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魔法使いは奇跡の外に  作者: 陰日向日陰
第1章 魔法使いの弟子編
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第9話 早速実戦

 城壁の外は開けている。

 きちんとした立方体に切られた石で作られた城壁を一歩出ると木々が点在するだけの平原で、その奥には一昨日までルレアが住んでいた村のあった森が広がっている。


 辺りを見回して、かつての記憶と比べて違和感を覚えたグラシゥスがぽつりと漏らした。


「やっぱり人がいないな」

「おかしいことなんですか?」

「ああ、いや、昔は初心者はこの辺りの平原で練習するのが普通だったから、違和感が拭えなくて」

「新人講習っていうものがあるらしいですから、そっちでやっているんでしょうか」

「そうだろうね。まあ遠慮せずに魔法を使えるからこっちとしては助かるんだけど」

「あはは……」


 ルレアは乾いた笑い声を出した。

 もう一度祈っておこう。


 さて、既に一通りの魔法の理論的な話を終えて、町の外にやってきて、城壁から多少離れたら、グラシゥスは早々にルレアから距離を取った。

 もう逃げ道はなさそうである。


 かなりの距離があるはずなのにグラシゥスの声がはっきりとルレアの耳に届く。


『じゃあ、撃つから防いでね』

「結界は!?」

『もう張ってある』


 いつの間に、などと思っている暇もなくグラシゥスから火球が飛ぶ。火力のために内側は爆ぜ、外側は延焼のためにどろりとこびりつくような炎だ。

 と、認識している間にも目前に迫ってくる。


 先刻の魔法講義の、対属性がどうのとか同属性がなんだとか、そういうことを思い出している時間も惜しくて、ルレアは一番使い慣れている魔法で迎撃する。


 運のいいことに水の魔法で、ぶつかるとグラシゥスの火球は水に包まれて消えた。


 息つく間もなく追撃が来る。

 風、土、水、雷。


 対してこちらは魔法を選んでいる余裕などない。とにかく出せるもので応戦する。


 ――相性が悪いと消せない、火力上げないといけなくなる。それはよくない。


 ルレアがそう思ったタイミングを狙ったかのようにグラシゥスの攻勢が弱まって、それを好機と魔法の選択にも思考を回す。日常生活での経験を引っ張り出してくる。


 風は同じもの、土は爆発、水は切り刻んで、雷は土で射線を遮る。火は最初と同様に水で包めばいい。よく分からないものは結界の密度と精度を上げて無理やり防ぐ。消耗は酷いけど仕方ない。


 ――そもそも、私、ちゃんとした結界知らないし。


 ならば何かといえば封印魔法の応用である。が、魔法の応用は概して消耗を早める。


 できれば魔法での迎撃を――と、パッと見で特性の分からない魔法については感覚を研ぎ澄ませる。なんとなくで構わないから、こんな感じかと思いついたものを片っ端から試していく。

 失敗しても死にはしない。それに。


 ――私、魔法上手いでしょ、しっかりする!


 絶えず続く魔法の嵐のせいで、ルレアの視界は悪くなり魔力を読み取る感覚も鈍くなる。

 問題なのは特に後者だ。この魔法使い、涼しい顔をして見た目と中身で属性の違う魔法を撃ってくる。絶対にそんなぽんぽんやるものじゃない。


 他の感覚が鈍ってもいいからと、ルレアはとにかく魔覚に――魔法の知覚に神経を注ぐ。これが生命線だ。


 しかし、普段行っている感覚的なものから意識的に魔法を感じるように変えると、むしろ他の感覚が邪魔になる。情報量が多くなりすぎるのだ。

 疲れが抜けていないルレアの今の頭では処理しきれない。かと言って探知の精度は下げられない。


 ――頭いったいな、もう!


