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灰都の剣士と機械人形  作者: NOEU
2. 灯火の都
18/65

2-14. 動力商

継暦六百二十七年 六月七日 午後


エゼル商会を出たあと、ロアンは商館近くの食堂へ入った。


昼を大きく過ぎていたため、店内に残っている客は少なかった。煮込みと固いパンを頼み、入口に近い卓へ座る。


リゼは、その脇に立っていた。


商館を出てから、何をするようにも命じていない。ロアンが立ち止まれば止まり、歩き出せば少し遅れてついてきた。


「座れ」


向かいの椅子を示すと、リゼは自分の右脚と卓の下を見た。


「はい」


左手を背もたれへ添え、左脚で位置を確かめてから腰を下ろす。曲がらない角材の仮脚だけが、卓の下から斜めに伸びた。


ロアンは運ばれてきた煮込みへパンを浸した。


向かいに座るリゼの前には何もない。食事を必要としないことは分かっていたが、人間の女と変わらない姿のものが空の卓を前に座っていると、何かが欠けているように見えた。


水を頼む理由もない。


ロアンは食事を続けた。


上着の内側には、商会から受け取った所有証と検分記録が入っている。


本体二百クレド。黒化十二型セル四十クレド。


代金を支払い、商会の印が押された紙を受け取ったことで、リゼはエゼル商会の管理から外れた。


それ以外は、まだ何も変わっていない。


右脚は角材のままで、右肘の人工皮膚も裂けている。外殻には複数の亀裂があり、内部の損傷は分からない。装着している黒化セルは残量が少なく、満たしたとしても七日から十日ほどしか街道を歩けないと聞いている。


次の充填に耐えられる保証もなかった。


セルが尽きれば、リゼは歩けなくなる。


どこへ連れていくにしても、先に動力を確保する必要があった。


食事を終え、薄い茶を一杯飲んで代金を置く。ロアンが立ち上がると、リゼも椅子から腰を浮かせた。


「南商業区へ行く」


「はい」


何をしに行くのかは尋ねなかった。


二人は食堂を出た。


南商業区は、商館の集まる一帯から歩いて半刻ほどの場所にあった。


大通りを南へ進むにつれ、長距離商隊を扱う大きな商館が減り、間口の狭い店が増えていく。工具、配線、金属管、照明具、古い制御部品。軒下に並べられた品は用途ごとに分けられていたが、ロアンには何へ使うのか分からないものも多かった。


動力商は、その中では大きな店だった。


正面には、六角柱を横へ倒した形の金属看板が掛かっている。表面には青、白、黄、灰、黒の帯が刻まれ、入口の脇には、セルを持ち込む際の注意が木札へ記されていた。


外殻に割れのあるものは申告すること。


濡れたものは店内へ持ち込まないこと。


発熱しているものは入口の砂箱へ置くこと。


ロアンは木札を読んでから中へ入った。


店内には、金属と油、それに熱した石のような匂いがあった。


正面に受付台があり、その奥は太い格子で仕切られている。棚には大きさの異なる金属製の筒や箱が並び、それぞれに型式と色のついた札が掛けられていた。さらに奥には、壁へ組み込まれた充填設備があり、太い線が複数の受け台へ伸びている。


低い唸りが、床を通して伝わっていた。


受付台には、四十前後の男がいた。袖を肘までまくり、指先には黒い汚れが残っている。


男はロアンを見たあと、その後ろに立つリゼへ視線を移した。最初に見たのは顔ではなく、右脚の角材と、作業着の左腰だった。


「十二型か」


「ああ」


ロアンは検分記録を出した。


「商会で検分したばかりだ」


男は紙を受け取り、エゼル商会の印を確かめた。上から順に読み、途中でリゼの右脚と右肘を見る。


「防護・護衛補助型。右脚膝下欠損。外殻亀裂あり。黒化十二型が一本。実効容量は新品時の三割前後」


男は記録の末尾まで目を通した。


「今日、抜いて調べたのか」


「ああ」


「自己交換も確認済みか」


「本人が抜いて戻した」


店員はリゼへ向いた。


「保持電源へ移ってから、どれくらいで交換を終えた」


「数分以内です」


「交換後に異常は」


「ありません」


男はうなずき、紙を受付台へ置いた。


どこで脚を失ったのか、なぜロアンが連れているのか、商会からどういう経緯で売られたのかは尋ねなかった。


紙に書かれた型式と検分結果、その場で見える損傷だけを見ていた。


「今のセルを預けたい。検査と充填だ」


ロアンが言った。


「それと、旅に出る」


「いつ出る」


「五日後」


「どこまで」


「エルデン」


男の手が止まった。


「沈み道か」


「北側岩盤路だ」


「白塔では十二型を扱えないぞ」


「知っている。次はナディルになる」


「シャルガから先の水も積むのか」


「ああ」


店員はロアンの顔をしばらく見たあと、検分記録を指先で叩いた。


「なら、今の黒化一本だけで出るのはやめろ。満杯まで入ったとしても、街道歩行で七日から十日という記録だ。これは安定して出力が出た場合の目安で、残量があっても先に出力が落ちることがある」


