2話 始まりの町フルイ
「今日の夜ご飯は奮発しましょう。退院祝いです。この村特産の魚料理を隣のレストラン店主を呼んでご馳走しますよ。なに、気にしないでください、こんな辺境の村の医師でも国から使いきれないほどお給金はもらえているので」
「いろいろ、ありがとうございます。魚料理楽しみです!」
まず一歩目だろうか。人とのコミュニケーション。僕が世界に来た目的はいくつかあるが、その内の一つだ。孤立無援で旅を続けることになるのだから、人との関わりを大事にしていこうと考えていた。最初は一番大変な目標だと考えていたが、初めて会った人間は僕を助けてくれて、次に会った人間は僕の回復を心の底から喜び、自らの仕事に対する誇りを持つ素晴らしい人格者だった。ずっと旅の時に起こりえるトラブルの対処ばかりイメージトレーニングしていたので少し拍子抜けするほどだった。
*
その後、僕はゼンに夕ご飯をご馳走になって、レストラン店主兼シェフの男とも知り合った。
その内で話をしていると、色々の情報を知ることが出来た。この村が神王大陸の南方地方に位置することや、村での暮らし、特産品などの話を聞くことが出来た。しかし、話しているうちに僕は自分の事がほとんど話すことが出来なくて少し気まずい雰囲気になってしまったので、そのうち、話せる内容に多少捻じ曲げた身の上話や設定でも考えた方がいいだろうと思った。
「イア君、おはようございます。」
扉から入ってきたゼンは白いパンを木の器に乗せて運んできた。僕は昨日食事の後に今後の予定を話して、目的地の中継地点である芸術の都に向かう定期馬車が出発する、明日までこのまま病院でお世話になることになった。その分の宿代と手間代はゼンはいらないと言っていたが、なんとか説得をして渡すことが出来た。
「今日はこの村を見て回るのですよね?私はこれから診察や自宅療養者に薬を届けたりしなければいけないので、案内は出来ないですが、そこまで広い村でもないので迷うことはないです。それに村の人たちは病院に村の外から来た傷病者が入院していたのはもう噂で回っているので、殊更に不審がられることも少ないとおもいます」
「ありがとう。夜までには戻るよ。」
ゼンと別れて、僕は初めて村の中を見て回ることにした。しかし、その前に僕の事を病院まで運んでくれた人にお礼を言いに行くと決めていた。その人が村に滞在中に泊っている宿の事も昨日ゼンから教えてもらっていたため迷わず行くことが出来る。病院の右手から真っすぐ進んで、三軒目の周囲の建物よりも少しだけ大きな青い屋根の建物にメリイの宿という名前の看板が掛けられている。そこが目的地だった。しかし、通常の客としての訪問ではないから、入るのに少しだけ緊張する。しかし、こういうことも一人で出来なければこれからの旅で足踏みしてしまうことも多くなるだろう。僕は勢いに任せて両開きの扉の右側を押し開いた。
中は広い作りになっており、一階には窓が取り付けられていないのか、時間帯は朝だが温かい色の照明が部屋を照らし、壁にもいくつかのダウンライトが取り付けられていた。床には緑色の絨毯が敷かれていて一見してかなり高価な宿に見えた。そして部屋の奥の一角、二回へ繋がる階段の隣に受付カウンターが置かれていた。しかし、そこには受付を担当する者の姿が無く、近づくと書置きでベルを鳴らして欲しいという旨が記されていた。そうしてそのカウンターにはどこかで見たことのあるハンドベルが置かれてあるのが確認できた。僕は一度は緊張したものの、宿屋に入ることで覚悟は決まっていたので、そのまま特に躊躇することなく、ハンドベルを持ち思い切り打ち鳴らした。
すると、階段からバタバタと人の降りてくる音がして、やがて妙齢の女性が顔を出した。
「ようこそ、ご宿泊のお客様ですか?」
女性は階段を降り切ったところで、直ぐに一度綺麗なお辞儀をして、こちらへと向かってきた。
