具か靴底に使われていたらしく、表面には古い穴が残っている。


角材の先へ合わせて革を切り、断面を覆うように当て、側面へ折り込む。木を割らないよう錐で四つの穴を開けてから、細い釘を打った。釘の頭は革から出ないところまで沈められ、木の先を包む革が隙間なく固定された。


「石の上なら、これで少しは持つ」


職人は言った。


「濡れたら外せ。中で木が腐る」


「ああ」


職人が離れると、ロアンは角材の反対側を見た。最初に削った形は残っていたが、少し摩耗している。短刀で浅く整え、フレームの窪みへ再び合わせた。


外した布は、使える部分と傷んだ部分へ分けた。


外側に巻かれていた箇所はまだ厚みがあり、内側で外殻へ擦れていた箇所だけが細く裂け始めている。ロアンは傷んだ部分を切り取り、足りない分だけ旅袋から新しい布を出した。


新しい布を角材とフレームの間へ先に当て、その上から使える古い布を巻く。上から下へ巻いたあと、方向を変えて下から上へ重ね、角材を膝側へ押し込んだまま交差させた。


外殻の割れた縁へ結び目が重ならない位置を選び、余った端を巻き目の下へ押し込む。


両手で角材を左右へ揺すった。


動かない。


前後へ力を掛けても、フレームとの間にずれは出なかった。


ロアンは黒髪の機械人形へ立つよう命じた。


機械人形は両手で荷車の縁を押し、左脚へ力を掛ける。角材の先端を覆った革が地面へ触れると、以前より鈍い音がした。


数歩歩かせる。


木の先は滑らず、布もずれない。斜めに削れていた角度が戻ったため、上体を大きく傾けずに次の一歩へ移れるようになっていた。


「どうだ」


「先ほどより歩きやすいです」


「歩けるな」


「はい」


それで作業は終わった。


ダハムでは、ベルグラートまでの残り日数を考え、セルも交換された。黒髪の機械人形は前と同じように座る。服の左裾をめくり、腰にある交換口を自分で開いた。


ロアンは交換作業より、角材先端の革が石床へどう当たるかを見ていた。


ダハムを出ると、砂の色は少しずつ変わった。


細かな砂が減り、乾いた土と礫が増える。風食台地では道が上下し、荷車は坂を上るたびに速度を落とした。テサラ砦では負傷者の包帯を替え、傷んだ車軸を一つ交換した。


さらに西へ進むと、遠くに耕地が見え始めた。


旧時代の灌漑水路が土の下から現れ、その一部だけが修復されて使われている。水の流れる場所には低い作物が育ち、壊れた場所では乾いた溝が白い地面を遠くまで走っていた。


カルダへ着いたときにも、機械人形の仮脚は保っていた。


ロアンは布へ触れず、立った姿を横から見た。角材は真っ直ぐで、革も外れていない。結び目はダハムで押し込んだ位置に残っている。


「歩行に問題は」


「ありません」


答えは短かった。


ロアンも、それ以上は聞かなかった。


商隊はカルダで長く止まらなかった。水と食料を補い、負傷者を診てもらい、荷車の状態を確かめる。動けるなら出る。それがベルグラートへ向かう商隊の仕事だった。


都市へ近づくほど、道を行く荷車は増えていった。


最初は一日に一組を見るかどうかだったものが、朝に二組、昼にも一組とすれ違うようになる。荷を積んだ小さな車、空の水樽を載せた車、家畜を歩かせる商人、工房へ向かう金属部品を運ぶ一団。


道の両側には畑と集落が増え、倉庫や厩、荷車を直す小屋、道沿いの食堂が途切れず現れるようになった。


ベルグラートの城壁は、まだ見えなかった。


それでも、都市はすでに始まっていた。


近郊農地から集まる作物。工房へ向かう木材と金属。門の外で仕事を待つ人足。ベルグラートへ運び込まれる荷と、都市から周辺へ送り出される荷の流れ。


それらが日を追うごとに密になっていった。


六月一日の午後、遠くに塔が見えた。


最初に見えたのは城壁ではなく、旧時代の構造物を取り込んだ高い防備施設と、その向こうへ突き出した数本の塔だった。


道の前方には、東門外の集積地へ入る荷車が並んでいる。荷を確認する役人、通行札を持つ書記、厩へワトを引く者、倉庫へ荷を運ぶ人足。声と車輪の音が、風に乗って届いた。


商隊は列の最後尾へついた。


三十日近く続いた旅の終わりにしては、誰も大きな声を上げなかった。荷車を止め、ワトへ水を与え、負傷者を降ろす場所を確保し、翌朝に門を通るための札を揃える。


まだ、することが残っていた。


出発時に十六台あった荷車は十五台になっている。人間の死者は出なかった。


五人の負傷者を連れ、失った車両と積荷の記録を持ち、全損した機械人形の部品箱を積んでいる。


黒髪の機械人形は、荷車の横へ立っていた。


右脚には、ダハムで一部を交換して巻き直した布が残っている。角材の先には古い革が当てられ、四本の釘で固定されていた。


木の音は、砂海を抜けたあとも途切れなかった。


ロアンは、その姿をもう一度だけ見た。


荷を商館へ引き渡せば契約は終わる。


前方で荷車が一台進み、東門へ続く列も、わずかに前へ動いた。


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