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灰都の剣士と機械人形  作者: NOEU
1. 序章
2/65

1-2. 襲撃

砂が盛り上がった。


一番車の前方、旧舗装が細く途切れた場所で、砂の面が長く膨らんだ。地中を太い何かが横切り、下から路面を押し上げている。


「右へ寄せろ!」


ダリオの声が飛んだ。


前方の御者が手綱を引く。


一台目のワトが硬い路面へ上がろうとした。二台目が続く。車輪が旧舗装の縁へ当たり、荷台が大きく揺れた。


砂が割れた。


最初に見えたのは、濡れた石に似た暗い外皮だった。


その下から、頭部が立ち上がる。


サンドワームの口が開いた。


円形に並ぶ歯の奥は暗く、砂と粘液が糸を引いている。頭部だけで荷車の高さを越えていた。身体の大半はまだ砂中にあり、盛り上がった砂が前方の轍を横切っている。


一台目のワトが鳴いた。


前脚を持ち上げ、荷車を引いたまま身体を捻る。


御者が手綱へ体重を掛けた。


「切れ!」


ダリオが叫ぶ。


荷役が荷台の脇へ飛びついた。


短刀が牽引縄へ入る。


一度では切れない。


張り詰めた縄が刃を弾き、荷役の手が滑った。


サンドワームが頭を振る。


砂が横殴りに飛んだ。


ロアンは七番車の脇から前方を見ていた。


距離がある。


今から走っても間に合わない。


前にはダリオがいる。ベックもいる。赤髪の機械人形も前方右側に配置されていた。


ロアンが離れれば、中央が空く。


「動かすな!」


七番車の御者が手綱を引こうとするのを止めた。


前方が乱れたからといって、後ろまで一斉に動けば、荷車同士の間隔が潰れる。深い砂で向きを変えれば、横倒しになる車両も出る。


七番車のワトが前方の鳴き声へ反応し、首を振った。


ロアンは手綱の根元を掴んだ。


「そのままだ」


御者の顔に砂が当たる。


目を細めながら、うなずいた。


前方で重弩が鳴った。


弦の音というより、厚い板が割れたような音だった。


太い矢が飛ぶ。


サンドワームの開いた口の縁へ刺さった。


頭部が反れた。


ベックが巻き上げ具から手を離し、荷車を飛び降りる。次の矢を待つ時間はない。


弓へ持ち替えた。


短い矢をつがえ、引く。


「目があるなら、そこだろうな」


誰へ言ったのでもない。


矢が外皮へ当たり、弾かれた。


長柄武器を持つ護衛が二人、前方の荷車とサンドワームの間へ入る。倒すためではない。頭部が荷台へ届く前に向きをずらすためだった。


赤髪の機械人形が、その横を抜けた。


白い脚が砂を蹴る。


長杖を両手で持ち、開いた口の横へ突き入れた。


杖の先端が外皮の継ぎ目へ当たる。


人形は止まらない。


身体ごと押し込み、サンドワームの頭部を右へ逸らした。


その間に荷役が縄を切った。


解かれたワトが横へ走る。


空になった牽引具が砂へ落ちた。


一台目の荷車だけが、旧舗装の縁へ残る。


御者は荷台から飛び降り、硬い路面へ転がった。


サンドワームが口を閉じる。


赤髪の機械人形は杖を抜き、後ろへ下がった。


重弩の矢が刺さったまま、サンドワームの頭部が砂へ沈む。


砂面が激しく崩れた。


逃げたのか。


潜り直しただけか。


分からない。


「前を詰めるな!」


ダリオが叫んだ。


「一台目から離れろ! 退避しろ!」


声が隊列を渡っていく。


前方の護衛が御者を引き起こす。


ベックは弓を構えたまま、沈んだ場所から目を離さない。


赤髪の機械人形が杖を持ち直した。


そのとき、七番車の下で音がした。


低い音だった。


木が軋んだのではない。


車輪の下から、砂を擦るものが近づいてくる。


ロアンは手綱を放した。


「離れろ!」


御者が振り向く。


七番車の左側が持ち上がった。


荷台が傾く。


積まれた陶器箱が荷縄へ食い込み、木枠が悲鳴を上げた。


ワトが前へ飛び出す。


