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灰都の剣士と機械人形  作者: NOEU
2. 灯火の都
11/65

2-7. 荷捌き場にて

細い通路が、本館の奥へ伸びていた。


片側は石の壁で、反対側には木の柱が一定の間隔で並び、その向こうに小さな中庭が見える。柱と柱の間には、商館で使う台車や空の木箱が寄せられていた。人がすれ違うには十分な幅があるが、荷を抱えた者が通れば、どちらかが壁際へ寄らなければならない。


先に立った書記が歩きながら言った。


「この先を左へ出れば荷捌き場です。ヴァルドを呼びますので、奥の作業を妨げない場所でお待ちください」


「ああ」


「荷車の通路には立たないようお願いします」


書記はそこで足を止め、通路の先にある扉を指した。


ロアンは一人で先へ進んだ。


扉は開け放たれていた。外へ出ると、数日前に商隊の荷を引き渡した荷捌き場が広がっている。


あの日は十五台の荷車と、それに関わる御者、荷役、護衛で敷地の大半が埋まっていた。いまは長距離商隊の到着直後ほど混み合ってはいない。それでも作業は途切れておらず、複数の台車と人足が、第一倉庫、第二倉庫、荷下ろし台の間を行き交っていた。


正面には、荷車を受け入れる大きな搬入口がある。


扉は両側へ開かれ、通りから入ってきた光が、石を敷いた床の中央へ長く差し込んでいた。荷車の車輪が繰り返し通った場所は浅い溝になり、その中へ砂や木屑が溜まっている。


搬入口に近い荷下ろし台には、一台の荷車が横づけされていた。幌はすでに上げられ、人足が二人、荷台から木箱を受け渡している。台の上では書記が箱の印と手元の荷札を見比べ、確認を終えた荷は低い台車へ積まれて、第一倉庫へ運ばれていった。


荷捌き場の右側にある第一倉庫は、大きな木の扉を開いたままだった。


内部には、木箱、樽、布で包まれた荷が、高さと種類を揃えて積まれている。入口の近くには仕分け前の品が置かれ、奥へ行くほど積み方が整っていた。天井を支える木の梁からは、重い荷を移動するための金属製の吊り具が下がっている。


左奥にある第二倉庫は、第一倉庫とは少し離れていた。


二つの倉庫の間には、台車二台がすれ違えるほどの通路が取られている。その先に、金属で補強された第二倉庫の扉があった。


扉は片側だけが開いていた。入口の左右には警備役が一人ずつ立ち、中へ入る人足は荷札を見せるか、倉庫番と一緒に通っている。高価な遺物やセル、機械部品を保管する場所であるため、第一倉庫のように誰でも自由に出入りできるわけではなかった。


荷捌き場の中央には、何も置かれていない広い帯がある。


荷車と台車が通るための場所で、石床に残る轍も、ほとんどがそこへ集まっていた。人足たちは作業をしながらも、その帯の上へ荷を置かない。荷下ろし台から倉庫へ向かうときも、通路を斜めに横切るのではなく、左右を確かめてから渡っていた。


ロアンは中央を避け、第二倉庫の向かいにある壁際へ移動した。


古い石柱の横に、空の木箱が三つ重ねられている。その隣なら荷車や台車の進路を塞がず、 ヴァルドにも気づけるだろう。


棒剣も胸当ても工房に預けており、腰には短刀だけがあった。ロアンは石柱へ背を預けず、その脇に立った。


ヴァルドが来るまで、することはない。


周囲を警戒する必要もなかった。商会の敷地内であり、入口には警備役がいる。荷も人も、商会の規則に従って動いていた。


それでも視線は自然に、作業する人間と荷の間を移った。


荷下ろし台では、箱の一つが帳簿と合わなかったらしい。書記が荷札を裏返し、荷車の御者を呼んでいる。


第一倉庫の入口では、樽を載せた台車が止められていた。倉庫番が樽の側面へ指を当て、木の継ぎ目から何か漏れていないかを調べている。


第二倉庫からは、金属の小箱を抱えた男が出てきた。入口の警備役へ札を見せ、荷捌き場の奥にある検査台へ運んでいく。


それぞれの作業に、ロアンが関わる理由はなかった。


右肩を軽く動かすと、朝よりも筋の固さは取れていた。棒剣が戻るのは明日だが、受け取ってすぐに振る必要はない。治療者には、悪化しなければ再び来なくていいと言われている。


