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魔法使いは奇跡の外に  作者: 陰日向日陰
第1章 魔法使いの弟子編
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第8話 魔法について

 翌朝、ルレアは結局早起きしていた。


 起きたらまだ日の出た辺りの時間で、今日ばかりはこの体に染み付いた起床時刻が恨めしくなった。

 ゆっくり寝ようと思っていたのに、目が覚めてしまったら起きるしかないじゃないか。


 諦めてベッドから出る。


 ルレアは習慣で、少し寝汗のかいた体を魔法で清め、部屋に一通り浄化魔法を施す。やってから自宅ではないと思い出したが、まあ、これから自分の寝泊まりするところだしと思い直した。

 こういうちょっとしたことが後々響いてくるのだと母からは口酸っぱく言われたものだ。

 ルレアとしては、使いすぎるなと言われている中で合法的に魔法が使えるので万々歳であったが。


 ――何をしよう。


 家畜や畑の様子を見に散歩したり朝ごはんの手伝いをしたり、村にいた頃はやることがあったが、ここではしなければならないことがない。


 それでも朝の空気は吸いたくなってきて、宿近くの土地勘はほしいもんねと散歩に出かけることにする。


 鍵と、必要ないとは思うが念の為に封印魔法を扉にかける。遠く喧騒の聞こえる廊下を歩いて階段を降りて、一階に着くと、かなりの数の宿泊客が朝食を食べていた。


 協会のロビーもこんな感じだったな、と格好を見て思う。協会から紹介してもらった宿だから、それは冒険者が多いのは当然である。

 昨日は疲れていてあまり意識していなかったが、確かに、朝食を食べているのは冒険者らしき人ばかりだ。


 それを横目に宿から出ると、通りにある人影は少なくなかった。

 存外、みんな早くから起きているようである。


 さて、どんなルートで散歩しようかとルレアがぐるりと周囲を見渡すと、突如、目の前にそろそろ見慣れてきた青年が現れた。


「おはよう」

「っ! ……おはようございます」

「よく眠れた?」

「いつも通りですね」

「まだ朝も早いし、もう少し寝てても大丈夫だよ」

「いえ、もう目が覚めましたから」


 ルレアは言いながら、けれどタイミングの悪くあくびが出そうになって噛み殺す。それでも気づかれたようで、グラシゥスはその強がりに苦笑した。

 話題をそらす意図も兼ねて尋ねる。


「グレイスさんは何を?」

「鍛錬。毎朝やるようにしてるんだよ」

「どんなことをやるんですか?」

「もっぱら魔法の精度の向上だね。いつもより集中して使い続ける練習」

「使い続ける……あ、狩猟系とかか」


 ルレアはグラシゥスの言葉選びに違和感を覚えて小首を傾げたが、自分が滅多に使わない魔法で当てはまるものを思いついてひとりで納得した。

 魔法は火を起こしたり部屋を綺麗にしたり、何か事象を起こすものをよく使う。ずっと同じ状態を保持する――例えば狩猟に使うような隠密の魔法なんかは、最近ではルレアはほとんど使っていない。

 そういえばそんなのあったなと、考えてやっと思い出せたくらいだ。


 それから、グラシゥスを置いてけぼりにしていることに気づく。


「あ……ごめんなさい、学校で習ったわけじゃないので正しい分類とか知らなくて」

「気にしなくていいよ。魔法が盛んな地域では想像主義――えっと、感覚派の人の方が多いからね」


 そもそも、魔法を理論から学ぶのはその方が汎用性が高いからである。

 信仰魔法が盛んであれば独自の感覚や魔法体系が確立されている上に、幼い頃から魔法が身近にあって直感的に理解しやすい。

 それなら理論なんて面倒なことをせず、感覚で魔法を使った方がいい。


 信仰魔法は学校で専攻してたからそれなりに詳しいんだ、とグラシゥス。

 恐らくは、その学校にいた頃の知識を思い返しながら彼は続ける。


「確かに隠密とか索敵とかは狩猟でよく使うね」

「猟はしなかったので父が言っていたのを聞いただけですが。私は小さい頃に使ったっきりですね」

「そんな幼い頃に何するの?」

「かくれんぼするのに使うんです。あとはお父さんとお母さんをびっくりさせるのとか」


 かくれんぼは同じくらいの年で、同じくらいの力量の子供同士でやる分には結構楽しかった記憶がある。一方で両親を驚かせようとした時には、力量差が力量差だから全く使い物にならなかったが。


