3-3. エルデン到着
継暦六百二十七年 七月十三日
セルカを出た翌朝、街道の両側には畑が続いていた。
乾いた草地の間を耕した土地が埋め、低い石積みが境を作っている。水路には小さな木橋が渡され、ところどころに据えられた水門から細い流れが畑へ分かれていた。砂海を越えたころには遠く感じられた人の暮らしが、街道のすぐ脇まで戻ってきている。
道幅も広くなっていた。
農地へ向かう者や、空の荷車を引いて町へ戻る者とすれ違うたび、先頭のミラが片手を上げて進路を示す。相手は街道の端へ寄り、六台の荷車が通り過ぎるのを待った。
前日の野盗襲撃について、話す者はいなかった。
荷縄は締め直され、車輪にも異常はなく、御者や荷役に負傷者はいない。予備車両の荷台にはリゼが座り、角材の固定も元の位置へ戻っていた。商隊は出発前と同じように進んでいる。
それでも、まったく同じではなかった。
ティナは腰の短剣へ以前より頻繁に手を触れ、ミラは前方だけでなく、道脇の草地へも視線を向けている。レナートは小型弩を肩へ掛け、矢筒の蓋が閉じていることをときおり手で確かめた。
ガレスとカイムも必要なとき以外は話さなかった。
ロアンは四台目と五台目の間を歩きながら、隊列全体を見ていた。街道に大きな死角はない。近づく者も遠くから見え、道脇の畑には身を隠せる岩も少なかった。
それでも警戒を解く気にはならなかった。
仕事は、門をくぐっただけでは終わらない。
荷を支所へ運び入れ、封印と荷札を確認し、報告と精算を済ませるまでが護衛の仕事だった。目的地が近づいたときほど、御者も護衛も気が緩みやすい。これまでにも、町の近くで車輪を壊した商隊や、最後の休憩で荷を置き忘れた荷役を見たことがある。
昼前の休憩では、いつもどおり荷車を一台ずつ見て回った。
水樽はエルデンまで十分に足りる。荷縄にも大きな緩みはなく、前日の戦闘でワトが暴れた影響も見られなかった。
最後に、予備車両へ向かう。
リゼは荷台の奥へ座り、左手を膝へ置いていた。ロアンが近づくと、右脚の角材をわずかに持ち上げる。
「固定は」
「問題ありません」
ロアンは荷台へ片手を掛け、巻き直した布を外側から確かめた。結び目は緩んでいない。左脚と両腕にも、前日から新しい異常は出ていなかった。
「エルデンまで降りなくていい」
「はい」
「着いたら俺が降ろす」
リゼは返事をしたあと、街道の先へ顔を向けた。
少し離れた場所では、荷役たちが水を飲み、御者がワトの鼻面を撫でている。ガレスは丸盾を地面へ置かず、背負ったまま石積みへ腰を預けていた。ティナとミラは畑の向こうに見える水車について、声を落として話している。
カイムは座らず、鉈槍を杖のように地面へついていた。
レナートだけが、予備車両の近くへ残っていた。
小型弩の弦へ触れたあと、リゼの角材を見る。前日のように危険を説明し直すことはなかった。しばらく何か言いたそうにしていたが、結局、弩の肩紐を直しただけで前方へ戻っていった。
休憩を終えると、隊列は再び東へ進んだ。
午後に入ってしばらくしたころ、先頭を歩いていたミラが立ち止まった。
右手を上げ、道の先を指す。
「見えた」
声は大きくなかったが、前から後ろへ順に伝わった。
街道が緩やかに下った先に、エルデンの屋根が連なっている。
大きな川から引かれた水路が町の内外へ伸び、その流れに沿って水車が回っていた。ベルグラートより建物は低く、町の外側には畑と牧草地が広がっている。水路を渡る橋の上には人影があり、荷を積んだ小さな車両が町の門へ向かっていた。
御者の一人が、息を吐くように声を上げた。
