第7話 明日から。
「一日お疲れさま」
冒険者協会と提携しているらしい、協会で紹介してもらった宿で彼と向かいの部屋を借りた後、二人は一階にある食堂で夕食をとっていた。
ただの村娘だったルレアには慣れないことばかりで疲れすぎていて食欲よりも睡眠欲の方が強いが、ちゃんと食事はとらなければという義務感だけでなんとか口に運ぶ。
まだ、一緒に食べ始めたグラシゥスの半分も食べられていない。
ルレアはぼんやりとした頭のまま、けれどこれも伝えなければという思いでゆっくりと口を開く。
「今日はありがとうございました。役所の手続きから仕事の紹介まで、本当に助かりました。私一人だったら路頭に迷っていたと思います」
「どういたしまして。明日からどうするか……は、まだ考えられないよね。しばらくは同じ宿に泊まるつもりだから、何かあったら遠慮なく声かけて」
「ありがとうございます」
ルレアは手と口だけ動かしながら、一旦、明日からの予定を考えてみる。
明日は、今日の疲れもあるし少しくらい遅起きになってもいいだろう。気力があったら協会で何か一つ、試しに依頼を受けるのもいいかもしれない。無理だったら町の散策とか。
明後日からはちゃんと働こう。せっかくだから冒険者を続けてみて、合わなかったらその時に別の職を探せばいい。畑仕事なら慣れてるし、そういうものなら探せば見つかるだろう。
そうだ、初心者講習とかも受けてみるといいかもしれない。野営や森のことはいいとして、緊急時の対処とか戦い方なんかは、やはり先達に教えを乞うた方が安心だ。
昇級には人格面や評判も加味されると言っていたから、後々のために多少は割に合わないような依頼を受けて、町の人に顔を売っておくのもいいだろう。幸いにもお金には多少の余裕があるし、町の様子や構造なんかも知っておきたいし。
「ルレアさん」
「あっ、はい、なんでしょう」
「手止まってるけど大丈夫?」
気づいたら、食欲がないやら疲れているやら考え事やらで、食べる手が止まっていた。
ルレアは慌てて、切るだけ切ってフォークに差しっぱなしのお肉を一口食べる。
身体が資本の冒険者向けの宿だから、味付けはルレアにはしょっぱすぎるくらいだ。二噛みもしないうちにパンも一緒に口の中に放り込んだ。
しっかり咀嚼して飲み込んでから言う。
「ごめんなさい。時間かかると思いますし、先にお部屋に戻っていただいて構いませんよ」
「そういうわけにもいかないでしょ。忘れた? ここに泊まってるのは冒険者ばっかりだよ」
だから各部屋のセキュリティや防護結界などは強固になっているが、同時に、宿泊客の倫理観や道徳観の保証に繋がらない。
管理人が元冒険者の厳つい人だから、食堂で喧嘩が起こったり強引に部屋に連れていかれたりすることはあまりないというが、それでも、常識知らずで、若くて、疲れて判断力が鈍っている女子とくれば、それは格好のカモだ。
そういえば、だからルレアの部屋はグラシゥスと向かい合わせにしたんだった。
冒険者協会の提携している宿にも男女それぞれの専用のものはあるらしいのだが、人気なせいで残念ながら空き部屋はなかった。
それで、せめて知り合いが近くにいれば少しは安心だろうと。
そこまで思い出して、ルレアは小さく苦笑する。
「忘れてました。村と同じ感覚でいたらダメですね」
村では全員が全員と知り合いだったから、犯罪などしようものならどんな目に遭うか分かったものではなかった。
特に、顔を見られてかつ被害者の生き残るような類の犯罪は。
一応旅人も来るには来たが、その時には外れの森の中の小屋だけ貸して、村の中では常に大人の目がついていた。ルレアたち子供との接触もほとんど許されていなかった。
まだその感覚が抜け切っていない。
世界は安全なのだといううっすらとした信頼が。
思い返しているルレアにグラシゥスがそういえば、と尋ねる。
「今日話してた子たちは知り合い?」