 と、そこまで思い出した時点でグラシゥスから年下の幼子を慈しむような目線をもらったので、そんなことより、と再び強引に話を逸らす。


「グレイスさん、朝食は食べましたか?」

「まだだね。一緒に食べる?」

「グレイスさんがいいのなら」

「了解。ついでにつまらない魔法理論の話もしちゃおうか。覚える必要はないけど、耳にしといた方がいいような話ね」

「そんな雑でいいんですか?」

「いいんだよ。感覚で理解してる人にわざわざ理論を教えるほど二度手間なことはないから」


 言われながら、グラシゥスに促されて宿に戻る。


 空いていた近くの二人席を取って、グラシゥスが給仕に朝食を頼む。メニューは一つだけなようだ。


 どこから取り出したか、グラシゥスは透明なグラスに魔法で水を注ぐ。

 魔法で水を生み出すのはルレアもいつもやっているが、収納できる魔法は絶対に便利だ。手荷物がなくなるだけでなく盗難の防止にもなる。

 後で教えてもらおう。


 ――やっぱり、お父さんから狩猟系の魔法もっと教わっとくべきだったかなぁ。


 ちょっと後悔しているルレアに、グラシゥスがグラスと一緒に話題をよこす。


「まずは魔法とは何かって話からだけど、ウァイストの信者には今更かな」

「『世界に存在する事象のうち、神々の手によって変更がなされたもの』ですね」

「……やっぱり原義で覚えてるよね」


 他にも例を知っているのか、グラシゥスはルレアの答えに、久しぶりに会った旧友が何も変わっていなかった時のような口調で言った。


 魔法は神々の時代から世界に存在している。


 習わなければ使えず、習ったところで使えない場合すらある人類とは異なり、神々は誕生したその瞬間から息を吸うように魔法を扱えたという。

 当時の魔法は行使者の特性や属性に大いに依っていて、行使の手順や魔法の効果など、千差万別、多種多様だった。


 そんな中、魔法を系統的に理解としたのが学識の神フローレノだ。神々にとっては呼吸に等しい魔法を、体系化、一般化、普遍化してわざわざ(・・・・)魔法式で表現しようとした。

 それが、いわゆる『理論魔法』。

 学校などで多くの魔法使いが学ぶ、学識と絡まってもはやほどくことができなくなった魔法である。


 学識の神の――世界を最もよく知る者のもたらした魔法なだけあって理論魔法は万象に及び、その広範は魔法の神ウァイストの信徒の使う魔法に次ぐ。


「対して主神の特性の色が抜けない魔法を、信仰魔法とか民間魔法とか地方魔法とか言ったりするね」

「呼び方は統一されていないんですか?」

「一応、それぞれ定義はあるんだけど、重複してる部分がかなり広いからはっきりは分けられないんだ。僕は信仰魔法って呼んでる」

「なるほど」


 つまるところ、理論魔法とその他と魔法という分類らしい。

 そして、ルレアの使う魔法は後者だ。


「それで戦闘についてだけど」

「はい」


 本題に入ってルレアは身構える。


「そもそも攻撃魔法っていう分類自体、建前上名付けたみたいなところあるんだよ。水を操る、火を生み出す、物を切るっていうのは、どれも日常的に扱う魔法じゃない?」

「そうですね。生活するには水が必要で、料理には火が不可欠で、何かあった時に物を切る魔法があると便利ですから」

「もちろん、最初はすごく重宝した。でも、都市や多くの村落では公共事業として整備されたせいで、段々それも使わなくて済むようになった。――そんな中で唯一、魔法が絶対的に揺るがない地位を確立した状況がある」

「それが戦闘ですか?」


 グラシゥスは頷いた。


 力量が同程度なら、剣を使うより槍を使った方が有利だというのはよく知られた話だ。槍の方が射程が長いからである。

 それなのに射程など比べるまでもない魔法という概念が入り込んできたら、どうなるかは火を見るより明らかだった。


「もちろん、剣と槍であっても間合いが近ければ剣の方が有利な時があるように、魔法であっても距離によっては使う前に剣士に斬り伏せられることもある」

「大きな魔法を使う時はそれだけ時間がかかりますしね」

「うん。でも、魔法と槍の間合いの差は、槍と剣のそれとは桁が違う。多少であれば見誤っても致命的にはならないし、最悪、安全に逃走できる」

「そう考えるとやっぱり便利ですね、魔法って」


 朝食が運ばれてきた。

 パンが二枚に、半熟の目玉焼きに、肉と野菜のスープだ。昨日の夜のルレアは食欲がなかったからなんとも思わなかったが、こうして見るととても美味しそうだ。

 どれも、見た目にも味にも一番いい火加減である。


「浴後に湯けむりに佇む。魔法は万象に帰す」

「花車の意匠を」


 軽く祈ってから、ルレアは水が減っていた自分のグラスに水を注ぐ。ついでに目の前の彼の分のも入れておいた。


「ありがとう。……魔法が一般的になって、魔法使い同士の戦闘も多くなってきた。そうなるとどちらも射程が長い上に見極めが難しいから、進行形で戦闘理論もどんどん高度になっていってる」

「相手の射程の把握が懸念点になりそうですね」

「そうだね。相手の射程外かつ自分の射程内なら撃ち放題だから、そうなったら当然勝てる」


 そうでなくても、相手が撃ってきた時に合わせて射程外に逃げ、隙を見て距離を詰めて、相手をこちらの射程に入れる。など、そういったことは戦闘理論の基本でもある。


 と、あっという間にグラシゥスはぺろりと食べ終えてしまった。

 面倒を見てもらっていることもあって勘違いしそうになるが、そういえば、この魔法使いは大体同年代くらいのはずだ。

 それは育ち盛りなはずである。


 カリカリなパンの耳をかじるルレアに、同年代とは思えない魔法使いは続ける。


「まあルレアさんには心配ないところだと思うよ。特性、量、練度の把握なんて、魔力から性格を読み取るより簡単でしょ」

「どうでしょう。やってみないことにはなんとも」

「じゃあ、食べ終わったら城壁の外に行って、簡単に戦闘理論の説明をしたら、早速実戦しようか」


 パンの耳を食んだままルレアが固まる。


 ――聞き間違いじゃないよね?


「実戦?」

「うん。感覚派の魔法使いは、やりこんで感覚を掴んでナンボだからね。怪我しないように結界は張るから安心して負けていいよ」

「あ、あはははは……」


 なまじ相手の力量が分かるだけに、ルレアは乾いた笑い声を出すしかなかった。


 せめて鬼畜でありませんようにと、普段はしないけどウァイストに祈った。

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