2-10. 荷捌き場にて2
継暦六百二十七年 六月六日
報告書を書き終えたあと、ロアンは水を飲み、まとめた紙を持って商館へ向かった。
エゼル商会の受付で名を告げると、書記は札を確かめた。
「ヴァルドとラウルが記録室で待つ予定です。ただ、いま荷の確認に入っていますので、裏の荷捌き場でお待ちください」
ロアンは横の通路を抜けた。
荷捌き場は、三日前より混み合っていた。
出発へ使うらしい荷車が二台、奥の整備場所へ並んでいる。片方は車輪を外され、車軸の下へ木組みの台を入れられていた。もう一台では、人足が荷台の内側へ油を塗り、板の割れを調べている。
第一倉庫の前には、今回の輸送に使う木箱が種類ごとに積まれていた。最終の荷札はまだついておらず、医薬品、精密工具、浄水設備の部品、密閉材と記された仮札だけが、それぞれの縄へ挟まれている。
ロアンは前と同じ石柱の近くへ立ち、報告書を開いて綴じた順番を確かめた。
最初に結論を置き、そのあとへ沈み道を使わない理由、北側岩盤路を使う条件、水と日数、案内人、灰境以東の状況を並べている。参照した記録の日付も、報告者の名も書いてあった。
一度すべてを確認し、紐を結び直した。
呼ばれるまで、ほかにすることはない。
荷捌き場へ目を向けると、黒髪の機械人形が第二倉庫の前を歩いていた。
両腕で、細長い金属部品を載せた木盆を持っている。部品同士を触れさせないため布を挟んで並べられており、重いものではなさそうだった。それでも盆を揺らさないよう、上体はほとんど動かしていない。
左脚を出し、少し遅れて右の仮脚を運ぶ。
三日前に人足から蹴られたあと、ずれた布はそのままだった。外側を回していた一巻きが金属フレームの張り出しから外れ、巻いた布全体も下へ寄っている。一歩ごとに角材がわずかに動き、石床へ先端を置くたび、横へ擦れる音が混じった。
右肘の人工皮膚も裂けたままで、細長く開いた箇所から白い外殻が見えている。
誰も直していなかった。
それでも機械人形は、第二倉庫と検査台の間を往復している。
ロアンはすぐには声を掛けなかった。
人形は検査台へ木盆を置き、書記が部品を数えるあいだ、その場で待っていた。札へ印がつくと、空になった盆を持ち、再び第二倉庫へ戻ろうとする。
「おい」
ロアンが呼ぶと、機械人形は足を止めた。淡く青白い目が、石柱の脇に立つ彼へ向けられる。
「私ですか」
「ああ」
機械人形は一度だけ第二倉庫の入口を見た。
倉庫番は別の人足と話している。こちらへ気づいているかどうかは分からなかった。
人形は木盆を胸の前へ持ったまま、ロアンのところまで歩いてきた。
近くで見ると、布の緩みは三日前より広がっていた。結び目自体は残っているが、角材と金属フレームの間にわずかな隙間ができている。手で動かすと、わずかに動いた。
「座れ」
ロアンは石柱の隣へ積まれた低い木箱を指した。
機械人形は木盆を床へ置き、左脚で位置を確かめてから腰を下ろした。右の仮脚は前へ伸ばしたままになる。
ロアンはその前へ片膝をついた。
「脚を動かすな」
「はい」
布は砂と油を吸って硬くなっていたが、裂けてはいない。固定へ使う強さは、まだ残っていた。
結び目へ爪を差し、食い込んだ端を少しずつ引き出す。機械人形は両手を膝へ置き、ロアンの手元を見下ろしていた。
布を外すと、角材が金属フレームから離れた。
砂海で削った接合面は、まだ残ったフレームの形に合っている。新しい傷はあったが、角材そのものに割れや大きな欠けはなかった。
ロアンは角材を元の位置へ押し戻した。
最初の布で角材とフレームを強く合わせ、その上から巻く方向を変えて、下へずれないよう張り出しと窪みへ通す。外側への動きを止めるため、さらに交差させて重ね、結び目はフレームの内側へ押し込んだ。
最後に角材を両手で掴んだ。
右肩へ力を掛けすぎないよう、左腕で前後へ引き、右手では横の揺れだけを確かめる。
角材は動かなかった。
「立て」
機械人形は木箱から立ち上がり、左脚へ体重を移したあと、仮脚を床へ置いた。
数歩、歩かせる。
先ほどまで混じっていた擦れる音は消えていた。角材は真っ直ぐ石床を打ち、接地するたびに位置が変わることもない。
人形はロアンの前で止まった。
「木盆を持って戻れ」
「はい」
機械人形が床の盆へ手を伸ばしたところで、渡り廊下から声がした。
「また直していたのか」
ヴァルドが立っていた。その隣には、ラウルがいる。
ヴァルドは黒髪の機械人形の足元を見た。
「緩んでいた」
ロアンが答えた。
「近いうちに外すことになる」
「知っている」
「なら、放っておいてもよかっただろう」
ロアンは木箱の上へ置いた報告書を見た。