出発予定まで九日ある。


依頼を受けるかどうかも、まだ決めてはいない。


ロアンは肩から手を離した。


そのとき、第二倉庫の入口から一人の人足が出てきた。両腕で抱えた木箱は胸の幅より少し広く、金属の角当てがついている。外側には荷札が二枚貼られ、そのうち一枚は古く、文字の半分が擦れて読めなくなっていた。


人足は倉庫の入口で一度立ち止まり、検査台の方を見た。別の人足が積荷を動かしており、台の手前が塞がれている。男は箱を抱えたまま待ち、空いたのを見て歩き出した。


その後ろから、黒髪の機械人形が現れた。


ロアンは右の脚を見た。


砂海で、残った金属フレームへ合わせて削ったものだった。角材の表面には旅のあいだについた傷が残り、先端に当てた革は、石床へ何度も触れたため縁が丸くなり、片側だけ薄く削れている。


固定に使った布も同じものだった。


元は手持ちの予備布だったが、砂と油を吸い、いまでは色が判別できないほど黒ずんでいる。何重にも巻いた布の形と、結び目をフレームの内側へ押し込んだ位置は、ロアンが最後に締めたときのままに見えた。


正式な修理はされていなかった。


右脚を失った機械人形は、砂海からベルグラートまで歩いてきたときと同じ角材製の仮脚をつけている。


人形は両腕に、小さな金属容器を四つ抱えていた。一つずつは大きくないが、容器同士が触れないよう布を挟み、胸元でまとめて支えている。


第二倉庫の入口にいた警備役が検査台の近くを指すと、人形はそちらへ顔を向け、歩き出した。


左脚が前へ出る。


身体がその上へ移り、遅れて右の仮脚を持ち上げ、石床へ置く。


一歩ごとに、左足の音と仮脚の先が床を打つ硬い音が続いた。


砂地より平らな場所では、仮脚は深く沈まない。その代わり、左右の高さが少しでも合わなければ、身体の傾きがそのまま上半身へ伝わる。人形は仮脚を置くたびに腰の位置を修正し、抱えた容器を揺らさないよう上体を保っていた。


歩みは遅かったが、止まることはなかった。


肩より少し長い黒髪が、身体の動きに合わせて頬と肩口へ触れている。髪には砂海を越えてきたころの埃がまだ残っているように見えた。洗われていないのか、黒い毛先の艶は鈍い。


ロアンは人形の顔を見た。


淡く青白い目は、進む先にある検査台へ向いている。砂海で角材を取りつけたとき、その目はロアンの手元を見ていた。作業が終わり、立って歩いたあとには礼を言ってきた。


それは、いまの作業とは関係のないことだった。


人形は検査台へ着くと、指示された位置へ金属容器を置いた。布を挟んだまま一つずつ並べ、検査役が札を確認して容器の外側を調べ始めると、そこで待たずに身体を第二倉庫の方へ向けた。