後ろの荷車から返事があり、それまで一定だったワトの歩調もわずかに速くなる。御者たちは手綱を引き締めたが、声には安堵が混じっていた。
荷役たちも、荷台の上から町を見ている。
長い道を進んできた荷車も、護衛も、積荷も、まもなくそれぞれの持ち場へ戻る。
ロアンにとっては、見慣れた町だった。
川の位置も、水車の並びも、門から商会支所までの道も知っている。仕事から戻るたびに見てきた景色であり、その先には、これまで一人で戻っていた宿舎がある。
予備車両の荷台で、リゼがゆっくりと顔を動かしていた。
町の屋根から水車へ、水路から街道を行く人々へ視線を移す。ベルグラートを見たときのように、建物の大きさや数を尋ねることはなかった。
しばらく町を見たあと、ロアンへ顔を向ける。
「ここが、エルデンですか」
「ああ」
「あなたが暮らしている町ですか」
「そうだ」
リゼは再び前を向いた。
それ以上は何も尋ねなかった。
町へ近づくにつれて、人通りが増えていった。農地から戻る者、空の籠を背負った者、川沿いの作業場へ材木を運ぶ荷車。道脇で遊んでいた子どもたちは商隊が来ると足を止め、荷車を一台ずつ指で数えている。
機械人形の姿に気づいた者の中には、予備車両を振り返る者もいた。
リゼの黒い髪と、淡く光る瞳は荷台の側板から見えている。角材の脚はほとんど隠れていたが、機械人形そのものが町では珍しい。
リゼも、自分へ向けられた視線を追っていた。
「ベルグラートよりは小さな町だ。見られることが増えるかもしれない」
ロアンが言うと、リゼの顔がこちらへ向いた。
「機械人形だからですか」
「それもある。その脚も、降りれば目立つ」
「はい」
「いちいち気にする必要はない」
「景色を見ていてもいいですか」
ロアンは道の先へ目を戻した。
「好きにしろ」
リゼは一度、荷台の前方を確かめた。
「はい」
エルデンの門では、ミラが通行札を示し、ラウルが商会の記録を門番へ渡した。荷車の数と積荷の封印が確認され、一台ずつ町の中へ通されていく。
門をくぐると、街道より狭い石敷きの通りへ入った。
建物の間には水路が流れ、小さな橋がいくつも掛けられている。工房の軒先には木材や金属材が積まれ、籠を抱えた者と荷車が、互いに道を譲りながら行き交っていた。
水車の回る低い音が、町のどこにいても聞こえる。
調理場から流れてくる匂い。
工房で金属を打つ音。
水路の脇で洗い物をする者の声。
長く街道を進んできたあとでは、町にある一つひとつの音が近く感じられた。
商隊は大通りから東へ折れ、エゼル商会の支所へ入った。
支所の門が開き、六台の荷車が順に中庭へ並べられる。御者がワトを止めると、支所の荷役たちがすぐに封印と荷札の確認を始めた。
ラウルはベルグラートから持ってきた帳面を担当者へ渡した。
積荷の箱数。
途中で補給した水と飼料。
交換した荷縄と、車輪へ使った油。
野盗との遭遇。
回収した武器と所持金。
商隊側に負傷者がなく、積荷にも損傷がないこと。
道中の出来事が、順に帳面へ移されていく。
荷役たちは荷縄を解き、積荷を一つずつ倉庫へ運んだ。三十日近く隊列の形を作っていた荷車は、荷を失うごとに背が低くなり、最後には空の荷台だけが中庭へ残った。
リゼは予備車両へ座ったまま、その作業を見ていた。
携行箱と水樽、補修材が下ろされる。
最後に予備車両そのものを奥へ移すことになり、ロアンが荷台へ近づいた。
「降りるぞ」
リゼは左手を差し出した。
ロアンはその手を取り、左足を踏み台へ置かせる。角材が石敷きへついたあと、腰へ手を添え、姿勢が安定したところで離した。