「交換用を買う」


「セルの等級は知っているか」


ロアンは入口の看板を思い出した。


「色で分けていることだけは」


「残量の違いだと思っているなら違うぞ」


男は受付台の下から、何枚かの細い札を取り出した。青、白、黄、灰、黒。それぞれの色が端へ塗られている。


「等級は、満杯まで入れたときに、新品のころと比べてどれだけ溜められるか。それと、どれだけ強く安定して出せるかで決まる。発熱や内部抵抗、外装の状態も見る」


青い札を指で押さえる。


「青等は新品に近い。容量は九割以上残り、高い出力を続けても安定する。遺跡にある旧時代の在庫でも、ここまで残っているものは少ない」


次に白。


「白等は七割から九割ほどだ。良品として扱われる。機械人形を本来の用途で動かすなら、このあたりが基準になる。医療設備や戦闘用にも回る」


黄色い札を横へ動かす。


「黄等は五割から七割。容量も出力も落ちているが、一般の作業や運搬には使える。戦わせるなら不足が出ることもある」


灰色の札を示した。


「灰等は四割から五割。強い出力を長く出す用途には向かない。だが、歩行、会話、軽い作業なら使える。値も黄等より下がる」


最後に、黒い札を指先で弾いた。


「黒化は三割前後まで落ち、外装の内側へ暗い変色が出たものだ。まだ容量は残っているが、出力と寿命を保証できない」


「残量が少ないという意味ではないのか」


「違う」


男は明確に言った。


「黒化でも満杯にはできることがある。だが、満杯にしたところで、新品の三割ほどしか入らない。残量の表示と実際に使える量がずれることもあるし、強い動作をさせれば急に出力が落ちる。あと何度充填できるかも分からん」


「その下は」


「死んだセルだ。新品の三割にも届かないか、出力に重大な異常がある。材料を取る以外には使わない」


店員は五枚の札を重ねた。


「同じ十二型なら、形は同じだ。違うのは中に残った能力と安定性だ。青等だから満杯で、黒化だから空という意味じゃない」


ロアンは検分記録へ目を落とした。


実効容量、新品時のおよそ三割。


記されていた数字の意味が、ようやく分かった。


「青等や白等なら、どれくらい持つ」


「その機体なら、黒化の二倍から三倍は見込める」


「値段は」


「青等の十二型なら五百を超える。白等でも三百五十からだ」


リゼ本体と黒化セルを合わせた額より高かった。


「黄等は」


「二百から三百。状態による」


「灰等は」


「九十から百四十だ」


男はリゼの角材を見た。


「護衛などで使う予定がなければ、灰等でいい。黄等との差額を払っても、その脚では出力を使い切れない」


「灰等なら、どれくらい持つ」


「状態のいいものなら、今の歩き方で十日から十二日ほどだ。待機を含めれば、もう少し延びる。ただし、ずっと荷を持たせるなら別だ」


「黒化は予備にできるか」


「検査に通ればな」


男は受付台から出た。


「先に歩かせる。そこの線を往復しろ」


店の横には、床へ何本か線を引いた空いた場所があった。端には低い木台が置かれている。


ロアンがリゼを見る。


「歩け」


「はい」


リゼは線に沿って歩き始めた。


左足が床を踏み、角材の先端が硬い音を返す。固定は前日に締め直したままで、角材が横へずれることはなかった。ただし右膝から下に駆動がないため、仮脚へ体重を移すたび腰がわずかに上がる。