「暇だった」
ヴァルドは何も言わなかった。ラウルも、機械人形を一度見ただけで口を挟まない。
人形は木盆を持ち上げ、二人の脇を通って第二倉庫へ戻っていった。仮脚は、真っ直ぐな音を石床へ残していた。
「話を聞こう」
ヴァルドが言った。
三人は記録室へ入った。
卓の上には、区間ごとの地図と、積荷の一覧、水樽の数を書いた紙が広げられている。
ラウルは卓の奥へ座った。ロアンより若い。ヴァルドの商隊の護衛で何度か顔を合わせてはいたが、向かい合って話すのは初めてだった。
「ラウルだ」
「知っている」
「こちらも知っている。今回は俺が商隊を預かる」
「話は聞いた」
挨拶はそれで終わった。
ロアンは報告書を卓へ置き、最初の頁を開いた。
「結論から言う。沈み道は使わない。北側岩盤路を通る」
ラウルは地図を見た。
「理由は」
「沈み道は、砂の深さと旧舗装の状態が安定していない。新しいサンドワームの活動痕もあり、前回の襲撃後、今回と同じ規模の車列が抜けた記録もない」
「南へ寄れば」
ヴァルドが尋ねた。
「砂路衆も勧めていない。先頭が通れても、後続が同じ轍へ沈む可能性がある」
ラウルは北へ膨らむ線へ指を移した。
「北側の問題は」
「標杭と水だ。砂へ下りる場所を示す杭が倒れている。案内人を一人つける」
ロアンは砂路衆の名を書いた紙を差し出した。
「この男なら出発日に合わせられる。商会から正式に契約してくれ」
ヴァルドが名を確かめた。
「知っている。腕は悪くない」
「途中の貯水設備は、水場として計算しない。シャルガを出る時点で、白塔を経てナディルへ着くまでの水を積む」
ラウルは水樽の一覧を引き寄せた。
「増える日数は」
「一日。標杭の確認や砂地の通過に手間取れば二日だ」
「必要な水を積めば、予備車両の空きが減る」
「半分以上は残せ。残らないなら、荷を組み直すか減らす」
ラウルは紙へ記された人数と日数を見た。
「故障した一台の荷を、すべて移せないかもしれない」
「最初から、すべて移すつもりで積むな。優先する荷を決めておけ」
「医薬品と浄水設備の部品は落とせない」
「先に落とせるものを分けておけという話だ」
ラウルは積荷の一覧へ目を落とした。ヴァルドは答えを与えず、彼の判断を待っている。
しばらくして、ラウルは紙へ印をつけた。
「医薬品と浄水部品は複数の車へ分ける。密閉材も一台へまとめない。書類は二つに分ける」
「工具とセルは」
ロアンが訊いた。
「数量を見直す。精密工具は一部を次便へ回せる。セルも、急がない分があるか確認する」
「予備車両へ積む補修材は減らすな」
「ああ」
ラウルは別の紙を出し、荷の優先順位を書き始めた。
医薬品、浄水設備の部品、密閉材、書類、工具、セル。
現場の状況によって変わるとしても、何も決めないまま出発するよりよい。
「灰境以東は」
ヴァルドが尋ねた。
「経路を変えるほどの異常は確認できなかった。宿砦と橋は通れる。ただし橋は明るいうちに渡る。盗賊らしい集団の目撃は一件あるが、増員が必要なほどの確証はない」
「見張りは」
ラウルが訊く。
「夜営では二人ずつ。街道から見通しにくい場所を選ぶ」
「充填設備は」
「ナディルで十二型を扱える。一基止まっているから、ほかの商隊と重なれば待つ。行程へ余裕を入れておけ」
ラウルは書き留めた。
ロアンは報告書の最後を開いた。
「北側岩盤路を使う条件は三つだ。案内人をつける。ナディルまでの水をシャルガで積む。荷の優先順位と、予備車両の空きを出発前に確定する」
ラウルは、沈み道と北側岩盤路の二本の線を見比べた。
距離だけなら沈み道が短く、予定どおり抜けられればエルデンへ早く着く。だが、一台でも沈めば、その差はなくなる。サンドワームが現れれば、予定の日数そのものが意味を失う。
「北側で行く」
ラウルが言った。
ヴァルドは確認するように顔を向けた。
「いいのか」
「ああ。水のために荷を組み直す。案内人も雇う。予備車両の空きは半分以上残す」
ヴァルドは沈み道の線へ斜線を引き、北側岩盤路を指でなぞった。
「では、その条件で行程を作る」
ロアンは報告書を閉じた。
調査依頼は、これで終わった。
護衛の仕事そのものを受けるかどうかは、調整後の行程、積荷、報酬を確認してから決める。
ヴァルドは水樽と積荷の紙をラウルへ渡した。
「今日中に組み直せ。案内人の契約もこちらで進める」
ラウルはうなずいた。
「明日の昼までに最終の行程表を出す」
ヴァルドがロアンへ向き直る。
「そのとき、調査費も清算する」
「ああ」
ロアンは報告書をまとめ、卓から離れた。
今度こそ、工房へ寄る時間は残っていた。




