13話 疑似魔術の資格
読破までには至らなかったが、既に夜が更けてしまっていた。僕は一度、本を置いて一階のフロントに向かう。
「あ、あの。すみません。夕食を頂きたいのですが」
僕が先ほどと全く同じようにフロントカウンターで、何かの文庫本を読み耽っている金髪の若い女性に恐る恐る話しかけた。僕は元から人に話しかける時はかなり緊張するタイプだけど、その中でも特に本を読んでいる人に話しかけるのが苦手だ。彼らは僕と同じくきっと読書中は世界を隔てている。それが分かるからこそ緊張するのだった。
「んあ?ああ、なんだ11号室か、じゃあ右奥の酒場で頼みなよ。宿泊者用のメニュー表あるからさ。宿泊プランで付いてくる食事はそのメニュー表の中から一食に付き一コースだけだから、アラカルトとかアルコール頼んだらルームチャージな?あ、部屋の鍵持ち歩いているよな?注文するときはウエイターに部屋の鍵見せてくれ。」
早口でぶっきらぼうだけど、やはりちゃんと必要な情報は全て説明してくれるし、彼女は臨時だけどきっと勤勉なタイプなのだろうなと思った。
夕飯は東地方のメニューと中央区で主流のメニューがあり、それぞれコース形式になっていた。僕は中央地方のメニューを注文して、その豪華な料理を堪能した。やはり、冒険者御用達の宿屋だけあって量がかなり多く大満足となった。
*
翌日、僕は朝からランニングを済ませて朝食を食べ、魔術院へと向かった。北区の豪奢な邸宅が連立する大通りの奥地に一際大きな建物がある。王都魔術院、疑似魔術の祝福を管理している機関だ。
中に入ると白を基調とした内装で整然とした空間が広がっていた。
「あの、疑似魔術の使用資格と疑似魔術の登録をお願いしたいのですが」
フロントカウンターに居た短髪の眼鏡を掛けた受付担当の青年に声を掛けた。
「はい!かしこまりました、使用資格受験に五千イエンと登録に五百イエンになります。計五千五百イエン頂戴いたします」
素早い動きで緑の革張りの魔術院の紋章が刻まれたカルトン皿を受付から突き出してきた。
「はい、それで出来れば一番早い日程で受験をしようと思っているのですが」
疑似魔術の資格試験は比較的簡易な内容で疑似魔術関連の法律をテスト形式で試験されるだけだ。僕は既に故郷から旅立つ前に法律の大半を暗記しているので、もし当日中の受験になろうとも、問題は無いだろう。
「はい、では今からの受験にしますか?もちろん別日でも、現状は一週間先までいつでも朝六時から夕方五時まで予約可能です」
「では、今からお願いします。それから続けて疑似魔術の登録も出来ますか?」
「はい、かしこまりました。疑似魔術の登録に関しても可能です。では直ぐに試験の準備を始めますので、十分ほどお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
僕頷きフロントのソファーに座り、ご自由にお読みくださいと書かれた本棚から、今まで登録されてきた疑似魔術を記した図鑑を手に取り、パラパラと読み進めた。
目次では火、水、大地、天空の四種類の疑似魔術に区別され、それぞれ属性ごとに類似性のあるラインナップの疑似魔術が載っていた。基本的に火球発射の祝福があれば、水球発射、岩球発射、雷球発射というように各属性には類似性があるものが多く点在していて、そうではない疑似魔術を特殊疑似魔術という風に称され、希少性を評価されていた。ちなみに疑似魔術にはそれぞれ連続使用に対しての再使用待機時間が設けられている。
「あっ、準備出来ました。その横にある扉から受験室に入ってください」
先ほどの担当してくれた受付の男がカウンターから出てきて、図鑑を読み込む僕の肩を軽くたたいた。
僕は案内の通りに受験室に入ると、壮年の気怠そうな雰囲気の男性が席に座るように促してきた。
「それでは試験を開始します。答案時間は一時間、私語禁止。筆記用具は机上に用意してある物のみ使用可。何かあれば静かに手を挙げなさい」
*
その後、三十分ほどの時間を残して、回答を終えて提出を済ませた。結果は直ぐに採点して口頭で告げてくれるらしいので、僕は元の席に戻り、少し緊張しながら、採点を始めた試験官の様子を見守った。数分後、ゆっくりと試験官が顔を上げて宣言した。
「受験番号一番、イアルージュ。疑似魔術使用資格試験、満点合格。おめでとうございます。免許状が出来るまでフロントでお待ちください」
・・・十分後、カウンターから呼び出され、巻物の書状を貰う。
「おめでとうございます。こちらが資格証です。それから先に伺っていた通りに、疑似魔術登録の準備も出来ましたので、地下訓練場にお越しいただけますか?」