「いえ、あの、この宿にラータマっていう女性はいますか?僕は村の外の浜辺で怪我をしていたところ、その女性に助けられて、ゼン先生の所で入院していたものなのですが、無事快復出来たので、今日はお礼を言いに来たのですが」
僕が要件を伝えると、女性は先ほどまでの少し硬い表情を崩して、大きくうなずいた。
「ああー、少し前からゼン先生を村で見かけると、治療と看病と日々の診療業務で目に見えるほど憔悴していたので話聞きましたよ、随分と重傷だったみたいですね、快復おめでとうございます。それで、ラータマだけど、今頃は村の外の浜辺に居ると思うけど、確証は無いですね。まあ、予定では明日までご宿泊のようですし、おそらく夕方にもう一度いらっしゃれば会えると思いますよ。」
*
僕は丁寧な対応と情報に感謝をしてから、宿屋を後にすると、少し考えた。村の中を見て回ってもいいし、先に浜辺まで探しに行って命の恩人へ感謝を述べてもいい。そうして、考えていると、ふと思い至った。(果たして、命の恩人に会いに行くのに手ぶらでいいものか?)。
せっかくだから僕は村の中を見て回り、なにかいい贈り物でもないか物色しておこうか、本来であれば、贈り物とは気持ちだ。この良く使われる言葉の意味する、気持ちとは自分の気持でもあり、相手の気持ちの事でもある。つまり、相手の気持ちも考えなければいけないのだが、如何せん、僕は彼女の事を何一つ知らない。それに明日にはこの村を去ることは宿屋の人から聞いていた、これから知り合って贈り物に頭を悩ましていたら時間が無くなってしまう。
しかし浜辺で渡しても嵩張るだけだろうから、あらかじめ買っておいてゼンの病院に一度より、荷物を預けていくことにした。
*
結論から言うと贈り物は高級な紅茶の茶葉にした。自分で買うのは無理があるくらいの値段だけれど、相手は女性だという情報だけしかない。世の中の女性の嗜好品と言えば美容か紅茶と決まっているらしいと、本で読んだことがあった。最悪飲めなくても、嵩張らないし未開封であれば保存も効くので、持ち帰ってお土産にでも出来るだろう。彼女はこの村の人ではないらしいし。
僕は一度、病院へと向かい表の診察室の入り口を避けて裏口から入って、僕の病室に向かい荷物を置いた。明日にはこの村を離れることになるので僕もいくつか自分用にこの村の特産物(主に食品)を買ったので荷物はかなりかさばってしまった。無駄な出費は抑えたいが、どちらにせよ神王国首都に着くまでの路銀の計算だった。随分と余裕がある計算だし、こういう特産品を食べたり買ったりするのも経験の一つだと思う。
身軽になり、ラータマに会うために村の東方にある出口から浜辺のある方へと向かう、あらかじめ、宿の人に浜辺の場所は聞いていたし、そこまで遠い場所でもなかったため、直ぐに灰色の海が見えてきた。ふわりと香ってくる独特な磯の匂いに、初めてこの世界に来た時に見た光景を思い出す。眼下には赤い海が広がり遥か遠方、海平線に近い場所には灰色の海が広がって見えた。僕はそこを目指している途中に不運の事故に見舞われた。死地を彷徨い辿り着いた場所で初めてこうして間近で目指した海が広がっていることに僕は少しだけ感傷的になりながら、目的の人物を探し、浜辺を探し歩いた。目的の人物は割と直ぐに見つかった。砂浜にしゃがんでなにやら小さなスコップのようなもので砂浜を掘っている。周囲には他にも多くの場所が掘り返したような跡が見えた。僕は彼女に近づくが、彼女は何かに夢中になっているようで、気づいていないようだった、僕は出来るだけ驚かせないように声の出し方に気を付けないがら、話しかけた。
「あのー、お忙しいところごめんなさい。ラータマさんですか?」
「はい!?うわっ」
こちらの問いかけに反応し、勢いよく振りむいた彼女が砂浜に尻もちを付いてしまった。
「あっ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