リゼは一度、右脚へ体重を掛けた。
「異常はありません」
「そうか」
ロアンは携行箱を荷台から下ろし、リゼを中庭の壁際へ移動させた。
「ここで待ってろ」
「はい」
予備車両は御者に引かれ、中庭の奥へ入っていった。
リゼはそれを見送った。
ベルグラートからエルデンまで、自分が座っていた車両だった。だが、荷車は商会のものであり、仕事が終われば商会へ戻る。リゼが何かを言うことはなかった。
精算は、支所の事務室で行われた。
長机の上へ護衛ごとの書類と、報酬を収めた小袋が並べられる。ラウルは一人ずつ名前を呼び、基本報酬、行程手当、北側岩盤路を通ったことによる追加分を読み上げた。
野盗との戦闘についても、宿駅から届いた記録と照らし合わせたうえで、戦闘手当が加えられている。
ロアンの精算書には、予備車両へリゼを載せた料金と、途中で購入した補給品の一部が差し引かれていた。
数字を確認し、署名をする。
ガレス、カイム、ミラ、ティナ、レナートも順に報酬を受け取った。
レナートは小袋の重さを手の中で確かめ、すぐに旅袋へ収める。ティナは金額だけを見て署名し、ミラは支給された硬貨を数えなかった。ガレスとカイムも、書類を確認するとそれ以上机の前へ残らなかった。
護衛たちが報酬を受け取るあいだ、リゼは事務室の入口近くに立っていた。
契約には含まれていないため、名前を呼ばれることも、書類を渡されることもない。自分を載せた費用がロアンの報酬から差し引かれたときだけ、その手元へ視線を向けた。
精算が終わると、御者と荷役たちは支所の持ち場へ散っていった。
ワトを厩へ連れていく者。
空の荷車を倉庫の脇へ並べる者。
道具を返し、帳面へ印を受ける者。
それまで同じ道を進んできた者たちが、商会の中へ吸い込まれるように別れていく。
ラウルは支所へ残った。
商会側の最終報告を済ませ、荷車とワトの状態を引き継ぎ、次の荷の手配も確認しなければならない。入口へ向かう護衛たちを見送ったあと、ラウルは帳面を抱えたままロアンの前へ立った。
「無事にエルデンまで到着した。礼を言う」
ロアンは中庭を見た。
「仕事だ」
「それでもだ」
ラウルは答え、ガレスたちにも目を向けた。
「北側岩盤路を選んだことも、道中の判断も間違っていなかった。積荷も人員も、すべて予定どおり着いた。商会を代表して礼を言う」
ガレスが短く頷き、カイムも鉈槍を持ち直した。ミラとティナ、レナートも、それぞれラウルへ顔を向ける。
ロアンは返事の代わりに一度だけ頭を下げた。
ラウルは予備車両の近くに立つリゼを見た。
「君も、助かった」
リゼの瞳がラウルへ向く。
「私は契約に含まれていません」
「承知している。だが、結果としてロアンへの攻撃を止めた。それは事実だ」
リゼは少し間を置いた。
「はい」
「右脚が直るまでは、もう荷台から飛び降りない方がいい」
ティナがすぐに口を挟んだ。
「右脚が直っても駄目です」
ラウルは一瞬黙り、それからわずかに口元を緩めた。
「では、飛び降りない方がいい」
「禁止されています」
リゼが答える。
「そうか。それなら安心だ」
ラウルはもう一度ロアンへ頭を下げ、帳面を抱え直した。
「では、これで解散だ。また機会があればよろしく頼む」
「ああ」
ラウルは支所の事務室へ戻っていった。
ロアンたち護衛は、そのままエルデンのギルドへ向かった。
リゼも隣を歩いた。
商会支所からギルドまでの道は長くない。それでも、予備車両を降りて町の中を歩くのは初めてだった。
角材が石敷きを打つたび、乾いた音が周囲へ響く。