受付の若い男に連れられカウンター奥の階段から、地下に向かうと地下にはただ広いだけの空間が広がっていた。
「それじゃあ、まずはこの板に手を翳してもらえますか?疑似魔術の種類が判別できます。その後に疑似魔術の詳細な効果を実証します。既存の疑似魔術でも一応形式上必要な事なので実証にはお付き合いくださいね。」
青い板に手を翳すと石板の色が赤、黄色、緑の順に移り変わり、最終的に青に戻る。
「はい、ありがとうございます。確認します・・・」
石板を持ち直し確認を始めた男の顔色がみるみる内に驚愕の色に染まっていく。
「これはまさか、初出現の疑似魔術ですね。しかも詳しく類似性などを確認していかねばなりませんが、恐らく特殊に分類されるでしょう。」
やはりか、僕はこの反応は予測済みだった。既に火の属性の疑似魔術に関しては先ほどの試験開始の待ち時間で改めて一覧を確認し、炎操作の名前が載っていないことを確認していた為、驚きは少ない、しかしここまで驚かれるとも思っていなかった。僕のような疑似魔術初心者の人間と違って、彼は王都魔術院の人間だ、過去に読んだ疑似魔術関連の本によると新しい疑似魔術が登録されるのは大体数年の一度くらいの頻度らしいので、珍しくはあるがそこまで驚愕するほどだろうか、少し大げさだなとも思うほどだ。
「はい、珍しいですよね。まだどんな魔法か試せてないのですが、正直ワクワクしています。」
「珍しいなんてものじゃありませんよ!もう新出現疑似魔法は存在せず、全て出現したという見解が一般的な現状で、約五十年ぶりに新規疑似魔術の登録がされるなんて」
「えっ!?五十年ぶりですか?数年に一度現れるのでは?」
随分と話が変わってきた。確かに僕の情報が正しいなんて保証はどこにもない、本で得た情報を過信しては恥をかいてしまうのをどこかの金言集で読んだ記憶がある。曰く一冊の本で得た情報は必ず確度を得るために複数の資料から情報の裏付けを得るべしと、僕は内心で少しだけ反省をした。
「数年に一度はそれこそ五十年前までの事ですよ、これは世間が騒ぎますよ、特に冒険者や挑戦者界隈と私達疑似魔術オタク達には驚天動地の事態ですよ。さっそく効果の実証をさせてください。」
「はい、僕もどんな魔術になるか楽しみです。疑似魔術を使用するにはどうすればいいですか?」
「はい、疑似魔術は起動方法には二種類がありますが、あなたの魔術がどの起動方法か分からないので試していきましょう。最初に魔術名を呼ぶ方法ですね。呼ぶときは出来るだけ魔法の起動を意識して、イメージしてやってみてください。」
僕は炎をイメージしながら、少しだけ恥ずかしい気持ちを抑え魔術を呼ぶ。
「炎操作!」・・・何も起こらなかった。
「ふむふむ、そうしたらやはり呪文が必要になるタイプですね」
「呪文ですか?それってもしかして例の恥ずかしい感じの?」
これは冒険者や挑戦者の中でかなり論争や争いを生むネタなのだが。疑似魔術の中には特に威力や応用性が高い系の高度な疑似魔術は呪文が必要な場合が多く、その呪文は自身がその属性の中で想起する物や言葉などの所謂イメージと繋がる言霊のような文言を考えなければいけない。これがカッコいいという派閥とダサいという派閥とに分かれている。ちなみに僕は恥ずかしいと思う。
「恥ずかしいですか?凄くスタイリッシュで素晴らしいと思いますし、唱える時の魔法への憧憬を表す感じが私は好きですが、まあ、冒険者とかの戦いに身を置く人たちだと、少し無駄の多く感じるのかもしれませんが、とにかくやってみましょうよ、基本的には自分のイメージする炎の単語を羅列するだけでいいです。威力は落ちますが起動はするはずです。それから徐々に自分の中で詠唱文にブラシュアップしていけばいいです。」
炎をイメージした単語か、赤い、太陽、料理、力、浄化とか、正直分からないけどとりあえず試してみることにする。
「太陽、力、赤い、料理、炎操作!」・・・少し生暖かい風が地下空間に吹いただけで何も起こらなかった。
僕は自然と顔に熱が集まるのを感じた。とても恥ずかしい、これで目を見開くほどの魔術が出ればまだマシだったかもしれないけれど、何も起こらないと只の公園で冒険者ごっこしている少年のように感じられる。
「いや、恐らく起動はしていますね。ただ何も起きていないのが変ですね、炎操作都いう名前の通り炎を起こす魔術では無く炎があってそれを動かす魔術とか?けれどそんな使い勝手の悪い疑似魔術を祝福として試練管理局が贈るとは考えられないし、なにより前例がない。念のためもう一度しっかりと炎のイメージをして呪文を唱えてくれるかい?今度は恥ずかしがらずに魔法への憧憬や明確な渇望を押し出してください。」