店員は横へしゃがみ、足元と腰の動きを見ていた。


「戻れ」


リゼは線の端で左脚を軸に向きを変え、仮脚を置き直して戻ってきた。


男は角材へ視線を向けたまま言った。


「それは誰がつけた」


「俺だ」


「職人ではないな」


「ああ」


「何で作った」


「荷車の補修用の角材だ」


店員はリゼの前へ移った。


「触るぞ」


「はい」


布の巻き方と、残った金属フレームへ角材を合わせた位置を確かめる。前後と左右へ力を掛けたが、角材は動かなかった。


「粗末だが、ただ縛っただけじゃないな」


男は、布を掛けたフレームの張り出しへ指を当てた。


「下へ抜けないよう巻く向きを変えてる。先端の革も、片側が減った分だけ足してある」


「街道を歩かせた」


「これでか」


「ああ」


店員はリゼの腰と左脚を見た。


「右側へ落ちる重さを、左脚と腰で戻してる。平らな床でも通常より動力を食う。坂、砂、荷物が加われば、検分記録より短くなると考えろ」


男は立ち上がり、受付台へ戻った。


「黒化は抜いて検査台へ載せる。黒化の進み方、発熱、どこまで入るかを見る。充填は低速だけだ」


「満杯まで入るか」


「やってみなければ分からん。満杯前に熱が上がれば、そこで止める」


「使えなくなることは」


「ある。いま使えていることと、次の充填に耐えることは別だ」


男は格子の奥に掛けられた料金札を示した。


「検査は五ミル。低速充填は入った量で五クレドから十クレド。途中で止めても、入った分と作業代は掛かる」


「いつ終わる」


「明日の昼前だ。早く終わっても、冷えるまでは渡さない」


「それでいい」


店員は受付台の下から、セル交換時に腰を支えるための細い板を出し、木台へ立て掛けた。


「座らせろ」


ロアンがリゼを見る。


「外せるな」


「はい」


リゼは木台へ腰を下ろし、角材の仮脚を前へ伸ばした。上衣の左脇にある留めを外し、腰の布を少し持ち上げる。


人工皮膚の上に、細い継ぎ目が現れた。


ロアンは午前の検分で、一度その動作を見ている。


リゼが左腰へ手を当てた。


「保持電源へ移ります」


小さな音がした。


腰から下の力が抜け、木台と背の板へ重さが預けられる。両腕と首は動いていたが、姿勢を支える動きは目に見えて弱くなった。


交換口の蓋を開き、内部の固定を外す。


六角柱の端面がわずかに外へ出た。


リゼは左手を腰のつまみへ掛け、右手を添えて、セルをゆっくり引き抜いた。


十二型セルは前腕ほどの長さがあり、対面の幅は掌より少し狭い。六角柱の外装は本来の色が分からないほど暗く変色し、面の内側から濁った斑と筋が浮いている。


午前に見たものと同じだった。


「そこへ」


店員が受付脇の金属台を示した。


リゼが両手でセルを置くと、台の受けが重みでわずかに沈んだ。


男は厚い布を使ってセルの向きを変え、端子と外装を確認した。端面の近くに残る管理印を見て、検分記録の番号と照らし合わせる。


「商会でかなり回してるな」


「分かるのか」


「交換と充填の印が重なってる。黒化してからも使ってる」


店員は検査札へ番号を書き写し、格子の奥へ声を掛けた。


別の店員が両手で黒化セルを受け取り、蓋のある砂槽の横へ運んでいく。


「保持電源は、あとどれくらいだ」


「十分ほどです」


「そのまま座ってろ」


「はい」


店員は棚の前へ行き、灰色の札がついた区画から十二型セルを一本取り出した。


黒化セルより外装は明るい。六つの面には薄い灰色の変色が広がっていたが、黒い筋は少なく、端子の周囲にも目立つ摩耗はない。


男はセルを受付台へ置き、検査札を添えた。


「灰等十二型。満充填。実効容量は新品時の四割一分。高出力は規定の七割までだ」


「灰等の中でも下か」


「容量だけなら下寄りだが、出力と熱は安定している。等級は容量だけでは決まらん。四割九分残っていても、発熱や出力の落ち方が悪ければ、こいつより使いにくいこともある」