人々が一度だけ足元を見て、次に顔を見る。リゼは視線を返そうとしたが、前方を歩くロアンから遅れかけ、すぐに通りへ目を戻した。
ロアンは歩幅を狭くした。
「急がなくていい」
「遅れています」
「報告の時刻は決まってない」
「はい」
仮脚の音が、少しゆっくりになった。
エルデンのギルドは、水路に面した通りにあった。
入口の広間には、仕事を探す護衛や人足が集まり、受付では書記たちが依頼札や報告書を扱っている。
ロアンたちが入ると、受付にいる女が顔を上げた。エダという名の、顔見知りの女だった。
「戻ったのね」
「ああ」
エダは人数を確かめ、最後にリゼへ目を向けた。仮脚の脚と、傷んだ服を見たあとも、そこで長く視線を止めなかった。
「先行の報告は届いています。道中で野盗と遭遇したそうですね」
「三人だ」
「商隊側に怪我人はいないと聞いています」
「ああ。荷も無事だ」
エダは机の上にあった札を一枚取り、受付の奥を示した。
「報告室を使えます。商会側の記録も、あとで届くことになっています」
報告室には、長机と椅子、壁際の書棚があった。
ロアンとラウルが机の前へ座り、護衛たちはその左右へ並ぶ。リゼは壁際へ立った。
報告は宿駅で伝えたものと大きく変わらなかった。
野盗は三人。
場所はセルカ西方の街道。
短槍、曲刀、鉈を所持。
商隊側に死傷者はなく、積荷と荷車にも大きな被害はない。遺体は街道脇の岩陰へ移し、最寄りの宿駅へ場所を報告した。
書記はロアンとラウルの話を聞き、ガレス、ミラ、ティナにも要点だけを確認した。
「戦闘に入ったのは、契約上の護衛だけですか」
書記が尋ねると、ロアンは壁際へ目を向けた。
「一人、違う」
「機械人形ですか」
「ああ」
書記はリゼを見る。
「誰かに命じられて、荷車を降りたのですか」
「いいえ」
「なぜ降りたのですか」
「ロアンの後ろから、鉈を持った男が近づいていました」
「それを止めるために?」
「はい」
書記の筆が動く。
「相手へ攻撃は」
「掴みました。倒すことはできませんでした」
「その後はロアンが処理した?」
「そうだ」
ロアンが答えた。
「本人に損傷は」
「右脚の損傷は元々だ」
書記は記録へ数行を書き加えた。
「護衛契約外の戦闘参加として残します」
「分かってる」
「ちなみに今後、護衛として扱う予定はありますか」
「ない」
書記はそれ以上尋ねず、報告書を閉じた。
「商会側の損害はなく、配置や対応にも問題は認められません。これで報告は終了です」
仕事としての最後の手続きは、それで終わった。
報告室を出ると、護衛たちは広間で装備を整え始めた。
ガレスは丸盾を背から下ろし、肩紐を緩めた。長いあいだ身体へ食い込んでいた位置を手で押さえ、息を吐く。カイムも町の中で持ち歩くために鉈槍の穂先へ布を巻いた。
ミラは弓の弦を外さなかったが、矢をすべて矢筒へ戻し、蓋を閉じた。
ティナは短剣の位置を直し、上着で鞘を隠す。
レナートは小型弩から矢を抜き、弦を緩めて肩へ掛け直した。街道で構えていた武器が、持ち運ぶだけの荷へ戻っていく。
「俺は西の宿へ戻る」
ガレスが最初に言った。
「盾を置いたら、食堂へ行く。来る奴はいるか」
カイムは鉈槍を肩へ担ぎながら、首を横へ振る。
「先に工房だ。留め具が緩んでる」
「私は受付に用がある」
ミラは依頼札の並ぶ壁へ目を向けた。
「終わった日に次の仕事を見るの?」
ティナが聞くと、ミラは肩をすくめた。
「見るだけ。受けるとは言ってない」
レナートは小型弩へ目を落とした。
「私は工房へ寄ります。昨日の戦闘で、弓身に傷が入りました」
「それくらいなら明日でもいいでしょう」
「早い方がいいです」