魔法への憧憬、それは確かに僕にもある、遥か昔、それこそ旧神時代の御伽噺ではよく魔法使いが英雄視されていて、古典的な古い冒険譚にはよくあるモチーフで僕もとても好きだった記憶がある。しかし炎か僕は何故だか魔法にはとても興味があるけれど炎にだけは食指が向かない、どちらかというと怖い、恐れている。明確な炎を想起させると何故だか心がざわつき不安になる。だからさっきもそんな心持でやったからきっと何も起こらなかったんだ。しかし、ここまで来て夜な夜な不安に苛まれる幼子のような甘えは許されない。僕は今一度、ゆっくりと炎を想起させ、先ほどよりも切実な思いを込めて真面目に呪文を唱えるが何も起こらなかった。
僕は困惑した、確かに試練で与えられる祝福の中には扱いづらく多少の技術が必要なものがあるが、それでも効果減衰はしても発動不可なんて聞いたことが無い。
「うん、やはり炎操作という魔術名通りに炎が最初に無いといけないのかもしれません、試してみましょう。今から私が炎柱の魔術を使うのでイアルージュさんは先ほどと同じように呪文と意識でその炎が操作できるか試してみてください」
そう話すと彼は長々とした呪文を言い放ちながら、とても壮大で大げさな身振りで魔法を放った。その瞬間、目の前の広い空間に円柱ほどの大きさの炎の柱が吹きあがった、僕はその威力と派手な魔法に衝撃を受け、思わず飛びのいてしまった。
「ああ、ごめんなさい驚かせてしまいましたね、大丈夫です地下の部屋では、攻撃系の疑似魔法は人には当たらないし効果を及ばさないようになっています。それでは今から一分ほどは魔法が持続するので終わる前に試してみましょう」
僕は直ぐに冷静を取り戻して、直ぐに先ほどの呪文を唱える。
「太陽、赤い、料理、力、炎操作!」
僕が目の前の炎の柱を掴むようなそんな意識と感覚を呼び起こしたとき、目の前の巨大な炎の柱が揺らぎながら形を変え始めた。僕はそのままゆっくりと、炎の柱を丸く巨大な火球にしてみた。
「おお!これは凄い。効果は間違いないですね。それに特殊魔術も確定しました。炎を操るとは素晴らしいですね。おめでとうございます。そのまま火球を勢いよく壁に飛ばしてみましょう。きっとできるはずです」
僕は炎の巨大な球を勢いよく壁に飛ばすようなイメージをしながら伸ばした手から念を送ると勢いよく壁に火球が激突した。壁には傷は無かったが焼け焦げたような茶色い跡が広く残っていた。
「うん。間違いないですね。炎を操作する能力ですね。しかし本来の魔法の在り方とは少し違うので少し疑問点が残ります。もしかしたらまだ応用的な力があるのかもしれませんが、いったん今回はこの調べがついた所を魔法の要綱として記載して新規魔術として登録しますね。これは強制ではありませんが、応用方法や新しい力、つまりまだ未発見だった疑似魔術の可能性を報告していただけると当院としては助かります。もちろん精査され認められましたら、それ相応の謝礼金もご用意しますので。」
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それから僕は登録証も受け取り、魔術院を後にした。帰路につく足取りは重く、気分も暗い色に押し込まれていた。正直、僕は少し気落ちしてしまった。いくら新規疑似魔術で希少な特殊魔術だとしてもあまりにも使い勝手が悪すぎるし、はっきりいって冒険の地での使い道なんてゼロな能力だった。しかし眼鏡の彼の言う通りまだ可能性を秘めているかもしれないのは最後の頼みの綱だった。しかしまだ僕には通常一種類の効果しかない祝福が実は加護という形で三つ内包されていて、まだ身体能力微向上や歪み遣いの能力もある。特に遺物を使う能力に関しては今後もし未開拓地や試練の地で発見することが出来たとしたら、かなり有用な能力になるだろう。僕はそういう風に自身を鼓舞しながら歩き宿に戻った。夕食を食べ、部屋に戻ると、まだ早い時間だったが、直ぐにベッドに潜り込んだ。明日は今冒険者の試験がある。試験内容は簡単なものが多いが、実技は気合を入れてかからなければならない。毎回試験官によって実技の試験内容は差異があって、どのような形にならないのが不安だった。いつもより早い時間にベッドに潜り込んだのも、眠れるまでの間、出来るだけイメージトレーニングしていた。
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