次の荷を運ぶよう命じられているのだろう。


左脚を出し、仮脚を引き寄せる。来たときと同じ動作で倉庫へ戻ろうとしたとき、荷捌き場の奥から台車が近づいてきた。


低く幅の広い台車だった。


上には金属製の箱が積まれ、太い縄で一つに固定されている。押しているのは肩幅の広い人足で、男は両手で横木を握り、身体を前へ傾けていた。


荷は重いらしい。


台車の車輪が石の継ぎ目を越えるたび、男は歩幅を変え、勢いが止まらないよう押し続けている。一度止めれば、再び動かすのに力が要るのだろう。


台車は、第一倉庫と第二倉庫の間にある中央の通路へ向かっていた。


黒髪の機械人形も、その通路を横切ろうとしている。


人足が顔を上げたとき、機械人形はすでに半ばまで通路へ入っていた。


「どけ」


男が言った。


大声ではない。ただ、台車を止めるつもりのない声だった。


機械人形は人足へ顔を向け、進んでいた動きを止めて左へ寄ろうとした。


正常な両脚があれば、身体を横へ向け、一歩で通路から外れることができただろう。


しかし、そうはできない。


左脚を軸に身体の向きを変え、仮脚をいったん床から離し、寄る方向へ置き直す。その動作に一拍掛かった。


台車は近づいていた。通り抜けるのに十分な幅はあるように見えたが、人足は速度を落としただけで完全には止めず、台車を押したまま空いた片手を機械人形の肩へ伸ばした。


「邪魔だ」


男の手が、黒髪の機械人形の左肩を押した。


人形の上体がわずかに傾いた。


人間の姿をしていても、身体の内部には金属のフレームと駆動機構がある。見た目の細さより重く、姿勢を保つため関節も固定されている。肩を押しただけでは、横へよろめく程度にしか動かなかった。


人足が足を止め、台車も止まる。


男は角材の脚を見下ろした。人形の作業着には、赤い印の管理札が下がっている。


それから、角材を蹴りつけた。


乾いた音がした。


木の先端が床から外れ、大きく払われる。


機械人形の身体から支えが一つ消えた。上体はすでに右へ傾いており、腰が回り、右腕が床へ向かって伸びる。


手のひらより先に肘が石床へ当たり、硬いものがぶつかる鈍い音がした。続いて肩と腰が落ち、黒髪が頬から外れて床へ広がる。


機械人形は右側を下にして倒れた。


人足は倒れた人形を見下ろしたが、何か言うこともなく、台車を押し直して空いた通路を進んだ。


取り付けられた仮脚は、蹴られた方向へずれていた。


機械人形はすぐには身体を動かさず、台車が通り過ぎるまで床へ倒れたまま待っていた。


人足は振り返らない。積んだ金属箱を第一倉庫へ運び、その入口で倉庫番に止められると、二人は荷札について話し始めた。


荷捌き場の誰も、作業を止めなかった。


検査台にいた男が一度だけ機械人形へ目を向けたが、手元の金属容器から離れなかった。第二倉庫の警備役も見ていたものの、近づくことも、立つよう命じることもしない。近くを歩いた別の人足は、人形を避けて通った。


ロアンも動かなかった。


石柱の横に立ったまま、倒れた機械人形を見ていた。自力で立てることは、砂海からの道で分かっている。


機械人形の右手が床を押した。


警備役は、人形が動けることを確認すると入口へ視線を戻した。


肘が曲がる。


その動きで、肘の外側にある人工皮膚が裂けているのが見えた。倒れたときに石の角へ擦ったのだろう。


人間の皮膚に似た薄い層が、肘を中心に縦へ開いている。裂け目の内側には血も肉もなく、白く薄い外殻が露出していた。その表面には新しい擦り傷がつき、細かな石の粉が付着している。


機械人形は裂けた箇所を見ず、左手も床へついて上半身を起こした。


右脚の代わりとなる仮脚は、身体から離れた方向へ向いていた。完全に外れたわけではなく、布で膝下のフレームへ繋がっているが、蹴られたことで固定位置がずれている。


人形は床へ座り、自分の右脚の先を見つめた。両手を伸ばし、身体を折り曲げるようにして、取り付けられた仮脚を確かめる。


布の一部が、金属フレームの張り出しから外れていた。


ロアンには分かった。


角材を固定したとき、残ったフレームの窪みと張り出しへ布を掛け、下へずれないよう巻く方向を変えていた。いまは、そのうち外側を通していた布が一本、張り出しの下へ落ちている。