僕は結果的に彼女を驚かせてしまい、しかも尻もちを付かせてしまい、それに伴い服を砂だらけにしてしまったことを悔やんだ。直ぐに駆け寄り、彼女に手を貸した。
「大丈夫だよ、少し驚いちゃった。ああ、服とかも気にしないで、もともと砂場に来る用の汚れてもいい服だから。」
目の前の女性が立ち上がり砂を払いながらそう言った。確かによく見ると彼女の格好はサイズの大きいシャツに同じくサイズの大きい布のズボンで寝間着のように見える格好で、ところどころ既に茶色く汚れ、砂粒も付着していた。先ほど村を見て回りながら色々な人を見たけれど、皆な似たような雰囲気を持っていたが、彼女にはどこか都会の女性のような雰囲気がある。白い髪のボブヘアーをしていて、手足もすらっと長く見るからにスタイルの良い女性だった。僕よりも背が少しだけ高いことからなんとなく年上のように見える。
「それで、君は?初めて見る顔だけど、フルイの人でしょう?」
「初めまして、僕はイアルージュって言います。昨日までフルイ村のゼン先生の所に入院していたのですが、ラータマさんが浜辺で大怪我していた僕を病院まで運んでくれたと聞きまして、今日はお礼を直接言いたくて居場所を宿の人に聞いて来ました。助けてくれて本当にありがとうございます。貴方に運ばれなければきっと僕は死んでしまっていたでしょう。」
僕が事情を話すと、彼女は驚いた様子で僕の事をジロジロと見てきた。
「まさか、あのドロドロに溶けていた状態から完治したの?あの時のイア君は人と判別できる要素は形くらいしかなかったくらい酷い状態だったから、驚いたよ。でもよかった。私も助けた手前気になって何度か様子を見に行っていたのよ。ゼン先生は命に別状は無いけど、どこまで治って、後遺症が残らないかは本人の生命力次第だって言っていたけど、その様子だと後遺症も無さそうね。よかった!」
彼女は声を弾ませて嬉しそうな様子で、心から僕の快復を喜んでくれているのが分かった。僕は少しの間呆気にとられてしまった。ゼン先生と初めて話した時にも感じたけれど、眩しいほどの善人だ。故郷を出る前には散々口酸っぱく言い含められていた、世界の厳しさや人の生まれながらに持つ悪性など存在しなかった。少なくともそんな風に思ってしまうほど、無償の善意をいくつも与えられていた。
「それで、イア君はどうしてあんな場所で倒れていたの?急に悲鳴が聞こえてきたからあの時は心臓止まるかとおもったよ。」
それは当然の質問だろう。昨日ゼンからも質問されたが、その時は言えない事ばかりでかなり怪しい返答になってしまったのを自覚したため、昨日の夜に少し話を考えてきたのだ。僕は意図的に少し言葉を詰まらせながら、経緯を説明していく。
「そ、そうですね。僕は西方の港町の出身なんですけど、挑戦者を目指して村を出たのです。ただ、その際に港を出港する東方のイシーの港町行の船に乗ったのですが、その航行中に南方に差し掛かったあたりで、大シケの嵐に巻き込まれてしまって、気づいたら赤界外海に入ってしまっていて、そこで運悪く座礁にぶつかってしまい、船が沈没してしまったのです。僕は必死に壊れた船の木片にしがみついた所までは覚えているのですが、そのあとは気づいたら全身に激痛を受けて浜辺で目が覚めた感じです。正直自分でもなぜ生きていたのか分からないですが、ゼン先生は旧い神の祝福を持って生まれたのではとか言っていました」
結局いろいろストーリーを肉付けしたけれど、最終的にはなぜ生き残ったか謎が残ってしまったが、実際になぜあの状態で生きられたかは僕も分からないのだから仕方ない。村から持ち出した遺物の中にはそういう守護系や回復系のものは無い。僕は秘密が多いけれど、今回の件を説明できる様なそんな秘密は存在しなかった。僕が言葉を詰まらせながら、やっと話を終えると、ラータマは神妙な表情で頷いた。