「今の黒化より上なのは確かか」


「容量も出力も上だ。何度充填できるかも、黒化より見込みが立つ」


男はリゼを示した。


「防護・護衛補助型を本来どおり戦わせるには足りんが、歩行と軽作業なら問題ない。旅で使うなら、これを主にした方がいい」


「値段は」


「九十八クレド」


黒化セルを含めてリゼを買った額の、半分近かった。


ロアンは検査札を見る。


検査日、充填日、容量、出力、発熱。数字のすべてを理解できるわけではないが、商会から受け取った記録より細かく書かれていた。


「これより安いものは」


「別の黒化ならある」


店員は格子の奥を顎で示した。


「ただし、いま預けたものと同じ問題をもう一本抱えることになる。次の充填場所まで何日もある道へ持っていくなら勧めない」


「灰等でいい」


店員はうなずき、セルをリゼの前へ運んだ。


「自分で入れろ。端子を上へ」


リゼは両手で受け取り、六角柱の向きを確かめた。


左腰の交換口へ端を入れ、真っ直ぐ押し込んでいく。半分ほど入ったところで抵抗が掛かったが、角度をわずかに直し、さらに押した。


午前の検分と同じ動作だった。


セルが下腹部の奥へ収まり、最後に小さな音がした。リゼは固定具を掛け、交換口の蓋を閉じる。


「主電源へ戻します」


姿勢がわずかに変わった。


背の板へ預けられていた上体が、自分の力で支えられる位置へ戻る。リゼは左右の手を一度開閉した。


「異常は」


店員が尋ねた。


「ありません」


「立てるか」


「はい」


左脚へ力を入れ、木台から立ち上がる。


灰等セルの重さは黒化セルと変わらないはずだが、腰を起こす動きは、店へ入ったときより滑らかに見えた。


店員はもう一度、線の上を歩かせた。


左脚を出し、角材の仮脚を運ぶ。歩き方そのものは変わらない。ただし右側へ傾いた腰を戻す動きは、先ほどより少し早くなっていた。


「止まれ。腕を前へ」


リゼは両腕を肩の高さまで上げた。


「指を開け。閉じろ。もういい」


店員は検査札へ短い印を加えた。


「灰等を主に使え。黒化は戻ってきたら予備だ」


「黒化から使い切るんじゃないのか」


ロアンが尋ねた。


「弱い方から使えば、必要なときに残るのも弱い方だ」


男は当然のことを告げるように言った。


「普段は灰等を使う。灰等を充填へ預けるときか、次の設備まで届かない分だけ黒化へ替える。どちらも空に近づくまで使い切るな」


「残量は本人に分かるのか」


「大まかには分かる。だが、黒化は残量表示より先に出力が落ちることがある。歩き方が鈍った、腰を戻すのが遅くなった、荷を持つ動きが弱くなった。そのときは交換を考えろ」


「保持電源が残っていれば本人が替えられる。切れたあとなら、おまえが入れることになる」


「入れ方は見た」


「あとは向きを間違えるな。無理に押すな。端子へ砂をつけるな」


ロアンはうなずいた。


「予備の黒化は、何へ入れて運べばいい」


「裸で持つつもりだったのか」


店員は受付台の下から、金属製の細長い箱を二つ出した。


一つは新しく、表面に傷がない。もう一つは角が潰れ、塗装の大半が剥がれていた。


蓋を開けると、内部には六角柱を横向きに収める受けがある。底と側面には厚い布と薄い金属板が重ねられ、端子側には覆いがついていた。


「携行箱だ。予備セルを旅へ持ち出すなら要る」


店員は古い方の内側を指で押した。


「セルの外装は丈夫だが、荷物の中へそのまま放り込めるものじゃない。荷車が跳ねれば、木箱や工具とぶつかる。端子を潰せば機体へ差せなくなるし、外装へ深い傷が入れば、充填中や使用中に熱が逃げなくなることもある」


