2-11. 武具の受け取り
エゼル商会を出たとき、空はまだ明るかった。
昼をいくらか過ぎていたが、工房が戸を閉めるまでには十分な時間がある。ロアンは商館の前を行き交う荷車の切れ目を待ち、大通りを横切った。
上着の内側には、三日間の調査を終えたことを示す報告書の控えが入っている。北側岩盤路を使うことは決まり、水と積荷の組み直し、案内人との契約、護衛条件を反映した最終の行程表は、明日の昼に確認することになっていた。
護衛の仕事そのものは、まだ受けていない。
ロアンは工房区へ向かった。
棒剣を預けてから、四日ほどが経っていた。
その間、ギルドの記録室、東門外の隊商宿、修理場、飼料売り場を歩いた。武器が必要になる場所へ出たわけではなく、腰には短刀もあったが、背に何もない状態には最後まで慣れなかった。
後ろから台車が近づいたときや、人混みで誰かが肩へ触れたとき、右手が柄のあるはずの位置へ動きかけ、そのたびに空いた背へ気づいた。
武器がなければ歩けないわけではない。それでも、長く身につけてきた重さが消えると、身体の動きの基準までわずかに変わった。
横向きの剣と槌を組み合わせた工房の印が見えてきた。
大きな扉は半分開き、内側から砥石の音が聞こえている。ロアンが入ると、受付台の向こうにバルトがいた。
白髪交じりの髭と、金属粉で灰色に見える眉は前と変わらない。太い腕を台へ置き、何も背負っていないロアンの背を見た。
「遅かったな」
「仕事があった」
「剣が直った日に来ない奴はいる。直っていないのに毎日来る奴もいる」
バルトは帳面を取り出した。
「札は」
ロアンが預かり札を渡すと、番号を確かめて奥へ声を掛けた。
「長い方を持ってこい」
砥石の前にいたニコが立ち上がり、壁際の棚へ向かった。
棒剣は、修理を終えた武器の中でも見つけやすかった。ニコは片手で下ろそうとし、すぐに両手へ持ち替える。
「先をぶつけるな」
バルトが言った。
「分かっています」
「分かってる奴は、最初から両手で持つ」
ニコは言い返さず、棒剣を受付台へ横たえた。
鞘は砂と汚れを落とされ、薄く油を入れられている。表面の色が少し濃くなり、留め具も動かして擦れる音がしなかった。
柄には新しい革が巻かれていた。以前と同じ黒に近い色だが、長く使ったものとは違い、巻き目に艶と硬さが残っている。
ロアンは柄を握った。
新しい革は指と掌へ馴染まず、巻き目の角がわずかに当たった。
「きつく巻いた」
バルトが言った。
「緩むよりいい」
「最初は硬い。馴染ませようとして油を入れすぎるな。巻きが動く」
「ああ」
ロアンは棒剣を鞘から抜いた。
砂が擦れる音はしなかった。
刀身からは汚れが落ち、側面にあった二つの小さな欠けも均されている。削られた範囲は狭く、厚みは保たれていた。先端の潰れもなくなり、突き込むための角が戻っている。
「中も開けた」
バルトが言った。
「柄にも鞘にも、かなり砂が入っていた。芯と留め具に異常はない。曲がりもなかった」
ロアンは柄元を見た。分解した際についた、新しい工具の跡がわずかに残っている。
「振っていいか」
「奥を使え」
作業場の脇には、武器の状態を確かめるための細長い場所があった。石壁の前へ太い木柱が立てられ、その周囲だけ床に厚い板が敷かれている。
ロアンは鞘を壁際の台へ置き、棒剣を持ち上げた。
預ける前と同じ重さが、掌から手首、腕を通って肩へ返ってくる。軽くなったわけではない。
まず切っ先を下げたまま前へ振った。右腕を頭より高く上げず、腰と肘で刀身を動かす。狙った位置で止めても、柄の内部に何かがずれる感触はなかった。
次に横へ短く振る。先へ寄った重心に腕を引かれたが、以前と同じ位置で手首を締めると、棒剣はそこで止まった。
柄革はまだ硬い。滑りはしないが、指が馴染んでいないぶん、握りが浅く感じられる。
最後に左足を前へ置き、肩を大きく入れずに突いた。木柱の手前で先端を止め、引き戻した瞬間、右肩の奥へ鈍い痛みが走った。
強いものではなかった。
それでも、筋がまだ戻っていないことは分かった。
ロアンは構えを解いた。
バルトは離れた場所から見ていた。
「もう一度やる気か」
「確認した」
「何をだ」
「柄と重心。それから肩だ」
バルトは近づき、棒剣の先端から柄まで目を通した。
「剣は直った」
続いて、ロアンの右肩を見る。
「直っていないのは、おまえの方だ」
「動く」
「動くことと、使えることを同じにするな」
治療所でも、似たことを言われた。
ロアンは棒剣を鞘へ戻した。抵抗なく収まり、最後に留め具が小さく鳴る。
バルトは帳面へ修理完了の印をつけた。
「側面と先端のならし。内部と鞘の清掃。柄革の交換。最初に言った額だ」
ロアンは硬貨を出した。
「三日ほどは、柄を乾いた布で拭くだけにしろ」
「ああ」
「肩も急に使うな」
「分かった」
「そういう顔には見えんな」
ロアンは帯を調整し、棒剣を背負った。