「いえ、初対面でした。女の子が一人でいると危ないからと」
答えながら、あれ、と思う。
グラシゥスが戻ってくる前にはエマとルーシーはいなくなったから、話しているところは見られていないはずなのだけれど。
「そっか。同い年の同性の友達は貴重だからね。信頼できる相手なら仲良くしておくといいよ」
「それなら心配いりません。人の性格は魔法と魔力に如実に表れますから。彼女たちはいい人です」
もちろんあなたも、と言外に込めた。
いくら命の恩人でも、グラシゥスが悪人であればここまで頼りにしていない。言い訳をつけて村から追い出していた。
この魔法使いの使う魔法は、どれも優しいものだった。きっと、優しい理由で魔法を学び始めて、その理由のために鍛えてきたのだろう。
ふと気になって、聞いたら悪いかな、でもお世話になるんだし、と僅かの逡巡の後に尋ねる。
「グレイスさんは今後の予定は?」
ルレアの村はそれなりに森の奥に入ったところを拓いてつくられていた。そんなところまで来ているということは、何らかの目的があったに違いない。
魔法の技量や職員の対応から察するにどうやらそれなりに高位の冒険者のようだし、ひょっとしたら依頼に出ていないような調査とか――とルレアが思ったところで、グラシゥスは首を横に振った。
「何もないよ。久しぶりに人前に出たし、のんびり観光でもしようかな」
「依頼とか受けているわけじゃないんですか?」
「うん。まあ、普通はなかなか森の奥の村なんて行かないからね、不思議に思うのも当然か」
大事な話じゃないし機会があったらね、とはぐらかされた。
そう言われると気になるものの、言いたくないことの一つや二つあるだろうなとルレアも思って深くは言及しないことにする。
時間が空いていると聞いて、ルレアにひとつの考えが浮かんだ。
とても身勝手なお願いである。
お肉とパンと野菜とをちびちび食べながらしばらく葛藤して、結局、言うだけタダかと口を開いた。
「あの、グレイスさん」
「なに?」
「弟子をとりませんか?」
少し間が空く。困惑していそうな沈黙だ。
言葉選びが悪かったのか。ルレアは咳払いをして言い直す。
「魔法を教えてくれませんか?」
「ルレアさんに? それはいいけど、ウァイストの信徒に教えられることはほとんどないと思うよ」
「買い被りすぎです。多少の研鑽は積みましたが、まだまだ未熟ですから」
特に戦闘。
魔法については自信があるからある程度は戦えるかもしれないけれど、立ち回りや戦闘時の魔法の運用についてはずぶの素人だ。
自分でやっていけばそれは覚えられるだろうが、危機管理の観点でも効率の観点でも、教えてくれる人がいた方がいいのは間違いない。
そして同時に、グラシゥスほどの魔法の使い手に会ったことがなかった。
魔法の技量は長老と比べても見劣りせず、戦闘に関しては村一番の狩人であったルレアの父でさえ手も足も出ないだろう。
まあ、ウァイストの信徒は自分の極める魔法を一つ決めたらそれ以外には興味をなくす人が多いし、信仰上の理由で魔法戦闘については最低限しかしない人がほとんどなのだけれど、それはそれ、これはこれ。
幸いにも目の前の魔法使いは、ルレアのお願いに笑顔で快く応じてくれた。
「そういうことならやってみようか」
「ありがとうございます」
「ただ、僕がいつもやってる戦い方はかなり変則的だから、合わなかったら言ってね。一般的な魔法論の説明だけに留めとく」
「分かりました。自分なりに考えてみます」
「うん。奇跡のこともあるし」
奇跡、あるいは神の祝福。
人々が主神から賜る祝福で、世界中で信仰が盛んな一因であり、神々の存在の証左でもある。
が、それにルレアは首を振る。
神からの祝福も運命の奇跡も、いつも誰もに平等に与えられるとは限らない。
「私の奇跡は使い物になりませんから」
大人びた魔法使いが、年相応の表情で笑う。
「奇遇だね、僕もだよ」