箱の底にある受けを示す。


「これはセルを動かさないためのものだ。周りの布が細かな衝撃を吸い、金属板が重い荷から守る。端子側の覆いは、砂、湿気、工具の先が触れるのを防ぐ」


「布で包むだけでは駄目か」


「街の中を少し運ぶだけならな。街道では足りん」


男は黒化セルが運ばれていった格子の奥へ目を向けた。


「道中で壊した予備は、持っていないのと同じだ。黒化品はもともと不安定だから、衝撃や熱を余計に与えるな」


携行箱の側面には、縄を通す金具が二つついていた。


「荷車へ固定するためか」


「ああ。箱が荷台の中を滑れば、入れている意味がない。側板か、動かない荷へ二か所で括れ」


店員は新しい方の箱を閉じた。


「新品は四クレド。中古は一クレド五ミル」


次に古い方の留め具を動かす。


「見た目は悪いが、内側の受けと端子の覆い、蓋の留め具は生きてる。旅へ持っていくなら、これで十分だ」


「背負えるか」


「背負うための箱じゃない。十二型だけで三キロほどある。箱を入れればさらに増えるし、転べば背中と地面の間へ挟む」


男は箱の側面を軽く叩いた。


「人が持ち歩けば、落とすこともある。雨の中で外へ出すこともある。荷車へ横向きに固定して、必要になるまで動かさない方がいい」


「立てて置くのは」


「駄目だ。倒れたとき端子側へ重さが掛かる。横向きにしろ。雨が入らず、直射が当たり続けない場所へ置け。車軸の近くも避けろ。振動が多い」


ロアンは中古の箱を持ち上げた。


空なら片手で扱えるが、セルが入れば重さは増す。側面の金具には縄を通せる。予備車両の側板の内側へ横向きに固定すれば、大きな空間は取らないだろう。


ただし、予備車両は故障車の荷と負傷者を受け入れるために空けさせた場所だった。


セル一本と箱だけであっても、ラウルへ黙って積むわけにはいかない。


「中古でいい」


ロアンは言った。


店員は灰等セルと携行箱の札を一つにまとめた。


「九十九クレド五ミル。黒化の検査が五ミル。充填代は明日、入った量を見て決める」


ロアンは腰袋を開いた。


手持ちの硬貨だけでは足りないため、エゼル商会の預かり勘定から支払うための札を出す。店員は名義と印を確認し、店の帳簿へ番号を書き写した。


「機体の所有証も見せろ」


ロアンは上着に手を入れ、商会から受け取ったばかりの紙を見せた。


店員は登録名、型式、現在装着した灰等セルの番号を検査札へ記す。


「預けた黒化セルの名義は、おまえでいいな。ここに書いてくれ」


「ああ」


言われたとおりに名前を書く。


「明日の昼前だ。これを持ってこい」


細い木札が差し出された。


表には店の印と黒化セルの番号、裏には検査と低速充填の依頼内容が記されている。満充填前に発熱が規定を超えた場合は、その時点で停止するとも書かれていた。


ロアンは札を上着の内側へ入れた。


店員は中古の携行箱を布で拭き、内側の受けと端子の覆いをもう一度確かめた。蓋を閉じて留め具を掛け、側面の固定金具にも歪みがないことを確認してから渡す。


ロアンは左手で受け取った。


箱は空だった。


明日、検査と充填を終えた黒化セルを収める。灰等セルが尽きるか、充填のため外したとき、リゼを再び動かすためのものになる。


そのときまで壊さず運ぶために、箱が必要だった。


「出発前にも一度寄れ」


男が言った。


「灰等の残量と熱、端子を見る。五日なら大きく減りはしないが、その脚で実際にどれだけ使うかは、動かしてみなければ分からん」


「いつ来ればいい」


「前日の朝だ。減っていれば、その分だけ足す」


「ああ」


店員はリゼの右脚を見た。


「外殻と脚は、うちでは直せん。右肘もだ。もし直すつもりなら、機械人形を扱う工房へ持っていけ」


「分かっている」


「そのまま歩かせるなら、布は毎日見ろ。濡れれば締まりが変わる。先端の革も外を歩き続ければ減る。姿勢を戻す動作も増える。」


ロアンはうなずいた。


店員が知っているのは、セルと動力機械の扱いだった。人工皮膚や外殻、失われた脚を直せるわけではない。


それでも、角材の固定と歩き方を見れば、どこへ負荷が掛かり、どれほど動力を使うかは分かるらしい。


事情は、一度も尋ねなかった。


リゼがなぜ壊れているのか。なぜ商会の所有物から個人へ売られたのか。ロアンが何に使うつもりなのか。


店員にとっては、検分記録に記された損傷した防護・護衛補助型と、黒化した十二型セル、それに新しく装着した灰等セルがあるだけだった。


「行くぞ」


ロアンが言う。


「はい」


二人は店を出た。


日は通りの西側へ傾き始めていた。金属部品を並べた店の軒先へ光が反射し、道を行く人の影が長く伸びている。


リゼは、ロアンより半歩ほど後ろを歩いた。


左足の音に続いて、仮脚が石を打つ。


ロアンは左手に持った携行箱を見た。


明日、黒化セルを受け取れば、この中へ収める。端子を覆い、セルが動かないよう受けへ載せ、蓋を閉じる。そのうえで荷車へ横向きに固定する。


灰等を主セルとして使い、黒化を予備にする。主セルを外したとき、予備が壊れていれば交換はできない。携行箱は、使っていないセルを次に必要となる場所まで生きたまま運ぶためのものだった。


どの車両へ載せるか。どこへ固定するか。出発前の荷の確認で、ラウルへ話しておく必要がある。


リゼを何に使うのかは、まだ決めていなかった。


それでも、次の充填地点まで動かす方法だけは決まった。


ロアンは南商業区を離れ、宿へ向かった。

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