車輪が一度だけ回った。


砂が爆ぜた。前方で沈んだサンドワームが、七番車の下から再び現れた。


荷車の底板が下から突き上げられる。


左の車輪が浮き、右の車輪だけが深く沈む。


七番車が横倒しになった。


木箱が荷縄を破り、砂へ落ちる。


陶器の割れる音が続いた。


染料の樽が一つ、荷台から転がり落ちた。栓が外れ、黒に近い液体が砂へ広がる。


ワトが横へ引かれた。


牽引具が首へ食い込む。


御者が縄へ短刀を入れる。


ロアンも駆け寄った。


縄は荷車の下で張り詰めている。


切る位置を誤れば、弾けた端が御者の顔へ飛ぶ。


「下がれ」


「ワトが――」


「切る」


ロアンは短刀を抜いた。


御者の手より前へ出る。


一度。


革と繊維が半ばまで裂けた。


二度目で縄が切れた。


張力を失った端が砂を打つ。


ワトは前へ倒れた。


立ち上がろうとしたが、後脚が砂へ沈んでいる。


地面の下で何かが動いた。


ワトの身体が横へ引かれた。


鳴き声が途切れる。


砂が赤黒く染まり、すぐに崩れて覆った。


御者が動こうとした。


ロアンは胸を押して止めた。


「無理だ」


「まだ――」


「できることはない」


御者の口が閉じる。


顔に浮かんだものを、ロアンは見なかった。


荷役二人が倒れた車両の反対側から這い出してくる。


一人は額から血を流していた。もう一人は右腕を押さえている。


黒髪の機械人形が、その二人の側へ回った。


片腕で一人を支え、硬い路面側へ押し出す。


人間より力はある。


だが、急かすようには扱わない。


荷役の足が砂へ取られるたび、立つ位置を変えていた。


「後ろへ送れ!」


ダリオが中央から走ってくる。


短槍を持ったまま、倒れた七番車と周囲を見た。


「負傷者は八番へ。荷は後だ」


七番車の下が動いている。


一度現れた頭部は、また砂へ潜った。


完全には離れていない。


倒れた車両の重さと、暴れたワトの振動を追っている。


後方から笛が鳴った。


ネリクが人を下げている。


八番車の御者が水樽を守ろうとして手綱を引いた。


「八番を右へ!」


ダリオが命じる。


「水は動かすな! 九番から後ろを止めろ!」


指示が飛ぶ。


御者と荷役が動く。


七番車は捨てるしかない。


だが、積荷のすべてを諦めるには早い。


硬い路面側へ転がった箱だけなら回収できる。


染料より先に、割れていない陶器より先に、負傷者を動かす。


その次に水。


薬。


補修材。


順番は決まっていた。


赤髪の機械人形が前方から走ってきた。


長杖の先には、暗い粘液が付いている。


「七番車の外側へ入れ!」


ダリオが指示した。


人形は速度を落とさない。


倒れた荷車を回り込み、砂の盛り上がりと硬い路面の間へ立った。


ロアンは棒剣を抜いた。


鞘から出た刀身に、砂が擦れる。


肩へ重さが掛かった。


砂の下を走る筋が、倒れた荷車の周囲を回った。


赤髪の機械人形が長杖を構える。


ロアンは反対側へ回る。


「出たら頭を上げさせろ」


ダリオが言った。


「下で動かれる方がまずい」


ロアンはうなずいた。


砂面が沈む。


次の瞬間、七番車の残骸の下から頭部が飛び出した。


荷台が持ち上がる。


木枠が割れ、積荷が宙へ散った。


赤髪の機械人形が踏み込む。


長杖を横から口へ差し入れた。


口を閉じさせないためだった。


両腕へ力が掛かる。


人形の足が砂へ沈む。


外殻の下で駆動音が高くなった。


ロアンはサンドワームの側面へ回ろうとした。


だが、頭部が振られる。


赤髪の機械人形の身体が浮いた。


杖を離さない。


サンドワームが首を捻る。


長杖ごと、人形の上半身が口の正面へ引き込まれた。


「離れろ!」


ダリオの声が飛ぶ。


人形は離れなかった。


命令が届かなかったのか。


杖を抜く時間がなかったのか。