「そっか、大変だったんだね。旧い神は神王様によって全て別の世界へ追い出したという風に伝わっているから、加護は無いとは思うけれど、まあ不思議な事なんて数えきれないほどあるからね、あまり考えすぎずに自分の幸運を喜んでいた方がいいよ。ああそうだ、快復祝いを挙げようかな。君は運が悪いみたいだし丁度いいかも。」
そういって、ラータマはズボンのポケットから、赤い丸い宝石が付いているブレスレットを取り出して、僕に渡してきた。それは良く見ると、金色のチェーンに、小さな赤い宝石がぶら下がった形で作られていた。
「えっ?こんな綺麗で高そうなアクセサリー頂けませんよ。」
僕は少し焦ってした。命を助けてもらった上にこんな綺麗なブレスレットを頂いては返せるものが無い。
「ん?いいよ、いいよ、気にしないで、これは私の手作りのブレスレットなんだけどね、メメ貝っていう赤い貝を加工して作ったのがそこに付いてる宝石みたいなものの正体だよ。ブレスレット自体の価値はそこまで無いんだけど、王都とか海に面してない大きい都市に行くと、赤界外海の宝石とか言って、魔よけのブレスレットで売れるの。ただ、まあかなり在庫抱えながら、遠征していろんな街を売り歩くから、今更一個くらい知人のお祝いにあげても問題ないよ。ともかく、君は運が悪いのか良いのか分からないような人だからね、せめてゲンでも担いでおけばいいよ。ほら、つけてみて?」
僕は言われた通り、右の手首にブレスレットを付ける。初めてつけるアクセサリーに手首の違和感を覚えたが、なんだかおしゃれな都会人みたいで自分が着けてる事実に少しソワソワした。
「おー、いいね。イア君は中性的な印象があるから、都会っぽい軟派な格好の方が似合うと思うよ。」
ラータマさんは、相変わらずとても嬉しそうに話していて、僕は少しドキドキした。異性の女性としてとても魅力的だった。僕はどこか探している女性と彼女が重なって見えていた。見た目は違うけれど雰囲気は似ている。
*
「イア君は本当に綺麗なお顔にすべすべお肌でなんだか、羨ましい。」
僕達はいつも通りの休日の過ごし方として書斎で読書に耽っていた。そんなとき、急にマワリが本を捲る手を止めて、こちらをじっと見ている事に気づき、僕から何かあるのか聞いてみたところ思いがけず古傷を抉られたのだった。
「マワリちゃんは初めて会った時も僕の事、女の子だって間違えていたよね。そんなに女っぽいかな?」
それはマワリと関わっている間、僕がずっとじりじりと心の端で気にしていた事だった。ほんとはもっと早くに問い詰めたかった。僕のどこがそんなに女っぽいのかと、ただそれを意中の人で憧れの人でもあるマワリちゃんに聞くのはそれこそ見た目の問題以上に女々しい行いな気がして聞けていなかった。
「うーん。どう色眼鏡、身内贔屓を含めたとしても良くて中性的というような感想にしかならないかな。ただ、あまり気にしない方がいいよ、整った容姿っていうのは男も女も共通点はほとんど同じだからね。けど、勿体ないから、してほしくないけど、その綺麗な長い髪型を少し変えたら多少は男の子っぽく見えるかな。」
僕は肩まで伸びた髪の毛を摘まんで持ち上げてみる。確かに長い。それに明るい茶色の髪で、地毛なのだがまるで、妙齢の女性がする、染料を用いた髪染めをしているみたいだった。
*
過去の事を思い出して少し感傷的になってしまった。
「あ、そろそろお昼になるね、一度村に戻って食事にするつもりだけど、せっかくだからイア君も一緒にどうかな?」
そういえば、朝に宿屋で話を聞いてから、贈り物を見繕うのに時間が掛かったのだ、空を見上げれば、日が頭上高く昇っている。もうすでに正午を回るころだろう。
「はい、僕も丁度お腹が空いてきました。ぜひご一緒させてください」
「よおし、君はまだ村の食事処をあまり知らなそうだね。私の行きつけのお店に連れて行ってあげよう」
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