結び目そのものはほどけていない。


だが、何重にも重ねた布の一部が緩み、角材とフレームの間にわずかな隙間ができていた。立つことはできる。すぐに外れるほどでもない。


しかし歩くたび、隙間の分だけ角材が動く。布はさらに擦れ、緩みが広がるだろう。


ロアンは、その状態を見ていた。


砂海で固定したとき、両手で角材を掴み、腕の力では動かないことを確かめた。ベルグラートへ着いた日も、仮脚は真っ直ぐに固定されていた。


いまは、そうではなくなった。


それだけだった。


機械人形は左脚の膝を立て、左手を床へついて身体を持ち上げた。右手で仮脚の位置を支えながら、先端を床へ置こうとする。


最初の一度は仮脚が外側へ滑り、腰が傾いて身体が再び床へ近づいた。左腕で支えて倒れる前に止め、仮脚の先を引き戻し、今度は身体の真下へ近い位置へ置く。


左脚へ力を入れる。


腰が上がり、上半身が起きる。最後に右手を床から離し、両腕を身体の横へ戻した。


人形は自分で立ち上がった。


右肘の人工皮膚は裂けたままで、白い外殻が細長く見えている。仮脚の固定も完全には戻っておらず、先端を床へ置くたび、膝下でわずかに向きが変わった。


人形は自分の右脚へ視線を下ろした。


布の緩みを見ているようだったが、巻き直す動作はしなかった。


修理を命じられていないためか。自分では固定し直せないためか。あるいは、歩ける範囲なら問題がないと判断したのか。


もし人形の視界にロアンが入れば、どうするだろうか。


ロアンには分からなかった。


第二倉庫の入口から、倉庫番が顔を出した。


「次は奥の棚だ」


人形は声の方を向いた。


「承知しました」


声に、転倒したことによる変化はなかった。肘の裂け目や仮脚の緩みについても報告しない。


倉庫番も状態を確認しに近づくことはなく、人形が立っているのを見ると、そのまま倉庫の中へ戻った。


黒髪の機械人形は、第二倉庫へ向かって歩き始めた。


左脚を出し、仮脚を持ち上げ、先端を床へ置く。布が緩んだため、仮脚は以前よりわずかに遅れて身体の重さを受けた。右側へ傾いた腰を戻し、次の一歩へ移る。


石床を打つ音も、先ほどまでとは違っていた。体重を受けきれていない。


それでも人形は立ち止まらず、第二倉庫の入口へ着いた。警備役が道を空けると、暗い倉庫の中へ入っていく。


床を打つ音が内部から数度聞こえ、やがて、ほかの作業音に紛れた。


ロアンは石柱の横から動かなかった。


緩んだ布を直すことはできた。巻き方は分かっている。仮脚を外さず、ずれた布を元の張り出しへ掛け、強く引き直せばいい。大した時間は掛からない。


だが、人形は第二倉庫へ戻った。


ロアンはヴァルドを待っている。今日は、エゼル商会から出された依頼の条件を聞くために来た。


仮脚の固定は、商会の機械人形を管理する者が判断することだった。


ロアンが直す理由はなかった。


荷捌き場の中央を、別の台車が通った。人足たちは荷を運び続けている。検査台では金属容器の確認が終わり、札をつけ直した品が第二倉庫へ戻されようとしていた。


搬入口からは空の荷車が一台入り、誘導役が両腕を使って進路を示した。御者が手綱を切ると、車輪が石床の溝へ入り、荷下ろし台の手前で止まる。


ロアンは右肩を軽く動かした。


傷めた筋に、鈍い張りが返った。


それ以上は動かさず、第二倉庫の扉へ目を向ける。


ヴァルドはまだ来なかった。

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