顎が閉じた。


硬いものが砕ける音がした。


人間の骨とは違う。


陶器を厚い布の中で割ったような、短く鈍い音だった。


赤髪の機械人形の胸部が潰れた。


白い外殻が弾ける。


その下から黒い繊維束と金属フレームが露出した。


頭部が横へ振られ、身体が二つに折れる。


片腕が外れた。


長杖も曲がり、口の外へ弾かれた。


赤髪の機械人形は砂へ落ちた。


もう動けないことは状況から明白だった。


ロアンはその姿を追わない。


一歩入る。


棒剣を両手で持ち、サンドワームの側面へ叩き込んだ。


刀身の角が外皮へ食い込む。


浅い。


押し込めない。


サンドワームが頭を振る。


ロアンは棒剣を抜き、下がった。


ダリオの短槍が口の端へ入る。


穂先が滑り、外皮に傷を残す。


「硬い方へ寄せろ!」


ダリオが言う。


倒す必要はない。


砂から引き離し、硬い路面へ身体を出させれば、動きは鈍る。


だが、サンドワームは七番車の下へ潜ろうとしていた。


荷車の残骸が揺れる。


砂へ沈み始める。


「荷役を下げろ!」


ロアンは振り返った。


黒髪の機械人形が、最後の一人を硬い路面へ押し上げている。


額から血を流した荷役は、八番車の横まで退いていた。


もう一人がまだ近い。


右脚を引きずっている。


機械人形はその腰を支え、前へ運んでいた。


サンドワームが再び頭を上げる。


今度は赤髪の残骸ではなく、動いている人間へ向いた。


「そいつを先へ!」


ロアンが叫ぶ。


黒髪の機械人形が荷役を押し出す。


その間に、ロアンは倒れた車両の側へ移った。


七番車の御者がまだ残っている。


切れた牽引縄の近くに膝をつき、砂へ沈んだ荷物を見ていた。


「立て」


御者は反応しない。


ロアンは襟を掴んだ。


「行くぞ」


「帳面が」


御者が荷台の下を指した。


積荷の札と損失記録を入れた革鞄が、倒れた御者台の近くに挟まっている。


「後だ」


「商会の――」


「死ねば書けない」


ロアンは引き起こした。


御者の左脚がもつれた。


足首を傷めている。


走れない。


ロアンは御者の腕を肩へ回し、硬い路面側へ向きを変えた。


そのとき、足元が落ちた。


倒れた七番車の下に残っていた空洞が崩れた。


砂が流れ込む。


ロアンの右脚が膝近くまで沈んだ。


御者を路面側へと突き飛ばす。


硬い路面まで、あと十歩ほどある。


ネリクが駆け寄り、御者の手を引いた。


「連れていけ!」


ロアンは砂から脚を抜こうとした。


動かない。


足首の周囲へ砂が締まる。


棒剣を地面へ突き、支点にする。


その下から、音がした。


近い。


砂を押し分ける湿った音。


一度引いたように見えたサンドワームが、七番車の下を回っていた。


荷車の残骸が浮く。


ロアンは棒剣を抜こうとした。


砂に深く入っている。


右脚もまだ抜けない。


車体の下から、口が現れた。


近すぎた。


歯の並びが見える。


その奥に、赤髪の外殻片が挟まっていた。


ロアンは棒剣を手放さなかった。


身体を左へ捻る。


避けられる幅はない。


硬い路面へ飛ぶには、右脚を抜く必要がある。


間に合わない。


黒い影が横から入った。


黒髪の機械人形だった。


第七車両の外側から、砂を蹴ってくる。


長杖を両手で持っていた。


ロアンとサンドワームの間へ身体を入れる。


命令された位置を守っただけなのか。


危険に近い人間を優先したのか。


ロアンには分からなかった。


人形が長杖を突き出す。


先端が開いた口の奥へ入った。


両腕が伸びきる。


杖の石突きが人形の脇へ当たる。


サンドワームの頭部がわずかに止まった。


その一瞬で、ロアンは右脚を抜いた。


靴が砂の中へ残りかける。


身体を前へ倒し、棒剣を引き抜いた。


サンドワームが顎を閉じる。


長杖が軋んだ。