 情報を処理するのに手一杯で思考に頭を回せない。割り切って、魔法の行使は感覚と経験則に頼り切ることにした。


 魔法のことなら間違えない自信はある。


 果たして――、グラシゥスからの攻撃がようやく途絶える頃には半ば自動で迎撃していたルレアは、それでも直撃を喰らうことはなかった。


 グラシゥスから魔法を使う気配が消えて、ルレアは草原に倒れ込んだ。


 今までは両親から魔法の使い過ぎはダメだと言われていてもこっそり使い続けてきたが、それにしたって、こんなに魔法を使ったのは初めてだ。


 魔力切れの感覚はこんな感じかと、そんなことを思いながらルレアは六感のバランスを元に戻す。

 グラシゥスが近づいてくるのが視界の端に映って、なんとかそっちに顔を向けた。


 師匠が顔を覗き込んでくる。


「思ったより平気そうだね」

「これだけ疲労困憊で平気なわけないじゃないですか……今すぐにでも気を失いそうです」

「気を失った人は何もできないけど、失いそうなだけならまだ足掻けるんだよ」


 正しいことを言っているが理想論にしか思えない彼の言葉にむっとする。師匠は対照的に笑った。


「日々の鍛錬の賜物なんだろうね。これだけやっても意識を保っていられるなら、きっと大丈夫」

「……自覚はあるんですね」

「自覚なくやってたらさすがにどうかと思うよ」

「自覚あってもどうかと思います」


 グラシゥスがルレアの体の上で何やら印を切り、虚空に文様を描いた。

 そこから溢れた魔力がルレアの体に染みる。


 体に重りを乗せたような倦怠感が徐々に消えていき、心做しか魔力も回復したように思えた。

 ルレアは上半身を起こして自分の体を眺める。


「これは?」

「中央諸島の魔法だよ。治癒魔法の一種で、限定的だけど体力とかを回復させてくれる」

「便利ですね。……あれ、けど、中央諸島の魔法ってことは理論魔法じゃないですよね?」


 グラシゥスは自身のことを理論魔法の魔法使いと言っていたはずだが……と首を傾げるルレアに、彼は小さく頷く。


「そうだね、あくまで信仰魔法。信仰魔法にしては使える魔法の範囲が広くて、支援魔法とか治癒魔法も結構あるからよく使ってるんだ」


 それを聞いてなおさらルレアは首を傾ける。

 理論魔法は学識の神が構築しただけあってその汎用性は随一だ。当然、支援魔法も治癒魔法もある。

 それなのに、わざわざ信仰魔法を使うということは。


「理論魔法より効果が高いんですか?」

「人によるだろうね。僕は、動作が補助になってくれて魔力消費を抑えられるからこっちを使ってる」


 神は自らの手でいくらでも世界を改変できたが、人間はそれを真似しているだけに過ぎない。だからその回数や量に限度があって、行使できる魔法の数量を示す言葉として『魔力』が使われる。

 体力や精神力のようなものだ。あくまで感覚的なもので数値化はできない。が、ルレアが魔力を感じ取れるように一部の人間には知覚が可能である。


 グラシゥスはルレアの横に座った。


 正面には長く聳える城壁があって、その無機質な石の壁を彼は郷愁の眼差しで眺めている。

 その横顔をルレアは盗み見る。

 地元だと言っていた。魔法の雰囲気のこともある。

 色々あったのだろうと、色々あったばかりの少女はあまり感じたことのない感覚に浸る。あるいはこれが仲間というものなのだろうか。


 グラシゥスが口を開く。


「なにせ、僕の魔力は比較的少ないからね」

「……は?」

「節約できるところはしないと」

「……いやいや」


 ルレアのぼんやりとした穏やかな感覚を信じられない発言がぶち抜いてきた。

 まさか自覚していないわけでもあるまい師匠に詰め寄る。


「それで少ないって無理がありますよ! 軽く私の数倍はあるじゃないですか!」

「ルレアさんは魔法学校にいても違和感がないくらいにはあるから、教えるのが楽そうで助かるよ」

「学校でもそこまで劇的に増えないでしょう!?」


 学校や学園や学院というのは、早いと十歳前に入り、数年かけて魔法を学ぶところだと聞いている。

 中には生涯そこで研究し続ける人もいるらしいが、少なくともこの人は、推定十代後半から二十代前半だ。入学当初から十年足らずで魔力を数倍にできるとは思えない。


 そんなルレアの言葉には曖昧に微笑んで誤魔化して、グラシゥスは懐かしそうに言った。


「……昔のパーティーの魔法使いは僕より魔力これが多かったから、本職はそっちに任せてたんだよね。僕の役職は斥候」


 服の袖の下から短剣が出てくる。鋭利な形状をしていて、それなりに大ぶりで闇色に染まった。


 そういえば、ルレアは彼と初めて会った時の夜を思い出す。

 暗くてよく見えなかったが、こんな色だから見えなかったのだろう。


 それで、ひとつ頭によぎった。


「最初に会った時にいきなり現れたのも、魔法で姿を隠してたから、とかですか?」

「……そうだね、そんな感じ」


 グラシゥスは微笑んで短剣をしまった。


「僕は斥候だから隠密の類の魔法をよく使うんだけど、世界にはなんとか予想っていうのがあってね」

「なんとか予想?」

「名前は忘れちゃった。内容はこう」


 体を鎧うようにして隠す魔法であれば、それは防御に応用可能である。

 世界に沁みるようにしてあなぐる魔法であれば、それは攻撃に応用可能である。


「前者は証明されてるから、その応用で隠密魔法と防御魔法を覚えてもらおうと思ってる」

「防御魔法はともかく、隠密もですか?」

「うん。僕がいつも使ってる防御魔法は今言った予想が基になってるんだけど、相当高い精度で隠れないと成り立たないんだよ。冒険者として活動するなら隠密ができて損はないし、ついでにいいかなって」


 ルレアもそう言われてから思い至った。

 村が襲われた時、もし完璧に隠れることができたなら、もう数人は生き残れたかもしれない。そして冒険者として活動するなら、また似たような状況に陥らないとも限らない。

 当然、その時には人喰いなど皆殺しにするつもりではあるが、手段は多いに越したことはない。


「分かりました、頑張ります。それで、二つ目の、えっと、世界に沁みるようにして、でしたっけ?」

「うん。世界に沁みるようにして索る魔法であれば、それは攻撃に応用可能である。――こっちはまだ証明されてなくてね。索敵は僕の魔法があるからそれを覚えてもらうけど、攻撃魔法は主なところだけ教えて、後はルレアさん自身で試行錯誤してもらうようかな」


 そう言われてしまって、それまでの説明で、ひょっとして攻撃もそのなんとか予想でどうにかなるかもと期待していたルレアは肩を落とした。


「攻撃……正直、今までの魔法の使い方で一番慣れていないのがそれなんですよね」

「今の見た感じだと防御の方はあんまり心配しなくてよさそうだから、隠密と索敵の次には攻撃に重きを置くようかもね。僕も攻撃魔法は苦手な方だから、一緒に頑張ろう」

「はい。よろしくお願いします」


 ルレアが鍛錬に前向きなのを見てとって満足そうに頷いた後、グラシゥスはさて、と小さく伸びをする。


「それじゃあ続きをやろうか」

「え、今からですか?」

「うん。今日中に隠密と索敵の魔法は全部教えるから覚えてね」

「……今かなり疲労困憊なんですけど」

「最初だから仕方ないね」

「配慮してくれたりとかは」

「しないね」


 ルレアは今この瞬間だけ、ウァイストに、たまに祈った時くらいは願いを聞きいれてくれたっていいじゃないかと、文句を垂れたくなった。

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