ティナは呆れたように息を吐いたが、それ以上は止めなかった。
「私は帰る。湯を使って、服を洗う」
それぞれの行き先が決まると、五人は同じ場所へ集まっている理由を失った。
ガレスがロアンへ手を上げる。
「またな」
「ああ」
カイムも短く頭を下げ、工房区へ向かう出口へ歩いていく。ミラは受付の方へ戻り、レナートは小型弩を抱え直して別の扉へ向かった。
ティナだけが少し残った。
リゼの前へ立ち、淡く光る青い瞳に目を向ける。
「もう、勝手に飛び降りないのよ」
「はい」
「次に何か見つけたら、先に声を出して」
「そうします」
ティナは返事を聞き、今度はロアンを見る。
「ちゃんと見ててあげなさいよ」
「見てる」
「そういう意味じゃなくて」
何を言おうとしたのか、ティナ自身も決めていなかったらしい。
少し眉を寄せたあと、諦めたように手を振る。
「まあいいわ。またね、リゼ」
リゼはすぐには答えなかった。
ティナが入口へ向かって歩き始めてから、背中へ声を掛ける。
「また、ですか」
ティナが振り返った。
「エルデンにいるんだから、そのうち会うでしょう」
「はい」
ティナはわずかに笑い、通りへ出ていった。
少し前まで、六人の護衛が同じ隊列の前後を守っていた。
いまはガレスが西へ、カイムが工房区へ、ミラが受付の奥へ向かい、レナートも弩を抱えて別の通りへ出ていった。ティナの姿も、ギルドの入口を過ぎる人の流れへ紛れて見えなくなる。
旅のあいだ一つの隊列を作っていた者たちは、それぞれの生活へ戻っていった。
ロアンも、これまではそこで一人になっていた。
報酬を受け取り、報告を終え、棒剣と旅袋を持って宿舎へ帰る。それがいつもの仕事の終わりだった。
ギルドの外へ出ると、日は西へ傾いていた。
水路の表面へ建物の影が伸び、仕事を終えた者たちが家や宿へ向かっている。食堂からは煮込みの匂いが流れ、工房では戸を閉める前の金属音が続いていた。
ロアンは左手に携行箱を持って歩き出した。
すぐ隣から、仮脚が石敷きを打つ音が続く。
一つ。
少し遅れて、もう一つ。
自分の歩幅のまま進めば、リゼは次第に遅れる。
ロアンは意識しているのか分からないまま、歩幅を狭くした。
水路に沿った通りを曲がり、小さな橋を渡る。リゼは人の流れや建物へ目を向けながらも、ロアンとの間を空けないよう歩いていた。
「これから、どこへ向かいますか」
角材の音に混じって、リゼが尋ねる。
「宿舎だ」
「あなたが暮らしている場所ですか」
「ああ」
リゼは通りの先を見た。
宿舎がどの建物なのかは、まだ分からないはずだった。それでも、ロアンが向かう方向へ角材をつき、左脚を運ぶ。
何歩か進んだあと、声がもう一度聞こえた。
「私も、そこへ行くのですか」
ロアンは足を止めなかった。
ベルグラートで買い、予備車両へ載せ、エルデンまで連れてきた。それでも、到着したあとのことは決めていない。
宿舎の規則。
部屋の広さ。
リゼをどこへ置くか。
セルをどこで管理し、右脚をどう直すか。
決まっていることは、何一つなかった。
「ほかに行く場所があるのか」
「ありません」
「なら来い」
リゼは返事をしなかった。
ただ、仮脚の音がロアンの隣で続いた。
仕事の報告には、書くべき項目があった。
荷の数も、報酬も、道中で使った水や飼料も、野盗との遭遇も、帳面の決められた場所へ収まった。護衛契約は終わり、荷車は商会へ戻り、同行した者たちはそれぞれの生活へ帰っていった。
しかし、リゼをどこへ連れていき、これからどう暮らすのかを記す帳面はなかった。
ロアンはリゼを連れ、ギルド宿舎のある通りへ向かった。