人形は手を離さない。再び顎を開いたサンドワームの重量に、杖ごと押された人形が後ろへ倒れる。


右脚を引こうとしたが遅かった。


顎の端が、膝下を挟んだ。


白い外殻が割れた。


細かな破片が砂へ散る。


その下の金属フレームが、圧力に耐えきれず折れ曲がる。


音がした。


乾いた木を折る音とも、鉄を曲げる音とも違った。


短く、硬い音だった。


右脚の膝下が失われた。


人形の身体が横へ倒れる。


長杖はサンドワームの口に挟まれたまま、中央から曲がっている。


隙ができた。


ロアンは踏み込んだ。


棒剣を両手で持ち上げる。


開いたままの口の脇。


赤髪の人形が潰されたときに割れた外皮。


ダリオの短槍が傷を残した口の端。


硬い外殻の継ぎ目。


そこへ先端を入れた。


棒剣が止まる。


浅い。


柄へ体重を掛ける。


一歩。


さらに押す。


刀身の角が内部へ食い込む。


サンドワームが頭を振った。


ロアンの両腕へ衝撃が返る。


手を離さない。


棒剣を捻る。


傷口が広がった。


暗い液体が噴き出す。


サンドワームが砂を撒き散らした。


頭部が持ち上がる。


ロアンの身体も引かれる。


足元を踏み直す。


硬い路面へ片足を置く。


もう一度柄を押し込むと、更に奥へと入っていった。


奥で何かが潰れた。


サンドワームの動きが止まる。


完全には止まらない。


頭部が痙攣し、口が開閉を繰り返す。


ロアンは棒剣を抜いた。


横へ跳ぶ。


サンドワームの身体が砂へ落ちた。


重い音がした。


周囲の砂が波のように崩れる。


しばらく、誰も近づかなかった。


ダリオが槍を構えたまま動きを見ている。


ベックが前方から戻り、弓を引いた。


ネリクは御者を八番車の陰へ運んでいた。


サンドワームはもう一度だけ頭を持ち上げようとした。


上がらなかった。


口の端から暗い液体が流れ、染料のこぼれた砂へ混じった。


「止まった」


ダリオが言った。


誰もすぐには武器を下ろさなかった。


ロアンは呼吸を整えた。


右肩が痛む。


左手の指が痺れている。


棒剣の先端には粘液と砂が固まっていた。


それらを確認してから、倒れた黒髪の機械人形を見た。


右脚は膝下からなくなっている。


砕けた白い外殻の下で、折れ曲がった金属フレームと暗い繊維束が残っている。細い配線が数本、砂の上へ垂れていた。


両腕は動いている。


人形は上体を起こそうとしていた。


ロアンは近づかなかった。


まず周囲を見る。


砂面に動きはない。


七番車。


横倒し。


ワトは失った。


負傷者は退避している。


赤髪の機械人形は動かない。


ダリオが短槍の先でサンドワームの口を押した。


反応はない。


「終わりだ」


その言葉で、ようやく護衛たちが動き始めた。


誰かが負傷者の名を呼ぶ。


荷役が水を持ってくる。


書記が震える手で帳面を開く。


ロアンは黒髪の機械人形へ目を戻した。


護衛用の機械が、護衛動作を行った。


人間が攻撃される位置へ入り、長杖で止めようとした。


その結果、右脚を失った。


それだけだった。


恩を受けたわけではない。


助けようと思ったとも限らない。


命令と、登録された役割に従っただけかもしれない。


それでも、自分とサンドワームの間へ入った位置は覚えていた。


長杖が口へ入った角度。


顎が閉じる直前、人形の右脚が引かれた方向。


白い外殻が砕けた音。


その一瞬がなければ、棒剣を抜く時間はなかった。


攻撃する場所へ踏み込むこともできなかった。


ロアンは棒剣を下ろした。


黒髪の機械人形が、淡い青白い目をこちらへ向けた。


何かを言う様子はなかった。


ロアンも何も言わなかった。


砂の上には、曲がった長杖が残っていた。


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