重さが背中へ戻る。右肩へ直接掛からないよう、帯はいつもより中央へ寄せた。歩くだけなら痛まない。出発までの数日、無理に振らなければよかった。
バルトが奥へ声を掛けた。
「革の方も持ってきてくれ。サンドワームの汁を浴びた胸当てだ」
しばらくして、ラウラが胸当てを抱えて現れた。
表面には薄い布が掛けられている。受付台へ置いて布を外すと、砂と汚れを落とされた革と金属板が現れた。
右胸から脇にかけて、黒い染みだけは残っていた。
ラウラはその端を指で押した。
「先に言ったとおり、色は消えなかった」
革は周囲と同じように曲がり、硬化していた部分にもひび割れは見えなかった。
「機能は」
「問題ない。表面を落とし、油を抜いて乾かしてから入れ直した」
ラウラは胸当てを裏返した。
切れていた右脇の縫い目は、元の穴を避けて少し内側へ縫い直されている。広がった古い穴の裏には薄い革が当てられ、力が一か所へ集まらないよう補強されていた。
「左の肩帯も補強した」
「留め具は」
ラウラは右脇の金具を持ち上げた。
以前より少し色の明るいものが、新しい鋲で固定されている。
「元の金具には亀裂があった。戻しても使えないから交換した。少し厚いものにしてある」
「着けてみる」
ロアンは棒剣を下ろし、胸当てへ左腕を通した。右腕を開くと、肩の奥が張る。
ラウラが脇へ手を伸ばした。
「押さえる」
「自分でできる」
「できるかどうかは聞いてない」
ロアンは右側を任せた。
ラウラが帯を背へ回し、三つの留め具を順に固定する。
「息を吸え」
胸を広げる。
苦しくはなかった。
上体を左右へ捻っても、縫い直した脇は引きつれず、新しい留め具も動かない。腕を前へ出しても、胸当ての縁が当たることはなかった。
「問題ない」
ラウラは帯を緩めた。
ロアンは右腕を必要以上に上げないよう、胸当てを外した。
「染みを消すことはできる」
「必要ない」
ラウラはうなずいた。
「そう言うと思ったから、勝手にはやらなかった」
色は残ったが、縫い目と金具は直っている。防具として使ううえで、それ以上の作業を頼む理由はなかった。
「油を入れたばかりだ。今夜は袋へ密閉するな。風の通る場所へ置け」
「ああ」
「染みのある場所は、ほかより傷みやすい。濡れたままにするな」
「分かった」
ロアンは修理代を支払った。
ラウラは胸当てを薄い布へ包んだ。完全には覆わず、両端を開けて空気が通るようにしている。
「抱えていけ。着て帰るより肩には楽だ」
ロアンは胸当てを左腕へ抱え、棒剣を背負い直した。左手が塞がっているため、柄の位置を整えるのに少し手間が掛かる。
「次は、剣と防具と怪我をまとめて持ってくるな」
バルトが言った。
ロアンはうなずき、工房を出た。
通りには午後の光が差していた。
工房区では、修理を終えた荷車を引き取りに来た御者が車輪を調べ、職人たちは店先へ出していた木材や金属板を中へ戻し始めている。
棒剣の重さが背中にあり、左腕には胸当てがある。
三日間、記録を調べて街を歩き、午前から商館で報告をし、そのあと棒剣を振った。右肩には鈍い熱が残っていた。
悪化したほどではないが、これ以上試す必要もなかった。
ロアンは宿へ戻った。
一階の広間には、夕食前の客が数人いた。宿主は帳場に座り、戻ってきたロアンの背と左腕を見た。
「やっと装備が戻ったか」
「ああ」
「肩はどうだ」
「動く」
「また、それか」
宿主は胸当ての布から覗く黒い染みへ目を向けた。
「落ちなかったのか」
「機能に問題はない」
「聞かなくても分かる答えだったな」
ロアンは階段へ向かった。最後の一段は、まだ直っていない。
「明日は出るのか」
「昼に商館へ行く」
「仕事は決まったのか」
「明日、契約を確認する」
部屋へ入り、棒剣を壁の鉤へ掛けた。
新しい柄革は、離れて見れば以前と大きく変わらない。近づけば、巻き目の硬さと艶が分かる程度だった。
胸当ては布を外して荷物台へ置き、窓の鉄戸を少し開け、風が内側を通る向きへ整えた。黒い染みは、夕方の薄い光の中でさらに濃く見える。
ロアンは水を飲んだ。
一階へ降りて食事を取るつもりだったが、寝台へ腰を下ろすと、身体の疲れがまとめて戻ってきた。
右肩だけではない。三日間歩き続けた脚、記録の文字を追い続けた目、固い椅子へ座り続けたことで張った腰。
明日の昼までは、ロアンが決めることはなかった。ヴァルドとラウルが、水と積荷を最終的に組み直す時間だった。
少し休み、暗くなる前に食事へ行けばいい。
そう考えて目を閉じた。
次に目を覚ましたとき、部屋は暗くなっていた。
街灯の白い光が窓から入り、床へ細い四角を作っている。一階から聞こえる食器の音も、すでに少なかった。
ロアンは旅袋に残していた硬いパンを取り出し、水で流し込んだ。
胸当てへ触れると、表面の油はほとんど乾いていた。
窓を少し狭め、寝台へ横になる。
今度は、朝まで目を覚まさなかった。




